側道の戦い
「攻撃開始! 攻撃開始!」
森の各所から次々に銃声が響く。それと人馬の悲鳴を聞きつつポーチからカートリッジを引き出して歯で食い破り、火皿に火薬を注ぐ。それをしながら口に残ったカートリッジの紙切れを吐き出して「ペッ。早く装填しろ! それでも選抜猟兵か!!」と叫ぶ。
血液が沸騰するような快感を感じつつカートリッジに残った火薬を銃口に注ぎ、カートリッジそのものである油紙ごと弾丸を押し込む。
「く、フハハ! いいか! 俺達の任務は敵の殲滅だ! 捕虜を捕るだとか、奴隷を得ようとか、包囲するだとかじゃない! 殲滅だ!」
敵は二十ほどの軽騎兵。その横腹に向かって選抜猟兵の猛射が浴びせられる。
敵はその攻撃を振り切るように反転する者や速度を上げて前進を選ぶものと徐々に統制を失いながら動き出す。
「逃がすな! 馬を狙え!!」
目標は逃げに転じて情報を持ち帰ろうとする優秀な傭兵。その先頭を行くその人を視線で追いつつ撃鉄を完全に起こし、狙う。
昂ぶる内心とは裏腹に落ち着いた呼吸を続ける肺に感謝しつつ引鉄を絞る。距離にしておよそ六十メートルほど。即座に悪魔の咆哮が迸り、馬が嘶いて棹立ちになる。
それに続こうとしていた二、三人の傭兵も同じく馬を狙われて獣の悲鳴が昼過ぎの空に響いていった。
「よし、モリソン軍曹、後は頼んだぞ」
「ハッ! お任せを!」
選抜猟兵の先任下士官であるモリソン軍曹には隊の半分をあらかじめ与えている。彼らは馬を撃たれて足を失った傭兵へ追撃を行うのがその仕事となっていた。
対して俺の率いる残りの半数は前進を選んだ間抜けな傭兵の追撃にある。
「行くぞ! マルコム伍長は最後尾! 我に続け!」
街道には出ない。森の中を全速で駆ける。枝を避け、根を飛び越え――。すると前方からおびただしい銃声が聞こえて来た。
どうやらリンクス臨時少尉指揮下の銃兵中隊と逃げ出した傭兵とがかち合ったらしい。
もっとも教導大隊の歩兵組は迂回をするであろう敵を待ち伏せしてこれらの脅威から臨編遅滞戦闘団主力の側面を防衛するよう任務を下されていたので作戦通りと言えばその通りだ。
「急げ! 幕が下りちまうぞ!」
後ろを見れば五人の兵が螺旋式燧発銃を手に楽しそうに顔を歪めながら続いて来る。あぁ良いぞ! 実に良い! 皆、誰もが戦意高く、皆誰もがサヴィオン人を殺そうとしている! それでこそエルフだ!
「――! 止まれ!」
二回目の斉射音が森に響くと同時に敵を補足した。すでに立っている騎兵は居ない。くそ、間に合わなかったか。
「北風!」
悔しさを感じながら作戦開始前に定めていた合言葉を叫んで森を出る。すると銃剣を装着した横隊から「旅人!」との返答が返ってきた。符丁通りの合言葉に安堵しつつ森から抜け出る。
「どうだ? やったか?」
「いえ、まだ息のある奴が少しいます!」
リンクス臨時少尉の言葉通り生臭い空気の中にうめき声が聞こえて来る。く、フハハ。なんて運の良いやつだ。いや、悪い奴なのかな?
まぁどちらでもいいか。腰に吊った小刀を抜き放ち、息のある傭兵の元に歩み寄る。まだ若い傭兵だ。その傭兵の首にミスリルの山刀を突き立て、血抜きを行う。
「早くしろ。第二波がくるぞ! その前に止めを刺していけ」
戦列が崩れ、兵士達が恐る恐ると言うように近寄って来る。だが中には率先と――よく見れば中隊の古参のエルフばかりだ――が己の任務を嬉々と遂行していく。それに満足を覚えていると顔をしかめたザルシュさんが「エルフは頭がおかしい奴らばかりだ」と言いながらやってきた。
「ザルシュ曹長。俺もエルフなんだけど」
「はぁ? そんなの知ってるぞ」
先ほどの小言はそれを知ってなお言ったと言うのかな?
