表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
99/163

作戦続行

 土煙が収まり、大通りに出てみるとそこには大穴が開いていた。



「ん? ぅん!?」



 そう、大穴。道幅三十メートル以上もある道路のど真ん中にクレーターが出来ていたのだ。周辺の石畳はめくりあがり、周囲には氷の破片と血肉がぶちまけられている。

 なんてありえない光景だ。いや、ありえない光景が眼前にあるせいか脳が「サヴィオンの魔法攻撃だな」と冷静な決断を下してくれた。



「友軍は……?」



 周囲から聞こえるは先ほどの着弾で歪んだ家々が奏でる悲鳴くらいで他は何も聞こえない。

 いや、さっきまでサヴィオンと友軍がぶつかり合っていたはずだが……。



「ロトースあっち!」



 路地から出て来たミューロンが指さす先には茫然と立ち尽くす兵達がそこにいた。あれは――。



「ジャン曹長!」



 そこには舞い上がったであろう土煙を全身に浴びた禿頭の男が居た。いや、彼だけでは無い。赤、青、黄色の腕章をつけた兵達の集団がそこにいた。規模は――中隊程度か?



「ジャン曹長! 貴様、第八小隊のジャン曹長だな!」

「あ、はい」

「しっかりしろ! 何があった!?」



 だがぼんやりと立つばかりの曹長は何も言葉を発せず、ただ宙を眺めるばかりだった。



「おい、おい! 仕方ない。【水よ、我が呼びかけに応えよ。湧き水(アクア)】」



 周囲のマナが集まり、魔法式(ことば)がそれを水へと変換する。その生まれたばかりの水が禿頭に降り注ぎ、彼の汚れを落としてくれた。



「ぶは!」

「曹長!」

「は、はい! え? こ、これはロートス大尉!」

「曹長、状況を説明せよ」



 すると額から伝う水を拭いながら曹長がやっと言葉を紡ぎ出した。



「作戦が始まった当初は、我が軍が優勢でした……」



 王宮楽師隊らが奏でる勇壮なメロディの下、訓練通りに行進をする国民義勇銃兵隊第二連隊の先鋒に組み込まれていたジャン曹長以下の第八小隊は作戦目標である仮称一〇通りの占領を目指して前進し、敵の捜索小隊と不期遭遇するもこれを銃やクロスボウによる制圧射撃で撃退し、さらに前進。するとこれを迎撃せんと敵の傭兵団と真っ向から衝突した。



「わ、我々は命令通り、燧発銃(ゲベール)を構えて、撃ちました。すると敵は一斉に乱れて――」



 槍兵が主体だと言う傭兵団およそ一千に先手を取った銃兵隊はそのまま銃剣突撃を敢行し、銃撃による混乱冷めぬ傭兵を壊走させた。そして仮称一〇通りの中ほどまで前進した時、さらに敵部隊が現れた。



「あれは、また傭兵だったと思います。恰好もバラバラで……。いや、今思うとよくあんな時に相手の服装に気を配れた物だと」

「それは慣れだよ、曹長。それで?」

「それで……。それで、その時、何かが――。もう、それからは分かりません……。分かり――」



 嗚咽に言葉が消える。それと同時に遠くから大量の足音が響いて来た。



「中隊長! 通りの先から敵軍が! 数、およそ五百!」



 ロートス支隊の一人がそう叫ぶ。その方向を見やれば確かに傭兵と思わしき連中が長槍(パイク)を担いでこちらに迫って来る所だった。



「距離は……。二百メートルはあるか? ロートス支隊、第一班横隊! 戦闘隊形を作れ! 第二班及び近辺の部隊はあの建物まで後退! 後退の指揮はミューロン臨時少尉が執るように!」

