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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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城壁より

挿絵(By みてみん)

王都アルト


「うわぁ……」



 アルツアル王都アルトの城壁から見下ろす敵陣は、圧倒的だった。

 北方街道上に展開するサヴィオン軍はざっと三万人ほど。色とりどりの軍旗と天幕が立ち並び、壮観と言えた。



「うわぁ……!」



 隣から鈴のなるような声の感嘆があがる。もっとも俺も同じ事を言ったが、斯くも意味が変わるものなのか。

 そう思いながら彼女を見ると案の定、碧の瞳がキラキラと輝いてた。これが飾り物を見つけた女子とかであったらなぁ。いや、現状でも十分満足だけど。



「満足できそうか?」

「うんッ!」



 むふぅと一人元気づく幼なじみの頭をなだめるようにポンポンと叩いていると「主殿は剛胆だな」と言われた。



「リュウニョ様。俺はそんな器じゃありませんよ」

「だが主殿は元は猟師であろう。それなのにこれほどの軍勢を前にして平然としておられるとは。感服いたす」

「買いかぶりすぎです」

「そうかな? もしや主殿には龍の血が流れているのでは?」

「残念ながら四代遡ってもエルフしかいませんよ」



 するとリュウニョ殿下はほぉと関心したようにため息をついた。

 はて? そんなに血統が大事なのだろうか。ドラゴン族の価値観と言うのはわからない。



「そんな驚くものですか? うちの村じゃ普通ですよ」

「わたしもそうだよ。曾お爺ちゃんもエルフだったって」



 てか、レンフルーシャー村のエルフは基本そうなんじゃないかな? 確か一件くらいドワーフと結婚した人がいたはずだけど、それくらいだったはず。



「驚いた。四代遡ってエルフなら主殿達はハイエルフではないか」

「はい?」

「上位エルフとも言われているが、エルフの中のエルフだと文献に記されていた。なるほど、主殿達の剛胆さの理由が分かったな」

「ハイエルフってそんな特別なんですか?」

「ハイエルフは戦う種族であると聞いている。まぁ主殿を見ていればその意味がなんとなく分かりますが」

「――?」



 正直リュウニョ殿下が何を言っているのかさっぱりだ。龍族というのはよくわからん。

 それにそんな血統云々よりもまずは敵だ。そもそもサヴィオン軍の兵力三万に対してアルツアル側は二万ほどと言うこの状態である。



「こりゃ城門はすぐに落ちるな」

「主殿。先ほどソレガシが言った豪胆という言葉を取り消しましょう」

「そうしてください。ほら、この通りなんですから」



 そうやってこっそりと恐怖に震える右手を掲げればリュウニョ殿下の顔に驚きの色が浮かんだ。いや、これは安堵だろうか。

 戦況は大目に見ても多勢に無勢。その上アルツアル王国軍の二万のうち半数弱が民兵――国民義勇銃兵隊と来ている。

 それに銃兵と言われてるけど銃の配備だって五百丁ほどしかない。おまけに軍帽さえ支給するのが難しくなって青と赤、白のアルツアル旗を模した腕章しか与えられていない者さえ居るという……。

 これが怯えずに居られようか。

 だがこの国は一士官が怯える事を許すほど余裕が無いのだ。あぁ悲しいかな。故に怯えると言う感情を除いて残るは笑いのみ。

 あぁくそったれ。サヴィオンもクソだが感情さえ満足に発露できない今の職場のなんとクソな事か!



