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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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夏の目覚め作戦

 王城の軍議にてイザベラ・エタ・アルツアルより



 遠雷が聞こえる。じとじととしたアルツアル特有の長雨が始まっておよそ一月ほど。そろそろ夏の長雨も終わりという時期に聞こえる爆音に会議室のガラス窓が震えた。いや、これは雷ではなく敵の魔法攻撃か。

 厚手のガラスに歪んで映るトロヌス島を囲う城壁に目をやればそれを越える水柱が姿を現していた。

 それに頭痛を覚えつつ議場に目を向けると外の爆音に意識をそらされる事無く叔父であるエフタル大公が腹を揺らしながら熱弁を振るっていた。



「――開戦初頭の屈辱を諸侯は忘れては居ないはず! 我が息子ハカガ・エーリヒ・アルツアルはサヴィオンの毒牙によって倒れた! 予は大公として、そして一人の父としてサヴィオンの暴挙を許す訳にはいかない。この地に息子を、娘を失う親を作ってはならぬのだ!

 アルツアルの貴族よ! エフタルの諸侯よ! 今こそ立ち上がる時なのではないか!? 我らは新兵器によって王都にて小さいながらも確実な勝利を手にしているのだ! 対してサヴィオンには開戦劈頭の力は残されておらぬ! その証拠に王都アルトの攻防戦が始まって一月たっても敵は五割ほどしか市街地を占領しておらぬではないか。あのサヴィオンがだ! 多くの城は一週間と持たず奴らの旗が翻っていると言うのにこの王都だけは未だ我らの王国旗がはためいている! これこそ戦局回天を意味するものではないか? この魔法攻撃とてその力はなく、ただ闇雲に降り注ぐ雹と同然。苦し紛れの一手にしかすぎないのである!

 今こそ我ら誇り高き騎士が立ち上がり、侵略者に罰を与えるとき! 決戦の時は近いぞ!」



 それにアルツアル、エフタルの貴族が鬨の声を上げ、議場の熱気が増す。額に流れた汗を軽く指先で拭いつつ議場から一段高い玉座を見るが、そこは依然と空席となっており、この場は完全にエフタル大公の独壇場となっていた。

 はぁ、せめて父上が制止をしてくれたら――。いや、無理か。シャルル兄様が戦死してから父上は自室に籠もられるばかりだ。今、アルツアルの国政を守れるのは予しかおらぬ。

 だが予の身分は第三王姫でしかない。議場の席とて諸侯と同じ玉座から一段下――つまり立ち並ぶ貴族と同等の力しかない。しかしそれでも――。



「待たれよ」

「イザベラか。叔父に何か?」



 叔父か。王家と大公ではなく叔父――身内として優位を得るつもりか。

 だがここで一大攻勢などをさせるわけには行かない。



「攻勢は確かに必須。しかし今ではありますまい」

「ははは。まだ若いな。戦には機と言う物がある。それを見極めるにはそれ相応の場数を踏まねば見えてこぬものだ」

「ですが現有の兵力では今を維持する以上の事はできませぬ」



 そもそも戦況が膠着しているのは職業軍人であるサヴィオン軍を一人殺すのに国民義勇銃兵隊は三人を失うほどの損耗を覚悟しているからだ。

 その血の犠牲の上にやっと生んだ戦況の膠着を手放すのは惜しい。



「早馬の知らせではアルツアル南部貴族の軍勢がまもなく王領に入ります。攻勢はその援軍を待ってからでも遅くはありますまい」



 父上が発した全軍の王都アルトへの集結命令によってすでに南部諸侯二万が北上をしているという。だが長雨によって各地の河が増水で進軍は遅々としているらしい。それでも彼らは王都救援のためにこちらに向かって来ている。

 その増援を待つためにも現状の戦局を維持しなければならない。



「今打って出るのは危険すぎます」

「危険の先にこそ勝利はある。それに防衛ばかりでは士気が落ちるばかりだ。今こそ我らは敵を攻撃せねばならない。

 そもそもイザベラよ。そちは考えぬのか? アルトに我らの増援がやってくるのと同様に敵の増援がアルトに迫っている可能性を!

