絶叫
「もう終わりだ……」
赤みを増す空の下、美麗な騎士が物憂げにしているだけで絵になるのだが、今、絵になっては困る。俺が必要としているのは絵じゃなくて指揮官なんだ。
「ディルムッド大尉、作戦通りにやれば何も問題はありません――」
「うるさい! 亜人風情が!」
……あー。いよいよこの人はダメかもしれん。
てか、この状態でサヴィオンと戦って勝てるのか? 無理だろ。って俺が弱気になってどうする。
同僚の一人は敗北主義者だし、もう一人は俺達へ撤退の伝令を寄越さない裏切り者だし……。
ダメだ。俺がしっかりせねばこの部隊は瓦解する。いや、俺以外に部隊をまとめあげる人が居ない。
そういや既視感のある状況だと思ったが、あれだ。プロジェクトマネージャーをしていた会社の先輩が失踪した時のあの状態だ。頭を失ってフラフラしているあの――。
くそ、周りに兵は居ても孤軍奮闘しなくちゃならんのか!
あぁかみさま――!
「大尉、よろしければ俺に長槍兵中隊の指揮権をお預けください。この場の指揮なら――」
「うるさい! 貴様、兵をまとめて反乱を起こすつもりではないのか!?」
どうしてそうなるんだよ。この野郎。
「滅相もありません! 俺はただエフタルの勝利を――」
「口ではいくらでもいえるぞ!」
どうしろって言うんだよ。このバカ野郎。
これはいよいよアカン。
何が何でも指揮権を手にしなければ玉砕してしまう。そんな事だけは断じて阻止せねばならない。
「で、では中隊の指揮はお任せします」
「当たり前だ! いや、お前達が代わりに囮になれ! そうだ、そうしろ。グレゴールもそう思うだろう?」
すると蚊帳の外になっていたグレゴール大尉が「そこで話をふるのか?」と嫌そうな顔をした。お気持ちよくわかります。同情はしないが。
「そ、そうだな。どんな危急の場でも戦う亜人部隊が囮になるべきだと思う」
「だろ?」
話がきな臭い方向に動きだしたな。
てかここで仲間割れしてる暇ないだろ。早く戦闘配置を整えなけれならないって言うのに。
「お言葉ですが、我々には敵魔法使いを狙撃する任務があります。なら森に潜むほうが良いですし、何より長槍より火縄銃の方が短いので森の中での行動も容易です」
火縄銃の全長はおよそ百四十センチ。対して長槍は二メートルを越える。
ぶっちゃけ対騎兵を主眼とするなら長大な槍の方が適しているだろうし、エンフィールド様の采配ほど見事なものはないだろう。
「そのような言を並べるな! どうせ森に隠れるフリをして逃げるつもりではないのか!?」
「な!? 訂正をしてください! 我らがサヴィオンから逃げるですと? そのような不名誉な言、どうか訂正を」
「ならそれを示してみよ!」
あ、墓穴を掘ってしまったやもしれん。
グレゴール大尉を見ればうんうんと鷹揚に頷いているし……。
やってしまった。やってしまったぞ。いや、まだ大丈夫。十分、訂正は出来るはず。
それにわざわざ自ら苦労を買って出なくも良いだろ。別に仕事中毒では無いし、絶対にそんな依存はしたくない。
そう、もうブラックな会社では無いんだ。だから訂正も――。
「ん? どうしたのだロートス大尉。臆したか? あれほど壮大な事を言っていたのに、まさか全部虚言なのか?」
退路を立つように責め立てる言葉に身が強ばる。ヤバイ。いよいよ死地への任務を避けられなくなってきた。
這い上がる怯懦。まるで内蔵を引きずり出されるような不安と焦り。脇から流れ出す冷たい汗。呼吸も浅く、唸るようにしか息が吸えない。
どうする? 頭を下げて許しを乞うか? それとも言を通してしまうか?
ふと、銃兵達を見る。俺の部下達を。共に戦い、共に敗走を経験した仲間達。
「……我らが、囮を引き受けます」
「ほ、ほぅ」
何を臆する。何に怯える。
なに、戦場が変わっただけだ。要は来る敵を殲滅するだけの簡単なお仕事だ。
銃兵はそれを成すためにこの地にやってきたのだ。それを成すために給金を得ているのだ。それを成すために彼らは軍人へとなったのだ。
「見くびられますな。今更魔法使いに怯える弱兵など我が中隊には一人とて存在しません! 我が中隊の使命は故郷を取り戻し、憎きサヴィオン人に正義の鉄槌を振るう事のみ! その先兵とならんことこそ名誉の中の名誉! 武勲の中の武勲! 喜んでお引き受けいたしましょう!
