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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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二人の曹長

 王都アルトは王都と名のつくように王城のあるトロヌス島を中心に街が作られている。

 と、言うのもトロヌス島にはアルツアルの国政を司る王城やそこに勤める一握りの上級貴族が住み、セヌ大河を挟んで貴族や豪商などが暮らす区画――通称上流平民街が広がっている。

 てか、貴族居るのに『平民街』という名前で良いのだろうか? あれか? 貴族が増えてトロヌス島が狭くなったから岸辺に進出してきたけど名前までは変えられなかった的な?

 そんな事を考えながらとある貴族の館にたどり着いた。と、言ってもこの館にもう貴族は居ないのだが……。



「ねぇ、ロートス。ここが国民銃兵隊の駐屯地なの?」

「みたいだな」



 隣を歩いていたミューロンが立ち止まり、その館をしげしげと見つめている。その碧の瞳に宿るは不信感だろうか。下唇を噛んで苦虫を潰してしまったかのような表情を浮かべている。

 と、言うか今回の訪問は俺一人でも良かったんだけどなぁ。まぁミューロンがどうしても付いて来たいと言うから断り切れなかった。それに隣に美少女が居ると



「亡命なんて。ヒドイよね」

「まったくだ。だけどおかげで国民銃兵隊は雨風凌げるんだ。俺達もどうせなら御貴族様の家で寝泊まりしてみたかったな」



 ちなみにエンフィールド大隊はアルトの豪商から接収した倉庫が駐屯地となっている。

 一応、俺は士官と言うことで個室は与えられているが、そこは倉庫の事務所に床を敷いただけでの超テキトーな寝所だ。



「あの部屋って風通し悪いよね。汗疹ができちゃった」

「ミューロンもか。俺もだよ」



 風通しは悪いし、着替えの軍衣は無いしで衛生状態は最悪。それに日毎に気温があがって行くし、毎日の雨で湿度は高いしで不快指数が低下する日はない。本当になんて国だ。エフタルならもう少し涼しい初夏だったのに。くそ、故郷を奪ったサヴィオン共め。絶対殺してやる。



「そう言えばラギアもこの間、食い物が傷むって嘆いていたな」

「あ、昨日の物資集積所に行ったとき? もう。わたしも連れてってよ」



 ぷくぅと頬を膨らまして抗議する幼なじみに表情が緩んでしまう。あぁくそ、かわいいなこの生き物。

 とは言え中隊副官としての仕事もしてほしいものだが。



「まぁ昨日は大勢で押し掛けるとラギアに迷惑になると思ってさ。それに物資の荷運びのために分隊を連れている上でリュウニョ殿下も来ていたんだ。もういっぱいだろ」

「リューニョは良くてわたしはダメなの?」

「実を言うとリュウニョ殿下も付いてきて欲しくは無かったんだけどな」



 リュウニョ殿下は気まぐれのようにフラリと現れてフラリと去るようなお人――ドラゴンだから注意はするが、あんまりそれの効果があるとは言いにくい。それに前世で付き合っていた彼女とそっくりなため身分差云々以前のところで強くでれないというのもある。

 だがリュウニョ殿下は他国の者であり、アルツアルの内情を直接見せるのは躊躇われてしまう。ぶっちゃけ気分的には他所の会社の人が自分のパソコンを覗き見ているような状況だろうし、それは出来るだけ阻止したいのだが……。はぁ……。

 あのドラゴン様はどこまでこの戦争に関与するつもりなのだろう。



「むぅ。ロートスが迷惑なら断ればいいじゃん」

「そう言うなって」



 上に強く出る事もできず、部下からの突き上げにあう。いつのまに俺は中間管理職になってしまったのか。まったくうま味のないポジションだ。



「さて、取りあえず行こうか」



 とにかくまず最初の目的を果たそう。



「確か第八小隊だったよね」

「そうだ。今思い出してもあいつの威勢のよさは良かったよ」



 先の戦闘で国民銃兵隊は作戦策定時の想定を上回る戦果をあげてくれた。もっとも当初はエンフィールド大隊が迂回して敵の背後を取るまでの時間稼ぎさえ行ってくれればと思っていたものだ。

