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立ち往生

挿絵(By みてみん)

 補足事項

 一、仮称一〇一高地はレイトルフ村を見下ろせる小高い高地。一〇一高地北東から南にかけて急峻な斜面が広がるも西側斜面は比較的傾斜が少ない。

 二、レイトルフ村周辺の森は深く、選抜猟兵(スナイプイェーガー)による奇襲の効果大。同大隊の側道守備を助けるものと思われる。

 三、戦闘団旗下の砲兵部隊を再編し、臨編混成砲兵大隊を編制す。大隊は戦闘団司令部直轄とし、大隊本部は砲兵陣地直近に設置する。なお、近衛第三騎士団特設砲兵中隊本部を大隊本部へ昇格させ、教導大隊第三砲兵中隊を指揮下に置く物とする。

 臨編遅滞戦闘団レイトルフ村防衛要綱より。



 アイネ・デル・サヴィオンより。


 噴煙を上げる大地。

 先ほどから耳を貫く忌々しい轟音を前に余は隣に立つクラウス・ディートリッヒを一瞥した。この戦に参加してから頭に白いものが増えだした老騎士はそれに気づき、恭しく頭を下げる。



「殿下、どうか後退の御許可を」

「……許可する」



 斥候の話では第二次氷河(グレイシア)作戦によって戦意を打ち砕かれた雑兵どもが街道沿いの村に立て籠もっていると聞いていたのだが、蓋を開けてみればそのような事は無かった。



「何が敵は弱兵だ。意気軒昂ではないか」



 敵は村を要塞化し、我らの襲撃に怯えていると得意げに話す傭兵に殺意が湧く。なんたる捜索騎兵としての失態か。おかげで正確な敵情を知るために第二次攻撃として出撃させた傭兵一千名を犠牲にしてしまった。いや、第一次攻撃も合わせて千五百か。高い授業料を払ってしまったものだ。

 もっとも千五百名総員が戦死した訳ではないが、あの調子だ。再編成を終えるまで戦力として期待できまい。ん? 全滅と同義ではない!

 苛立ちを僅かに表しながら伝令を呼びつけて後退命令を伝達し、踵を返す。



「せめて戦況を俯瞰できたらな」



 アル=レオ街道を南下してきたは良いが、手近な高所を確保出来なかったのは痛い。おかげで村の内情がまったく分からないし、どこからどのような攻撃を受けているのかも村に突入した傭兵からの口でしか分からない。



「本営に戻る」

「御意に」



 演技のように頭をさげたクラウスを連れて来た道を戻れば街道を遮るように整えられた幕舎に入る。そこには幕僚と呼ばれる騎士団幹部や傭兵団の団長が詰めかけ、中央に置かれた机にかじり付いていた。



「友軍の撤退が終わり次第、村に向けて再度の法撃を行わせる。それと第三次攻撃の準備を進めよ。攻撃発起時刻は日没直前とする。急げ、いくら日が伸びたとは言え時は奴らを利するばかりだぞ」



 それと先の攻撃に参加した傭兵を呼ぶようにも付け加える。敵がどこにどう布陣しているかを知る必要がある。

 必要な事を告げると緊張を滲ませた騎士や傭兵が次々に指示を飛ばし始めた。

 まったく、まったくもって愉快な戦になったものだ。



「だが反省せねばならぬ点もある、か」



 とは言え諸手を上げて喜んでいられるほど余も戦争狂では無い。

 まずもって進撃が大幅に遅れてしまったのが痛い。本来なら戦力の再編さえ終われば即座に進撃してレオルアンを目指すはずだったのだが、降伏した敵が予想より多くて収容に手間取ったり、敵の遅滞部隊を警戒して歩みが鈍って四日も遅れてしまった。


 そのせいで敵に――イザベラに十分な時間を与えてしまったのが痛い。

 あの姫はその時間を生かしてただの農村を堅固な城へと作り変えてしまったのが、悔しい。まさに余の失策だ。迅速な進撃こそ洪水(プートプ)作戦の肝だと言うのに……!



