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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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激戦の橋 【アイネ・デル・サヴィオン】

「橋上の友軍を救出しろ!」



 陣幕に響く声に魔法参謀が顔を青くする。



「しかし敵の攻撃激しく救援は難しいです。先ほど突入した傭兵も全滅しました。挺身架橋隊の救出は不可能です!」

「傭兵がいくら死んでも構わぬ。魔法使い一人と傭兵百名を交換しても良いから助け出せ」

「傭兵がその条件を飲むはずがありません! それに橋の周辺には敵の法撃を受けて近づくのも困難。このままでは橋の崩落もありえます」

「だから橋が繋がっているうちに助け出せと言っているのだ! この馬鹿者!!」



 指揮杖を怒りにまかせて叩きつければバキリと悲鳴をあげて杖としての命を散らせてしまった。

 くそ、忌々しい。

 だが、今までの架橋作戦では敵が待ち構えていたと言う事が無かった。

 エフタルでの初戦――レンフルーシャーからの進撃においても魔法によっていくつもの壊れた橋を土魔法を使って修復してきたが、このような抵抗の激しい戦闘は初めてだ。故に大盾を持たした護衛を魔法使いにつけたというのに橋は一向に繋がらない。なんたる様だ。



「殿下、まずは落ち着きを」

「クラウス。貴様、妙案は無いか?」

「魔法使いをさらに増員しましょう」



 ――!?

 保守的な作戦を提示してくれるクラウスが博打染みた事を言った!?



「そう驚かないでくだされ。なに、土魔法で壁を作らせましょう。それで敵の攻撃を防ぎます。資材は架橋様に持ち込んでいた粘土を使えば良いはずです」

「橋脚がその重量に潰れぬか?」

「助けだすにはそれ以外に策はありますまい。時には大胆に動くのもまた勝利の秘訣かと」



 大胆に……。

 それもそうか。



「よし、その方向で作戦を策定せよ。魔法使いの一個小隊を使う。他の魔法使いは敵陣に法撃を集中し、頭を上げさせるな」



 その時、一人の伝令が本営に駆け込んできた。



「伝令。魔術大隊長より伝令。試射完了。これより本射に移る。以上」

「でかした! ちょうど良いぞ。おい、魔法参謀、早速予備の魔法小隊を準備させよ」

「御意に」



 一礼して去る参謀。そして伝令に魔術大隊に全力法撃を加えるよう伝えて送り出せば本営に少しばかり静寂が戻ってきた。

 とは言え、周囲からは兵士達のざわめきや轟音が聞こえてくる。それを聞きながらクラウスに視線を向ければ彼はいつも通り静かに余の言葉を待っていてくれた。



「迂回突破について検討をしてくれ」

「それは作戦前にも検討されたではありませんか。その結果、不可能であると結論も出ました」

「だがこの状況だ。再検討する価値があるものだと余は考える」



 斥候の話から薄々思っていた事だが、敵は入念にこちらを迎え討つ準備を整えていたようだ。

 矛より盾。

 アルツアルらしい戦術ではあるが、その盾を貫くのが我らサヴィオンの戦。もっとも分厚い盾を構えた相手に正面から戦う必要も無いのだがな。



「あの防御を見よ。正面突破は難しいぞ」

「故に架橋作戦ではございませぬか。河が我らを阻むならそれに橋を架けてしまえば良い事。橋さえつながれば殿下の東方辺境騎士団でもって敵を蹂躙出来まする」

「その架橋作戦が頓挫しているように見えるのは余だけか?」



 敵が橋を落とすのは想定内だ。むしろ防御側が橋を落とさない理由などそう無い。

 まぁ反転攻勢に出るのなら話は別だが、防戦一方のアルツアルにそのような余裕は無いはずだ。

 だから土魔法を用いた架橋作戦を行って敵陣に迫ろうとしたのだが――。



「忌々しい事に敵には優秀な指揮官が居るからな。迂回して安全に渡河をしたい」

「お気持ちは分かりますが……。なんと言っても我が軍の物資が足りません。ただでさえ歩兵が随伴して足が遅いのです。迂回するほどの余裕はありません」

「なんとか捻出出来ぬか?」

「難しいですな。なんと言っても余剰分を全て第一鎮定軍に盗られてしまったのですから」



 元来、春は言うのは食料不足に陥りやすい。

 収穫もままならぬ冬明けなのだから仕方ないのだが、早期アルツアル攻略を目指す我らとしては死活問題だった。

 そのせいで必要最低限(それでも幾ばくかの余裕を見てだが)の補給を済ませていざ出陣――。と、なる前に義兄上から第三鎮定軍の物資が心許ないから第二鎮定軍の物資を融通するよう迫られてしまった。

