名も無き兵士の戦い【ラーガルランド騎士団歩兵隊より】
「くそ……」
なんと忌々しい街だ。まだ持ちこたえている。第三鎮定軍の上層部は「麦の刈り取りの頃には帰国できる」と噂を流していたが、第七の月に入っても一向に終戦は見えなかった。アルトのセヌ大河北方にある北区下流平民街の多くを征圧下に置き、第二の城門をも魔法で撃ち破ったが敵の抵抗は衰える事が無い。
「あ、またか……」
そこには大路を封鎖するように広がる瓦礫の山がそびえていた。高さはざっと二、三メートルか。こちらの装備が騎士団所属の正規歩兵のものだから武具を合わせても三十キロほどだから登れなくはないのだが、無防備に登坂しているところを蛮族どもは好んで攻撃してくる。
そのため取れる選択肢は迂回しかない。また瓦礫の広がる大路を行かなくては作戦に定められた地点の制圧に赴けないとあっては自然と舌打ちがもれてしまう。
自分の指揮する小隊の仲間達もそれに同意するように重いため息を吐いていた。
「また迂回か」
これも全て頭でっかちの魔法使い共が敵都アルトへ無差別法撃を行っているせいだ。
すでに攻撃が行われて早一週間、城壁は崩れ、家々は潰れて敵国の首都は灰燼に帰した。本来であればその死の街を我々歩兵が闊歩し、制圧するだけのはずだった。
本営ではそれを円滑化するために諸侯に担当の軍区を設けさせ、順次敵の抵抗勢力を潰して区画単位で勢力圏を広げながら最終的に首都全てを制圧するはずだったのだが……。
蓋をあけてみれば法撃により大路は寸断され、迂回しようにも複雑に入り組んだアルトの町並みに作戦は次第に鈍化していった。そしてそんな我々をあざ笑うかのように蛮族は散発的な抵抗を見せて来る。
「くそったれ。引き返すぞ。一本手前の通りから前進する。隊伍を崩すなよ」
その言葉に兵達は疲れを滲ませながら頷いていく。
はっきり言えば限界が近い。
作戦がうまく行かない苛立ちと勝ち戦のはずなのに一向に姿を現さない勝利に重い疲労がのしかかる。その上アルツアルの空模様だ。
今日も今日とて空から小雨が降ってくるし、暑い上に蒸す空気がなんとも不快でたまらない。兜を脱いで何度と分からぬほど額を拭って汗に輝くそれを小脇にしてため息をつく。
すでに攻城に取りかかって三、四週間。まるで迷宮の中に居るようだ。
そんな気だるさを噛みしめながら兜を被りなおすとやっと兵達が隊伍を整えて動き出す所だった。さすがラーガルランド騎士団歩兵隊なだけはある。
この騎士団に入れたことをこの上ない喜びとする兵達は疲労に負けじと顔を引き締め、重い鎧を軽々と着込んで歩き出す。
その一団を引き入れる事に誇らしさを覚えてふと空を見上げると、そこに黒点がある事に気づいた。
それを注意深く見ていると、どうやら小瓶のようなものだと分かった。それがくるくると回りながら放物線を描いて――。
「グレネード!!」
その呼び名は騎士団の上層部から伝えられた。なんでも第一帝子殿下が名付けられたともっぱらの噂だ。
それは小瓶の見た目をしており、どーかせんと呼ばれる物に火をつけて投げる兵器であり、その火が本体に届くと強烈な爆発をするのだと言う。
それならアルト攻略の初戦において見たことがあった。あの腸の千切れるような音を吹きだし、破壊を振り撒く未知の魔法だ。
「伏せろ!」
妙に間延びした時間の中、ゆっくりと落ちてくる物体に身を堅くしながら地面に倒れ伏す。
だが今回投げられたのはグレネードではなかった。くるくると回るそれには導火線ではなく燃えるボロ布が付けられていた。
そしてそれが地面に激突し、耳障りな音と共に瓶が砕ける。だた砕けただけではない。割れた瞬間に液体が飛び散り、それにボロ布を燃やす火が移った。
「あ、あづいいいいい!!」
幸い、こちらまでそれが飛散する事はなかったが、部隊のど真ん中に落ちた瓶から瞬く間に火災が起こり、数人の部下が炎の海に飲み込まれた。
くそ、あいつら瓶の中に油か何かがいれられていたのか……!