く、フハハ! さぁ諸君! お仕事の時間だ! 貧乏くじを引いた戦友諸君。君達は今の幸運を噛みしめるべきだ。なんと言っても正々堂々、威風堂々と我らはサヴィオンと相対する。我らこそ主人公なのだ。
我らこそ強敵を撃ち破る寝物語の主人公なのだ! それを共に楽しもう! く、フハハ!!」
何時しか俺の言葉は銃兵に向けられていた。いや、声だけではない。中隊の中で唯一怯える自分を隠すために口角を釣り上げた営業スマイルを銃兵に向けてやる。
その兵士達の瞳にあるのは絶望か? それとも歓喜か? はたまた狂喜か?
だが少なくとも彼らにはまだ戦意が残っている。ならば士気の低い部隊が囮となって壊走を起こす愚を避けられると言うもの。
それに密集した銃列を敷くにあたって森からの移動、陣形を整えて射撃――そうしたプロセスを行うには時間がかかるし、焦って陣形が乱れたままの射撃ではその効果を期待しにくいだろう。
だったら最初から戦列を組んで敵を待ち受けるのが言い。
――そう自分を騙すように言い訳を並べていく。なんて汚いんだ。
俺が頭を下げるだけで部下達は囮なんて危険な任務に会うことなかっただろうに。
なんたる欺瞞だ。虚栄心を満たすために俺も、彼らも過酷な戦場に送られてしまうなんて。
あぁくそ。くそったれのロートス!
まんまとディルムッド大尉の口車に乗せられるなんて――!
くそ、絶対に許さない。囮になる事を選んだ俺も、俺を乗せたディルムッドも。絶対に許さない!
「では戦闘配置につきます。……ディルムッド大尉。必ず敵を挟撃してください」
「フッ。ばかめ。き、騎士が逃げるわけ無いだろう」
あ、こいつ森から出てこないつもりだ。やはり人間族は信用ならんな。
それから一応、三人で作戦を確認して各自、配置につくことにになった。
ディルムッド大尉は村の入り口近くの森に潜み、グレゴール達騎兵は村の外れにある納屋に馬ごと身を隠す。
そして俺達は村の中央やや奥に陣取り、三列の横隊を組み上げる。
その作業の中、中隊先任曹長のザルシュさんが俺の腕を掴んだ。
「な、なんだ?」
「テメェ、意地張りやがって」
「……怒ってます?」
「逆だ。よく言った! あの人間の泡食ったような顔見たか? ガハハ」
ドンドンと豪腕が背中を叩き、豪放磊落な笑みを浮かべるドワーフ。
他の兵達もまた戦意を漲らせながら各々、銃の点検をしたり、脚絆を巻き直したりしている。
「なに、負ける訳にはいかねーからな。こっちが負ければデク達がやばい。だから負けられん」
「確かに」
丘から着弾観測に勤しんでいる小さな親友を思い浮かべ、そして丘上に移された傷病兵に混じるミューロンの笑顔が脳裏をよぎる。
そうだ。俺達が突破されればみんな死んでしまう。
それを守るという重圧のなんと心地良い事か。やってやる。
肺を限界まで膨らませるように息を吸い、吐き出す。
「ま、やる事はいつも通りか」
「少なくともこの中隊だけで遅滞防御するわけじゃねーんだ。いつもよりマシな戦況だろ」
「苦境的な戦況か危地的な戦況の二択だと俺は思うがな」
「ガハハ! 違いねーや」
そんな話をしているとリンクス臨時少尉から「戦闘配置完了」と報告が来た。
歴戦の第一小隊を前列に第二小隊、第四小隊と並ぶ様は圧巻だった。もっとも先の敗走での戦死者や離散した者の穴を埋めるために第五小隊を解隊して第一、第二小隊に組み込んだ編成になっているのが悔やまれる。
まぁおかげで三列編成が出来たと言える。
それに満足を覚えていると村の入り口から一騎飛び込んできた。その鎧から友軍の斥候のようだ。
「敵襲! 敵襲!」
それだけ伝えると馬が去っていく。それと同時に丘の上から華々しい砲声が響きだした。どうやらその指向先は本村のようだ。
つまり二正面で攻撃を開始したのか。
ガサガサとした唇を薄くなめ、「装填」を命じる。
丘を挟んで聞こえる轟音に混じって込め矢が銃身をこする静かな音が周囲に響く。それと同時に大地を揺らす馬脚も聞こえてきた。
やってきた。やってきたぞ。
心臓が早鐘を打ち出す。さぁ来い。来い来い来い!
