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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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戦争好き

 シトシトと降る冷たい雨に顔をしかめる。サヴィオン軍が王都にやってきてすでに一週間ほど。アルツアルは夏の長雨に見舞われ、しばらく青空を拝んでいない。

 そんな中、北方街道に屯するサヴィオン軍に動きが出た。再度の攻勢である。

 彼らはすでに初戦において北方街道の城門を打ち破りこそしたものの、こちらの逆襲によって攻撃は頓挫。攻撃発起点である城外まで押し出す事に成功した。

 簡単に言えばサヴィオンの敗北だ。なんてすがすがしい事か。

 だが遺体を検分した者曰く、有力な貴族や帝族の戦死者はおらず、捕虜もめぼしい者は居なかったとの事だ。


 サヴィオンにとっては勝ちを焦って失敗したというところだろう。ちゃんと事前偵察をしてこちらの陣容を把握していれば十字砲火なんて受けなかったろうに。

 だからこそ今回の攻勢では物見遊山気分の奴は一人も居ないはずだ。とは言え、相手がどんな気分でもそれを殺さねばこちらが殺されてしまう。だから全力で抵抗させてもらおう。


 だがサヴィオンの攻勢が長雨が合致してしまったのはよろしくなかった。こんな環境では火薬が湿って発火できない可能性も高まってしまう。

 そんな忌々しい空から壮麗な大路を見やる。

 道幅およそ五十メートルの石畳という非常に整備された道路であり、戦前は何台もの馬車が行き来したことを想像させた。

 その道路の脇に立つのは宿屋や大店が多く、御者が来ては去ってはを繰り返していたのだろう。

 そんな賑わいを見せていたはずの大路に別の賑わいがやってきていた。



「近衛騎士は別方面の防備に出てて抽出できるのは銃兵のみ、か。おまけ大路の死守命令まで出てるし。今日は厄日だな」



 軍帽の唾から垂れてきた滴を身にまとったテントの袖でふき取る。

 そう、眼前にはサヴィオン軍歩兵がざっと五、六千人は広がっていた。それに対するはアルツアル国民義勇銃兵隊六百。なんとか期間ギリギリで訓練を施した精鋭達だ。と、言ってもそれは国民義勇銃兵隊から見た精鋭であり、エンフィールド大隊第一中隊と比べればまだ赤子も同然の練度なのだが……。



「そう? サヴィオン人を殺せるんだから吉日だと思うよ」



 と、隣に立つミューロンが朗らかに言った。その笑顔だけでこのジメジメする空模様でさえ愛せそうになる。

 それに彼女が忙しなく身にまとったテントの袖で顔を拭う所作が可愛らしい。なんだろう、洗顔する女の子を見ていると顔ではなく心が洗われているような気がする。



「もう。惚けててないでよ」

「そ、そうだな。少尉!」



 その声にガシャガシャと鎧の擦れる音をたてながら一人の年若い騎士がやってきた。以前、反抗的な態度を取っていた少尉だ。

 だが今はその反抗的な態度は身を潜め、緊張で顔を強張らせている。それによくよく見ると青年というより少年に近い風貌をしていた。もしかして成人の儀をすましたばかりなのかもしれない。



「なんでしょうか」

「この場の指揮を任せる。家柄は伊達じゃないだろ」



 すると少年の顔が見る見る青くなっていった。この前の威勢はどこにいったのやら。ここまで来るといっそのこと微笑ましいという感情を覚える。

 と、は言え俺は成人の儀さえすましていないからな。まぁ舐められる容姿は態度で誤魔化すしかない。



「じ、自分にはできません!」

「出きるか、出来ないじゃない。やれ。これは命令だ」



 例え相手がひよっこでも労力になるのなら使う。それが前世の会社の鉄則だった。まぁ俺も一つの企画を任された時、先輩に同じような言葉をかけられたものだ。



「なに簡単な話だ。少尉は迫りくる侵略者に対し攻撃をするだけでいい。そうだな。敵があのオレンジの屋根の店があるだろ。あの店だ。分かるな? あの店を敵が越えたら射撃をさせろ。それだけでいい。号令は分かるな?」

「は、はい」

「よろしい。ならば問題は無い。君はあの店まで敵が接近したら射撃をさせる。簡単な任務だ」



 この仕事がどれほど簡易な事かと言い聞かせるように何度も同じ言葉をつぶやく。そうして任務が達成できるかとの疑問から重複する言葉の煩わしさに意識を向けさせる。この洗脳――ごほん、説明で彼は疑問を覚えることなく任務を遂行してくれるだろう。



「――以上だ。大丈夫だな」

「はい」

「では健闘を祈る」



 まぁ普通、敵が銃撃にひるまず接近してきたらどうすれば良いかとか、雨の中の装填動作についてとか、部隊が壊走したらどうするかとか聞くべき事は山ほどありそうだが彼は口の中でしきりに攻撃手順について呟いていて気付く素振りが無い。きっと緊張のせいで頭が回っていないのだろう。