 だが蓋をあけてみればあの生意気な少尉のおかげでサヴィオン軍は見事に挟撃され、混乱のまま敗走する事になった。その状況判断能力をかって少尉に昇進とエンフィールド大隊への転属を伝える辞令をこうして届けに来たのだ。



「第八小隊に用がある。場所は?」



 まずは貴族館の門衛――国民銃兵隊の当直分隊に入営の話をつけ、それから道行く傍ら第八小隊を探す。

 なんと言ってもこの屋敷は元伯爵家のものらしく、結構な広さを誇っている。そんな家もすでに主は無く、国民銃兵隊を直卒するイザベラ殿下が臨時の家主となっていると聞いた。ちなみに他にも亡命貴族やこれまでの戦闘で戦死した貴族の家を接収したりして臨時の駐屯地を多数作っているとか。

 俺達にも一軒くらい紹介してほしい。



「おい、第八小隊はどこだ?」

「あぁ。我々であります。えと……」

「大尉だ。エンフィールド大隊の――」

「エンフィールド大隊のエルフの大尉!? と、言う事は騎士殺しのロートス大尉ですか。我々がその第八小隊です!」



 場所は屋敷の庭の一角。そこには分解した燧発銃(ゲベール)に油を差す兵達が十人ほど居た。その誰もが市井に出れば紛れ込んでしまうようような私服姿に左腕に赤、青、黄のアルツアル国旗を模した腕章を取り付けている。それに軍帽を被れば晴れて国民銃兵隊の制服だ。



「皆、そのまま。小隊長はどうした? 実は辞令を持ってきたんだが――」

「小隊長殿は戦死されました」



 一番始めに話しかけた禿頭の男がそう言った。

 その言葉に意味が分からないとばかりに目を見開くと彼は「昨日まで生きていたんですが」と言葉を濁す。



「実は先の戦いで負傷されて。左足だったんですが、壊疽を起こして昨日ポックリと。今は私が臨時に第八小隊の指揮を取っております」

「……貴様は?」

「下流平民街ガラス区区長のジャンと申します。昨日付けで曹長をしております」



 彼はツルリとした頭を撫でながら「区の代表をしていたので、その流れで指揮を取っております」と困ったように言った。

 そしてマップケースの中に忍ばせていた少尉への辞令がただの紙屑になった事を知り、重いため息が漏れそうになるが、寸前の所でそれを飲み込む。

 くそ、死んじまったのか。まぁ生意気な奴だったしな。だが、その威勢の良さが先の戦を勝利に導いてくれた。

 彼は有能な士官だったのだろう。それなのに俺は優秀な彼を囮として使ってしまった。

 その事実が胸が締め付けられる。

 いや、そんなのは偽善だ。戦場じゃ数えきれない人が死んでいる。俺はただ悲しみを痛みに変えて心の平穏を取ろうとしているに過ぎないんだ。

 あぁなんてバカな男。誰かの死も心を鎮めるために使うだと? そんなバカな事をするとはいよいよ救いようがないな。もう失笑ものだ。



「く、フハハ。そうか。ジャン曹長。まずは曹長昇進おめでとう。なにそう気張る事は無い。俺も最初は村長の家系と言うことで隊を預かった身だ。なに、思ったより簡単だから安心しろ」

