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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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噴煙舞う

 『夏の目覚め』作戦は王都アルトの下流平民街の二本の通りを制圧し、徐々に敵を挟撃してこれを城外に追い出す作戦だ。

 そのためトロヌス島から響いた聖堂の鐘の音と共に二つの軍が一斉に行動を開始した。

 仮称七五通りを制圧するはずの臨編騎士団が蹄の音高らかに進軍を開始すると共に俺の所属する臨編歩兵戦闘団もまた前進を始める。


 だがその本隊の前進を見届けるや、ロートス支隊はわき道に突入し、敵の側面を取るよう、動き出す。

 そもそも燧発銃(ゲベール)が集団で運用されるのはその命中精度の悪さにある。だが螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)は射程と精度共に燧発銃(ゲベール)を凌ぐ性能を持っているのだからわざわざ戦列の中に身を置く必要が無い。

 つまりロートス支隊は本隊と別行動を取り、散兵として敵を狙撃する本来の猟兵の動きをするほうが効果的なのだ。



「急げ! 急げ! 急げ!」



 すでに右の通りから喊声と銃声が聞こえてくる。

 だが大路と違って細く、曲がりくねった道が続くわき道は家の倒壊等で道が寸断されており、なかなか思ったとおりの進軍が出来ずにいた。



「――! 支隊、止まれ!」



 また瓦礫の山が目前にあった。くそ……。迂回するか? いやすでに現状でロートス支隊の行動は遅延している。



「このまま登る。だが瓦礫の向こうを見てからだ。第一班来い。あ、ミューロンは待機」

「ど、どうして?」

「指揮官各が二人頭を出して狙撃されたら部隊の指揮が出来なくなるだろ」



 まぁこんな所で狙撃なんて出来る奴がサヴィオンにごろごろとしていたらすでに俺達は負けていただろうけど。



「だったらわたしが覗くよ」

「いや、それこそ辞めてくれ。頼む」



 もし、やられるのならミューロンより俺の方が何億倍もましだ。だから有無を言わせないように彼女に背を向けて瓦礫を上り出す。高さにしておよそ二メートルほど。それをよじ登り、こっそりと頭を出すと通りの向こうで何かが動いた。



「――! 第一班急げ、敵だ。銃列を敷け。距離およそ四十メートル!」



 ちらっとだが、先に白銀の鎧を着込んだ連中を見た。確か友軍の歩兵隊は仮称一〇通りの奪取が主任務であり、この路地にやってくる事はないはず。なら奴らは敵だ。



「姿勢を低くしろ、構え!」



 撃鉄をカチリと起こした兵達が腹這いになりながら銃口を瓦礫の上に覗かせていく。



「第二版は横隊を組んで待機。第一班が射撃をしたら即座に瓦礫を登れ!」



 そして再度、瓦礫から頭を出すとそこにはこちらにめがけて走ってくる歩兵の姿が見えた。数は二十ほどの寡兵だが、装備の整い具合から傭兵とは思えなかった。おそらく敵の正規兵だ。

 奴らも迂回して本隊の側面を叩こうとしているのだろうか?



「狙え」



 早く撃てと脳内の好戦的な自分が囁く。だが下手に攻撃して相手が警戒を覚えるほうが厄介だ。深呼吸をして焦るな、焦るなと暗示を自分にかけながら必殺の間合いに敵が迫るのを待つ。もうこちらに気づいても逃げられない距離に来るまで――。



「撃て!」



 轟音と共に路地に白煙が満ちる。辛うじて残ってた家の窓がその衝撃で震え、ついに割れた。



「第一班後退、再装填急げ! 第二班構え!」



 要員の交代が行われる中、通りを伺えば三人ほどの敵兵が倒れていた。まだだ。まだ戦果を拡張出来る。



「狙え!」



 今度は俺も銃を構え、撃鉄を押し上げる。狙いは背中を見せた騎士――。



「撃て!」



 再度、銃火が散る。

 そして今度は四人が倒れた。もう半数近くの敵を殺したか。だがまだだ。まだまだ戦果を拡張してやる。



「総員着険!」



 銃のスリングを肩にかけ、腰に吊っていた小刀を抜く。それと同時に周囲の兵は鋭く尖った銃剣を銃にはめ込む。



「攻撃目標、前方のサヴィオン人! 倒れている者はかまうな! 立っている者を優先的に狙え! 突撃にぃ進めッ!!」



 く、フハハ! 逃げようと背を向けるサヴィオン人だが、あいにく連中は鎖帷子を身につけ、その上、戦闘用に剣まで持っている。おそらく三十キロほどはあるだろう。対してこちとら軍服一枚なんだ。足の速さで勝てると思っているのだろうか?

