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蹂躙

 暗い森の中に居る。昼と打って変わって冷え込んだ世界に身震いしながら眼前の細枝を折らない様に頭を下げたところで背後からパキリと枝が折れる音が聞こえた。

 怒気を含めた視線をそちらに向ければ申し訳なさそうに顔を強ばらせたリンクス臨時少尉と目があった。

 彼は選抜猟兵(スナイプイェーガー)同様に体に泥と炭で汚れたテントを巻き付け、左腕に味方識別のための白色の布を巻いていた。そのテントの上には弾帯やカートリッジを納めたポーチが巻き付けられ、その上から襷掛けに雑嚢をぶら下げている。



「……足下、注意」



 音量を絞って言うとコクコクと必死に頷き返す姿が若干滑稽に見えてしまった。

 危うく吹きだしそうになったが、なんとか持ち直して一度、周囲の警戒をする。 ……うん、気づかれていないな。

歩を再開して村に近づいていくと湿った森の香りに混じって血の臭いが漂ってきた。それが異様に心を揺さぶってくれる。

 心臓が暴れ出し、全身を流れる血液が沸騰しているのではと思うほど昂ぶりを覚えてしまう。

 だが逸る心を抑えて立ち止まる。そしてゆっくりと右手を上げて『止まれ』のハンドサインを送り、単身で前進する。月明かりに身を晒さないように陰を選びながら森の外を伺えば歩哨らしき人影が一人、二人……。

 距離をとって森の方を警戒している軽装な歩兵が二人だ。主な武器はその手に持たれた短槍だろう。あと二人とも腰にショートソードを帯びている。

 それ以外の人影は見えないし、村には篝火さえ無い。明かりは降り注ぐ半月の月光のみ。明かりをつける事で砲撃目標となる事を避けているのか?

 まぁなんでも良い。

 陰の位置に注意しつつ手招きをすれば森の陰から次々と汚れたテントを身につけた兵士達が姿を現してきた。銃兵中隊より選ばれたロートス支隊二十名だ。選抜猟兵(スナイプイェーガー)五人、第二小隊の獣人十一人、人間三人、オーク一人。



「……各自、着剣(つけけん)。待機」



 小さくも大きく響く金属の触れあう音に心臓が飛び上がりそうになる。出来れば風の音に紛れて聞こえませんように。

 風と木の神様に祈りを捧げながら腐葉土に腰をおろして合図を待つ。

 作戦では深夜、近衛第三騎士団五十人と教導大隊五十人の兵が本村を強襲し、敵を駆逐する。もっとも教導大隊から選出されたロートス支隊とグレゴール支隊は別行動を取らせてもらっている。グレゴール大尉が信用ならないと言うのもあるが、それ以上に彼等は近衛第三騎士団と共に乗馬強襲を行うとの事で機動力を奪わないため徒歩本部の俺達とは行動を共にしないと言うことになったのだ。

 あのグレゴール大尉の安堵した顔と言ったら……。

 その時、背後の丘から轟音が響いた。合図の砲撃だ。



「総員。これより敵地へ浸透強襲を行う。各自、一丸となって行動し、勝手に隊列を離れないように! 突撃にぃ――」



 負い革を首にかけ、背中に吊った小刀を抜き放つ。それと同時に大地を砲弾が抉り飛ばした。



「前へッ――!」



 一気に森を飛び出すと先ほどの砲撃に混乱する歩哨が喊声を聞きつけた歩哨がこちらに気づいた。

 だが遅い。選抜猟兵(スナイプイェーガー)が彼等を撃ち抜き、断末魔と共に傭兵が敷いた警戒線が崩壊する。

 そのまま村の中に飛び込んでいくとクレーターのようにへこんだ広場に砲撃で吹き飛ばされた家々と寒々しい光景が広がっていた。

 破壊の爪痕残るその村には家の残骸に隠れるようにいくつものテントが張られ、そこから傭兵達が吐き出されようとしているところだった。



「目標前方! 構え! 狙え!」



 奴らが村に進入した俺達に気がついた。く、フハハ! 遅い! 遅い!

 闇の中に蠢く陰に居る全ての者に恐怖を悟られないように思わず笑みが浮かんでしまう。



「撃てッ!」



 吊り上がる唇が歌うように命令を下せば眩い銃火が世界を彩ってくれた。それが消える寸前に悲鳴が木霊(こだま)していく。

 だがこれだけではつまらない。「てつはう用意!」の号令を発して装具の上から肩に掛けた雑嚢を探る。中にはツルリとした冷たく硬質な曲体を持つそれが二つ入っている。そのうちの一つを取り出し、短く火の魔法式(ことば)を呟く。