まぁ詰問している暇も無い。
「リンクス臨時少尉はどうか?」
「問題ねーよ。よくやってるが、若干石頭な所かあんな。テメェを妄信してるっつーか」
まさに犬ですか。いや、狼か。彼を盗み見れば腰のショートソードを引き抜いて傭兵達の様子を伺いながら歩いていた。
「案外様になっているな」
「本人は頼られれば頼られるだけ期待に応えたいと思っているらしいぞ」
あー。なんてブラック体質なんだろう。前世のような末世の職場に彼が来たら真っ先にうつ病からの退職と言う未来が見える。
良かったなリンクス。アットホームな職場で。
「さて、俺達は先の襲撃ポイントに戻ろうかな」
「再度攻撃でもあんのか?」
「分からない。だけど備えるしかないだろ。いや、待てよ」
急いで生存者を探す。危ない! あと二、三人くらいしか生きてないぞ。急いで彼らの処分を止める。
「待った。そこの傭兵に聞きたい事がある。もし答えてくれたら痛みから解放してやる」
だが、返事は血を吐くような醜い唸り声のみ。代わりにザルシュさんが「生かすつもりねーじゃねーか」と嫌悪感まるだして聞き返して来た。いやぁその通りなんだけどね。と思っていると死体の中から一人の女が立ち上がった。
怯えるような瞳の彼女が「な、なんでも聞いてください。そ、その代わり命だけは……!」と懇願してくる。見た所、右腕に銃傷があるが、それだけのような。
「嘘を言った場合、お前はすぐに森の肥やしになってもらうからな」
取引先の上司に向けるような笑顔を向けながら言うと女傭兵はしきりに頷いてくれた。今回は良い取引が出来そうだ。
「お前達はどうしてここに来た?」
「た、隊長が偵察するからついて来いと。あ、あたしは殺すと、そういう任務じゃないって聞いていて。殺すつもりも――」
「はいはい。で、なんで偵察を? こちらを攻撃する意図でもあったのか?」
「わ、分かりません」
「分からない? 分からないか……」
困ったなぁとスマイルを歪めると女傭兵は焦ったように「本当に知らないんです!」と耳障りな声を上げる。それから隊長の容姿を彼女から聞き出し――俺が真っ先に撃った男だった――取引は終了。
「なるほど。この役立たず」
女傭兵の髪を掴んで無理やり顎を上げさせ、白い喉を小刀でかき斬る。一瞬見開かれた瞳が何かを訴えようとして、その前に眠るように瞑られた。
さて、奴らの目的は分からぬまま。強いて言うならその隊長と言う人物が何か情報を持っているのかもしれない。
だけどここにわざわざ捜索用の軽騎兵がやって来たと言う事は敵の本格的攻勢が近いと言う事もでもある。いや、絶対に来るだろうな。
「ザルシュ曹長。伝令を出して教導大隊に敵襲の恐れありと伝えて増援をもらってくれ」
「そりゃ、来るだろうさ。いつだと思う?」
捕虜の虐殺に眉をしかめたザルシュさんだが、それでも先任下士官としての仕事を果たしてくれた。それが俺への信頼の証なのか、それとも淡々とした業務上の態度なのか、ちょっと気になる。
「……夕刻の前?」
「だな。奇襲は薄暮か黎明って相場が決まってる」
たぶん、俺の中隊の中で一番戦慣れしているザルシュさんの言葉なのだから間違いはないだろう。もっともアイネは薄暮にも黎明にも奇襲はしてないが。
だが日の暮れゆく時間帯に今日最後の攻勢をしかけてくると言うのは予想できる。
「警戒を厳に」
「あぁ。わかってらい。で、選抜猟兵はどう動く?」
「先ほど同様に森に潜んで敵の指揮官を狙撃しようと思うが」
「一人も生かして返してないんだろうな?」
「もちろん」と答えればザルシュさんはしばらく唸ってから「行動を共にするべきじゃねーか?」と言った。
そりゃ一気に二十名ほどの部隊が未帰還となれば指揮官は二つの行動を取ろうとするだろう。
一つは触らぬドラゴンに被害無し。攻撃を諦めるか。
一つは増強した部隊による威力偵察か。攻撃の度合いを肌で感じるために本隊が出て来るか。
きっと後者だろうなぁ。アイネの事だから大兵力の投入による側面強襲なんて作戦を取って来るかもしれない。
「いや、大兵力だとしても先行して敵に出血を強いる必要がある。それに一人も傭兵を帰していないんだから奇襲効果もまだ高いはずだ」
「なるほどな。じゃ、リンクスの事、頼んだぞ」
「わーた、わーた。任せておけ。犬死にはさせんよ」
「あいつはワーウルフ族だろ」
気の利いたジョークを……。若干肩の力を抜きつつ選抜猟兵を再招集して再度、攻撃地点を目指す。今回は兵への負担を考え道を行く事にした。
ほどなくして先の攻撃地点に戻るとエルフ達が死体漁りをしている所だった。そう言えば最初に撃ち殺したのが隊長なら何か、命令書でも持っていないだろうか。
「モリソン軍曹。帰ったぞ。なんか目新しい情報はあるか?」
「あぁ、中隊長殿。残念ながら悪い情報が。一騎取り逃がしました」
「……俺は殲滅しろと命令したはずだが?」
「申し訳ありません。馬には命中させたらしいのですが、根気のある馬だったらしくそのまま……」
最悪だ。
きっとその傭兵は俺達の事をアイネに報告するはず……。
「くそ、すぐに敵の本隊がやってくるな。それも森に選抜猟兵が潜んでいる事を知られたのは痛い……」
アイネの事だから森を焼きながら進軍してくるかもしれない。
だがエンフィールド様の命令で大隊はこの側道の死守が厳命されている。策を変えなくては。
「中隊主力と合流する」
まぁ俺達第一中隊は遊撃が旨であり、進撃してくる敵の阻止兵力は長槍兵中隊の第二中隊が受け持ってくれる事に成っている。それにザルシュさんの進言でリンクスはその増援を呼びつけている頃合いだろうし、後退して総力を持って敵を迎撃する準備は図らずとも成し遂げられようとしている。
「各員、装具をまとめろ。選抜猟兵は中隊に復帰し、敵を迎え撃つ」
急いで死体漁りやめて背嚢を点検しだす兵士達。その間に先ほど仕留めた隊長を探し、彼の体を検める。うーん。命令書とか持っていないか。ただの使い歩きだったのかな?
