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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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夜襲

 敵の攻撃に慌てて戦闘配置に付く兵士達。

 その誰もが疲れを滲ませたまま銃に弾丸を装填していく。

 幸い、敵はどこに氷塊が落ちているのか検討が付かないらしく、昼間よりも外れ弾が多いようになっているのが救いだった。

 だが逆に言えば友軍砲兵の支援砲撃がどこに落ちるか分からないと言うことでもあり、敵が来たら独力で解決せねばならない事を意味している。



「ロートス! 第四小隊以外の戦闘準備完了だよ!」



 中隊副官をしているミューロンからの報告に返答しつつ闇に目をこらす。

 先ほどの攻撃で篝火が消えてしまったが、さて、再度明かりを灯すべきか……。いや、つかないべきか。



「火をつけるな! 敵がやって来るとすれば明かりに向かって来るはずだ。それより夜目を無くすな!」



 月明かりはそれほどでもない。ただ黒々とした河に時折篝火等が反射するくらいだ。

 だが、その一角に一筋の白が浮かんできた。川面に沿うように広がる――そう、まるで氷の床のような。

って奴ら懲りずに氷の道を作り直しているのか!?

 昼間の強攻渡河に失敗したばかりじゃないか。いや、あれは砲兵の支援があったからこそ氷の道を叩き割れた。だからこそ敵の増援を断ち、退路も断てたのだ。


 だが、今は――?

 暗闇のせいで砲兵の着弾観測が覚束なくなる――つまり着弾の修正に手間取り、昼間のような支援は望めない。 

 それを狙って来たと言うのならアイネは大した奴だ。



「総員構え! 目標前方の氷道! 斉射用意!」



 俺も銃を構え、氷上に狙いを定める。とは言え、まだ敵がやってくる気配が無い。そもそもその気配を闇が包み込んでしまっている。

 その時、背後から大きな質量が迫ってくる感じがした。振り返ればてつはうを持ったナジーブが緊張した面でこちらを見ている。



「ナジーブ。どうだ?」

「準備さ整えただ。後は大尉の命令を待つばかりだ」

「よろしい。引きつけろよ」



 大きな息づかいを感じつつ闇に視線を向ける。

 ジリジリとした緊張が呼吸が乱れそうになるが、それを懸命に押さえつける。

 早く来い。来るのなら早く……!



「……来ないね」



 そんな呟きを隣から聞きつつ、額を拭うとぬめっとした汗が手についた。もっとも手も袖も泥まみれなのだから汚れを顔に拭いつけただけなのかもしれない。

 そんな事を思うと共に緊張の糸が切れてしまった事にきがついた。

 もしや警戒のしすぎなのだろうか。いや、アイネの事だから夜襲をしない事は無いだろう。

 だって奴らが村に攻めてきたのは夜だったし。

 乾ききって痛みを覚える唇をなめる。じゃりじゃりとした泥と若干の塩気を感じつつ、耐え――。



「――何か聞こえないか?」



 聞こえる。馬脚だ。

 騎兵を先頭に突っ込んでくるつもりだ。

 そして夜目にも見えた。距離は百メートルをきるかどうか。



「投擲用意」

「投擲よーい!!」



 てつはうに取り付けられた導火線に火がつけられる。敵との距離は……五十メートルか?



「投擲!」

「とーてきぃ!!」



 オークの豪腕が唸る。軽々と放り投げられたてつはつがクルクルと宙を舞う。その行く末を見届ける事無く塹壕に頭を下げれば轟音と閃光が頭上を通過していった。



「銃兵構え!」



 てつはうの爆発から逃げていた銃兵達が一斉に銃を構える。

 そして暗闇の中でも亡者の叫びのような悲鳴を聞きながら先ほどの攻撃をくぐり抜けたであろう敵の第二波に備え――。来た。

 高らかな蹄の音。月光を受けて白銀に輝く鎧。そして羽根飾り。

 本命の登場だ。



「狙え!」



 長大な槍を構えた羽飾りの騎士が襲歩(ギャロップ)で迫る。氷を打ち砕かんばかりに駆ける馬達。闇のベールを振り払うように喊声を上げる騎士達。そのなんと勇猛果敢のことか。なんと哀れなことか!