「了解! 第二班及び近辺の部隊は後退!」



 キビキビと部隊に命令を下す愛らしい副官の声を背に「構え!」と言い放つ。



「順次に攻撃せよ。膝射射撃よーい!」



 ガチャリと一斉に撃鉄が押し上げられる。あー俺も装填しておくべきだったな。



「目標は敵指揮官! 狙え! 撃て!」



 まず一発の銃声が響く。すると大路を歩いていた傭兵の一人が倒れた。



「次! 撃て!」



 さらに一人が腕を吹き飛ばして倒れる。



「次! 撃て!」



 順繰りに一人一人目がけて正確な射撃を相手に叩き込む。これで指揮系統が乱れて敵の進撃が鈍ってくれればと密かに期待しつつ後方を確認するとすでにミューロン率いる第二班が指示した建物の近くで横隊を組んで射撃準備を整えていた。俺は何も言っていないのになんと気の回る幼なじみだ。



「次! 撃て! 総員起立! 控えぇ(つつ)!」



 膝射をしていた兵達が一斉に立ち上がって不動の姿勢をとる。その整然とした動作のなんと美しい事か。無駄を省いた動作というのはやっぱり美しいんだな。



「我に続き後方五十メートルの商店前まで駆け足にて転進する。前へ進め」



 号令と共に軍靴が破壊された石畳を打ち、小走りに目的地まで走るが、その途中でミューロンと目が合った。その吸い込まれるような碧の瞳が強く頷くのを感じ、俺もそれに小さくうなづき返す。すると鈴が鳴るような清らかな声が戦場に響いた。



「第二班膝射射撃よーい! 目標敵指揮官。順次に攻撃せよ。構え!」



 彼女が攻撃の指揮を執っている間に第一班は先ほどの目的地にたどり着き、素早く横隊を組み上げる。



「装填!」



 号令と共に俺もポーチからカートリッジを取り出し、それを噛みちぎりながら撃鉄を半刻ほど起こす。そして当たり金を起こし、火皿に少量の点火薬を乗せる。



「あ、あのロートス大尉!」

「あぁん!?」



 ちらりと振り向けば禿頭のジャン曹長とその中隊の生残りたちがこちらを不安そうに見ていた。



「どうした?」

「わ、我々はどうすれば!?」



 お前達もさっさと弾を込めろ――そう言おうとして一人の女性が前に出た。いままで沈黙をしていたリュウニョ殿下だ。



「他の部隊はどうなった? 魔法攻撃で全滅した訳じゃあるまい。部隊の長は?」

「は、はい。それが我々は連隊司令部直轄中隊でして、連隊長達は我々の前におられて……。おそらく司令部要員はことごとく戦死かと」



 指揮官先頭を地で行ったら全滅して指揮系統が乱れたというのか?

 あれか? 一番槍は貴族の誉れとか、そんなのか? どんだけ勝ちに逸っていたんだ。

 そんな予想をリュウニョ殿下も思い浮かべたのか苦い顔色をしながら「後続の部隊は?」と聞いた。



「わ、分かりません」

「近くにいるはずだ。それと合流しなくては――。主殿。ソレガシは近辺の部隊の掌握をしてくる」

「よ、よろしいのですか!?」

「かまわない。だが、その間ここを――」

「お任せください。こうした絶望戦線(いつもの)の戦闘は慣れております」



 そう、どこかの上司である伯爵少佐のせいで、な。あぁくそ。やっといつもの調子になってきやがった。



「では頼む!」

「了解しました」



 彼らが駆け出していく姿を敬礼をして見送り、銃の装填を再開する。残った火薬と弾丸を銃口に落とし、三つの動作で込め矢(カルカ)を引き抜いて銃口に挿入、弾丸が変形しないよう気を付けながら火薬を突き固める。



「第二班、起立! 控えぇっ(つつ)! わたしに続き後方五十メートルの通りまで駆け足にて転進する。前へ進め」



 ちょうど第二班の射撃が終わり、後退を始めるところか。ちょうどいい。また三つの動作で込め矢(カルカ)を収納し、撃鉄を完全に起こす。



「膝射よーい! 攻撃目標は先ほどと同じく敵指揮官! 順次射撃! 構え!」



 その間、隣をミューロン達第二班が駆けていく。その時、彼女がにっこりをいつもの笑みを浮かべてくれた。あぁそれだけで恐怖が吹き飛び、暖かいやるきが湧いてくる。



「狙え! 撃て!」



 するとまた長槍(パイク)を持った敵兵が一人倒れる。まだ距離は百メートル以上あるし、このまま射程の暴力を遺憾なく振るってしまおう。

 それに相手は銃兵と同じく集団で運用してこそ真価を発揮する長槍(パイク)兵だし、突撃して陣形が乱れる事を嫌って走りはしないだろう。ならこちらは少数故の高度かつ複雑な機動戦を展開させてもらおう。