「そ、そう言って頂けるとは……! このジャン。老骨ではありますが、粉骨砕身して御国に尽くす所存です! なぁ!」



 すると銃を整備していた兵達が苦笑を浮かべながら「気張りすぎてぽっくり逝かないか心配ですな」と言う声があがる。



「う、うるさいわい!」

「まぁジャン区長は孫娘のためにそう死ねんだろうしなぁ」

「大尉殿。区長の娘が獣人に惚れましてな。孫守るために戦うと息まいておるのですよ」

「こら! 大尉殿に余計な事を言うな!」



 ……なんとも賑やかな部隊だろうか。

 チラリとミューロンを見れば彼女もタハハと困ったような笑いを浮かべている。まぁ身内故の結束力のある部隊のようだ。



「なに、サヴィオン共には負けませんぞ!」

「その意気だ曹長。だが、見たところ部隊は小隊規模でしかないようだが、他は?」

「あぁ。死んだか、傷のせいで歩けないのです。我らが第八小隊も直に再編されるとか」



 うーん。どこもそんな感じか。俺の指揮する中隊も先の戦いでだいぶ損耗している。それを無理矢理再編して部隊としての体裁を取ろうとしているせいで以前まで種族ごとに分かれていたのが今では一緒くただ。



「おんやぁ? こりゃ大尉さんじゃないですかい」



 やれやれと思っていると背後から粗野な色を含んだ声が投げかけられた。その声の主には心当たりがある。



「アンリ曹長……だったな」



 振り返るとそこには俺と同じ肌の色をしたエルフがにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。

 金髪碧眼と言うエルフらしいエルフの青年。歳は俺より二つ上だったはずだが、その雰囲気の軽さからより年若いような感じが漂ってくる。

 そんな同族を前にしてミューロンがそそくさと俺の背中に隠れようとするが「臨時少尉さん、そんな恥ずかしがらんでくだせぇ」と濁った緑の瞳を向けてくる。その汚らわしい視線がミューロンに向けられるのを防ぐように一歩前に出れば彼はますます汚い笑みを強くした。



「お熱い事ですな」

「エルフの恥曝しめ。とっとと失せろ」



 するとアンリは嫌だなぁと降参するように木製手錠をはめられた両手を上げる。

 そんな彼にサヴィオン人に向けるとは別の怒りを覚えていると鎧の軋む音が近づいてきた。



「これは大尉! 失礼をしました。おい、アンリ行くぞ」

「やだなぁ看守さん。いや、中尉さん。小隊先任曹長は小隊の指揮を円滑にするために手かせのみをはめること――つまり行動の自由は軍規に書かれている歴とした権利ですぜ」

「黙れ! 口答えするな長耳! さっさと戻るぞ!」

「やれやれ。せっかく娑婆の空気が吸えると言うのにまた牢獄暮らしですかい。まぁこうして出歩ける上に他所様を殺して良いって言うのですからイザベラ殿下万歳でさぁ――」



 するとアンリを連れ戻しに来た騎士中尉が籠手をはめたまま彼の頬を殴り飛ばす。



「貴様、囚人と言う身分を忘れたか。黙って付いてこい!」

「――申し訳、ありませんねぇ」



 そして殴られたアンリは非常に楽しそうに口角を歪め、笑みを作る。



「大尉。お見苦しいところを」

「いや、いい。それより早くこいつを牢に戻せ」

「はい」



 「おら、歩け!」と乱暴な声が庭に響く。それを見ていた周囲の兵達は誰からとも言わず二人から距離を取るように離れていく。

 そう、みんな関わり合いたくないのだ。

 だって奴らは第九九九執行猶予大隊――通称オステン大隊の連中だから。



「……わたし、あいつ嫌い」

「好きな奴なんか居るか。一年で五人殺した快楽殺人者だろ」



 王都アルト中心を流れるセヌ大河には三つの中州がある。その中央が王城のあるトロヌス島であり、その東にあるのがオステン島だ。オステン島には王城防衛兼重犯罪者収容施設となっているオステン監獄があり、イザベラ殿下はその囚人を国民銃兵隊に編入した。

 その訓練を担当したのが俺であり、ミューロンはそんな俺にくっついてきていたがために同族としてアンリが近寄ってきたのだ。もちろんミューロンに手を出させる事はさせなかったが。



