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合流

 あれから数時間。時折街道を斥候の軽騎兵が北に南に駆けていく姿をよく見た。

 だが逆に俺達の存在を感じ取った騎兵は居ないようだった。

 まぁいくら森から離れて暮らしていたとは言えこちらはエルフだ。どのような場所が見つかりにくいかくらい経験と感で把握しているし、顔は泥と埃でダークエルフのように黒ずみ、体に巻き付けたテントも汚れて自然に溶け込んでいて発見をより難しくしてくれた。

 もっとも問題だったのは時間だ。奴らとの戦闘を避けるために身を隠さねばならなかったし、宛のない行軍に兵隊の足取りも落ちていった。それにミューロンの事もありそれほど距離を稼げぬまま四回目の小休止に入ってしまった。

 すでに太陽が傾きかけている。そろそろ野営について考えないとな。

 そう思って街道から距離を取った森の中を見渡す。多くの兵が体を地面に投げ出して水筒に口を付けている。そろそろ体力的に限界か。


 そしてミューロンも。

 いくら彼女が背負われていると言っても熱で消耗し続ける彼女にはキツイ行軍だったのだろう。頬はリンゴのように熟れているし、吐く息も浅い。



「とにかく水だな」



 彼女に水を飲ませると言う名目で膝を付くと地面に縫い合わされたんじゃないかと思うほど体の重さを感じた。

 そりゃ半日彼女を背負い、銃や背嚢を持って行軍の指揮をしていたんだから当たり前と言えば当たり前か。



「ほら」

「ありがとう」



 弱々しい声に背筋が震える。

 それを無視してゆっくりと水筒を彼女の口につけてやれば熱で腫れた喉が甘そうに水を嚥下(えんげ)していく。

 やはり危険を犯してでも薬草を探しに行くか? いや、さすがに中隊長としての責任を放棄しすぎた。

 責任者がそうあっては断じてならない。そう、断じて――。



「ねぇ、捨てていって」

「は? 面白い冗談だな」

「真面目な事だよ」



 無言で水筒の口を締めて重い膝を持ち上げる。彼女と議論をしたくない。

 それ故にモリソン軍曹の姿を探し、木にもたれ掛かる彼の側に歩み寄る。



「中隊長殿……!」

「立たなくて良い。それより野営に関してだが……」

「出来れば野宿は避けたいですな」



 疲労が目立つ。昨日からの激戦に長距離行軍――おそらく十五、六キロほど歩いただろうか?

 訓練なら二十キロは余裕で踏破出来るはずだったのだが、敵との接触を避けたり、ミューロンの事があって行程にだいぶ遅れが出始めている。この調子じゃ明日までにレオルアンに戻れる保証なんてないな。



「確か、フラテスの防衛線に来るまでに村がいくつかあったろう?」

「すでに何騎も軽騎兵が行き来していましたし、敵に落ちたと考えるべきでは?」

「だがすれ違ったのは斥候だけだ。敵の本隊はまだ動いていないのなら、友軍が村を守備陣地にしている可能性もある」

「……どうですかねぇ。身動きの軽い騎兵に魔法使いが居れば――」



 口に出さずにも分かる。確かにあれだけの攻撃をしてくる魔法使いだ。敗残兵である俺達がまともに戦えるとは思えない。



「下手すりゃ主力はレオルアンまで下がるつもりなのだろうか……」

「可能性はあります。と、なれば急がなくては。セヌ大河に架かる橋を破壊されちゃどうしようもありません」



 アル=レオ街道を横切るセヌ大河の川幅は五百メートルを越える。そんな所を泳ぐ訳にもいかないか。



「……。軍曹。夜間行軍はできそうか?」

「無理ですな。満足な飯も休息も無しには行えません。たとえ行ったとしても夜中のうちに落伍者が出るでしょう。そもそも落伍者の出ていない現状が奇跡のようなものです」



 思わず悪態をつきたくなるが、俺自身も休みたいと思っている。

 焦っても仕方ないのか?



「もう一行軍は?」

「出来るでしょうが、兵が恨みますよ」

「てっきり十分恨まれていると思っていたが?」

「はは。さすが族長の血を引いていると言う方だ。そんじょそこらのエルフとは違いますな」



 軽く笑って小休止の段取りをまとめると「大尉!」と呼び止められた。軍曹では無い。



「伍長か。どうした?」

「銃声が聞こえました! 南の方角です!」



 確か伍長はこの小休止の歩哨担当だったか。

 銃の状態を確認して伍長の後に続き、耳をすます。風に揺れる草木の音。虫や鳥の鳴き声。そして銃声。



「――! 聞こえた!」

「どうします?」

「……伍長は歩哨を続けてくれ」



 来た道を引き返して兵達の様子を見れば皆、先ほどよりかは顔色が良くなっていたがそれでもまだ深い疲労が見て取れる。

 どうする?