だがその馬脚が突然、途絶えた。
「――?」
なんだろう。様子を見に行こうか? いや、指揮官が動いたんじゃ兵が動揺するし、その隙に敵がやってきてはどうしようもない。
かと言って部隊総員で様子を見に行ってはせっかく組んだ隊列が台無しになる。
「待つしかない、か」
だが待つ必要が無かった。
木をなぎ倒す轟音が村の入り口付近から聞こえてきた。それと悲鳴。
おそらく敵の魔法だ。
「見つかったのか!?」
森の中に姿を隠したディルムッド大尉の長槍兵中隊がミスをしたとしか思えない。
どうする? 救援に行くか? いや、わざわざ隊伍を崩す事もあるまいと思案していると程なくして森から白い煙が立ち上りだした。
それはすぐに黒煙と姿を変え、木の焼ける上品な香りと肉が焼ける臭いがしてきた。
「おい、動かないのか?」
「動けないの間違いだ。今、動いたら隊列が台無しになるし、村の入り口に行ったらグレゴール大尉からの支援を受けにくくなる」
それに作戦通りなら俺達が敵を吸引してその隙に友軍が敵を殲滅するのだから俺達は無断で動く事はできない。
そう、例え友軍が悲惨な目にあっていても。
「着剣!」
左腰に吊られた銃剣差しから細長いそれが抜き放たれ、環状の基部を銃身にはめ込んで半回転させる。すると銃剣の基部に刻まれた溝とフロントサイトをかみ合い、上下に引っ張っても動かなくなった。
これで例え銃剣で敵を突いても銃剣は外れる事は無いし、脱剣をする場合は逆の手順で銃剣を捻れば簡単に外れると言う画期的なシステムだ。これを考えたドワーフには感謝をしてもしたりない。
「各自、気を引き締めろ。なお、選抜猟兵は敵が現れたらまず魔法使いを狙い撃て! 一人も逃すな。絶対に息の根を止めろ。さもなくば今度は俺達が焼き肉になっちまうぞ。こんがり焼かれたく無ければ気を引き締めろ。く、フハハ」
実に、実に良い。
森の焼ける音。人の悲鳴。砲声。輝く銃剣の群れ。あぁくそ。なんてくそったれな世界なんだ。
だからこそ実に良い!
手に握る銃に力がこもる。そこで己が銃剣を装着していない事に気づくが、それを着ける事はやめた。
銃剣を着けると銃口に重心が偏って狙い憎くなる。こればかりはどうも許せない。
「さぁ早く!」
そう念じると共に村の入り口に敵の姿が見えた。白い馬に重厚な白銀の鎧、そして羽根飾り。
間違いない。アイネの率いる東方辺境騎士団! その主力がやって来やがった。
震えるな膝。音をたてるな奥歯。恐怖を上塗りしろ、頬。
「く、フハハ! 来やがった! とうとう来やがったな!」
吐きそうなほど怯える心を塗りつぶして営業スマイルを浮かべる。
あぁ怖い。あの東方辺境騎士団が相手なのだ。怖い怖くて仕方ない。
だが、恐怖をあざ笑うように奴らは村へ進入してこようとしない。それどころか村の入り口でこちらを確認すると馬首を返してしまった。
「――どういう事だ?」
考えられるのは罠。俺達を村から誘い出した所を叩く。
機動力のある騎兵ならそんな策、造作もなく出来るだろう。だがそれをするメリットがない。彼らなら歩兵くらい正面からの騎兵突撃で粉砕出来るだろうに。
ならば俺達の罠に感づいた? そりゃ気づくだろうな。森の中の伏兵を看破した時点で気づくだろう。
「おい、どうすんだ?」
「………………」
ザルシュさんの剣幕に押されそうになりながらも心の中で待機の声が叫ばれる。そう、待機だ。命令通りこの場に留まっているべきだ。
だが聞こえてきた馬脚にその思考が閉ざされる。それは村の入り口からではなく中――グレゴール大尉率いる第四騎兵中隊の面々だった。
その先頭を走るグレゴール大尉が俺達の前で止まると「何をしている!」と怒鳴ってきた。
「敵が来るのを待っています」
「バカめ! もう敵が来ているんだぞ。ディルムッドが応戦しているんだ。早く援護に行くぞ」
「しかし――」
「早くしろ!」
彼は隷下の部隊に短く「我に続け」と叫んで駆け出す。
やれやれ。肩をすくめるとザルシュさんが肩を叩いてきた。
「で、どうすんだ?」
「これ以上は無理か。中隊、横隊前進! 距離五十メートル。前へ進め!」
村の大通り一杯に広がった兵士達がのしのしと前進を始める。
規則正しい軍靴の音。そのなんと美しい音色か。だが音はそれだけではない。先ほどよりも大きな悲鳴が聞こえる。
くそ、くそ、なんて、なんて恐ろしいのだ。
思わず口が裂けるほど唇をつり上げてしまう。
「中隊長が笑われている!」
「さすが中隊長殿!」
「おらたちだって!」
やがて中隊に狂喜が伝染していく。
たかぶる戦意。たかぶる恐怖。その全てが淫らな和合を果たし、絶頂のように興奮した部隊がいざ、戦場へと足を踏み込む。
そこには炎の壁があった。
その壁に遮られ足踏みをする騎兵達。その向こうでは虐殺が繰り広げられていた。
有翼の騎士達が逃げまどう長槍兵に馬上から無慈悲な攻撃を加えているのだから。
「――! 来たか! 貴様、早く長槍兵を援護しろ」
街道の入り口でそう叫ぶグレゴール大尉。
だが――。
「友軍と射線が被ってしまいます。援護は出来ません」
「なぁ!?」
顔を瞬時に赤くするグレゴール大尉。
この大尉、怒鳴れば誰でも言うことを聞くとでも思っているのだろうか?
