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ガリアンルート王国 【第二王子マクシミリアン・ノルン・アルツアル】

 下品なほど豪奢な調度品に囲まれた城内。

 長々とした廊下に敷かれた深紅の絨毯は一歩を踏み出すごとに沈みそうになるし、柱と柱の合間には絵画や壺が意味深に置かれ、天井にはルビーやサファイヤ、エメラルドが取り付けられたシャンデリアが吊るされている。

 どこを見ても高価な品々ばかり。非常に品が無い。

 と、思えば廊下にまで麦や米と言った糧食の詰め込まれた木箱や鉄やミスリルの鋳塊が廊下の端に積み重ねられていたり、重厚な扉から箱が飛び出て居たりと節操も無い。その上、荷役のオークまで城内を闊歩しているし……。

 この国はどこかおかしい。豪奢な内装が施された城を倉庫か何かと勘違いしているようだ。

 そんな重い気分のまま謁見の間に赴けばひょこひょこと短躯の兵士が儀仗用の長槍を地面に打ち鳴らした。



「アルツアル王国公使長マクシミリアン・ノルン・アルツアル様。我らが王の来臨までしばしお待ちを!」

「……相分かった」



 いつ見ても醜い顔だ。

 確か、ソルジャーゴブリンと呼ばれる連中だったか? 他のゴブリンより体躯が良く、精悍であると本に書いてあったが正直、他のゴブリン共との違いが分からない。

 みんな緑の皮膚に矮小な体、そして目をそらしたくなる顔作りでは無いか。もっとも肌の色が茶色がかってるホブゴブリンくらいなら見分けられるが。

 それにゴブリンの見分けがつくようになるまで彼らと生活を共にしたくない。そもそもこの国に留学して半年。アルツアルの王族に連なる身なのに盗難に五回。お忍びでの散策で三回中三回スリに遭う。そして馬車をさる商会の前に止めて居たら車輪が盗まれた事もあった(ガリアンルートで雇ったゴブリンの御者も消えていた)。

 本当にこの国は碌でも無い。いくら商業の勉強のための留学とは言えこんな国に居る事が嫌になる。早く国に帰りたい……。



「ガリアンルート王アワリティア陛下ご来臨! ガリアンルート王アワリティア陛下ご来臨!」



 仰々しい衛兵の叫びに絨毯の上に膝を着く。いくら外交儀礼だと分かっていても業腹である。

 沸々と沸き起こる屈辱に耐えていると足音を吸収するような絨毯の上をべたべたとだらしない音を響かせて何かが僕の隣を通り過ぎていく。

 忙しなく動く足音がやがて途絶え、どっしりと玉座にもたれかかる音が聞こえた。



「面を上げよ」

「ハッ。アワリティア陛下に置かれましてはご健勝のこと――」

「世事は良い。これだからアルツアル人は……。時は金成なのだ。形式ばった挨拶に時間を割くほど無駄な事は無い」



 ガリアンルート王――別名売選侯アワリティア・ボルグは確か十年前に王位を買い取った・・・・・ゴブリンだ。今ではゴブリンの王としてゴブリンロードと呼ぶ者さえ居る。

 ゴブリンらしい醜い顔。百四十センチと無い身長。それらはまさに他のゴブリンと変わらないが、豚のように肥え太った腹周りのせいで全体の調度が著しく失われている点とオーガの如く鋭い眼光が一線を隔しているような王。

 その身なりも絹で織られた白の上衣袴に夜を思わせる漆黒のローブ。そのローブには星々の輝きに似せた真珠がこれでもかと散りばめられている。このローブだけでおそらく小規模な村の一年分の年貢より高くつくんじゃないのか?



「して、陛下。僕に何用なのでしょうか」

「決まっている。戦争の事だ」



 アワリティア陛下の頭上に輝く黄金の王冠がキラリと輝く。

 それにしても戦争か。この国から帰りたいと思っていた自分がいるが、その話題を思い出す事に留学していて良かったと安堵する自分も居るという情けない状態になっているが、さて、なんと答えようか。



「戦争がいかがしました?」

「お前に聞きたいのは戦争の帰趨だ。どうなのだ? アルツアルは勝てるのか?」

「それはもちろん」



 王家の者としてそれ以外の答えなどありようか。

 そう、僕は腐っても王家の第二王子。もっとも母上の家格は下の下……。ノルマンと呼ばれる南アルツアルの僻地――バクトリア海峡に向けて付きでた半島――の小領主が母の実家なのだ。農業とリンネルくらいしか特産の無い小さな小さな小領主。どうして現王である父上が母上と結婚したのか不思議でならない。



「それは良い。どのように勝つのだ?」

「……どういう意味で?」

「情報筋によればサヴィオンは新式の魔法を完成させたようだ。それでアルヌデンと言ったか? エルフの治める辺境の地を秋口にまんまと奪い取ったそうではないか。そのような相手に対抗策があるのか?」



 その報告は王国から公使館にも伝わっている。

 なんでもサヴィオンは今までとは比べものにならないほどの魔法を実戦投入し、会戦において我が軍の方陣を破り去ったとか。



「簡単に勝てる相手ではありません、とだけ申しましょう」

「含みがあるな」



 ニヤリと汚く茶色に濁った瞳が薄笑う。いや、嗤っているのか?