 奴らとてバカではあるまい。この長雨が終われば敵は増援をもって本格的なアルト攻略に乗り出してくるであろう。その機先を征して防御距離を得なければ我らは味方の到着を待たずして滅ぶ羽目になろうぞ」



 確かに一理ある。防御ばかりでは士気はあがらないし、何より敵とて増援が来るだろう。

 そう思ってしまった瞬間、思考が途切れた。叔父に対する反論を考えていた脳が休んでしまったのだ。それはまさに瞬間的な沈黙えあったが、あまりにも致命的だった。



「さすが大公閣下!」

「確かに庶民風情では戦局の回天はできますまい! 今こそ騎士の出番!」

「我らの武勇をサヴィオンに、そして民に知らしめる時!」



 予の言葉が詰まったのをいい気に叔父の取り巻きがはやし立てていく。

 しまったと思ったが時すでに遅く、議場にはサヴィオン討つべしの意見で占められてしまっていた。

 く、予が王位継承権第一位であったら王権と言う伝家の宝刀を使って意見を無理やり集約できただろうに。だが今は立場が悪い。所詮予は王太子の予備にすぎないし、何より強弁を振るっているのが叔父というのがまずい。

 それに相手は無能であっても今まで大公を歴任してきたという実績まである。対し予はまだ一人の小娘にすぎない。



「殿下……!」



 その声に振り向けば予の派閥に属する貴族達が不安そうにこちらを見てきていた。小さいながらも予を支えてくれる大事な家臣達……。



「仕方あるまい」

「しかしこのままでは危うい戦況の天秤が片方に傾いてしまいます。それも、相手に向かって――」

「分かっておる。せめて国民銃兵隊は予備戦力扱いにさせねば」



 もう流れは変えられない。出来る事はただ、攻勢において我が方の損害を少しでも減らし、持久戦を維持する事だけだ。



「では作戦を説明しよう。参謀」

「御意に」



 胸の内に苦い物を覚えていると肥満な大公の隣に居た神経質そうな小男が立ち上がる。



「それでは作戦――『夏の目覚め』作戦をご説明致します。本作戦は北区に展開するサヴィオン軍を一掃するのが目的であり、これを達成するには大路の奪取が必要です。そのため下流平民街の主要路であるアンリ王通り――仮称一〇通りとボナパルト王通り――仮称七五通りを機軸とし、これを中心に付近のサヴィオン勢力を挟撃します」



挿絵(By みてみん)



 アンリ王通りは直接北方街道に繋がる要地でもあるし、ボナパルト王通りは北区下流平民街を東西に走る大路だ。二本の通りを取り返す事が出来れば北区においての優位を確保出来るだろう。



「我らは鋏となり、刃を閉じるようにサヴィオンを攻撃し、最終的に王都から奴らを追い出します。なお、距離としては仮称七五通りの方が仮称一〇通りの二倍以上の距離がありますので仮称七五通りには騎兵を優先的に配備します。対し仮称一〇通りは歩兵を主体とする事で時間差無く敵を挟撃出来るようになります」



 騎兵の速度を生かして長距離進軍が出来るように采配するというのは悪くはないが……。



「少しよろしいか?」

「なんでしょうか、殿下」

「もし、ボナパルト王通り――仮称七五通りが封鎖されていたら?」



 敵の熾烈な攻撃で王都の各所で建物が崩壊して道を塞いでいると言う。それで騎兵の進軍が止まってしまったら?



「仮称七五通りはアルトでも有数の大路であり、その全てが封鎖されているとは考えられません」

「なるほど。だが騎兵は会戦でこそ生きる兵科。街のような閉所での運用でも効果があるのだろうか?」

「確かに騎兵は会戦でこそ生きる兵科です。まさか攻城戦において馬が使われるとはと誰しもが思うはず。その隙を突いて騎馬突撃を行えば我らは絶大な勝利を収められましょう」



 確かにこれまでの報告を呼んでいると下流平民街を占領しようとする敵兵は歩兵が主となっている。

 もっとも対騎兵戦のノウハウを蓄積しているアルツアルでは歩兵も侮れない兵科であるのだが……。

 それに部隊が二手に分かれては互いに意志の疎通が出来なくなってしまう。そうあっては片方にもしもの事態が起こった際にどうしようもないし、そもそも挟み撃ちにすると言うのは片方でも敗北が許されないと言うことでもある。

 最悪、各個撃破されてしまう恐れだって――。

 そんな事を考えていると叔父がニンマリと笑顔を作った。



「なに、難しく考える事はない。こちらが一気呵成に攻撃を行えば敵は降伏する約束になっているのだからな。ははは」



 周囲を和ます冗談のつもりだろうか。それにしては無責任すぎる。それにサヴィオン軍の士気が低下しているのは察知していたが、こちらが攻撃するだけで逃げ出すほどの弱卒はいないだろう。もし居たらとっくに死んでるはずだ。



「――叔父上。それはいくらなんでも軽率すぎるのでは?」

「そう力む事はあるまい。余裕を持て。人の上に立つべき者はこうした余裕がなくてはいかんのだ。ははは」



 いや、それとこれとは――。

 ふと、周囲の貴族達を見ると誰しもが強い言葉を放つ叔父を見つめていた。

 皆とて今の戦局がどれほど綱渡りの上にあるのか知っているだろうに。それでも攻勢を望むのか?

