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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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徴兵

 頬を叩きつける強烈な風に目を細めつつ、上に向けていた視線を王宮内の中庭に戻し、羽音に負けないように叫ぶ。



「来るぞ! 総員、待避!」



 その声と共に王都アルトの中心地である王城の中にはに一頭のドラゴンがゆっくりと舞い降りた。その腹に吊された馬車がギシリと悲鳴をあげて着陸するや、ドラゴンだった身が急速に縮み出した。

 それを視界の隅に止めながら馬車を避けていた部下に「かかれ!」と号令を出せば馬車に駆け寄った彼らが慣れない手つきで後板を外していく。

 その作業が終わると馬車から次々と人が飛び出し始めた。



「なかなか空の旅ってのも悪かねーな」

「ザルシュ曹長!」



 まず一番に馬車から降り立ったのは短躯に濃い髭を蓄えた中隊先任曹長のドワーフだった。

 ドワーフの戦士である彼は周囲の兵や騎士達を力強い目線で一瞥していく。その様のなんと頼もしい事か。



「おう、ロートス元気だったか」

「えぇ。曹長も変わりないようだな」

「なに、船旅でだいぶやられちまった。ありゃ人の乗るものじゃないな。他の連中もげぇげぇやっていたぞ」



 確か、レオルアンに残してきたイザベラ殿下率いる第三軍集団は順次、セヌ大河を使った河川網で王都に転進してくる手はずになっていたが、どうも船旅を楽しめる者は少ないらしい。



「あぁ、そう言えばリンクス臨時少尉があんたに会いたがっておったぞ」

「そりゃなんとも、ありがたい事で」



 なんとまぁ忠犬になったことか。

 と、言っても男に好かれる気はないのだが。



「それで曹長。他は誰がいる?」

「命令通り適当に下士官を五、六人は。使えそうな奴は大隊長に頼んで軍曹か曹長に昇進させてもらっている」

「エンフィールド様に借りが出来てしまったな」

「それはいつでも返してくれるのかい?」



 ……おっと、懐かしすぎて幻聴が聞こえてしまった。

 俺はリュウニョ殿下に練兵用の教育係りとして下士官を連れてきてくれるよう頼んだはずだし、ここにエンフィールド様が居るわけ――。



「現実を見たまえ。ロートス大尉」



 馬車から降りてきたその人――整いすぎ、魔性のものかと思えるほどの美貌を持ったジョン・ホルスタッフ・エンフィールド少佐が微苦笑を浮かべている。



「幻覚じゃ――」

「残念だが、私もイザベラ殿下の命で王都へ招聘されてね」



 残念すぎるんですが。てか、誰に呼ばれたんだぞ。

 そう思っていると馬車から最後の一人が降り立った。

 ザルシュさんよりも小さい体のまさに幼女と思わしき外見のその子と俺の視線が混じり合う。



「ハミッシュか!」

「ロートス! 無事で嬉しいのじゃ!」



 トテトテと走ってくる様に愛くるしさを感じ、思わず頬がゆるむ。

 あぁ、ミューロンとこんな可愛らしい子供を作りたいなぁ。



「おい、わしを見るのじゃ!」

「おぉ、悪い、悪い。でもどうしてハミッシュも?」



 少し、ほんの少しだけだが「ロートスの事を心配してやってきたのじゃ」とか言われるのかなと期待して聞くと彼女は「わしも下士官なのじゃが」となに言っているの? と言わんばかりに眉を八の字にされた。

