王都突入
名乗り合いなんてまどろっこしい物をしていたせいで相手に先手を取られてしまった。
城壁からおよそ百メートル先に設置された投石器が唸りを上げて巨石を放り投げて来る。それに呼応するように城壁上に展開したエンフィールド大隊第三中隊から再編された臨編砲兵中隊が攻城兵器郡に対射撃を開始する。
「お、サヴィオンは中々やる気だな」
思わず感嘆が漏れたが、サヴィオンは投石器を守るためか横隊を組んだ歩兵が前進を始めた。
それに対し、隣に立つウェリントン砲兵大尉は元来騎士では無いというのに落ち着いた口調で対応し始めた。
「陽動に惑わされる事は無い。第一小隊は急ぐ事なく評定射を続けよ。他の小隊は別名あるまで待機」
城壁上に展開された木砲は総じて十二門あり、予備砲身が二十四門備えられている。
臨編砲兵中隊の面々の半数は国民義勇銃兵隊から引っ張られてきた力自慢の獣人達であり、主に弾薬の運搬や砲身内清掃といった簡易な行為に徹し、砲兵として習熟を見せる元第三中隊員達が仰角や方位の調整をしたり、観測にあたっている。
「中隊本部直轄観測分隊より伝令なのじゃ!」
砲声を縫うようにハミッシュが駆けてくるとウェリントン大尉の前で敬礼をした。
「評定射よし!」
「よろしい! ハミッシュ軍曹は伝令として各小隊に以下を伝達せよ。各小隊は効力射を開始し、各々の目標を破砕せよ。第二、第三小隊は投石機を、第四小隊は歩兵を攻撃。以上。復唱」
「各小隊は効力射を開始し、各々の目標を破砕せよ。第二、第三小隊は投石機を、第四小隊は歩兵を攻撃なのじゃ!」
「うむ。では行ってくれ」
ピッとした敬礼をして去りゆく親友が一瞬だけこちらを見てウィンクをして行った。まったくかわいいやつめ。
それに苦笑を浮かべるとウェリントン大尉も同様にはにかんでから近くに居た中隊付きの兵を呼ぶ。
「第一小隊に伝令! 第一小隊は砲身交換後、待機せよと伝えてくれ」
「ハッ! 命令を復唱します。第一小隊は――」
さて、砲兵はやっと落ち着いたか。
そう思っていると風切り音と共に頭上を何かが通過していった。その音の流れる向きを見やれば、一抱えはありそうな巨石が城壁内の民家に飛び込む瞬間をとらえた。
反射的にウェリントン大尉と視線を交わらせる。
「うわ、家が一瞬で倒壊しましたね」
「あれは、ちょっと怖いな」
落ち着いた声ではあったが、メガネの奥の瞳にはその言葉通りの感情が潜んでいるようだった。
先ほどリュウニョ殿下は俺の事を剛胆と言ってくれたが、本当の剛胆さを持つのはこの人かもしれない。
「どうかしたのかね?」
「いえ。錬金師と言う職を甘く見ておりました。ご無礼を」
「よく分からないが、気にする事はない」
照れくさそうに頭をかくその人に一礼して「では持ち場に戻ります」と告げる。
「ロートス大尉」
「はい」
「武運を祈っている」
力強い瞳にうなずき、敬礼をして足早に銃兵の陣地に戻る。さて今度は俺たちの仕事だ。
「ねぇやっとわたし達の出番だね」
「待ちわびた?」
「うん!」
さて、ミューロンをあんまり待たせておくのはよろしくないな。勝手にサヴィオン人を殺しに行かれても困るし、さっさとガス抜きをさせてやろう。
そして銃兵達が待ちかまえる城壁に戻ると今か今かと命令を待つ中隊――第一、第二、それと第五小隊からなる面々がこちらを見ていた。ちなみにこの場には国民義勇銃兵隊は居ない。彼らをこの場にあげても効果的な攻撃は見込めないと判断したためだ。
「さて諸君。待ちわびた時が来たぞ。これよりロートス大尉がこの場の指揮を執る!」
城壁から顔をのぞかせると投石機の一つが木砲の直撃を受けて爆散するところだった。
それとその投石機の前に躍り出る部隊があった。あれは……。歩兵か。主な武装は剣かな? 布に縫いつけられた鉄片がまるで鱗のような鎧を着ている。
その背後から迫るのは弓兵か。こちらは歩兵と違って簡素な革鎧しかつけていない。距離は歩兵が六十くらいで弓兵が七、八十ほどか。
「目標、敵弓兵! 構え!」