 いや、破滅を予感しているからこそ攻勢を計って現状を打開しようとしているのか?

 とにかく、予がする事はただ国を守ることだけ、だ。


 ◇

 アンリ王通り――仮称一〇通り第二城壁城門にてロートスより。



「よし、時間だな」



 トロヌス島にある大聖堂から朝一番を知らせる鐘が響く。本来、星々に地の底で暮らす者達の声を届けるために打ち鳴らす清浄な音が戦に使われるというのはなんとも不思議な気持ちになってしまう。



「ロートス支隊気を付け!」

「気をぉつけッ!」



 通りに軍靴の擦れる音が一斉に響く。それと同時に周囲からも号令が響き、キビキビとした所作が聞こえてくる。

 第二城壁に集結した歩兵はおよそ五千。一体どこにそれほどの友軍が潜んでいたのか……。

 もっともその半数はアルヌデン平野会戦で敗北を味わった第一軍集団の残存兵力であり、残りは国民義勇銃兵隊だ。ちなみにエフタル義勇旅団第二連隊は総呼びに編入されているのだが、イザベラ殿下の勅命でロートス支隊だけが攻撃要員として『夏の目覚め』作戦に動員されている。



「本支隊は連合歩兵隊の援護をするのが目的であり、積極攻勢に出ることではない。それを踏まえ、敵兵を一匹でも多く殺せ!」



 言っている事が矛盾している気がするが、ギラギラと戦意に輝くロートス支隊の面々に鷹揚に頷いていく。

 そうしていると進軍を知らせるラッパが吹奏された。



「総員、前進用意!」



 すでに第二城壁の城門は敵の魔法攻撃で吹き飛ばされているのでわざわざ開門する事はおろか、そもそも城壁の一部に至っては大穴が出来ているので各自がただ悠然と前に進むだけだ。

 だがロートス支隊の作戦は本隊の援護だから後から仮称一〇通りのわき道に入って敵の側面に回る必要がある。謂わば遊撃だ。だから本隊が出て行くまで待機しておらねばならない。まったくもってもどかしい。



「主殿、そう待ちこがれるのであればソレガシが空から運んでやろうか?」

「……リュウニョ殿下、ここは危ないです。すぐに待避を」



 そして何故か当然と言うように黒髪の戦乙女が俺の隣に立っていた。

 朝日を受け、濡れ羽のように輝く黒。そのため肌の白さが目立ち、頬についた赤色の鱗が鮮烈な印象を与えてくれる。

 てか第三国の姫様だよな? なんでここまで余所の国の戦争に関わろうとするのだろうか。



「なに、人に早々と討たれる身ではない」

「いや、初めて会ったとき討ち取られそうになっていたじゃないですか」



 確か血塗れで空から降ってきたような気がするんだが。



「あれは油断していただけだ」

「油断って……」

「それにあれ程度でドラゴン族が死ぬ訳がなかろう」



 さすが頂上の種族。エルフなんかが思っている以上に生命力が強いらしい。

 だが死ににくいからといって一国の姫君を危険な目に遭わせて良いわけではない。それに俺の目前で死なれたら責任問題になりそうだし。



「とにかく危ないのでお引きください」

「だがな、イザベラから主殿が無茶せぬよう見守るよう仰せつかっているのだ」

「……殿下が?」

「あぁ、高く買われたものだな。それにソレガシは主殿の戦働きをよくこの目に焼き付けたいと思っている。なに、邪魔はせん」



 なんて強情な。だがその芯の堅さも前世の彼女のようで、なんやかんやで俺が折れてしまう。もっとも彼女と破局した原因である狩猟趣味だけは折れる事は無かったが。



「はぁ。分かりました。しかし何かあればすぐに空にでも逃げてください」

「あい分かった。だがその時は主殿も一緒だ」

「いや、部下を残して指揮官だけ逃げる訳にはいきません」



 そこには泥と埃にまみれたエルフが十人。俺の言葉ににやにやと笑みを浮かべていやがる。可愛くない奴らだ。

 だが一人だけ、ぶすっと顔を曇らすエルフが居た。



「あの、ミューロン、さん?」

「はい、中隊長」



 なんか、完全にご立腹だ。あれか? リュウニョ殿下と親しく話していたからだろうか。



「なにそんなに怒っているんだ?」

「怒ってないよ」



 いや、怒ってるね。あれかな。サヴィオン人を殺し足りないのかな?

 なら大丈夫。今日はやり放題だよ、ミューロン。



「さて、そろそろ行くぞ。一列縦隊。我に続け!」



 そうして王都アルト攻防戦を加速させた激戦――『夏の目覚め』作戦の火蓋が切られた。


作戦名は皆さまご存じの春の目覚め作戦です。あ……(察し



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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