「次、撃て!」



 ふと、敵が立ち止まっている事に気づいた。何故だ? だが立ち止まるような理由など思いつかないし……。いや、とにかく今は一人でも敵を狙撃して指揮系統を崩壊させてしまおう。



「次、撃て!」



 鮮血の花びらが咲き、また一人長槍(パイク)兵が倒れる。ついで今度は俺が銃を構え、狙い――。撃つ。



「起立! 控えぇっ(つつ)! 我に続き――」



 だが号令を言い終える前に湿ったアルトの空気を裂くように氷の固まりが飛来してきた。



「伏せろ!」



 腹の底から絞り出された怒鳴り声が周囲に響く。くそ、長槍(パイク)兵達が動かなかったのはこの攻撃を待っていたからか!

 徐々にせまる空気の悲鳴に(はらわた)が千切れるような緊張がせり上がってきて――。

 再び大地を揺るがす大揺れがおこる。だが着弾は遙か後方で、しかも通りを二本ほど越えた先だった。振り返ると濛々とした煙が立ち上っているのがよく見える。

 いったいどこからあれは降ってくるのだろうか? てか、ここまでの破壊力を持つ攻撃をサヴィオンは持っていたのか? フラテス大河での戦闘でもレイフルト村での戦闘でもここまでの破壊力を持った魔法は使われていなかったと言うのに……。



「――隊長! 中隊長! 指示を!」

「ん? うん。よし全員起立! 敵の攻撃に動揺するな。あれは次が来るまで時間がかかるようだ。その間に敵に打撃を与えてやろう」



 まぁどれほどの間隔であれが降り注ぐのかまったくわからないが、士気を鼓舞するには多少の嘘が必要になる。それに俺としてあんな攻撃が連射できると思うと精神衛生によろしくないから自分さえもだましてしまおう。



「控えぇ(つつ)! これより第二班と合流する。前へ進め!」



 先ほどの俺達と同じく整然とした後退をしつつ、ミューロン達の後方に横隊を作らせ、再装填させる。



「さて、良いタイミングです」



 そのさらに後方には横隊を組んだ兵団がリュウニョ殿下を先頭に現れる所だった。

 おそらく彼らは国民義勇銃兵隊第二連隊の生き残りだろう。規模としては……一個大隊ほどか?



「や、主殿。遅くなったかな?」

「いえ、十分ですが、戦力はそれだけですか? 攻撃には二個連隊――五千人の歩兵が割り振られていたはずですが」

「もう一個の兵団はさらに後方だよ。この近くに居た連中はあの攻撃で壊走して収集がつけられなかった」



 なんとまぁ。情けない連中だ。せっかくサヴィオン人を殺せる絶好の機会だと言うのに。



「あぁ、それと主殿。この人がこの部隊の指揮官だと」

「国民義勇銃兵隊第二連隊第十一大隊のエルヴィン少佐だ、大尉」



 そう名乗ったのは手綱で馬を引く壮年の騎士だった。鈍色に輝く傷だらけの鎧から察するところ、先のアルヌデン平野会戦での敗残兵だろうか?