 そう言えばこの子、見た目は幼女だけど砲兵軍曹だった。



「と、言っても銃兵の練兵で手一杯で砲兵の教育なんて余裕ないぞ」

「なんと!?」

「てか、銃の配備さえ万全ではないし」



 そもそも人員に対して銃の支給が間に合って居ないのが現状だ。教練用の銃を除けば二個小隊ほどしか配備が間に合って居なかったような。



「だが、呼ばれたからにゃビシビシやってやる」



 不適に笑うザルシュさんに期待が高まる。いやぁ俺も持て余していたからな。

 やはり下士官はこうでなくては。



「では頼んだぞ曹長。四千人の訓練を」

「……ん? 聞き間違いか? 確か、千五百人って聞いていたが」

「イザベラ殿下が再召集をかけて昨日までに四千人を越えた。たぶん今日の夜までには五千人は突破するんじゃないかな。

 てか、イザベラ殿下はもう練度とか関係なしに部隊だけポンポンと作り出しているんだ」



 一応、本人にそんなに兵隊を集めても銃が無いと諭したのだが、殿下は「銃が無いなら槍を持たせればよい」と逆に諭されてしまった。

 この調子じゃ王都の民を全て軍に編入させてしまう恐れさえある。



「四千なんて無理だぞ」

「だけど出来るなら四千まとめてやって欲しいと」

「無茶だ」



 その通りだ。まさにその通りなのだよザルシュさん!

 新しく下士官を招いて練兵を頑張ろうと思ったけど、さすがに四千人の面倒を見切れるわけがない。理性的に考えたらそれが不可能だと誰もが認めてくれるだろう。

 だが俺のブラック社員レベルを甘く見ないでほしい。てか『ノー』と言えたらあんな職場に居ないし、そもそも居られない。

 そんな所で暮らしていた俺が部隊長をしているんだぞ。残業万歳、楽しい職場をモットーとする俺の部隊が『ノー』と言えるほどホワイトな訳がない。

 悪いが俺の指揮下にいる間はまともな就労規定があると思わぬ方が――。



「その話だが、少し良いか?」

「はい、なんでしょうか、エンフィールド様」

「最初の千五百人ほどで訓練をしていたのだな。その中から優れた者を選んで大隊に再編し、その者達にまとめた訓練を施すのはどうだ?」

「残りは?」

「見捨てるほかあるまい。まぁ敗残した第一軍集団の面々に面倒を見させればよいではないか」



 確かに訓練する人員を減らすのは名案だ。いやぁ全員に訓練をしなければという強迫観念があったからこれは盲点をつかれたな。

 で、その再編は誰がやるんですかね。やっぱり訓練状況を常に把握している俺なんだろうか。錬度の高そうな者を見繕い、現在の小隊からその者を抽出し、その者が抜けた穴を別の部隊から補填して――。うん、残業万歳!



「……とりあえずイザベラ殿下に許可を取りましょう」

「そうすると良い。我々は荷を下ろすとするか」



 そして二、三細かい話をしてエンフィールド様から分かれると、いつの間にか人間形態に戻った(変化した?)リュウニョ殿下が隣に居た。



「殿下、この度はご助力いただき、感謝が耐えません」

「気にしないでくれ。ソレガシも主殿の役にたてて光栄だ」



 からからと気持ちよく笑うその人に頬がゆるむ。なんか、居るだけで心に清涼な風が吹き付けるようだ。

 そう言えばあの人もそうだったな。まぁ一人称がソレガシでは無かったし、俺の事を主殿だなんて一度も言った事はないが。

 それでもどこか懐かしい気持ちを抱いてしまう。



「――? どうしたのだ?」

「いえ、何でもありません。殿下はこのあと……?」

「特に予定は無いな。ソレガシもイザベラの元に向かおう」



 すたすたと我が物顔で宮殿を行く背中を追うようについていく。

 だが、相手はラフに接してくるが、王族である。なんと言うか、それを思うと緊張を覚えてしまう。



「なぁ主殿」

「はい」

「その『殿下』と呼ぶのを止めてくれまいか?」



 お気に障ったのだろうか。かと言ってどんな敬称で読んだらいいのだろうか。

 姫様? いや、ラフかな。

 閣下? うーん、ちょっと違う?