と、その時、轟音が響く。グレネードでは無く、じゅうと呼ばれる魔法攻撃だ。
どこからともなく響くその音と共に隣に居た戦友の左膝から下が消失した。
「敵襲!」
法撃で崩れた商店と思わしき建物だった瓦礫の陰に飛び込むと背後から空気を切り裂くような音が聞こえた。危なかった。完全に狙われている!
「敵襲だ! 生きている者は物陰に隠れろ!」
だが散発的な轟音と共に部下達の悲鳴が聞こえてくる。
何より未だ火炎に苦しめられている部下の声が耳に付く。肌を焼かれ、熱された鎧によって炒られる者が人間らしい最期を遂げられるはずがない。
その口からこぼれるのは栄光あるガーガルランド騎士団の兵の声ではなく、優良種たる人間の声でもない。
まるで獣だ。忌み嫌う亜人のそれのような醜い獣の咆哮。
瓦礫から僅かに顔を出してその声の主の最期を見届けようとしたが、その途端、眼前の瓦礫にチュイーンと甲高い音と共に何かが突き刺さった。
「は、ハァ! ハァ! くそ、くそ!!」
完全に見られている。どこに居るか分からぬ敵がこちらを見て狙っていやがる。
なんなのだ! なんなのだ! なんなのだ!?
我々はじきに国に帰れるのでは無かったのか!?
楽な戦だったのではないか!?
もうこの街を守っている奴らの思考を理解できない。奴らの街はここまで破壊されたと言うのに奴らは殺戮の嵐を振り撒くばかりだ。ここの者達には人間性の欠片も無い。もうアルツアル人を理解する事が出来ない。
「くそ!」
そしていつしか静寂が訪れた。
ソッと瓦礫から顔を出しても攻撃される事はないし、痛みに転げ回る部下の姿もない。焼かれていた部下は皆、死んだのだ。
「……何人生き残った?」
周囲を見渡せば三十弱ほどしか兵達の姿が見えなかった。他の部下はどうしたのだろう? 最初こそ五十人は居た筈なのに。
小雨に濡れる躯を数えると十ばかりしかない。他は? まさか逃げたのだろうか? とにかくこのままでは作戦の継続は出来ない。
「戻るぞ」
そしてなんの戦果もあげる事無く、ただ血を流して帰還する……。なんのためにこの地に来たのか、もう分からない。
ただ力なく安全の確保された騎士団本部に足をむけるばかりだ。
先ほどの通りよりかはまだ破壊の爪痕が少ない安全地帯に戻ってくると誰ともなく安堵のため息が漏れた。
そこは先ほどの瓦礫の街と打って変わって平穏そのものだ。なんといっても瓦礫は撤去され、破壊を免れた商店がほそぼそと経営しているほどなのだから。
もちろん忌々しい亜人もそこに暮らしている。だが畏くも第一帝子殿下から住民を傷つける事を戒められている故に手を出せないで居た。あんな奴ら、殺してしまえば良いのに。
そう思いつつ部下を接収した服飾屋に置いてラーガルランド騎士団本営が置かれている宿屋に向かう。そこで事務担当の騎士に作戦の失敗と損害を報告して兵員の補充依頼を出す。
もっとも最近は作戦に失敗しても解任される小隊長はそう居ない。そもそも全体として敵が指揮官たる貴族ばかり狙って攻撃してくるせいで小隊長を勤められる者がごそっと減っているのだ。
「分かった、小隊長。あぁそれと残念だが、貴官が申請していた食料の補充だが、当分待って欲しい」
「な!? なぜ!?」
「補給線が延びているのだ。王都攻略を進める上で補給基地としてマサダ要塞を奪取したが、戦がここまで長期化する事は想定されていなかったためにマサダの食料庫も空だと言う。どの部隊も次の補給は未定だ」
「そんな。で、ですが城外には麦があるでしょう。もう冬撒きの麦の刈り取りも終わっているはず。それを徴収すれば――」
「第三鎮定軍本営がそれを認めておらんのだ。無断で徴収を行えば勅に背いたとして反逆罪からの死刑もありえる。こちらも補給事情は苦しい。どうにかしてやりたいのだが……」