「撃て!」



 眩い銃火が視界を奪う。それと共に微かに聞こえた人馬の悲鳴に満足感を覚えつつポーチからカートリッジを取りだそうとして止まる。装填が間に合うか? いや、無理だ。



「着剣!」



 ベルトに吊られた銃剣差しに手をかける。

 くそ、長槍(パイク)兵はどうした? 敵襲の報はすでに全軍に知れ渡ってるはずだ。それなのに銃兵を護衛するはずの長槍(パイク)兵の陰もないなんて。



「近接戦闘が出来るたって限度があるぞ……! 皆! 塹壕に身を沈めろ!」



 正面切って槍騎兵と戦えるか。

 迫る馬脚の音。だがその音はある程度まで塹壕に接近すると真横に移動するように音が移る。それに疑問を覚えてうっすらと頭を出せば羽飾りを付けた騎士の一人が槍では無く杖を持っている事に気がついた。

 その騎士が杖を振るう。――ヤバイ!



「待避! 塹壕から出ろ!!」



 ミューロンの手をつかみ、騎士が進む方向とは別――陣地右翼にめがけて走り出す。

 それと同時に背後に熱を感じた。全てを焼き払わんとする火の魔法。それが陣地左翼を掠めるように放射された。



「熱いッ!!」

「うあああ」

「ぎゃあああ! 助けてくれ!」



 そう、掠めただけのそれに幾人か兵士がからめ取られる。それが腰に取り付けられたポーチに引火し、火薬が爆ぜる。

 そして一段と大きな爆発が起こった。カートリッジを詰め込んだ弾薬箱に火が回ったのだろうか。



「くそ、ミューロンは部隊をまとめてくれ」

「ロートスは!?」

「消火だ。ザルシュ曹長! 生きてるか!?」



 ミューロンがさらに何か言い募ってきそうな気配を感じつつもその手を離す。その行為に一抹の寂しさを覚えながら頼れるドワーフを探せば居た。

 すでに手近な兵を呼び集めて弾薬箱を塹壕外に運び出すよう指示を与えている。



「ザルシュ曹長! 消火にあたってくれ」

「あいよ!」



 そしてのたうち回る兵の側に駆け寄り、その体に泥をかけてやる。

 未だ湿った泥がふれる度に悲鳴を上げる兵士。ふと、泥が火傷に入って破傷風になったらどうしようと思うが、手近に火を消せる物がそれくらいしかない。

 だがすぐにザルシュさんが「おい、バカ! 水魔法を使え!!」と言ってくれた。その手があったか!



「――。水の魔法式(ことば)ってなんだった!?」

「あぁ!?」



 頭の中が空白になる。思いだそうとしても失われた言葉が見つからない。くそ、くそ……!



「【湧き水(アクア)】だ! 【湧き水(アクア)】!」

「そうだった! 【水よ、我が呼びかけに答えよ。湧き水(アクア)】」



 音を立てて水が現れれば火が一気に姿を消す。

 そして次の兵に――。

 だが塹壕内に転がるは物言わぬ躯ばかり。

 それがただ煌々と燃えていた。くそったれ。



「【水よ、我が呼びかけに答えよ。湧き水(アクア)】」



 次々に水を呼び起こし、火を消していく。幸い、水場が近いおかげで水の術式を組みやすくて助かる。

 だがそんな思いをよそに火に包まれた兵士達がだんだんと動かなくなっていく。後で誰なのか調べて部隊を再編して――。

 わざと事務的な思考に送り続けるとまたどこかで新しい悲鳴が起こる。

 これもしかして悠長に火を消してる場合じゃない……?