号令と共に城壁の内側に隠れていた兵達が身を乗り出す。まずは遠距離職から潰させてもらおう。
「狙え!」
弓兵の数はおよそ……五、六十人はいるのかな? 三万の軍勢にしては少ないな。いや、まだ初戦なのだから全弓兵を出してくるような事はしないか。
「撃て!」
轟音と白煙が世界を埋め尽くす。
それが終わるや誰もが反射的に次弾の装填に取りかかりだした。だがそれをただでやらせてくれる相手では無いらしく、白煙を切り裂くように矢が降り注ぐ。
「矢に気をつけろ!」
と、言った傍から矢が城壁に突き刺さる。だがほとんどは城壁手前に落ちたり、頭上を飛び越していっていまったりと矢に力がない。おそらく大まかな狙いしか付けられていないのだろう。
白煙が去り、視界がクリアになると木砲よってなぎ倒される弓兵の列が見えた。どうも俺たちが攻撃するより砲兵に任せてしまった方がいいかもしれない。
そう思っていると眼前に梯子が伸びてきた。あ、歩兵……。
「梯子を押し返せ! 上らせるな!」
とは言え城壁自体は十五メートル以上もの高さがある。その城壁にかかる梯子だから質量も物凄い。てか素手じゃ押し返せない。くそ、忌々しい歩兵達め。
仕方ない。手近な場所にある弾薬集積所に行き、てつはうを手に取る。
短く火の魔法を唱えて着火させるや、それを城壁の下に放り投げてやる。
「てつはうも使え!」
そして銃兵は歩兵を、砲兵は弓兵と投石機部隊を攻撃するという図が出来上がった。
銃兵達は登りくる歩兵に向け銃撃を加えたり、てつはうを放り投げたりと徹底的な抵抗を見せる。だがそれでも中隊総勢で百人と居ない。もちろん相手の勢いに呑まれ気味である。
すると「助太刀致す!」とガシャガシャと鎧を鳴らして城壁をあがってきたアルツアルの近衛騎士が隣に立った。
「油を流せ!」
その騎士の背後に続いてきた騎士がぐらぐらと煮立つ鉄鍋をもって来るや、その中身が眼下に投げ捨てられる。
「ぎゃあああ! 熱い! 熱いィィイイ!!」
彼らはバケツリレーの要領で次々に鍋だったり桶だったりを持ってきてはその中身を下に流し込んでいく。他にも弓兵も続々と城壁に上ってきて援護をしてくれた。
誰もが城壁に張り付く虫けら共を追い落とそうと一丸になる。
これは素敵だ。最高だ。
「く、フハハ! 俺達も負けられん!」
景気よくてつはうを投擲すればまた別の悲鳴がわき起こる。そしてその火花が油に移り、盛大な火炎を巻き上げた。
あぁサヴィオン人の焼ける臭いは格別だな、チキショウ!
「中々、景気がいいな!」
「ん? リュウニョ殿下!?」
「殿下はいらない」
そう言いながらリュウニョ殿下は騎士達が持ってきたのと同様な鍋を手に隣に立つ。
その時、ちょうど眼前に新しい梯子が上って来た。
「それ!」
かけ声一つに梯子に油を流せばまた新たな悲鳴が起こった。それを聞きながら新たなてつはうを投げる。爆発と悲鳴、そして肉の焼ける臭いとまさにこの世に地獄を再現したかのようだった。
「ん? 主殿! あれ!」
「ん? ――しまった! 攻城塔か!」
城壁と同じ高さの動く塔の群が迫ってきていた。その数、五機。その塔達の先頭はすでに五十メートルほどの距離まで接近しており、その上部には杖を持った人影がよく見えた。
「ミューロン! ミューロン!」
「なに!?」
眼下の敵に夢中になっている兵の中から彼女を探し出して迫り来る塔を指さす。それだけで彼女は俺の意思をくみ取ってくれた。
「待って、装填しなきゃ!」
急いでくれ! 俺の置いてきてしまっているんだ!
そして攻城塔を見る。魔法使いが何か詠唱しているのが見える。やばい、この距離ならいっそのこと待避すべきか!?
「攻城塔だ! 攻城塔を狙え!」
ミューロンそばから離れ、兵、一人一人の肩を叩いて注意を向けさせる。
その先に居る魔法使いの杖の前に赤い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、魔法式の完成が間近である事を教えてくれた。
やばい、なんか色からして火炎とかが飛んできそう!