 すぐに一人の騎士の背後にとりつき、その首筋めがけて山刀を振るう。だがそれは顔全体を覆う白銀の兜によって弾かれ、火花を散らすだけに終わった。



「このッ!」



 頭を叩かれた事で少し相手が身を崩す。そこにタックルをお見舞いすると騎士は面白いように足をもつれさせて倒れ込んだ。彼は悲鳴をあげながらバタバタと手足を振って俺を追い落とし、立ち上がろうとするが鎧の重量によってなかなか上手くそれが出来ないで居た。



「く、フハハ!! 哀れな奴だ。殺してやる!!」



 兜の首もとをつかんで無理矢理中を露出させるとそこから「くそ! くそ!」と言う呪詛が聞こえてきた。あぁ心地良い声だ。そう思いながら無理矢理作った空間に勢いよく小刀を突き刺す。まずは一丁上がり。



「歩みを止めるな――!」



 気づくと眼前に抜剣した騎士が立っていた。その血走った目が俺を射抜き、口から漏れる怒鳴り声が鼓膜を刺す。



「よくも! よくも小隊長をッ!」

「やば!?」



 あまりにも無防備すぎた。

 すでに相手は壊走中と勝手に思いこみ、嗜虐心のままに敵を殺していたのが盛大な隙を作り出してしまった。

 緩やかに弧を描く切っ先。それを避けようと体を反らそうとするが、体の重さに引っ張られて思った通りに動けない。

 やばい、死ぬ! 何度もくぐり抜けてきた死に神の鎌がいよいよ俺を捕まえようとしている。その眼前に静かに迫る死に恐怖があふれ出そうとする。が、その直前、騎士の剣と俺の間に誰かの銃剣が割り込んできた。