 リュウニョ様? ないな。



「ではなんと御呼びすれば?」

「堅苦しくないものであればなんでも歓迎する。もっとも我が名を陥れるようなもので無ければだが」

「畏れながらそれが一番難しい注文では……」



 そうか? と細指が頬の鱗をひっかく。

 その困った時の所作がどうも前世の彼女に被って仕方ない。あの人も困ると頬をかいていたし。

 てか、もしかしてあの人の生まれ変わりとかじゃないよな。だったら最悪だぞ。



「あの、殿下」

「殿下禁止。そうだな。あのエルフ娘と同じ『リューニョ』でも構わんぞ」

「さすがに不敬すぎるのでリュウニョ様でよろしいでしょうか」

「妥協するなら、そこだな。それでなんだ?」



 あぁ先ほどの事ね。

 こう文脈が途切れると内容が内容だけに気恥ずかしい。



「リュウニョ様は、その、前世の記憶とかあります?」

「ん? そんな物は無い。なんだ。主殿にはあるのか? 面白いことを言うのだな。ハッハハ!」



 バシバシと冗談に笑顔を見せてくれるお姫様に内心、この話は二度としないと固く決める。

 てか、よくよく考えると俺はエルフになって顔かたち全て変わっているし、そもそも種族さえ変わってしまったのだから顔が似てるからと言って記憶まであるわけではないか。

 恥かくとこだった。



「それにしても戦の空気というのはどこの国でも変わらんのだな」

「えと、バクトリアでも戦が?」

「長いこと内乱がな。今は休戦中だが、いつ協定が反故されるやら」



 ため息交じりに肩を上げるその所作が『これも仕事だしね』と言った彼女に被って見える。それゆか「大変ですね」とどこか他人行儀な返事になってしまった。

 そしてかつかつと言う足音と遠くから聞こえる喧噪のみが耳に入る中、城の衛兵詰所に顔を出す。



「ロートス支隊のロートス大尉だ。イザベラ殿下に取り次いでほしいのだが」



 詰所に居る兵達の籠手を見れば最高階級者が中尉だったので遠慮なくため口でお願いをするとその中尉が部下にテキパキと指示を与えだした。

 それを見守っていると「なぁ」と肩を叩かれた。



「なんでしょうか」

「いや、なに。主殿はどうもソレガシに余所余所しいようだが、何か気に障る事でもしたか?」

「いえ、そんな滅相な事はありません」



 さすがに前世の元カノにそっくりでなんて言えるわけが無い。

 そんなしどろもどろとしていると、龍族にはそれが気に喰わないのか、キッとした黒真珠のような瞳が睨んできた。



「それともソレガシと主従の誓いを結んだ事がお嫌いか?」

「いやいや。てか、そもそもそんな誓い結びましたっけ?」



 誓いと言うのだから、この質問ってもしかしなくては相当失礼なんじゃ。くそ、もっと早く気づくべきだった。

 だがリュウニョ殿下は「あぁ説明が足りなかったか」と目をパチクリさせて咳払いを一つつく。



「ゴホン。では改めて説明すると、ソレガシは主殿に命を助けられた。故にその恩返しをしたい」

「はぁ」

「そこで主殿の願いをいくつか叶えてやろうと思っているのだ」

「それが、先の輸送作戦と言う事ですか。確かに助かりました。ご助力、感謝であります」



 ビシっとした敬礼をするとリュウニョ殿下はクスクスと笑いを忍ばせながら言った。



「これくらい助けたうちには入らん。しばらくソレガシはアルツアルに留まる故、必要があればまた気兼ねなく呼んでほしい。

 それが主殿の助けになれば何よりだ。あぁもっともソレガシには婚約相手が居る故、閨の世話はできぬが」

「ご心配なく。もう相手は決めているので」



 そうした会話をしていると衛兵が「ロートス大尉殿。殿下がお会いになるそうです」と報告をしてくれた。その兵の後ろに続いて王宮を進み(リュウニョ殿下も)謁見の間に赴く。

 そしていつもの手順通りその間の前で腰に吊っている小刀を衛兵に渡し、室内に入る。そこにはすでにイザベラ殿下が居り、何やら持ち込まれたと思わしき机で何か書類を書いていた。