「伝令。大隊本部へ。我が塹壕敵に突破される。指示を乞う」



 だが伝令が塹壕を飛び出す前に「敵の援軍接近中!」の声が上がる。

 やっぱり来たか。

 塹壕から頭を出せば敵の主力と思わしき歩兵達が悠々と迫ってきていた。暗くて人数は分からないが、それでも昼の時に強襲をしかけてきた連中より大分多そうだ。



「戦闘用意! 構え!」



 塹壕をかけていた兵士が再び配置に付き、急いで装填を行っている。それがじれったくて仕方ない。



「各個射撃! 目に付く敵を全て撃て! ただ今より撃ち方自由!」



 投げやりな命令を下し、俺も再装填に取りかかる。

 その間にも散発的な銃火が煌めく。そして俺も撃つのだが――。



「焼け石に水じゃないか――!」



 押し寄せる歩兵を止めおける力が無い。それに奴らが本格的な突撃をしかけてきた場合、それを阻止する火力が無い。せめて砲兵の支援があれば――。

 ダメだ。そもそもこの暗闇じゃ砲兵は着弾観測が出来ないと考えていたのは俺じゃないか。援軍は無し。孤立無援で何千人いるか分からない敵を迎え撃たねばならない――。無理だ。



「塹壕を放棄する。リンクス臨時少尉!」

「はい、何か!?」

「うわ、お前そこに居たのか!?」



 俺のすぐ後ろから起こった返事にビクリと背筋が震える。

 どうやら俺の指示を仰ぎたかったらしく、すぐ後ろまで迫っていたようだ。



「リンクス。さっき言った通りこの陣地を放棄する。俺は選抜猟兵(フェルトイェーガー)と共に中隊主力の撤退を援護するからお前は撤退した部隊を掌握して大隊本部に行け! その後はエンフィールド様の指揮下に入るように。復唱!」

「ハッ。リンクス臨時少尉は大隊本部まで撤退する部隊を掌握し、事後は大隊長殿の指揮下に入ります」

「よろしい! 行け!」



 各小隊に撤退の命令を発令していくリンクス。そして撤退に動く兵達をかき分けて選抜猟兵(スナイプイェーガー)の元に向かう。

 そこではミューロン達が次々と現れる歩兵に発砲を続けているところだった。



「ミューロン。これから中隊は塹壕を放棄する。だが俺達はそれを援護するために粘るぞ」

「く、ふふふ。おかしな事を言うのね。わたしは逃げるつもりなんてないよ。だってあんなにサヴィオン人が居るんだから! く、ふふふ」

「そうだミューロン。殺すべきサヴィオン人がそこに居るんだからな! 仇敵たるサヴィオン人がそこに居るんだからな! 殺してやろう! ことごとく殺し尽くしてやろう! く、フハハ!!」



 ミューロンに連れられて俺の入ってはいけないスイッチが音を立てて入る。

 そして眼前に広がる敵を見やる。河より沸いてくる無数の敵、敵、敵、敵……!

 騎馬の侵攻を邪魔しないためか、それとも闇夜だから撃たれる事はないと思ったのか氷の通り道には弾から身を隠す障害物が無い。

 つまり敵はまる見え。



「指揮官を狙え! 一際良い装備をしている奴だ。もしくは声を張り上げる奴を狙え!」



 敵は幾万か。まぁ狙いを外しても問題な。人の居る方に撃てば誰かにあたるのだから。

 装填、構え、照準、そして撃発。

 濃密な白煙と硫黄の香りが立ち込めたかと思えば吹き寄せる河風が血の匂いを運んできてくれる。それのなんと香しい事か!

 だがそんなお楽しみタイムも時間切れ。いくら選抜猟兵(スナイプイェーガー)が敵指揮官の狙撃に勤しんでも数が違う。奴らは闇の中から次々現れて来るのだから。



「よし! 各自撃ち方やめ! やめ! 撤退するぞ!!」



 さすがに不退転と言う訳にはいかない。幼なじみが非常に悔しそうに目を潤ましているが、無視。

 それでも目につく指揮官各の歩兵に撃てるだけ撃ったせいで敵は指揮系統が混乱し、未だ氷の道の上で立ち往生している。

 この隙に逃げるしかあるまい。



「下がれ! 下がれ! 大隊本部まで後退するぞ。ミューロン、先頭を行け! 俺が最後尾になる」

「はい!」



 不満そうな表情を一瞬で入れ替えたミューロンを先頭に兵士達が駆けて行く。そして最後の一人が走って行くのを見届け、最後に塹壕を一瞥。見える範囲には死体くらいしか残っていないか。よし、と俺も走り出す。

 だが、その足並みはすぐに止まる事に成った。



「あれ? ミューロン? なんで立ち止まってるんだ? って――!?」



 そこには燃える大隊本部が残るのみ。

 すでに後方に向かわせていた銃兵達の姿もない。

 一体どういう事だ……!?