 このまま戦闘に突入出来るか? それとも友軍との合流を見逃す?

 いや、友軍との合流は必須だ。だがミューロンは満足に動けそうにないし、そんな状況で戦闘につき合わせられない。

 ならば――。



「軍曹。将校斥候を出す」

「はい? 将校斥候? 何かあったのですか?」

「この先に村があったと言う話をしただろ? その様子を見に行ってくる。班員は俺を除いて三人。軍曹はその間、選抜猟兵(スナイプイェーガー)の指揮をしてくれ」

「危険では? 村が落ちている危険がある以上、我々は村を迂回してレオルアンに帰ると言う方策もありますが」

「いや、実際に危険かどうか俺が判断する」

「ですが――」



 言いよどむ軍曹の瞳に不安の色がありありと浮かんでいた。

 そりゃ、俺が将校斥候に出たらこの部隊に残る士官がミューロンだけになるからな。その不安も分かる。



選抜猟兵(スナイプイェーガー)の指揮は軍曹に任せる」

「……了解しました。では中隊長殿にお付けする兵はいかがします?」

「元気そうな者を二人。それと一人はマルコム伍長を」

「伍長ですか。確かにあいつなら問題無いでしょう」



 確かモリソン軍曹とマルコム伍長は同郷だったんだっけ?

 まぁ彼の太鼓判があるなら大丈夫だろう。



「それと小休止を取りやめて大休止に変えろ。それが終わり次第、この地で野営準備に取りかかるように」

「了解です。敵が来たら?」

「軍曹の判断に任せるが、交戦は避けるように。例え敵が二、三の寡兵であっても」

「敵を見逃せと?」



 血気盛んなのは良いことだ。やはりエルフとしての血が騒ぐのだろう。



「戦闘からの玉砕じゃ意味がない。俺の部隊だぞ。言っておくがお前達が死ぬのにも上官である俺の許可がいるからな」

「手厳しいことで。ですが、了解しました。モリソン軍曹、中隊長殿より選抜猟兵(スナイプイェーガー)の指揮権を借り受けます。交戦は避け、大休止後、野営準備にはいります!」

「よろしい。頼んだぞ」



 そして兵二人とマルコム伍長を引き連れて銃声の響いた南を目指す。

 その間、響いていた銃声が途絶え、斥候達も南から北へと転進していた。もう戦闘は終わったのだろうか?

 一抹の不安を抱えたまま行軍を続けることしばし。そろそろ引き返そうかと考えるほどになって件の村が見えた。

 動物避けの低い柵の周辺には元々民家だったであろう板壁や馬車等が打ち付けられたり、横付けになったりしていて即席のバリケードを作っていた。

 問題はあの中だ。

 あの村の中には誰が居るのだろう?

 村に立てこもって徹底抗戦をする友軍か? それとも日暮れに併せて村を接収して拠点と化したサヴィオン軍か?



「もう少し近づこう」



 その言葉に無言で三つの返事が返ってきた。それを確認し、ゆっくりと歩を再会する。

 すでに銃には弾丸を装填済み。後は半分だけ上げた撃鉄を完全に引き起こすだけだ。

 緊張に唇が乾いていく。それに反するよに汗が滲み、頬に張り付いた汚れと混ざり合って冒涜的な化粧に変化していった。

 胸の中で暴れる心臓と草木のこすれる音だけが異様に大きく感じる。

 干上がる口内。時折立ち止まっては顔を動かさずに瞳だけで左右を探る――。異常無し。

 くそ。己が吐き出す呼吸の音がうるさい。もっと静かに出来ないのだろうか。

 そして何より心細い。

 ミューロンが居ないだけでこんなにも心が折れそうになるなんて。

 指揮官としても重圧も、敵と命のやりとりをする緊張感も全てミューロンと共有していた。彼女が居るからこそ俺は戦えていた。

 くっそ。くっそ。情けないぞロートス。



「大尉?」

「ん? どうした伍長」

「いえ……。顔色が」

「そうだな。汚れてダークエルフのようだな」



 そう言うと困ったように顔をゆがめる伍長。

 くそ、笑え。俺、笑え。

 ニタァ。



「そ、その通りであると小官は思います」



 引かれた。

 その上、「うわ、めんどくさい上司だな」と言いたげにこちらを見てくる。

 そんな彼を睨みつけてから前進を再会。若干心にゆとりが出来た。

 それをしてくれた伍長に感謝しつつバリケードがよく見える位置に移動する。



「大尉、人影が」

「どこだ?」

「馬車の荷台です」



 幌の剥がされた馬車。そこには歩哨らしき兵が居た。その手に握られる銃――友軍だ!