「ロートス危ない!!」

「ミューロン!?」



 体が動く。両手で小刀の柄を握り、刃を寝かせるようにしながら刺突を放つ。

 だがその渾身の一撃はガシャリと言う鎖帷子に防がれ、ただのタックルになってしまった。



「こ、小癪な!」



 インファイトとなりながら柄で相手の兜の側面を叩きつける。それに対し相手は軽く頭を払うと籠手をはめた右手を剣から放し、そのまま殴りつけてきた。



「ぐあ!」



 頬に熱が走ると共に鉄の味が広がる。

 気づくと尻餅をつく形で倒れていた。



「この蛮族共め! 覚悟――」



 一発の銃声が響くと共に騎士の胸元から深紅の花びらが弾けた。

 ゆっくりと背後を見ると白煙を吐き出す銃を見よう見まねで構えていたリュウニョ殿下と目があった。



「申し訳ありません。リュウニョ様。おかげで命拾いしまし――」

「――――」

「リュウニョ様? 殿下?」

「あ、あぁ」



 銃を撃った衝撃故か、呆然としていたリュウニョ殿下がまじまじと銃と先ほど倒れた騎士を見比べた。



「殿下、この度はお命を救ってくださり、感謝の言葉が尽きません」

「うん。そうか。いや、だから殿下は辞めろ。それにソレガシとて主殿に命を救われた身。お互い様ではないか」



 どこかギクシャクとしているが、なんとかいつものペースに戻りつつあるリュウニョ殿下に安堵を覚えながら周囲の状況を確認する。

 もう視界の中に動いている騎士は居ない。



「ロートス支隊集結! 点呼!」



 その間、リュウニョ殿下に深々と頭をさげると、殿下は苦笑しながら「もう良いさ」と言ってくれた。



「これで主殿に恩を返せたかと思うと、少し肩の荷が下りたな」

「いえ、そんな。別に俺は恩を着せようと思って殿下を助けたのではありません」

「人に変化出来る龍族なら少なくともバクトリア貴族だと思っただろうに」



 いや、そもそもドラゴンは人に化けれるなんて知らなかった。



「そんなんじゃありません」

「それじゃどうしてソレガシを助けてくれた?」

「……言いにくいのですが、昔の女に殿下がよく似て居られたので」



 するとリュウニョ殿下の細長い光彩が見開かれ、くつくつと笑いを漏らしだした。



「ふふ、そんなにソレガシが似ていたか」

「わ、笑わないでください。もう、昔の話しです。それに、そいつはこの世におりませぬ。ですから、笑わないでください」



 いろいろと誤解を受けるような言い方だが、これは本当だから許してほしい。

 もっとも前世(この世)から居なくなったのは俺の方なんだけど。



「そうか。悪い事を聞いた」

「いえ……。それよりその銃は?」

「悪いと思ったが、彼から」



 そう言ってリュウニョ殿下が指さした先には剣が腹に食い込んだエルフが居た。おびただしい血が路地を満たし、すでに蠅が飛び交っている。



「ロートス! 点呼完了。戦死一名。負傷七名。なれど重傷者なし」

「ご苦労。進撃を再会する。あぁ、その前に各自、装填を済ましておくように。今後、こんな遭遇戦が予想される。銃剣も抜かなくていい」



 さて……。

 まず先ほど戦死したエルフのポーチから余っているカートリッジを抜き取り、それを兵達に分配する。その間に装填を済ました兵達が一列縦隊を作り上げた。



「よし、これより作戦を再会する。総員前へ進め!」



 周辺を警戒しながら路地を進むと、軍服の裾がちょんと摘まれた。



「どうしましたかね、ミューロンさんや」

「………………」



 なにやら不満げに眉を八の字にしている幼なじみにふざけた調子で問うも返事は無かった。

 こりゃまじめな話しか。



「どうした?」

「べつに……」



 ぷいっと顔をそらす彼女だが、俺に聞きたい事があるらしくちらちらと視線を向けてくる。だがその視線が交じろうとすると顔をそらしてしまう。

 なんだろう、この可愛い生き物。

 それにしてもどうしたんだろう。なんでこんなそわそわしているのか……。



「なぁミューロン。どうしたんだよ」

「ど、どうもしないよ」

「いや、どうかしてるだろ。話してくれ。そんな浮ついてたんじゃ作戦に支障がでるかもしれない」



 するとやっと観念したのか、周囲を一瞥してからそのぷっくらとした唇を耳に押し当てるように近づけ「リューニョを助けた理由」と言った。



「……殿下を助けた理由?」

「うん。さっき言っていたのって、本当?」



 聞かれていたのか。

 なんと申し開こうかと思っているとミューロンは「その人の事、今でも好きなの?」と問われた。



「別にそんな――」



 よくよく考えると彼女にふられはしたが、それは相手が一方的に破局を告げてきただけであり、俺が彼女を嫌いになったと言う事実は無い。



「好き、だったのかもしれない。だけど俺は――レンフルーシャー村のロートスはそれ以上にミューロンが好きだ。俺が女性に求めるもの全てをミューロンは持っている。ぶっちゃけ俺にはもったいない女なのがミューロンなんだ」



 そう、そうなのだ。もう彼女との恋路は終わっている。それは彼女から別れを告げられたからではなく、あの世界に生きていた狩猟を愛する社畜が死んだ事によって全ての縁が絶たれたからだ。

 俺はもうロートスなのだ。人間ではなく狩猟とゆったりとした暮らしを愛する普通のエルフであり、その故郷を奪ったサヴィオン人を憎むエルフであり、そして一人のエルフを愛おしく思うエルフだ。



「俺の隣に居てくれ」

「――! うん!」



 太陽を思わせる花が眼前に咲いた。非常に気高く、美しく輝く花。

 これを眼福と言うのだろうな。あぁ目があってよかった。この両目をもたらしてくれた風と木の神様! ありがとうございます!

 底知れない幸福の海におぼれるようにミューロンの頭に手を伸ばし、軍帽の上から撫でてやると「や、やめッ……!」と恥ずかしそうに声をもらし――。

 なにか、奇妙な音が聞こえてきた。それは麻布を裂くような音であり――。そして地面に激震が走った。その衝撃で周辺の家々は軋み、パラパラと埃の雨が降り出す。いや、それだけじゃない。急に辺りが暗くなり、反射的に天を見上げれば濛々とした土煙が舞い上がっていた。



「な!?」



 さっきのはんだ? 砲撃か? それにしては規模が大きい。それにこの煙……。きっと隣の大路に着弾したに違いない。



「頭上に注意!」



 煙の幕から質量のある破片が降り注ぎだした。

 慌てて頭を押さえながらミューロンを抱き込むように多い被さる。すると小石の雨が振り出し、ついに土煙が視界を覆った。



「げほ、げほ! 無闇に動く――、ごほ!」

「ロートス!」



 ふと、体の下に居る存在が動き、口元に何かが押し当てられると共に小さな咳が響きだした。

 素早く軍衣の袖を彼女の口に押し当ててやりながら早くこの煙が晴れないかと周囲を見るも、濛々と滞留する空気は動く兆しが無かった。だが突然路地に突風が吹きすさび、煙を押し流していく。



「ふう。こんなものか」

「リュウニョ殿下……? これは、殿下が?」

「そうさ。ドラゴンにとって火と風は友だから風魔法くらいどうともない。それと殿下禁止」



 なるほど。ドラゴンは風に愛された種族でもあるのか。

 だがおかげで助かった。そう思っていると「むぐぅう」とうなり声が聞こえてきた。



「あぁ、ミューロン、悪い悪い」

「ぷは。息が出来なくて死ぬかと思ったよ」



 そう愚痴と言いつつもミューロンは素早く兵員達に目を走らせる。



「負傷者は?」

「いえ、副官殿。おりません。ただ目を痛めたものが」



 目もそうだが、埃を吸い込んでむせる兵も居る。そもそも盛大に土煙の中に居たせいで濃紺の軍衣は白ちゃけ、軍帽にも薄らと埃が乗っていた。



「それより一度屋根のある所にいこう。煙事態は吹き飛ばせても瓦礫はどうにもならない」

「分かりました。おい、この建物の中に隠れるぞ!」



 周辺の建物の中でなんとか原型を保っている家を指さし、そこに向けて歩き出す。それにしてもこの攻撃は一体……。空に浮かぶ曇天と同じ黒い雲が胸中にわき出していった。


敵主力の側面に展開し、狙撃――! やっとタイトルに恥じない猟兵らしいことが(なお始まらない)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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