 野球ボールサイズそれに取り付けられた火縄がジリジリと赤く輝きだした。



「目標、前方の傭兵! 投擲!」



 全力でてつはうをぶん投げ、即座に地面に伏せて両手で耳を塞ぎ、口を開ける。

 すると闇の向こうで世界が白く輝いた。

 目をつぶっても赤い瞼が見えるほどの光量と爆音が頭上をかけていく。

 パラパラと爆風で巻き上がったゴミが地表に降り出す。だがそれに構っている暇はない。



「立て! 攻撃目標、前方の傭兵! 突撃ぃ前へ!」



 小刀を掲げて叫べば血に飢えた兵達が口元をひきつらせながら駆け出す。その先頭に立って駆けるとすぐにうめき声を上げる傭兵と出くわした。

 爆圧で平衡感覚が失われたのか、ふらふらと寝ぼけたようにあるくその間抜けめがけて袈裟斬り小刀を振るう。鈍い音と共に肉を軽く斬る感覚を感じつつ、一気に振り抜く。



「ぎゃああ」

「同士討ちに気をつけろ! かかれェ!」



 周囲の兵達は俺の話を聞いているのか、聞いていないのか。まるで無視するように己が獲物を見つけて心おきなく暴力を振り出した。

 てつはうの爆発で怪我をしてうずくまる一人の傭兵を三人で取り囲んで滅多打ちにするエルフ達。反撃してこようとする傭兵に銃剣で応戦する獣人達。死に体の兵士に止めを刺す人間。ただその力を解放して瓦礫を敵に向かって放り投げるオーク。

 各種族それぞれがそれぞれの戦い方で傭兵を躯に変えていく。


 く、フハハ。く、フハハッ!


 血が飛び散り、肉と骨が軋む不快な音。悪魔すら裸足で逃げ出す凄惨な光景!

 許されざるべき暴力の坩堝! 平時であれば忌むべき行為の数々!

 あぁくそ! くそ!



怖い! 助けてくれ(なんてステキなんだ)!!」



 膝が笑う。ついでに表情筋も感情とは関係なくただ笑う。

 一体何がそんなに楽しい!?

 ――サヴィオン人を殺せる以上の楽しみがこの世にあるとでも!?



「く、フハハ!」



 次の獲物を探し、闇をさまよう。おとぎ話に出てくる幽鬼のように生者を探して――。居たぁ!

 ショートソードを手にしたその傭兵が体勢を立て直そうと矢継ぎ早に指示を出している。その横合いから切り込むが、傭兵は難なくその手の剣で俺の一撃を弾いた。



「この! 亜人がなめやがって!」

「く、フハハ! 訂正しろ。俺はあんた等をなめてない! 全力でぶっ殺してやっているんだ!」



 リーチは俺の方が俄然と不利だ。それにせっかくハミッシュが打ち直してくれた父上の形見を剣と剣を打ち合う事で消耗したくない。

 なら――。



「何をすると思えば――!」



 即座に小刀を口にくわえて首から下げていた銃を構え、即座に撃鉄を上げて腰だめに構える。傭兵は射撃体勢が整ったとは思えなかったらしく、ショートソードを高々と振りかぶりながら駆けてきた。だがその胸に赤い花が咲き誇ると共に彼は弾き飛ばされるように後ろに飛び跳ねる。

 白煙が立ち上る銃を背中に回しながら小刀を手に持ち変え、さらなる獲物を――。

 その時、こちらに迫る馬脚の音が聞こえてきた。敵の増援か? だったらまずい。とにかく銃に弾を込めようか? いや、それより支隊を集めて戦列を組ませるのが先だろうか?



「――支隊集結!」



 その声に近くに居た兵達が駆け寄ってくる。彼等も即座に蹄が地を打つ音を聞きつけて緊張に顔をにじませていく。

 そんな彼等に二列横隊になるよう命令を下すが、闇と緊迫する戦況の中、それは遅々として進まない。生きて帰れたらザルシュさんに訓練を増やすよう言わなくては。



「銃剣構え!」



 前列の兵が腰を下ろし、銃床を地面につけて銃剣の取り付けられた銃を長槍(パイク)のように斜めに向けて構える。

 と言っても銃剣の刃渡りは四十センチほど。着剣しても百六十センチしかないのだから本職の長槍(パイク)兵に比べ方陣は貧弱としかいえない。そもそも東方辺境騎士団の羽付きの重騎士は四メートルを越える長槍を持っていた。

 正面から激突すれば圧倒的にリーチが足りない。俺達の方が先に串刺しになってしまう。

 迫り来る馬の嘶き。段々と呼吸が浅く、荒くなってくる。


 殺される。殺される。殺される……!!