「中隊長殿! 総員、出発準備よし!」
気づけば街道に沿うように横隊が組まれている。それに満足感を覚えつつ「右向け右! 前へ、進め!」の号令をかけ、その脇に立つように俺も歩き出した。
ふと、天を仰げば日が傾き始めていた。時刻にして……二時、くらいか? 最近は日も伸びたから日没まであと三、四時間ってとこだろう。前もって準備を進めているのなら余裕で敵がやってこれるかな。だとするなら急がねばなるまい。
一人、先触れとして先行させつつ中隊に合流をするとザルシュさんが「お早いご帰還で」とどうして生かして逃したと責めるような口調で言ってきた。
「それより中隊も後退を始めよう」
「いや、リンクスが大隊本部に指示を仰ぐってんで伝令を出しちまった。この場で待機だ」
間の悪い事を。リンクスを見やれば申し訳なさそうに頬をかいていた。予定では有耶無耶の内に後退して防衛線を再編したと言う既成事実を作って起きたかったのだが……。
危惧するのはエンフィールド様が現地点の死守を命令する事だ。あの人ならやりかねない。そうなればいよいよ俺の中隊はお終いで玉砕エンドが末事になっている。それだけは避けたい。
悶々と唸っていると後方から一騎が「伝令」と叫びながら駆けてきた。その騎士は目前までやってくると「馬上から失礼」と息荒く言った。
「教導大隊本部より伝令。ロートス大尉以下第一銃兵中隊は速やかに後退。守備陣地にて大隊主力と合流すべし。以上」
「了解。命令を受託します」
「では先に失礼します」
伝令はそのまま踵を返すと鞭を打って馬を走らせていった。恐らく戦闘団司令部に敵の襲来を告げに行ったのだろう。
さて、心配が杞憂に終わった事だし、早速、と言うわけで堂々と後退を始める。
そして街道から外れた側道を進む事しばし。その先には今まで居た村よりも小規模な集落が広がっていた。そこも猫族の村であり、今までの本村が街道から来る者達の宿場町のような機能を有していたのに対し、副村は森林資源――炭焼きや山羊なんかの飼育――を行う場所だ。
その村の入り口にはすでに長槍兵中隊が横隊を組んで敵を今か今かと待ちかまえている。
「ロートス大尉です。ディルムッド大尉は?」
「ここだ」
鎖帷子の上にゆったりとした着物をまとったディルムッド大尉が愛槍を肩に担いで横隊から進み出てきた。取りあえず中隊に休めの号令を出して彼の元に行くと、その顔が未だ暗い色に染まっている事に気が付いた。
「銃兵中隊ただ今、第二中隊と合流いたします」
「……よくも敵を生かしやがったな」
エンフィールド様に似た丁寧に造形された顔が憤怒に染まる。
まぁ敵を取り逃がしたのはこちらの失態なのだから反論は出来ない。その後、聞くに耐えない罵詈雑言が俺を襲うが、「やめないか」と颯爽とした声がそれから俺を助けてくれた。
「ジョン! だが――」
「止めろと言ったのだ」
黒い鎧に身を包んだイケメン騎士――エンフィールド様がゆっくりと馬を走らせてやってきた。
その背後にはグレゴール大尉率いる騎兵中隊も付いてきているようだ。
「さて、残念な知らせだ。敵が三度目の大規模攻勢を企図しているらしい。丘上に陣取る臨編混成砲兵大隊からの報せだ」
臨編遅滞戦闘団と共に一〇一高知と仮称される丘に陣取った砲兵の観測所からの警報らしい。
教導大隊第三中隊(四個小隊。砲八門)の砲兵とイザベラ殿下の率いていた第三近衛騎士団に配備されていた砲兵中隊(規模は二個小隊。砲四門)を一緒にした臨編部隊を統括する着弾観測所からの警報なら信憑性が高い。
「臨編遅滞戦闘団司令部の見解はこの大規模攻撃から我々の注意を逸らすための陽動攻撃が側道からもたらされるのではと考えている。もちろん本村への攻撃を陽動とし、戦闘団主力の側面を突かれる可能性も十分考慮しなくてはならない」
「つまり?」
業を煮やして聞くと、エンフィールド様は清々しい笑顔で「砲兵は全て村への突撃阻止を行う」と言われた。
え? それって俺達への支援攻撃は無いって事ですか?
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