「さて、リンクス臨時少尉!」

「ハッ!」



 その声と共に背後に控えていたワーウルフ族が一歩前に出る。

 いやぁ俺の中隊がこの決戦に間に合ったのはガチで奇跡だ。おかげで銃兵中隊を好きに動かせる。



「敵はまず名乗り合いに出るだろう。イザベラ殿下よりその者を攻撃する事を禁じられている」



 どうもどこからか俺が名乗りの最中に攻撃してしまうと言う話が出回っているようで釘を刺されてしまった。

 あれは外交上の儀礼も含んでいるらしく、使者への攻撃は厳禁なのだと言う。面倒だな。



「小隊各位には攻撃を早まらないよう厳重に注意をしておくように。それと俺は砲兵陣地の方に向かうからその間の指揮は任せる」

「ハッ」



 敬礼をして分かれるや、彼は「おい、テメぇ等! 勝手に撃つんじゃねーぞ!」と威勢のいい声で城壁上を歩いていった。



「元気の良い獣人だな。リザードマンの友人を思い起こさせてくれるおかげでソレガシも元気がわいてくる」

「まぁしばらく彼に中隊を預けていたせいか、すっかり中隊長っぽくなっちゃいました」



 これで心おきなくロートス支隊を率いれるというものだ。



「さて、俺は砲兵の方を見てきます」

「なに一人で行こうとしているのかね? ソレガシもついて行くぞ」

「わ、わたしも!」



 えぇ……。ミューロンはともかくリュウニョ殿下は……。



「申し訳ありません。一応、殿下は第三国のお方ですし、直接お見せするわけには……」



 どんな経緯で技術が流出するか分からないからね。今更な気もするが、線を引いておくべきだろう。



「主殿の命ならば仕方ない。ソレガシはここで待っていよう」

「助かります」



 敬礼をして殿下に背を向けるとミューロンが小声で「リューニョには甘いんだね」とどこか棘を感じさせる声音を出した。



「いや、そんな事はないぞ」

「嘘」



 嘘、かなぁ。そんな事はないと思うけど……。



「もしかして妬いているのか?」

「妬くよ! 婚約相手が他の女性と――それもリューニョのような綺麗な人と話していたら!」

「ご、ごめん。気をつける」



 ふと、敗戦直前の大戦を前にしているのになにを暢気な事をと思ってしまった。

 これがリュウニョ殿下の言う剛胆さなのだろうか?