「エフタル義勇旅団第二連隊エンフィールド大隊第二中隊のロートス大尉です」

「あの騎士殺しか。気に食わん」

「………………」

「だが、貴様のおかげでなんとか増強大隊ほどの戦力をかき集められた。感謝している」



 なんと、なんと面はゆい言葉だろうか。普段、誉められていないせいかなんとも心が浮ついてしまう。



「大尉。我が大隊の戦力はおよそ七百名。敵は?」

「五百名ほどの長槍(パイク)兵です」

「戦力は優位。それに銃兵第三連隊も後詰めときている。後退する理由はあるか?」

「ありません!」

「よろしい! 全隊、担えぇ! (つつ)ッ!」



 促成の銃兵士官教育しか施されていないはずの少佐だが、その号令のなんと堂々としたことか。

 それに応えるように第十一大隊は銃を肩に担ぎあげ、「前進」の号令を待つ。



「大尉。貴様は?」

「できれば別行動――と行きたいですが、ここまで来たらお供します」

「ならば大隊の最右翼に展開せよ」

「了解しました少佐!」



 一応、余裕のある右端に九人の兵が入り込む。

 それからよく第十一団体を見ると手にしているのは基本的にこちらも長槍(パイク)のようだった。だが両翼に展開する二個中隊はなんと銃を装備していた。いや、これは――。



「……鉄パイプと火縄?」



 確かにほっそりとした銃身に木製銃床が取り付けられているが、それには引き金も撃鉄もなく、ただ火皿と火蓋がついているのみ。そして手には着火した火縄……。

 あれか? これって直接火縄を手動で火皿に押しつけて撃発するって事なの? タッチホール式なの?



「前進!」



 驚きと共に簡易急造と思わしきそれに目を奪われていたが、少佐の号令と共にラッパが鳴り響き、やっと自分のする事を思い出す。



「前進!」



 各中隊長の号令と共に三列縦隊の大隊が動き出す。それを援護するように朝よりだいぶ小さくなった楽隊の演奏がリズムを刻みだす。もっとも太鼓が一つだけのようで足音に負けているようだが。

 だがそんな事を気にする者はない。誰もが息を荒立てながら前へ前へと進んでいく。演奏に合わせ、周囲の兵に合わせて進む、進む進む!

 ついに魔法攻撃によってあけられたクレーターの手前まで前進すると、それに合わせて敵の長槍(パイク)兵ものろのろと前進してきた。

 奴らが持つ長槍(パイク)のリーチはおよそ三メートル。まぁアルツアルの長槍(パイク)兵も同じくらいの長さの長槍(パイク)だが、はっきり言おう。銃兵は五十メートルのリーチを誇っている。



「全隊! 止まれ! 構え!」



 撃鉄を完全に引き起こし、銃床を肩に押し当てる。



「狙え!」



 照準を敵兵の膝に合わせる。



「撃てぇ!」



 ゆっくりと遊びを殺しながら引き金に力を加え、撃つ。すると発砲の反動で銃口が跳ね上がった。

 一斉射撃の轟咆に空気が震える。それと同時に視界を白煙が覆っていく。そこに流れる硝煙の匂いのなんと香しいことか!



「くく、く、フハハ!」



 思わず笑みがこぼれてしまう。脳の血管がはちきれそうな程、脈打ち、荒い動悸と共に吐息が零れ、犬歯が唇をかみしめる。

 あぁチクショウ。腹の底から恐怖と共に感動が伝わってくる。冷たい汗が脇を流れ、汚れた夏軍衣をぬらしていく様さえ愉快に感じる!



「たーてぇ、銃! 総員着剣!」



 鞘から銃剣が引き抜かれる音が一斉に響く。それに合わせ、俺は銃を背中に回して小型なを抜く。先ほど朝一番の血を吸った父上の形見が赤くギラリと輝いた。



「攻撃目標、敵長槍(パイク)兵! 突撃にぃ! 進めッ!!」



 そういえばいつも突撃の号令は自分でかけて自分で突っ込んでいた。こうして突撃を指揮されるのは初めてだ。

 なるほど、他の兵達はこの瞬間をこうして待っていたのか。これほどワクワクしながら待っていたのか!



「ロートス支隊突撃! 進め!」



 小刀を振り上げ、笑う。ワラう。わらう。あぁくそ、もしかして俺は戦争が大好きなのかもしれない。そう思えるほど、心が弾んでいた。


連続更新は今日で終わり! 閉廷!

これからはちょっとだけペースが落ちるんじゃよ。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