「いくら人手が足りないからと言ってもな」



 どう考えても徴兵不適格者だ。そんな重犯罪者を集団で運用できるわけが無い。

 と、ほとんどの士官が思っていたが、蓋を開けてみると先の戦いではそれなりの戦果を上げているので表立って部隊の解散を願い出れないのが現状だったりする。

 あいつら、士気は低いくせにいざ敵の掃討となると嬉久として戦場に飛び込んでくるのだから現金なものだ(おまけに掃討戦は完璧にこなすという)。

 そんな連中の背中を忌々しげに見ていた禿頭の曹長が小さく「国民銃兵隊の汚点です」と言った。



「あいつ等と来たら……。早々に死刑台に立たせるべきです。アンリに限らずあそこの連中は禄な連中がおりません。

 この間もうちの部下といざこざを起こしておりましたし」



 オステン大隊の連中には規律と言うべき規律が無い。まぁ中隊の先任下士官があれだから察するべきなのだろうが。



「殺しが好きな変態どもなんて。あぁ嫌ですな。気持ち悪い」



 吐き捨てるように言う言葉に思わず同意しそうになるが、よくよく思うとミューロンも楽しげにサヴィオン兵を殺していたな。いや、あれは快楽で分別無く殺すのではないのだから比較すべきでではないはずだ。そしてミューロンを見やれば、彼女は気まずそうに俺から視線を外すのだった。

 あれー? ミューロンさん? 俺ってもしかして快楽でサヴィオン人を殺している風に映っているんですか?



「ご、ゴホン。それよりこれからも頼む。もしかするとエンフィールド大隊への出向――早い話が大隊再編として国民義勇銃兵隊から人を引き抜く事もあるだろう。その時はよろしく頼む」

「はい! ありがたき幸せ」



 まるで騎士のような受け答えに先ほどの苦みを多量に含んだ感情が流れ出すのを感じた。

 さて、俺も気分を入れ替え――。

 その時、空気を切り裂く音が聞こえてきた。空気――?

 ふと、頭上を反射的に見上げた瞬間、頭上を何かが飛び越えていった。あれは、ドラゴンか? いや、違う。あれは、氷塊だ。

 頭上を飛び越した氷塊が弧を描きながら屋敷の前の通りに突き刺さる。

 それも一つだけではない。次々と雹が降るように凍りの固まりが投射されてくる。それも狙ってと言うよりばらまくように。



「む、無差別攻撃か!」



 そう言えば王都での戦ではあいつらは城内に氷を投射して来なかった。そのおかげでこちらは有利な状況の中、戦の主導権を握れたのだ。それなのにこうして制圧砲撃をされるとは――!



「ミューロン、中隊に戻るぞ」

「う、うん!」

「お二方! お気をつけてくだされ!」



 声援を背後に駆け出すが、営門のところに着くと門が閉められていた。

 門衛に「おい、門をあけろ。原隊に帰らなくちゃいけないんだ」と伝えると、当直分隊の長らしき臨時少尉が出てきた。



「お待ちください大尉! 門の外を見てください! 近隣の住民が保護を求めてやってきているんです。門をあけたら混乱は必須です!」



 その言葉に大路に目を向けると、そこにはここに逃げ込もうとする民達が門にへばりついてた。その門へは当直分隊が総出でとりつき、門が破られないよう押さえていた。



「くそ……!」

「どうしよ。このままじゃ帰れないよ」



 その間にも氷塊が降り注ぎ、アルトの町並みを抉っていく。

 まったくどういう事だ? 確かにサヴィオンはその強力な魔法攻撃でエフタルやアルツアルの街を征してきた。それが王都になった途端、その攻撃は消極化してしまっていたのに。

 どちらにしろサヴィオンはやっと本腰を入れて攻城に取りかかり出すのだろう。



「くそ……」



 今日は昇格を祝おうとした少尉が戦死していたし、アンリの野郎には会うし、そしてこの制圧砲撃だ。



「厄日だ」



 その言葉は近くで起こった着弾音によってかき消された。


私の投稿が遅いのではなく世界が回るのが早いんだと思うんですけど(迷推理)


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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