「……またリューニョの事考えてるでしょ」

「いや、そんな事ないよ」

「むぅ……!」



 うなり声をあげる彼女に「ハハハ」と乾いた笑いを浮かべ、その細指に手を絡める。

 ぐっとその手を握りしめ、引っ張るように城壁上にもうけられた特設陣地に向かう。

 そこには大仰角をかけた木砲がいくつも鎮座しており、その角度や向きの調整をする者や、砲身内を清掃する者、弾薬を運んでくる者など忙しく動き回っていた。



「居た! ウェリントン大尉! ウェリントン大尉!」



 その中で指揮を取っている学者然としたメガネの美男子――ウェリントン・エンフィールド大尉が俺に気づき、軽く手をあげて答えてくれた。



「やぁロートス大尉。こちらの準備は整いそうだよ。でも、びっくりしたな。丸太を削って砲身とするなんて」

「急造の代用品です。いくら荒縄で補強しているとは言え、耐久力はないと思ってください。むしろ使い捨てと割り切ってくれれば」

「なるほど。だが、これなら大砲も持ってくるべきだったなぁ」

「サヴィオンの総攻撃にさらされながらの撤退だったと聞いております。大砲の放棄は仕方ありませんよ」



 本音を言えば砲兵戦力を丸々王都に持ってきて欲しかったのだが……。

 まぁ重い大砲を捨てて身軽になったおかげで敵の攻勢から逃れる事が出来たと言うのだから贅沢は言えないか。



「とにかく撃ちすぎには注意してください。ハミッシュから聞いているとは思いますが」

「心得ている。と、言うより砲弾の鋳造が間に合っていないようでね。撃ちすぎる前に弾切れとなってしまうよ。

 だから今でも出来上がり次第、こちらに運んでもらっているんだ。ほら」



 すると城壁内側にもうけられた階段からパタパタという足音と共に小さな影が二つ現れた。

 あれは、ノームか。子供とは違う、がっしりと引き締まった小人二人が一つの木箱を運んで来るや、一人が俺を見咎めた。



「おや!? 貴方様はロートス殿では?」

「あれ? 俺を知っているんですか?」



 そんな悪目立ちしたろうか? うん、してるな。

 だがノームに知り合いなんて――。



「私です! ほら、アルヌデンの工房で」

「あぁ! あの時のノームか!」



 王都で銃の製造が何気なく行われていたのは彼らが疎開してきていたからか。

 それで木砲の砲弾まで作っていてくれたとは。



「我ら一族も裏方ではありますがこの戦に参加しますぞ!」

「弾薬の備蓄は心配めされるな!」



 頼もしい限りの言葉に心がゆるむ。

 そう、もう俺たち諸族には引くべき場所などない。ならばこの地で死ぬか勝利するしかない。



「く、フハハ! 良い心がけだ!」



 あぁくそ。後がないと思うと体の芯から震えが這い上がってくるし、表情筋が凍り付きそうになる。

 だから体を振るわせて大仰に笑う。

 ぎこちなく口角をつり上げた営業スマイルを浮かべ、来るべきサヴィオン軍の陣地をにらみつける。



「皆殺しにしてやるぞ! サヴィオン人!」



 ◇

 エルヴィッヒ・ディート・フリドリヒより。



「敵は吾の慈悲を突っぱねたと言うのか」



 サヴィオン軍第三鎮定軍本営に響くその重苦しい声に幕僚たちが凍り付く。名乗りあいにおいて徹底抗戦を叫んだあの第三王姫め。こちらの慈悲を理解しなかったその愚鈍さに殿下でなくても怒りを覚える。


 だが一人、『鉄槌』の二つ名を持つ巨漢だけは楽しげに笑い声をあげた。

 確かこの男はジギスムント殿下が下した停戦の勅を撤回するよう言っていたな。



「ですから言ったではありませぬか! アルツアルは降伏などせんと! ガハハ! それでこそサヴィオンの大敵でありますな! ガハハ!」



 耳が破れるのではないかと思われるほどの笑い声に顔をしかめて抗議するも、彼は――アドルフ・ラーガルランド公爵はそれに気づく事無く高笑いをする。



「黙れアドルフ! アルツアル王は無能極まるようだ。アルトには二十万の民がおるというのに、その民を巻き込むとはなんと愚劣か。

 吾はそのような者から王権を取り上げ、真の国をアルツアルにもたらそう」



 自信満々と言うその声に思わず頬が紅潮する。

 さすが殿下。敵とは言えその民までおもんばかるとは。それを蹴ったアルツアル王にはその報いを受けてもらわねば。



「では殿下。作戦の説明をさせていただきます」

「任せたぞ、エル」

「ハッ」



 手を打つと従兵が本営の中央にアルトの地図を広げていく。

 軍議用にと描かれたせいもあるが、大都市であるアルトを示すようにその地図も毛布を広げたほどの大きさになっている。



「これはガリアンルートより手に入れたアルトの簡易地図を元に描かれております」



 王都アルトはセヌ大河を挟む形で北部の工房区と南部の商業区に分かれている、と言う。

 その街も二重の城壁によって守られており、城壁外のスラム、第一城壁内の下流平民街、第二城壁内の上流平民街と分かれており、セヌ大河の中州に王宮を含んだ貴族街があるという風に構成されている。