事務担当の騎士の瞳に映る苦悩の色に小隊長は小さく「くそ」と呟く。
この長雨のせいで蓄えていた食糧も痛み出しているし、その上補給も途切れてしまうとは……。
「そ、それじゃせめて兵員の補充だけでも」
「それも……ハッキリと言えば厳しい。傭兵を雇おうにも契約金が今、跳ね上がっているせいで難しいところだ。せめてガリアンルード王国が傭兵の出国に関わる税を免除してくれれば話は違うのだろうが――」
「そんなお上の話をされても困ります! もう我々には兵がないのです。これでは作戦を達成する事はできません」
「現状の兵力でなんとかしてくれ。今は、それしか言えない」
それでも言い募ろうとするが、いくら言葉を尽くしても補給が行われるという確約は得られなかった。
失意のまま本営を後にし、部下達の居る服飾屋に戻ると人だかりが出来ていた。
「おい、何事だ?」
「あぁ、隊長! 亜人の親子が――」
部下の一人が指さすと、上品そうな服――とは言え砂埃などで汚れているが――を着たウサギ耳の母親と思わしき亜人が果物の入ったバスケットを手にこちらを見てきた。その背後には小さい体を隠すようにこれまた白いウサギ耳の少女がこちらを伺ってきていた。
「なんだ。女じゃねーか。てめぇらびびってたのか?」
「いや、そんなんじゃ。なんでも果物の差し入れだとか」
「んなもん受け取れば良いだろ」
「亜人から飯を奪うのは御法度だって――」
確かに第一帝子殿下の勅で略奪は禁止されている。
ふと、バスケットに入った果物に視線を向ければ赤々と熟したスモモが山のように詰められていた。
あの歯ごたえのある実に濃厚な甘さとそれを引き締める酸味のある味を思い浮かべるだけで舌が潤ってくる。
それにまともな食事もここ最近はとっていない。あれなら兵達の精もつくだろう。
「奪っていないのなら、良いだろう。お前等で分け合って食え」
「え? 隊長は?」
「隊長はな、兵より良い飯が食えるってのが相場なんだ。だからわざわざ差し入れを食うこともない。だからてめぇらで分けて食え」
「あ、ありがとうございます!」
わらわらと兵達が亜人に近づいていく。それに若干、意地を張ってしまた事に後悔を覚えつつ背を向ける。
そして服飾屋に入る寸前、ちらりと背後を振り向けば嬉しそうにバスケットを受け取った兵が「並べ」と言っていた。その嬉しそうな顔のさらに後ろに居た亜人の親が慌てたようにそそくさと子供の手をひっぱていく姿が見えた。
それに嫌な予感を覚えるのとバスケットが輝くのが同時だった。
「それを捨てろ! 罠だ――」
戦場で鍛えた危機感が何かを思考する前に伏せる。すると頭上を殴りつけるような衝撃が流れていくのを感じだ。
ひどい耳鳴りと揺れる視界の中、辺りを見渡せば上半身を喪失した部下やボロ布のようになった者達が映った。
くそ、なんなんだ。なんなのだ!? 果物が爆発した? バカな! いくら蛮地とは言え果物が爆発するか。なら仕掛けがされていたに違いない。そうか、グレネードだ。あれのどーかせんの長さを調整して時間差をつけたに違いない。
「くそったれが!! 殺せ! ウサギの耳をした亜人を殺せ!」
朦朧とする意識の中、叫ぶだけ叫ぶ。すると服飾屋の中で休んでいた兵達が飛び出してきて、この騒ぎに呆然とする。そんなのろま共の尻を蹴るように「亜人を捕まえろ!」と命令を口にする。
そしてバタバタと得物を片手に駆け出す兵達。そのうち、吐き気を覚える目眩が収まると鼻につく悪臭に辟易を覚えた。
硫黄の燃える臭いに中身がぶちまけられた人の臭い。それらを認識すると共にやるせない怒りを覚える。
こっちがなにをしたと言うのか!? 人間族を亜人の魔の手から解放するためにやってきたと言うのにどうしてこうなるのか!?