 それに気づいて居ながら指摘せずに歯車たれと洗脳するんだから俺も悪い上司になっちゃったなぁ。



「よし、これよりロートス支隊は作戦行動に移る」



 今回、俺が直接指揮を執るのは十名ほどのロートス支隊のみだ。

 他の中隊面々はリンクス臨時少尉の指揮の下、作戦に取りかかっている。



「各自、我に続け!」



 肩に背負っていた銃を両手で握り、主戦場となっている大路から細路地に入る。

 そこを走りながら脳内の地図に過ぎていく風景を書き加えていく。そして目当ての距離を走るとそこにあった店の裏口にたどり着いた。裏口と言っても他者の進入を拒むように板壁で囲われ、戸には鍵がかかっていた。だが木製のそれにどれほど耐久性があるのか。

 二、三度タックルをすると鍵ごと蝶番が吹き飛び、入り口が出来た。



「よし、行け行け行け!」



 そこにミューロンを先頭に兵達が続く。次は家そのものの扉が立ちふさがるも、ミューロンが躊躇いなくノブに向けて銃床を叩きつけた。

 ストックエンドにつけられた鉄とノブが鋭い金属音をあげるも、質量の差からノブがひしゃげ、バキリと鍵の折れる音が響く。

 それを合図に兵が突入する。どうも小物細工の大店らしく裏方には工房と思わしきスペースがあり、表には口を大きく広げた商店となっていた。その二階にあがると居住空間となっており、いくつもの部屋が広がっている。



「大路が見える部屋を押さえろ。戸は閉めるな。それと窓もまだ割るなよ!」



 さすがに慎重に部屋に入るとそこは寝室らしく部屋の中央にベッド、壁際にクローゼットが置かれていた。

 内装は質素な白。店で成功しつつも堅実な生き方をしてきたという雰囲気を感じつつ、ゆっくりとカーテンの吊された窓際に寄る。眼下にはちょうど大路を進むサヴィオン軍歩兵の姿が映った。

 皆、鱗のような鉄片を布に縫いつけた鎧を着ている。そんじょそこらの傭兵とは装備の質が違うな。正規の歩兵なのだろうか。


 そう思いつつ濡れた手をカーテンで拭い、ついでに銃も出来るだけ水滴を落とす。それからポーチに手をやり、カートリッジを取り出す。油紙で梱包されているおかげでまだ濡れていないようだ。

 それを噛み千切り、火皿と銃口にそれを注ぐ。頼むぞと念をかけながら油紙ごと椎の実型の弾丸を押し込み、込め矢(カルカ)で軽くつく。


 他のみんなは準備できたろうか。不安になって部屋を出ると二つの部屋から兵が顔を出していた。

 どうも装填は終わってるようだ。彼らに無言で頷き、手招きをする。きっと彼らは人数のせいで部屋からあぶれた者達だろう。

 そんな彼らと共に窓から少しだけ顔を出す。

 すると歩兵達が行進を辞めていた。場所は国民義勇銃兵隊の少尉に示したオレンジの家の手前だ。どうやらまだ堪えてくれているらしい。



「我らはサヴィオン帝国第三鎮定軍ハルベルン騎士団副団長であるカイル・ハルベルンである。我らは貴軍のこれまでの敢闘を鑑み、降伏を打診する。諸君等は祖国に恥じることなく戦った! その力を今度は王国復興のために――」