今度は俺たちが焼き殺されるという未来を幻視しつつそれを見ていると、その魔法使いの頭が消失した。
「ふぅ、命中……」
「ミューロン! よくやった愛してる!」
「ふ、ふぇ!?」
それに続くようにロートス支隊の面々が次々に攻城塔上に居る人々を狙撃していく。
これで当面の危機はさったか。ふと、気づくと砲撃によって投石機もほとんどが破壊されており、その攻撃を次々と現れる歩兵に向け始めていた。
「まぁこんなものか」
すでに城壁下にとりついた敵兵もこちらの銃撃や油攻撃によって勢いを失いつつあるようだ。
それに安堵を覚えていると、攻城兵器群の後方――敵の本陣から何かが飛び出して来た。あれは……騎士だろうか。五、六騎ほどの小部隊か。距離はだいたい三百メートル先。その者達は素早く馬から飛び降りるや、何やら敷物を取り出しはじめた。
その作業に嫌な予感を覚えつつそれを見ているとそいつらの手には杖が握られていて――。
「魔法使いか! おい、魔法使いだ! 距離三百! 城壁を放棄する!!」
すでに城壁を放棄する事は作戦の内だ。なんと言っても魔法使いが出てきたらこちらに対抗する術が無いんだから。
故に城壁で粘っていたずらに戦力を消耗する事はない。
「待避! 待避!」
「待って、お願いだからあと一人だけ!」
「だーめ!」
名残惜しげに銃に弾を込める彼女の首根っこをつかんで無理矢理引っ張る。
まったく。
「もう少し殺せばもっとロートスが褒めてくれるのに」
「今の戦果でも十分褒めてやるさ」
「本当!? じゃ、じゃそれじゃ……」
ぷしゅぷしゅと顔を赤くするミューロン。あぁかわいいぞ!
「オシドリをしているのは良いが、さっさと行くぞ」
そんな俺達に水を被せるような言葉を言うリュウニョ殿下。顔が前世の彼女に似ているせいか、浮気現場を見られたようなそんな錯覚に陥ってしまう。これからはリュウニョ殿下の前でいちゃつくのは止めよう。
決意を新たに周囲を見渡す。すると先ほどの警報を伝えに伝令が右往左往しており、続々と城壁上から人影が消えだしていた。
「ロートス! 中隊は待避完了だよ」
「よし、俺達も行こう!」
と、先ほど己を戒めたが、ミューロンの手を握るのだけは止められなかった。
彼女の手を引き、城壁を駆け下りていく。そしてサヴィオン人共は誰もいない城壁を攻撃し始めた。
◇
エルヴィッヒ・ディート・フリドリより
アルツアル軍の熾烈な抵抗を前に本営からそれを見守っていた人々は身を固くした。
自分さえその有様に目を見張ってしまった。
「なんと言うことだ……」
とは言え、第三鎮定軍の一兵に至るまでアルツアルは虫の息であり、抵抗があってもそれは一時的な物という認識が浸透しているせいか潰走は起こっていない。
まだ隊列を守る歩兵達ではあるが、彼らが城壁に登りつく事は無理そうであった。
「伝令! 工兵隊より第三鎮定軍本営へ伝令!」
「……なんだ」
殿下の怒りを押し殺したような声に伝令が言いよどむ。だが彼は職務をまっとうしようとすぐに口を開いた。
「お伝えいたします。敵の魔法により投石機は二十機中十八機大破! 修復、不能!」
敵の抵抗は微量であり、魔法使いを出すまでもない。
工兵に最後の華を持たせてやろう。
そんな考えの基に行われた投石機部隊の最後の戦場はまさに悲惨だった。
「殿下! 魔法使いを出しましょう」
「――ッ。仕方あるまい。ラーガルランド」
「御前に!」
巨漢が片膝をつき、殿下に頭を垂れる。それは野獣を調教する獣使いを連想させた。
「命じる。魔法使い一個小隊を使って城壁を攻撃せよ」
「御意に!」
「ハルベルン!」
「ハッ」
ラーガルランドと入れ替わるように黄白色の髪の青年騎士が膝をつく。
彼の家は帝国では珍しい歩兵を生業とする公爵家だ。その祖は先のサヴィオン=アルツアル戦争においてアルツアルの方陣を脅威と感じ、その研究のため馬を降りたという。それ以来歩兵戦闘の研究を本分とするようになり、歩兵の扱いなら右に出る者は居ないと言われている。
そんな家の名代として第三鎮定軍に席を置くオットー・ハルベルンもまた、この若さにして歩兵戦闘の第一人者といえた。
「歩兵の扱いは任す」
「では一度、待避させたくあります」
「許す」
「ありがたき幸せ」
そして歩兵の待避を援護するようにラーガルランド騎士団による法撃が行われる。
その間に潮が引くように歩兵や前線を張っていた攻城兵器群が後退を始めた。そして一人のでっぷりとした男が引っ張り出された。
彼は工兵隊長を拝命していた辺境伯だ。その男に対し、殿下はすべての物が凍てつくのではと思う視線を向ける。
「どういう事だ。投石機はなんの役に立った?」
「も、申し訳ございません。殿下。しかし我らとてあのような未知の魔法に晒されるとは露知らず――」
「言い訳は聞きたくない! 投石機はなんの役にたったのかと聞いているのだ!」
「……お役に立つ事は、できませんでした」
「責任問題だぞ。この事は本国に通達する」
「そ、そんな! どうかお慈悲を! 一度でかまいませんのでどうか挽回の機会を!」
だが、投石器部隊にも華を持たせてやると言われたのはジギスムント殿下だったのでは?