やるせない怒りが湧きだし、視界を赤に染める。
「隊長! 捕まえて来ました! 女も子供もです!」
「こ、子供だけは! どうか子供だけは!」
目に涙を浮かべて懇願するソレにまず一発のパンチをお見舞いする。すると少しだけ静かになった。
それから餓鬼の方を見る。年の頃は……十四、五か? その小さい顔が「は、離せ! この侵略者!」と唾を吐き出すように言う。
「そこの店は母さんのお店よ! 出て行きなさい! この薄汚れた――」
その生意気な餓鬼の頬をひっぱたく。
「よし、てめぇ等。回して良いぞ」
「良いんですかい隊長!」
「ただし餓鬼だけだ。女は耳を削ぎ落として縛っておけ。そんで自分の娘が犯される姿をよく見させろ。明日、処刑する」
「で、ですがそれは勅に背くのでは……」
確かに勅には略奪と共に現地民への暴行を禁じるとあった。
だが――。
「かまやしない。それに勅は現地民への暴行を禁じているのだろ? こいつはまず民じゃ無い。亜人なんだ。亜人は全て殺すに限る。
それにラーガルランド様は略奪に寛容だ。我々の怒りも分かってくれる事だろう」
「わかりやした!」
そう、これは正々堂々とした戦争ではない。亜人の数を一匹でも多くこの世から消し去る駆除なのだ。
ならば何も遠慮はいらない。
「おい、何人かつき合え。物資の調達に行くぞ」
「調達ですか?」
「亜人が食い物を持っていたら食い物がかわいそうじゃねーか。だから食糧を助けに行くぞ。これは略奪じゃなくて救出なんだ!」
そして禁忌は破られた。
瓦礫の町並みの中、細々と営業していた肉屋に押し入ってその店主をしていた狼耳の男を殺し、肉を手に入れる。
「き、貴様等何をしておるか!」
そうしていると近くに居た別の部隊がこちらを見咎めてくる。だが彼らも強くは出てこない。
誰しもが今の戦局に暗雲を感じ、そして補給に苦しんでいるのだから。
「この物資は亜人のだ。殿下は住民からの略奪を禁じたが、亜人は民か? 否であろう! どうせ亜人の腹に収まるのなら、その前に我らが接収した方が肉のためにもある」
「……なるほど。ならその肉を我らも手にする権利があるな?」
「もちろんだ!」
そしてラーガルランド騎士団の軍区には野火のような速度で浄化が行われ出した。
騎士団上層部はそれを止めようとしたが、「人間に手を挙げるべからず」の布告を出して沈黙した。もう手が着けられないのだろう。
当たり前だ。勝利を見いだす作戦を取らず、補給の管理も出来ない騎士団上層部が今の我々をどうこう出来る訳がないのだ。
歩兵「(略奪行為を)見とけよ見とけよ」
ラーガルランド「(勅令の手前)やめろォ(建前)、(物資不足の現状のため)ナイスぅ(本音)」
遅くなって申し訳ありません。いまだしゅらしゅらしております。
それと略奪レイプシーンで胸糞ごめんなさいです(なお警告はしない)。
ただ攻城戦の敗者側は基本的にこうなるんでま、多少はね?
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