「ロートス! こっちに負傷者が!」



 その声に駆け寄れば野戦病院と化していた一体にうずくまる人影達。

 そもそも野戦病院と名を打ってもそこはただの草地であり、そこに寝転がらせられた負傷兵達が動かぬ体を横たえているだけだった。

 その陰がオレンジに照らされ、芋虫を横に並べた標本箱のような奇妙なシルエットを作っている。このシーンだけなら前衛芸術といっても通用しそうだ。



「この人、本部付きの人だよ。見たことある!」

「な!?」



 ミューロンがかがみ込む人影の元に行くと確かに俺も彼の事を知っていた。本部付きの中尉だ。

 名は知らない。籠手に刻まれた階級と俺を邪険に見てくるあの目くらいしか知らない、本当の知人。

 だがその嫌な人間の下半身は見る影もなくなっていた。何かに押しつぶされたかのようにぐずぐず。辛うじて太股と分かる所にきつく巻かれた包帯。だがそれでも滲み出る鮮血が彼の命の時間を教えてくれる水時計のようだった。



「……たれか、いるのか?」

「ロートス大尉だ! しっかり!」

「あなたか……」



 最期にあんたの嫌いな俺で悪かったな。

 だが中尉はゆっくりと息を吐き出すように言った。



「大隊本部は、転進しまし……」

「転進!? どこに」

「……旅団司令部から、急な命令が来て、残余の兵を集めて……。負傷者は、置いてきぼりです……」



 だめだ。出血のせいで意識が混濁していやがる。

 だが連隊司令部をすっ飛ばして旅団司令部から撤退命令……? 普通、指揮系統的に旅団から連隊、連隊から大隊へと命令が下るはずだが、それほど慌てていたのか? それとも旅団司令部から大隊は特別な任務――本隊脱出のための遅滞作戦にでもかり出されたのだろうか?



「……ロートス。どうするの?」

「ここに居ても仕方ない。俺達も撤退に移る」

「負傷者は?」



 先ほどから譫言(うわごと)を繰り返し呟く中尉の声が耳を打つ。戦場の音、轟々と燃える本部の音の中でも負傷者の断末魔が聞こえてくる。

 現在の手勢は俺を含め十一人の選抜猟兵(スナイプイェーガー)のみ。

 対して的は七千の軍勢。それも精強極まる東方辺境騎士団。

 まただ。また俺はアイネから逃げるのか。

 カタカタと腕が振るえる。震えているのは腕だけか? 違う。

 まただ。また俺は怯懦の中にいる。



「ロートス……?」

「撤退だ。負傷者の後送は絶望的である。心苦しいが、彼らは放置。これよりエフタル義勇旅団第二連隊教導大隊第一銃兵中隊選抜猟兵(スナイプイェーガー)隊は南に向け撤退行動に移る。各自、装具を整えろ!」



 そうして俺達の逃避行が始まった。


姫様「一回だけの失敗なら偶然かもしれない」



補測ではありますがアイネとしては以下の事から夜襲の結構を決意しました。

・昼の攻撃に足りなかったのは陣地突破能力であり、軽騎兵より突破力に優れる重騎兵なら敵の防御線を突破出来ると考えた。その上で魔法使いを随伴させ、火力を増強させている。

・夜間になり、奇襲攻撃をしかけられるようになった。

・夜間となり、魔法攻撃の着弾が見えなくなったのと同様に敵(教導大隊砲兵中隊)の攻撃も着弾が見えなくなり、昼と比べて脅威度が落ちたと思われるため。


これらの事は後ほどアイネの口から語らせるつもりではありますが、便宜的にここに記しておきます。


また、今章が長くなってきたのでここで区切らせてもらいます。次に幕間を入れて新章スタートになります。


また敗戦かよ、いい加減にしろ! と思われる方、申し訳ありません。

現状を例えるならWW2で言えば黄色作戦終盤のドイツ、もしくは蘭印作戦頃の日本と言った感じです。

ターニングポイントはもう少し先にございます。ご容赦ください。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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