だが烈火の如く勢いで怒りを辺境伯に叩きつける光景の前にそれを指摘する者は誰一人と居ない。
いや、居る者か。殿下の期待に添えない段階で辺境伯は糾弾されて当然なのだ。
殿下の失跡が続く中、その間にもラーガルランド騎士団の攻撃が続いていく。やはり時代は魔法なのだ。
それを現すようにアルトの重厚な城壁に氷が突き刺さり、それを突き崩していく。
そしてたまたまではあるが、その一弾が堅く閉ざされた城門をぶち抜いた。
「殿下、よろしいですか」
「――どうした」
まだ晴れぬ怒りを滲ませた声音ではあったが、それでも幾分か落ち着きを取り戻しているようだ。
「城門をご覧ください。先ほど、魔法の一撃で穴か開きました」
そこには両開きの重厚な城門が半壊する姿があった。樫木で作られた扉を補強するよう取り付けられた鉄板はひしゃげ、内側に向けて半開きになっている。恐らく扉を閉めていた閂の役を果たしていた丸太も折れたのだろう。もう、一、二撃ほど攻撃すれば完全に崩壊するはずだ。
「城門を魔法で打ち破り、全軍をもって突撃を行うべきです」
「む……」
攻城戦の一番の難点は城壁を撃ち破れるか否かだ。そもそも防御側の利点は城壁によって攻城側の足を止めている隙に矢なり油なりでこちらに出血を強いる事にある。
つまりあの忌々しい城壁さえ突破出来れば後は数で勝る帝国が内部を蹂躙するだけ。入城を果たせれば勝利は目前と言える。
「よし、全軍に攻撃を準備させよ。前衛は帝室親衛隊とフリドリヒ騎士団がつとめる!」
「御意に!」
先ほどの怒りはどこへやら。即座に攻撃準備が下され、本営周辺が慌ただしくなっていく。自分もその攻撃のために付けなれたフルフェイスの兜を身につけ、愛馬にまたがる。
前衛となる親衛隊とフリドリヒ騎士団は総じて二千名。それを先頭に諸侯の騎士団が続き、傭兵と歩兵が最後尾となる布陣だ。
そして法撃を続けていたラーガルランド騎士団がついに敵の城門を打ち破った。
「良いか! アルト城内に突入したならば、目標は敵兵である。住民には一切手を出すな! 全軍、突撃!」
白馬にまたがる殿下が叫ぶや、馬達の嘶きが木霊していく。
己の黒馬と殿下の馬が一軍の先頭駆けていく様のなんと爽快な事か!
チラっと殿下を見やれば、彼は反りの入った片刃の剣――刀と言われていた――を鞘から抜き放つところだった。そのなんと頼もしい事か!
自分も殿下とお揃いの刀を抜き放ち、馬の腹を蹴る。
ぐんぐんと迫る城壁から敵の攻撃があるのではと思ったが、先の法撃で全滅したのかなんの抵抗も無い。それに安堵しつつ崩れ去った城門をくぐり、そこに居る敵を蹴散ら――。
「――え?」
そこは北方街道という大動脈がつながるためか道幅が四十メートルを越える大路となっており、左右を店らしき建物が取り囲んでいる。
その大路の正面。そこには道路を封鎖するように馬車や大型の家具などが並べられていた。
それらの障害物には敵兵と思わしき者達が陣取り、その中央には指揮官と思わしき青髪に白銀の鎧を付けた姫騎士が馬車の荷台に立ち、剣を振りかざす。
「撃て!」
蹄によって地響きに似た騒音がする中、冷たい声が響く。それは昔、机を並べて勉学に励んでいたとある帝姫の声を連想させる怜悧さがあった。
「な!? 引き返せ――」
殿下のひきつった声と共に馬首を変えそうとするが、速度の乗った馬は言うことを聞かないし、それより後続が来ているがためにその場に留まる事もできなかった。
そして眼前に爆音と白煙が見えた。
と、言う事で攻勢失敗。これからドロドロとやりますよ。
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