 とてもじゃないが耐えられない。早く帰りたい。



「簡単に戦が終わるのであればサヴィオンとアルツアルは今日まで争いを続けておりません」

「それは然り。だが、勝ち負けはどちらでも構わん。お前には悪いがな」



 そちらこそ含みのある言い方で。その上、第二王子たる僕を前によくそんな事が言えるな。逆に関心する。



「気になるのは戦争が長引くのか、それとも短期に終わるのか、だ」

「アルツアルの戦は長引きましょう。我らは鉄壁の守備をもって敵の一撃をはね返しますので」

「とは言え、サヴィオンの魔法だ。城壁をも軽々と穴を穿つ魔法と言うではないか。人の壁でどれほど戦える?」



 ムッと反論を口にしようとして――やめた。

 わざわざ反論してやる事も無いか。それよりアワリティア陛下の考えを先に聞くべきか。



「では、陛下は短期決戦となると?」

「分からん。それが分からんからお前を呼んだ。お前の国の戦だ。どう見る? むしろアルツアルに戦う力が残っているのか?」

「ですから勝利するとしか言いようがありませぬ」

「面白くない奴だ。そんな石頭では碌な商売が出来ないぞ。面白みに欠ける者は栄達できない」



 確か、アワリティア陛下は元々ただの船乗りだったと聞いた。それが船主に無断で仲間と共に船で東方に旅立ち、そこからミスリルを大量に仕入れてきて富を成したとか。

 嘘か本当か知らないが、東方に広がる異教徒共の住む砂漠を越えてミスリルを買い付けに行ったらしい。なんにせよ彼はミスリルで富を成し、それを元手に王位を買い取ったゴブリンだ。

 そんな彼からすれば万民の頭は面白くない奴になるのだろう。

 いや、そもそも王位が買い取れるって事自体おかしいだろ。やっぱりこの国ダメだ。



「なんだその顔は」

「……国の文化の違いに戸惑っているといいますか」

「アルツアルと違ってこの国ではなんでも金で買えるからな! 物も人も命も、そして王位さえも」



 この国は本当に強欲だ。

 市場に行けば平気で人が売られているし、自らを売っていく者さえいる。そうした者は娼館で働いたり、ガリアンルート傭兵として異国で戦う事になる。

 そう、彼らは体さえ資本にしてしまう。あまつさえ命さえも。

 そんな頭のおかしい連中が集った国こそガリアンルートだ。故に王権は世襲では無く、基本は売買になる。それが売選侯と言う名の由来だ。

 そもそもそんな者を正式な王と認める国など無い。

 無いのだが、ガリアンルートが持つ財力と交易ルートを無視して外交が出来るほど金持ちな国が存在しないのだからこの国の王を王と認めなければならないのだ。世の中やっぱりおかしい。



「そして我が国には金のために戦争に行くのを望む者も居る。傭兵ギルドは傭兵の出国費の減額を求める嘆願を出して来た。

 つまり戦争とは雇用が生まれる化物だ。上手く立ち回れば巨万の富を授けてくれるし、失敗すれば戦に絡めとられ、貪り喰われるだけだ。

 もっとも金稼ぎの機会を逃すほどゴブリン族は清廉潔白に生きて居ない。稼げるのならどのような場所にも飛び込んでいくのがガリアンルート魂と言う物だ。

 それに稼げるのは傭兵だけではない。食糧も武器も必要になろう。

 故にどうしようか迷っている。これが長期化してくれれば食物の値を心置きなく上げられる。奴らはそれを買うしか選択肢が無いのだからな」

「では短期でしたら?」

「これこそ迷う。出来れば勝つ方に安く売って戦後に恩となるように立ち回りたい。負ける方に売っても意味がないからな」



 恩を作りたいと言う訳ね。だがその話をアルツアルの王子にすると言うのだから一応は親アルツアルと言う事で良いのだろうか?