「殿下、お忙しいなか、失礼いたします」

「構わん」



 そして殿下が何かを書き終わるのを待っていると、鋼色の瞳が書類から俺に向いた。



「話せ」

「はい。練兵の事ですが――」



 端的に戦力を抽出し、その者に重点的な訓練を施すと言う事を伝えると、殿下は「構わん」といつになく短い言葉で許可してくれた。



「部隊の選定について、何かありますか? 規模とか」

「戦力の単位で見るなら大隊規模は欲しい」

「――と、言う事は五、六百人くらいですか?」

「欲を言えば千人は欲しいが、無理か?」



 千人か……。

 日数的にあと十日ほどだから無理か平気かと問われれば無理だ。

 だが喉元まで「引き受けました」と言う言葉が出かかった瞬間、リュウニョ殿下が口をはさんでくれた。



「それはさすがに盛りすぎではないか?」

「む? そうか。なら六百だ。どうだろうか?」

「ハッ! お任せください」



 目線で感謝の意をリュウニョ殿下に投げかけると、彼女はニッカりと笑みを浮かべた。

 なるほど。やはりリュウニョ殿下はリュウニョ殿下か。

 あの人ならきっと俺と同じくイエスとしか答えなかったろうから。それに一抹の寂しさのようなものを感じつつ、脳内で早速部隊編成を行っていく。



「さて、おい、おい」



 イザベラ殿下が書き終えた書類を封筒に入れ、封印を施すと従者と思わしき騎士が現れた。



「これをオステン監獄長に」

「御意に」



 書状を受け取る一礼して去る騎士の背中を目で追いつつ聞きなれない単語を口の中で反復する。

 オステン監獄?

 確か、王都の中央を流れるセヌ大河に三つの中州があってその中央が王宮のあるトロヌス島で、その右――東にある中州がオステンと呼ばれる監獄島だったはずだ。いざとなれば要塞としても活用出来るよう内外を堅牢に作った監獄と聞いていたが。



「なぁイザベラ。監獄になんの用があるのだ?」



 どうも同じ疑問を得たらしいリュウニョ殿下が聞くと、イザベラ殿下は両手を天に伸ばしながら言った。



「囚人に恩赦を与える代わりに国民義勇銃兵隊に編入する事にした」



 聞きなれない部隊名が出たけど、そんな部隊いつ作ったんだろう。

 それに囚人を部隊に編入するとか、部隊の秩序を維持する事が出来るか疑問でしかたない。

 あぁそんな部隊を率いる貧乏くじを引いた人は運が悪いな。



「ロートス大尉。なに呆けた顔をしている。其方の部隊だろう」

「いや、俺の部隊はエフタル義勇旅団第二連隊のエンフィールド大隊なんですが」

「あぁ、そうだったな。叔父上に幾ばくかの賄賂を贈ればロートス大尉を借りられるだろうな。早速支度をせねば」



 なに自分で思考を進めていらっしゃるんだろうか。

 てか、このままじゃ囚人を訓練しなきゃらならいの? いや、再編して少数精鋭部隊を作るってもう言ってあるし、再編の段階で数字に含めなければ――。



「ロートス大尉、予としては囚人部隊にも最低限の訓練をしてほしい」

「……ちなみに何故です」

「一般の民より殺しに慣れているからだ。少なくとも人を害する胆力は持っている。それを活かさないのはいささか勿体ない」



 いやだそんな理由。

 いや、俺も殺しには大分慣れたけどさぁ。そんな私怨とかで人を殺す連中と関わり合いたくないんだけど。あれ? 俺もミューロンも私怨でサヴィオン人を殺してないか?



「とにかく今は兵隊集めだ。よろしく頼むぞ」



 そしてイザベラ殿下は忙しそうに別の書類を書き始めた。

 ……あれ? 囚人にも訓練するって俺の仕事増えてない?


ちょっと風邪をひいてしまい、更新が遅れてしまったので初投降です。

それと地図ですが、ちょっと考えるのがしんどくてまだ作っておりません。近々貼る予定です。ご了承ください。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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