 だが、いきなり飛び出して撃たれたんじゃたまったものじゃない。

 斥候に同伴した面々に後退を呼びかけ、村から距離をとって街道に出る。すると見張りをしていた兵もこちらに気づいたようだ。



「誰何!?」

「エフタル義勇旅団第二連隊教導大隊のロートス大尉!」



 そう叫びながらゆっくりと銃を肩にかけ、耳が見えるように顔を背ける。この耳を見れば人間至上主義を掲げるサヴィオンの関係者で無いことは一目瞭然だろう。 



「し、失礼しました! おい! 友軍だ。それもロートス大尉殿だぞ!」

「任務ご苦労。だがまだ馬車は動かさなくて良い。こっちはまだ部隊が森の中に居るからな」



 ゆっくりと馬車に近づけば周囲に突き刺さった矢が目立ち始めた。どうやら魔法使いは来ていないようだ。



「そちらの所属は?」

「第三軍集団のアルヌデン騎士団の第一騎士大隊です。まだ外にお仲間が?」

「あぁそうだ。これから合流して戻ってくる。その時に道を開けてくれ」

「分かりました……。ですがその……」

「報告は明瞭にしろ」

「申し訳なくあります! ですが、この村は迂回すべきです」

「迂回?」



 訳を聞くと臨編遅滞戦闘団と言われる軍が編成され、後退中の友軍を片っ端から部隊に組み込んでその名の通り足止めを行うとのこと。

 その部隊にはイザベラ殿下からの勅令で戦闘団の指揮官が階級に問わず後退してくる部隊を指揮下に置いていると言う。



「我々も運悪く捕まってしまいました。一度、戦闘団に組み込まれたが最後、指揮権を剥奪されてこの状態です。迂回してレオルアンを目指すべきです」

「そうか……。だが、見ず知らずの俺にどうしてそんな事を?」



 もし憲兵が近くに居れば彼はただじゃすまないだろう。

 それに臨編――臨時編成の部隊の遅滞部隊となれば少しでも兵を増やしたいはずなのに。



「我らが主はロートス大尉殿の上官であるエンフィールド卿にお命を救われました。そのエンフィールド卿の家臣の中で信厚きロートス大尉ならばこそです。さぁお早く!」



 もっともこっちはエンフィールド様の家臣になった覚えはないのだが……。



「ありがとう。だが、まずは部隊と合流せねばならない。もし、俺がここに現れたらそこを開けてくれ」

「了解しました。ではご武運を」



 彼らに見送られながら再び森に姿を隠す。

 そして十分、村から離れた場所で立ち止まった。振り返れば不安そうな顔色の部下達。

 くそ、あの騎士め。気を使ってくれたのはありがたいが、余計な事を……!

 兵の心理として迂回すれば厄介ごとを避けられると思われてしまったではないか。もしくは――。



「……大尉殿、どうされるのです?」



 迂回か、合流か。

 それを迫る伍長の声が重く聞こえる。

 いつも貧乏くじ的に遅滞行動にあたってきたが、今回は違う。避けようと思えば避けられるのだ。



「……まさか迂回されるおつもりで?」

「――は?」

「い、いえなんでも。口が過ぎました」



 慌てて目を伏せる伍長。

 なんだ、なんなのだ?

 危惧はしていたが、血気盛んなエルフが遅滞戦闘に志願するのではないかと言う予感が的中してしまったか。



「伍長。君は臨編遅滞戦闘団に入りたいのか?」

「自分はサヴィオン人を一人でも多く殺したいだけであります!」

「……く、フハハ。伍長はバカだな」



 まったく、まったく救いがたいエルフだ。

 他の兵のうち一人は伍長と同じく憎しみを血走らせていた。なるほど、なるほどな。



「迂回すれば命は助かるかもしれないと言うのに」

「ですが大尉殿は言われたではありませんか。『あの時、戦っていれば』と後悔するな、と。そう河原で言われたではありませんか。お忘れで?」

「忘れる物か! 片時もな! だが伍長は勘違いをしている。俺が迂回を選ぶと思っていたのか?」

「では――」

「友軍と合流を果たす。出来れば日があるうちに」

「ギリギリですな」

「だがこの時間だ。サヴィオン軍も攻撃の手をゆるめるに違いない。その間に距離を詰める」

「ハッ」



 喜色に満ちるエルフが二人。いや、俺を合わせて三人か。

 もっとも友軍との合流は大兵力を合して敵と相対できるから、と言うのもあるが、やはりミューロンの事がある。

 どのような部隊でも早くミューロンを休ませてやりたい。

 おそらく明日になればサヴィオン軍が本格的に南下してくるはずだ。その前に医者に見せなければ。



「では本隊の元に戻るぞ」



 そして今度は足取り軽く歩き出す。

 そう言えば一人、迂回を拒んだ事に顔を曇らしたエルフが居た。別に敢闘精神が不足しているとか思わないでもないが……。

 そのエルフ、確かアルヌデンの出身だったか?


ちょっと難産気味です。

プロットと言う戦略は決まっているけどそれを成すための戦術(各話)が定まらないような感じです。

もう少ししたら安定して書けるような書けないような……。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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