 いや、そもそもサヴィオンは人間至上主義の国だからゴブリンの王と取引をしようと思わないだろう。今だって個人の商人と違法すれすれの貿易をこっそり行っている状態らしいし。

 と、言う事はアルツアルに売りたい訳か。



「どちらにしろ、値の調子は現状を維持すべきです。戦局がどちらに転がるにしろ、機を見極めなければ――」

「それを今したいのだ」



 馬鹿め。と言わんばかりに醜悪な顔が睨んでくる。目を洗いたい。



「損は嫌だ。何がなんでも損は嫌だ」

「そんな子供みたいな……」

「絶対に金を失いたくない。お前はアルツアルが勝と言ったな。その根拠は?」

「根拠も何も政治上、負けるなんて口にできません!」

「それが本心か! 相分かった! おい! おい!」



 しまった。戦争に不安があると遠回しに言ってしまったようなものだ。そりゃ公使館に送られてくる文を読む限り、戦局が芳しくないと言うのは分かっているつもりだ。だがそれをこの王に知られるとは……!

 屈辱に悶えそうになるのを自省しているとまたひょこひょこと一匹のゴブリンがやって来た。このゴブリンもアワリティア陛下と同じ白を基調とした上衣袴を着ている。その細指にはゴロゴロとした色とりどりの宝石をはめているのが非常に気に入らない。



「宰相、決めたぞ。傭兵へは免税してやれ。それとアルツアルに送っていた食糧、サヴィオンに送っていたミスリルには関税を増せ。段階的にだ。半年後には食糧は二割、ミスリルは四割増しにしろ。良いな? 奴らはそれでも買うぞ。絶対に買う」



 うわ、こいつアルツアルの王子の前でアルツアルの首を絞めるぞと言っていやがる。

 非礼極まりないぞ。もうやだこの国。でも帰って戦争に巻き込まれるのも嫌だ。

 そもそも留学の話に飛びついたのは王室から抜け出すためだったし……。

 尚武の血を引く兄。なんやかんや要領の良い妹。そんな間に挟まれる苦痛から逃れるために留学したと言うのに……。その上、旗色の悪い戦が始まってしまうとは。

 この際、このゴブリンに見習って商売の手を広げてみるか?

 公使館を中心に商会を立ち上げたばかりだが、それを使って一山当ててやろうか?



「それとな、この布告は明後日に各ギルドに通達しろ」



 明後日? そのような時間が富となる法案を決めたのに明日で良いのか? 損をしないためにも即座に布告して変えるだけ食糧等を買い占めておくべきだろうに。

 そう疑問に思ったのは俺だけでは無く、宰相も「明後日でよろしいので?」と聞き返した。



「良い! まぁ、アルツアルへの餞別だ」

「我が国に――?」

「サヴィオンと取引するよりアルツアルの方が益になる。故にアルツアルには何が何でも勝ってもらわねばならん。明日の内に麦でも米でも買えるだけ買ってしまえ」

「……! ご恩情、感謝します!」

「だが、分かって居るな? 我が国が親アルツアルでいるのはお前の国がお得意様だからだ」

「戦後の事に関しては父上の裁可が要りますが、それでも出来る限り口添えするつもりです」



 するとゴブリンの王は鷹揚に頷き、細かい指示を宰相に与え始めた。なんとも不器用な支援ではあるが、非常にありがたい。それに裏がある事を知っている分、こちらも心置きなく動けるという物。さっそく買い付けに走らなくては。

 この後の算段を整えているとふと思い出したようにアワリティア陛下がこちらを見た。



「あぁ、そう言えばだ。アルツアルでは硝石と硫黄を買い求めて来た。何故か分かるか?」

「硝石? 硫黄? それが何か」

「買い求めてきた商人を探った。何人か、人を変えているが買主は間違いなくアルツアル第三王姫――お前の妹だぞ」



 イザベラが?

 大公国家の血を引く抜け目ない妹が?



「……心当たりがありあせん」

「そうか。まぁ良い。さて、礼拝の時間だな。城を出なくては」

「陛下は熱心な星神教徒ですな」

「商人は皆そうだ。我らは商売に全力を尽くす。それでもどうしようもない事はある。天災、人災。病に戦。地震に津波に地滑り。暖冬と冷夏。旱魃と豪雨。それらは天の星々の定め故、人ではどうしようもない。

 つまり天にまします父なる主の領分だ。我らはそれがどのように導かれるか、祈るしかない」



 強欲にして敬虔な主の信徒。それがアワリティア・ボルグと言うゴブリンだ。

 さて、そのゴブリンロードが我が妹の悪戯を察知している。

 きっと何かあるに違いない。硝石は干し肉でも作る気なのだろうか? 硫黄は虫よけ? もしくは附木でも?

 だが、あのイザベラだ。無視は出来ない。



「面白い事か」

「ん? 何か言ったか?」

「い、いえ。何も」



 咎めるような視線を感じつつ咄嗟に頭を下げる。

 さて、財布にいくら残っていたか……。非才の兄ではあるが、可愛い妹のために散財してやろう。

商業パートって正直苦手です。

元々経済的な学問が苦手なのでさらに苦手が加速しているような……。

良い本はないですかね?



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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