「見えないのか!? 友軍を助けようと――」
「その友軍のせいで射撃は出来ません!」
そんな会話をしつつも炎の向こうでは必死の抵抗が続けられていた。
生き残った兵をかき集め、横隊を組んで長槍を必死に振り向ける兵士達。その中には愛槍を構えたディルムッド大尉もそこにいた。
「早くしろ! ディルムッドが死ぬぞ!」
「えぇ。そうですね」
グレゴール大尉の顔が凍り付く。――? 何か、失言でもしたか?
首をひねっていると炎の壁の向こうに一人、知り合いが居る事に気づいた。
白銀の鎧に身を包んだ朱髪の騎士。確かアイネと共ににたクロスボウ使い――名は確かミーシャとか言っていたか?
その朱い騎士と一瞬、目があった。すると彼女は「全軍集結!」と騎士達を集め始めた。炎を突破してくる――? いや、集結する騎士達はこちらに背を向けている。逃げる気だ。
「選抜猟兵前へ! 魔法使いを狙え!」
「おい、それより全軍をもって攻撃しろ!」
「銃ならグレゴール大尉の部隊も持っているでしょう。俺達ばかり頼りにしないでください」
「ぐッ」
もっともグレゴール大尉が銃の訓練をそうしていないのは知っている。きっと俺がもたらした武器と言うことで嫌悪しているのだろう。
だから肝心な時に使えない。
「良いから早く援護をしろ」
くそ、口ばかり達者だな。だが命令通り隊列から前進してきたのは螺旋式燧発銃を装備する寡兵のみ。
彼らは撃鉄をあげるや杖を持つ魔法使いへ照準を行う。
だがそれが完了する一歩手前。ミーシャが「全軍突撃ぃ、進め!」と叫んだ。
大地が一斉に揺れるような錯覚を覚えつつ選抜猟兵が発砲する――だが効果は惨憺たるものだ。八を越える銃声がしたのに倒れたのは四人ほど。
やられた。まったく。こちらの訓練が足りないのか、それともさすが東方辺境騎士団と言ったところか。
暢気にそう思っていると端正な顔をしたディルムッド大尉の悲鳴が聞こえた。
「なぜだ!? なぜ援護がない!? なぜだッ!」
「……そりゃ日頃の行いって奴ですよ」
誰に言う出もなく、思わずそう呟いてしまった。
だがその呟きを押し流すように襲歩で地を駆ける羽付きの騎士達。
彼らを迎え撃つ長槍兵。彼らは槍を壁のように突き立てて抵抗するも、羽付きの騎士が使う槍は長槍よりもさらに長く、友軍が損害を与えるまえに超長槍が長槍兵を貫いた。
絶叫――。
己のリーチの外より飛来する穂先によって貫かれ、喉が避けんばかりの悲鳴が夕空に吸い込まれる。
彼等は例外無く蹂躙された。
それまでの出自に関係なく、彼らは等しく槍に貫かれ、馬に踏みつぶされて息絶えた。
「さすがミーシャか。一撃して去るか」
きっとアイネの片腕なのだろう。だからあの廃砦にも付いてきていたのだ。なんとも厄介な敵なのか。
それにしても見事な引き際だ。帝国には優秀な指揮官が多くて羨ましい。絶対にその指揮官全部殺してやる。
そしてふと、隣を見れば顔を青くしたグレゴール大尉が俺を見ていた。
「何か?」
だが彼はそれに答える事無く、ただ黙って視線をそらすだけだった。
なろうのジャンル変更に戸惑う私。
この話ってハイファンタジーなのか、ローなのか自分でも曖昧でよく分からないと言う。
検索妨害だったらごめんね!
(あれ? なろうで小説書きだした時も同じような事を言っていた気がする)
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