「殿下、よろしいですか?」

「どうしたクラウス」

「この際、この場を包囲に止め、騎士団だけでもレオルアン攻撃に移りませぬか?」

「後背を突かれる可能性は?」

「否定できませぬ。しかし第一帝子殿下からのご命令では確か敵の北上を阻止する旨だったはず。

 ならば敵をこの地に封じて主力をもってレオルアンに圧力をかけて居ればそれを達せられるのでは?」



 確かに義兄上から発令された洪水(プートプ)作戦ではレオルアンに集結した敵の北上阻止だ。ならば無理に敵を討つ必要もない、か。



「いや、ダメだ。この場で敵を粉砕する。絶対にイザベラとロートスを生かしてはならぬ」

「ロートス? 確か敵のエルフですか」



 いぶかしむような瞳でこちらを見てくる爺に口が滑ったと後悔を覚える。

 だが奴が生きている方が帝国にとって厄介極まりない。出来るならこの場で葬り去りたい所だが。



「ここで敵の残存兵力をすりつぶす事こそ義兄上のお望みである。ならば我らは敵を粉砕し、南アルツアル攻略の障害となる敵兵団をここで沈黙させねばならない」



 そうだ。敵に時間を与えてしまったが、敵の備えを遙かに上回る攻撃で敵をねじ伏せれば良いだけの事だ。

 そう思っていると本営の歩哨が先の攻撃に参加した傭兵が来たと告げた。

 それと共に幕が上がれば全身土埃にまみれた小汚い傭兵がそこにいた。



「楽にしろ。敵の攻撃はどこから来た?」



 挨拶などのまどろっこしい物を省かせて傭兵を地図の前に立たす。地図と言っても周囲の概略図でしかないが。



「何が起こったか、わかりません」

「バカを申せ。もう一度聞くぞ。敵はどこから攻撃してきた?」

「分かりません。ただ、雷のような音が聞こえたかと思ったら、と、隣を走っていたハルトの、ハルトの頭が弾け飛んだんです」



 ガタガタと歯と歯が打ち合わされ、不快な音階を刻む。

 傭兵はそのまま崩れ落ちるように膝を突くと星神への祈りの言葉を早口に言い出す。



「ダメですな。完全に心が逝っております」

「代わりの者を連れてこい」



 その後、二、三人の傭兵を呼んだが誰一人要領を得た話をする者は居なかった。

 誰しもが轟音を魔王の声と恐れ、その次の瞬間に訪れる無慈悲な死におののく。

 だが四人目でようやく望んだ情報が手には入った。

 その者は村の南西の丘に白い煙が立ちこめていたと話していた。間違いない。奴らだ。

 あの銃と言うものとは比べものにならない轟音を上げる武器――確か義兄上の愛人であるエルヴィッヒ・ディート・フリドリヒの報告によれば遙か彼方から鉄球を投射すると書いていた。きっとそれだろう。

 その話を聞いた若い本営付きの騎士が憤るように言った。



「なんて奴らだ。村を戦場にするなど騎士の戦いではない。やはり騎士とは言え蛮国の騎士か」



 自国の村を戦場に変えるなど許せない。そんな真っ直ぐな言葉。

 とは言え焦土作戦となれば自国の村を焼き払うなど当たり前だし、そこを詰るつもりは無い。

 だが困ったな。



「丘か。ここからでは見えぬな」



 平地であるが故に視界が限られてしまう。周囲の森や村のせいで直接その丘を見る事が出来ない。

 地図があるとは言え測量したものではないし、氷を投射したとして弾道が分からねばどこに命中したか分からないから敵に致命傷を与えるのは不可能だろう。



「クラウス。何か策は?」

「村を強襲して丘を奪取すると言うのは?」

「いや、ダメだ。伏兵がおろう」



 予定調和な否定にクラウスが嬉しそうに頷く。きっとその策を余が取っていればたしなめてくれたのだろう。何時まで経っても教育係りとしての性が抜けない従者に薄く息を吐いて気持ちを切り替える。



「迂回だな」



 斥候がもたらした周辺図には街道を外れ、丘を迂回するような細道が書き込まれていた。その先には別の村が存在し、行き止まりになっている。 そこを通れば敵の布陣する丘の側面を取れるはずだ。



「良き案かと」

「よし。では斥候で周囲の安全を確かめさせよ。……なぁ、そのまま迂回攻撃と言うのはどうか?」

「周辺の地形にもよりますが、難しいですな。丘を取られているので我らの動きは敵に筒抜けであると思うべきです。ならば伏兵による襲撃がある事を予想せねばなりませぬ」



 答案を添削するような口調に若干腹がたったが、確かにその通りだ。奴らに奇襲は不可能だろう。



「強襲しかないか」



 ならば斥候を勤めるような軽騎兵では無く、重騎兵を出すしかない。

 それに傭兵主体の軽騎兵は第一次氷河(グレイシア)作戦や敗走した敵の追撃、捜索によって消耗していて酷使は難しいかもしれない。



「傭兵による第三次攻撃と併せて東方辺境騎士団による迂回攻撃を実施する。各自、作戦に必要な準備及び周辺の偵察を行わせろ」



 魔法使いを含めた東方辺境騎士団が側面から攻撃をしかければ敵はまた壊走する事だろう。

 だが、そう上手く行くか?

 敵は遅滞戦闘に長けたロートスが居る。あやつなら、絶対に側面を取らせようとはしないだろう。

 えぇい。なにを不安に思っている。弱気を捨てよ、アイネ!

 悶々としていると歩哨が「ミーシャ・デル・イヴァノビッチ殿ご来入」と来訪者の名を告げた。



「アイネ! 入るぞ!」



 己の動揺と戦っていると急に幕が引き上げられた。そこに現れたのは最後の東方王ことミーシャが陽光に輝く朱髪をかきあげながら入ってくる。

 普段では見られないような不敵な表情の彼女は机に広げられた地図を一瞥した後、悪戯をするように言った。



「出番はまだかと騎士達がざわついているぞ」

「しばらく待たせておけ。すぐに出番がやってくる」



 するとミーシャが余の側に膝を屈めて座ると小声で「この攻撃、あのエルフか」と訪ねてきた。



「そうだろうな。怖じ気付いたか?」

「いや、逆に楽しくなってきた」



 自信満々というように線の細い唇が持ち上がる。何時になく頼もしいものだ。

 さすが最後の東方王に似つかわしい姫と言ったところか?