 長々とした調べだな。

 と、ふと名乗りをあげた騎士の側に五人の杖を持った兵達が居ることに気づいた。



「おい、他の部屋に伝令をしてくれ。指揮官は俺がやる。魔法使いの狙撃は任した。なお、目標が被らないようにと伝えてくれ」



 兵の一人がそれに頷き、音もなく出て行く。残った兵には俺が指揮官を打ち損じた時のバックアップになってもらう。

 こんな調整も長々たした名乗りのおかげで滞りなく終わり、狙撃の体勢が整う。



「ダメだ。名乗りが終わるのを待つなんて無理だ。我慢ならん。く、フハハ」



 撃鉄を押し上げ、狙いをつけ――。

 轟音と白煙、そして火花。

 弾丸が論説を垂れていた騎士の鎧を貫通し、左肺を破壊する。その上、鎧に縫いつけられていた鉄片が銃弾によってひしゃげて傷口に食い込む。

 その銃撃に連鎖するように隣室から銃声が飛び出してゆき、魔法使いが次々と倒れていく。



「撤収! 撤収!」



 いつまでも狙撃地点に留まっていては敵がやってきてしまう。それにこちらの銃撃は音と白煙を共って非常に派手なのだから一撃を加えれば居場所が露見するというもの。

 だからまず逃げだ。

 階段を駆け下り、裏口の側で「早くしろ!」と兵達に声をかけていく。その先頭を行く兵がまず裏路地の安全を確保に走る。



「ねぇロートス! 命中したよ。魔法使いの頭がね――」

「ミューロンそれは後だ。お前が最後だよな?」

「むぅ。そうだよ」

「よし、行くぞ。こっちだ」



 そして次のポイントに向かって走る。作戦の通りであれば次は……。

 その時、爆音が響いた。それは国民義勇銃兵隊の方角ではなく、その真反対。五千はいた敵歩兵の最後尾からだ。

 その音めがけて路地を行くと、細い視界の先に溢れんばかりのオークを見つける事ができた。



「北風! 俺たちは北風だ!」



 見方を告げる符号を叫ぶと、そのオークが気づいた。彼は隣にいるオークに話しかけ、こちらを指さす。



「おぉ、ロートス大尉だ! 路地から出るのは味方だ。攻撃するなだ!」



 路地から飛び出すとそこには三列の横隊が組み上げられていた。

 第一列にはオークが主体である第四小隊が、その他の小隊は二列横隊を組んでその攻撃を見守っている。もしかして銃が濡れて使えないのだろうか。まぁてつはうなら陶器製の器の中に火薬を入れてあるから水の中に落としたり、火縄さえ濡らさなければ使えるのだろう。

 そして六十メートルは先の敵めがけオーク小隊の豪腕がてつはうを放り投げているところだった。



「リンクス臨時少尉! 居るか!」

「はい、こちらです!」



 その戦列の中央。そこで手をふるワーウルフ族が見えた。どうやら別の路地を使った迂回行動が成功したようだ。これで敵は前後を挟まれてどうしようもないだろう。



「そのまま指揮を執れ。ロートス支隊は第四小隊の援護する!」



 第四小隊を中心にロートス支隊が列に加わる――と言ってもこちらは先ほど敵の指揮下を狙撃してから装填もしてないし、雨に濡れたせいで銃はただの筒と化しているのだが……。

 だがそんな事お構いなしにオーク小隊がてつはうを投げつけるおかげで敵は混乱の極みに達し、それから逃げようと前に進むも国民義勇銃兵隊の洗礼を受ける羽目になった。

 そんな中、前方から猛々しいマーチが聞こえだした。それは打ち鳴らされる太鼓であり、笛であり、そして国民銃兵隊の軍靴がリズムを織りなす。



『諸族よ武器を取れ! 隊伍を組んで前に進もう、進もう! 自由を汚す者を打ち倒すために!』



 曲名は忘れたが、とあるアルツアル王が出征のために作らせた曲だったはず。それを太鼓と笛だけに編曲したその音色はついに暴力の原動力となり、遠くから「着剣!」という号令が聞こえてきた。あの少年然とした少尉、やるじゃないか。やっとあの威勢が戻ったか。

 あぁ良いね。非常に良いね。嬉しいねぇ。

 耳に届くは心地よい阿鼻叫喚。あぁくそ、なんだろうな。脳内麻薬のせいで笑いがこみ上げてくる。



「く、フハハ! 総員着剣!」



 隊伍を組んだ兵達が一斉に銃床を地面に下ろし、左腰に吊られた銃剣を引き抜くやそれを銃口にさしてロックさせる。

 それを見ながら銃を背中に回し、父上の形見である小刀を引き抜く。すると手が若干ふるえている事に気がついた。

 そりゃ怖いさ。相手は倍以上いるんだから。だが、それでも攻撃は止められない。

 なぜならそれが非常に楽しそうなのだから……! そう、楽しいからこそ俺は笑う。口元をひきつらせながら楽しい楽しい戦争をするために。



「攻撃目標、前方の敵集団! 突撃にぃ! 進めぇ!」



 その声にどこからともなく歌が生まれる。

 どいつもこいつも歌って走るとか精神のタガが外れてるとしか思えないな! これは祭りじゃないんだぞ。



「我ら敵とまみえれば、それを果敢に討ち倒そう! 我らを仇なす敵とまみえれば、それを屈服させよう!

 栄光よ!(グローリア) 栄光よ!(グローリア) 栄光よ!(グローリア) 神々よ我に勝利の栄光(グローリア)を授け給え!」



 そしてふと歌っているのが自分である事に気づいた。なるほど、度し難い気狂いは俺自身であったか。

 それはそれで良い。楽しいからな! く、フハハ!

 そして敵の集団に飛び込む。敵は初撃で指揮官が戦死していたためか、唐突なてつはうの攻撃と銃撃に混乱を極めており、まともな反撃がとられる前に次々と血に沈んでいく。

 中には武器を捨てて投降する者さえ居る。



「運が無いな! 他の部隊だったら捕虜になれたかもしれないのに!」



 無防備に両手をあげた敵兵の首もとに肉厚の山刀がのめり込む。

 赤色が噴出し、雨よけにしていたテントを濡らしていく。だがそれも止むことのない雨粒に押し流されてしまう。



「く、フハハ! 雨もたまには良いな!」



 一応、作戦は第三段階まであり、まず国民義勇銃兵隊が囮となり、その間に第一中隊が迂回して背後を取るというのは第二段階なのだ。本当ならエンフィールド様直卒の大隊主力が最後に突貫、敵を殲滅すると言う作戦だった。

 そう、エンフィールド様が現れる頃には戦闘が佳境も佳境になってから。故にエンフィールド様は苦笑を浮かべて言った。



「君は本当に戦争が好きだね」

少尉さんの細かい名前や容姿は決めてませんが皇国の守護者で言えば漆原少尉のような新人士官な感じです(なおラスト……。



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