 そう恐怖を叫べたらなんと楽な事か! だがそれをしては敵の凶刃にかかる前に指揮官としての俺が死ぬ。そうすれば生き物としての俺も終わりを迎えるだろう。

 だから内心を覆い隠す仮面のように笑顔を作る。歯をむき出し、唇をつり上げ――。



「我々は『長靴』だ! お前達は!?」

「――! 北風!」



 それは予め同士討ちを避けるために定められた符丁だった。長靴と言うことは近衛第三騎士団か。

 即座に陣を解くよう命令をすると闇の中から騎馬達が現れた。その先頭に居た壮麗なプレイトメイルを着けた騎士が「指揮官は!?」と辺りを見渡した。



「俺です。大佐殿」

「お前か。本村の南の敵は一掃した。我らが吶喊すれば敵は蜘蛛の子を散らす様にいなくなったわ! こっちは?」

「かねがね終わっております」

「ならもう一暴れする。付いてくるか?」



 だが作戦では村に屯する敵の一掃であり、さらなる攻撃などまったく言及されていなかった。

 そもそも臨編遅滞戦闘団の戦力消耗を避けるために敵に一撃を加えたら帰還する手はずだったはず。



「喜んで!」



 大佐が闇夜でも分かるほどの笑みを称える。もちろん俺も。ひどく醜いスマイルを浮かべ、背をっていた銃を下ろして装填を始める。それに倣うように支隊の面々も装填を始めた。

 だがその時、一騎がやってくると「危険です」と悲鳴のような叫びをあげた。



「グレゴール大尉。勇気と蛮勇は何が違うか知っているか? 事が成功したか失敗したかだ。我らなら勇気を持って敵に痛撃を与えられるものと思うが?」

「で、ですが――。戦闘団司令部はそれを許可はしておりません!」

「戦闘団司令部幕僚たるわしが許す。殿下には、いや、我々には先の敗北を覆す勝利が必要なのだ」



 下らない言い争いを耳にしていると装填が終わってしまった。半分だけ起こされた撃鉄の位置を指で触ってしっかりと確かめる。



「ロートス大尉。装填完了! いつでもいけます!」



 リンクス臨時少尉の報告に手を叩いて答える。ゆっくりとパチ、パチと打ち鳴らさせる響きに激論を交わしていた二人がこちらを見る。



「ロートス支隊。戦闘準備完了! ご命令を大佐殿!」



 すでにこちらは戦意満々。背後に控える兵達も爛々と目を輝かして大佐の口元を見つめている事だろう。

 しばしの間が開いた後――。



「全軍、我に続け!」



 鞭が打たれ、馬が嘶く。

 騎士達を先頭に駆け出す一団に混じり、「回れぇ右! 駆け足前進! 前へ進め」と叫ぶ。

 馬に混じって走り出す銃兵達。すると騎士達が次々に火の魔法を使って馬首に下げられたカンテラに火を灯していく。

 宙にぽっかりと吊されたカンテラは火の玉のような妖しい輝きを生み、辺りを照らしてくれる。それでも周囲に立ちこめる闇のほうがまだ力が強い。揺れる明かりのせいで逆に陰が濃くなって周囲の判別が難しくなってきたような気がする。

 だが誰一人それに不満を言う者は居なかった。誰もが遮二無二敵を求めて走る。

 村を出て街道に足をつけると前方に篝火に照らされた敵陣が見えた。砲撃と喊声によって叩き起こされた傭兵達が右往左往しているのが見える。



「者共、かかれ!」



 大佐の野太い叫び声と共に騎士達が鞍に取り付けた剣を抜きはなったり、槍を天に振りかざす。

 そして彼等は俺達を置いて速度を増していく。敵との距離は夜のせいで判然としないが、もう襲歩(ギャロップ)で走る距離になったのだろうか?

 なら敵との距離は五十メートルも無い事になる。

 近いな。俺を殺そうとする敵との距離が近い。もう二十秒もしないうちに俺達はあの中に飛び込む。

 くそったれ。怯むなよ。さぁ笑え――!



「総員、発砲は禁ずる!」



 俺達を追い越した騎士達と傭兵が射線に被さる――。理性が最低限の警告を発し、銃から再び小刀に持ち変える。

 手に馴染んだそれが透明な月光を浴びて白銀に輝いた。

 美しい剣だ。場違いな感慨を浮かべているともう敵陣の中に居た。左右を見渡せば見慣れない様式のテントが林立し、簡素な革鎧をつけた傭兵達が右往左往している。

 その中、偶然一人の傭兵と視線が絡んだ。その細見の壮年の傭兵は何が起こったか分からないと言うように俺を見て来る。その疑問を解消してやるべく、彼に駆け寄って彼の首筋にまっすぐ突き立てる。



「殺せ!」


 首から喉に吸い込まれるように刺さった剣を引き抜く。刺された男は傷口から空気を漏らすような音を立てながら倒れた。なんて間抜けな倒れ方! 俺を笑い殺す気か!?



「く、フハハ! 良い死に方だ! サヴィオン人だろうが俺はあんたを見直したぞ!」



 それに続くように銃兵達も殺戮を再会していく。

 昼間はあれほど圧倒的だったサヴィオン軍がこれほど簡単に殺されていくのかと思うと不思議でならなかった。

 それに今までにない快感も得ていた。

 今まで撤退を支援するための遅滞戦闘が主であったせいか、自ら攻勢に出て敵を蹂躙すると言う戦闘行動がこれほど愉快だとは知らなかった。


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