「それは良い。あぁ、ミーシャ。攻撃の準備を整えておくように」

「ボクを使ってくれるのかい?」

「側面攻撃だ。おい、騎士団だが、ミーシャの一隊を使うぞ」



 地図とにらみ合いをしていた幕僚達に声をかけ、ミーシャを机に誘導して迂回攻撃についての説明をする。

 彼女はすぐに頷くと「準備をしてくる」と背を向けた。



「頼もしいお方ですな」

「ミーシャなら必ず敵の側面を取れるだろう」

「厚い信頼を寄せられているのですね」

「信頼? まぁ信頼だろうな。共に殺し合いをした仲だ。互いの実力くらいわかっている」



 きっとミーシャは余の動揺を見抜いていたに違いない。だから気を使ってあのように振る舞ってくれたのだろう。

 なんて情けない事か。

 さて、ロートス。お前達がどのような攻撃をしてこようと余は引かぬぞ。く、フハ――。

 ふと、視線を感じて顔を上げると一瞬だが、クラウスが余から顔を背けるのが見えた。

 それに疑問を覚えるもその直後に現れた伝令が斥候が出陣する旨の報告をしてきたがために記憶の海に疑念が溶けてしまったのに気づかなかった。


 ◇

 名も無き斥候兵より。


 今日と言う日を迎えてこれほど乗馬が出来た事に感謝した日は無い。歩兵連中はあの訳の分からない攻撃によって次々に死んでいるようだし、赤髪の雇い主はさらなる攻撃の準備を進めていると言う。

 だから軽騎兵として傭兵に身をおいている幸運を噛みしめずにはいられない。

 元々、実家は貧乏男爵家の次男だったせいで家の相続権なんてある訳ないし、爵位だってない。その不運をどれほど呪った事か。だから身をたてるために隣の領の騎士団に入ったのだが、再度の不運として俺はその騎士団の団長夫人に手を出してしまったが故にこうして傭兵に身を崩してしまった。

 もっとも短い期間だったが、騎士団に居たおかげもあり乗馬には自他共に認める才覚があた。だから傭兵としても下級騎士並の給金を得ているし、今までの不運も帳消しのように思えた。だが今日は普段の増減零の運がどうやら良い方向に動き出したらしい。



「よし、今回の任務は斥候だ。上の話によるとあの(・・)エルフ共が待ちかまえているかもしれないらしい。だから編成は全力で行くぞ!」



 その声に部下達の頼もしい返事が返ってくる。

 総勢二十人。斥候としては大規模な戦力だ。だがエフタルでの追撃戦で傭兵仲間が大勢死んだ事を思うにこれでも少ない気がしてならない。もっともあの追撃戦で同じ傭兵仲間が大勢死んでくれたおかげでオレが傭兵の長となった訳ではあるが。

 そう言う意味ではエルフに感謝もしている。



「出発!」



 己が身にまとう防具は革鎧のみ。速度こそ命の軽騎兵達はその足を生かして村を迂回し、細い道に分け入っていく。



「周囲への警戒を怠るな!」



 周りは森ばかり。視界が悪い事に不安を感じる。

 途中、馬を止めて周囲から何が見えるか用箋挟みに地形や状況を書き込みつつ馬を進めていく。

 ふと、部下達を見れば一様に怯えを隠すように森を見ている。くそ、臆病風に吹かれやがって。それに心なしか皆、馬を急かすよう少しずつ速度を上げようとしてくる。

 馬を疲れさせるつもりか? こちとら素人じゃねーんだぞ。そんな勇み足をしていたらいざと言う時に馬が疲れてしまうだろ。

 悪態を心の中でつぶやきながら速歩で馬を走らせていく。緊張のせいか、気温のせいか汗が額に流れる。風を切る音以外に聞こえる音と言う音に注意を払いながらの行軍――だんだん心から攻撃的な思いが立ち上ってくる。


 あぁ早くエルフ共をぶっ殺してやる。生きる価値の無い下等種を殲滅し、この地に新たな人間による人間のための国を作るのだ。その先兵としてこの地を走ると言うことは大きな意味がある。この戦が終わればサヴィオンはオレ達に莫大な報償をだすだろう。そんで土地もあるとなれば貴族を真似た地主生活だって夢では無いはずだ。


 さぁオレのために死んでくれよ、エルフども!

 最骨頂に気分が乗って来た時、弾けるような甲高い音が響くと共に何かが横殴りにオレにぶつかって来た。

 たく、なんだって――。



「え? 血……?」



 衝撃を受けた腹に手を当てればべっとりと赤黒い液体が手について来た。それと同時に視界が霞み始め――。


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