「改めての説明となりますが、ご容赦を。

 我々が目指すべきは各城門の攻略と、セヌ大河にある三つの中州からなるアルトの最終防衛線を落とし、アルト城を陥落させることです。

 なお、セヌ大河にある三つの中州は東からオステン、トロヌス、ウエストと呼ばれており、トロヌス島が王宮を含んだ中心地となっております。

 またオステン島、ウエスト島には要塞がおかれております」



 まさに堅固な都市だ。

 その巨体さもあって攻略には骨が折れるだろう。だが殿下なら早々に開城させること、間違いなしだ。



「エル。具体的な侵攻路は?」

「まず、第一城壁ですが、このまま前進し、北方街道に面する城門を攻略して下流平民街を制圧します」



 我らが突入すれば住民はすぐに頭を垂れる事だろう。

 そして内側から第一城壁の各城門を攻撃し、占領する。その間に下流平民街の残敵を掃討して第二城壁攻略の橋頭堡を確保すれば良い。



「この作戦の肝はいかに下流平民を下すかです。しかし殿下の占領地政策を思えばなんの障害にもならぬでしょう。

 もっとも諸侯が足を引っ張らなければ、ですが」



 チラリとラーガルランドを見やると彼はおもしろくなさそうに鼻をならして応えた。

 この男は殿下がどれほど占領地政策に重きをおいているか理解していないのか!?



「皆、よく聞け」



 その重い言葉に皆の背筋が伸びる。



「この戦は民心をいかに引き寄せるかが大事である。そしてこれがアルツアルにおける最後の決戦となろう。皆の戦いぶりを期待するものだ。勝利を! 帝国に勝利を!」

「「「勝利を! 帝国に勝利を!!」」」



 歓呼の声が響き、戦意がみなぎってくる。

 もうこの戦は勝ちが決まっている。そもそも城内に閉じこもった時点で勝敗は決したと言えるのだ。

 なんと言ってもこちらの攻城魔法にこの戦力。各所で敗走を続けるアルツアルが勝てる訳がない。言わばこれは消化試合なのだ。

 だからこそ諸侯の戦意は高い。これが殿下に武功を示す最後の機会なのだから。

 それは自分も同じ。アルヌデンでの失点を取り消す戦働きをし、フリドリヒ公爵家としての汚点を消して堂々と帝家の一員となるのだ。



「投石機隊へ! 攻撃開始!」



 本営に控えていた伝令が外に飛び出していく。それからゆっくりと本営に居る者すべてが表に出れば、力を蓄えた投石機がそれを解放するところだった。

 その数は二十機にも登り、アルトの城壁から射程ギリギリの百メートルほどの距離に展開している。

 その木の軋みがまるで悪魔のうなり声のように響き、五十キロもの岩石を放り投げた。



「この光景が見られるのは、この戦だけでしょうね……」



 投石機は古来から伝わる主な攻城兵器ではあるが、その役目は遠距離の目標を攻撃するというものである。なら同じく遠距離目標を攻撃する魔法によってその役目は代参できる。

 それに移動から攻撃態勢に移行するまでに投石機は時間がかかるが、魔法ならそんな事はないし、馬を使えば素早く陣地を変える事も出来る。

 つまり魔法によって一つの兵器が役割を終えたのだ。

 それに哀愁を感じつつも、魔法のすばらしさを噛みしめていると相手の城壁から雷のような轟きが響いた。



「これは!」



 殿下の悲鳴のよいうな声と共に右端の投石機の後方五十メートルほどの地点の地面が抉れた。

 間違いない! アルヌデンでの追撃戦で我が騎士団を攻撃した未知の魔法に違いない!



「殿下!」

「あわてるな! 投石機を操る工兵隊に伝達。城壁をねらわせろ!」



 そんな事、出来るわけがない。それに投石機は点の目標を攻撃するには適していない。



「殿下、魔法使いを出しましょう。魔法使いなら――」

「ダメだ。貴重な魔法使いを出せるか!」



 「ならば――」と余裕を滲ませた声音が言う。振り返れば第三鎮定軍の歩兵隊を預かる黄白色の髪をした青年騎士――オットー・ハルベルンが緊張に頬を滲ませていた。



「ならば弓兵隊を前進させましょう。その援護として我が歩兵も前に出ます」

「おぉ! 出てくれるか! よし、攻撃の手を止めるな! 攻城塔も前進!」



 敵は最後の悪足掻き。

 誰しもがそう思っていた。そして誰しもが今日中に城壁を突破できるのではと、思っていた。


地図がテキトーで申し訳ありません。書いてあるのは大通りのみでこの間を無数の路地が通っていると思ってください。

あとは読者様の想像力に一任するという事でw


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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