 確かに主攻勢正面を担当する第三鎮定軍か、敵の反攻を食い止める第二鎮定軍かで言えばどちらに優先して物資を配分するか火を見るよりも明らかだ。



「義兄上の言葉を拒める訳が無かろう。戦況から見ても、政治から見ても」

「それも然り。ですがそれは兄君殿下を支持する貴族が多いから権力も肥大化していると言うものではございませんか?」



 支持する者が多いから権力を持つのか、権力があるから支持するのか。

 少なくとも余を支持する者が居ない時点で政治的に義兄上に負けているのは明白か。



「地盤固めが必要か……。いや、詮無き事か。まぁ良い。とにかく迂回突破は保留だ」

「中止では無いので?」

「余は正面から槍衾に飛び込みとうない。もっとも敵の布陣が大崩れになって正面突破が可能なのであれば話は違うがな。

 とにかく敵にこのまま拘引されるのなら物資を切り詰めて迂回用に回した方が得策だ。その事を覚えておけ」

「御意に」



 さて、絵に描いた財宝では買い物が出来ぬ。いくら余が迂回突破を望んでもそれが現状、無理なら諦めるしかない。

 この現有戦力でこの状況を打破しなければならぬか。



「現状で何か策はあるか?」

「そうですなぁ……。船はいかがですか。ただ時間がかかりますが」



 時間か。

 此度の戦は時間が勝負。早々に前面の敵を無力化せねばならぬと言うのに……。



「やはりあのエルフ。あの場で殺しておけば良かった」

「ですから焦りは禁物です。ここは泰然とお構え下さい」



 岩の如く泰然と、か。

 さて、船か……。

 確かに橋が使えないのなら船に頼るしかない。そもそも鎧を着て泳げるような化物は余の騎士団に存在しない。

 取りあえず予備隊に木を切り倒させて筏を作らせるか。あれなら作るのは早い。もっとも作業で明日までかかりそうだが。そもそも明日までにいくつの筏を作れるのだろうか。

 あんまり少なくては兵の輸送に手間取るしな。だが小さい筏をいくつ作っても意味は無いし――。



「……面倒だな」

「――はい?」

「わざわざ船を用意するのが、だ」



 筏は船に比べて短期間で技術力もそれほど使わずに組み立てられる。だが積載量はたかがしれている。馬はおろか鎧を脱ぎ捨てた軽歩兵で無ければ十分な人数を一度に輸送出来ないだろう。

 下手をすれば数的有利を得ているのに少数の兵士をちまちまと対岸に送る――戦力の逐次投入になって敵を利してしまう。

 それにあの銃の攻撃を前に軽歩兵はおろか重装歩兵でも突破は不可能だ。そもそも廃砦での戦闘で奴らは百メートル彼方からミスリルの鎧を抜いて来た。少なくとも百メートル以下の距離で命中すれば命は無いとみるべきだ。

 そんな奴らの攻撃を前に悠長に川下りをしていてはいくら兵が居ても足りない。



「では殿下。どうなさるので?」

「魔法を使う。魔法使いを前進させ、河を凍らせろ。そして道を作る」

「なるほど……」



 しばらく顎に手を当てて熟考したクラウスの指が地図を叩く。その鋭い瞳に騎士として培った経験を漲らせ、薄く笑う。



「この橋脚も利用するのはいかがでしょうか。この周辺を凍らせれば氷も流れずにすむはずです。それと強度の関係からも杭のように川底に氷柱を打ち込めれば騎乗した兵士も渡河を行えましょう」

「それで行こう。だが、氷上で兵は動けるか?」

「幸い、多くの兵が冬季装備を持参しております。足りない者は足に板でも縛り付けさせれば滑りにくくなるかと」



 なるほどな。

 馬で氷の上を駆けると言うのは気が引けるが、他に良策があるだろうか。

 いや、これだ。これで行こう。

 それに奴らの銃には決定的な隙がある。一度、攻撃すると次を行うのに時間がかかる。確か、一分で二射か、三射はしていたはずだ。馬なら二百メートルの距離をすぐに詰められる。歩兵でちまちま攻めるのでは無く、疾風の機動力をもって敵陣を翻弄する。これこそサヴィオンの戦だ。



「直前まで魔法使いに援護させろ。氷上渡河を行う騎士には魔法使いを編入しろ。一気に道を開かせよ」

「御意に」



 準備はすぐに整えられ始めた。のだが、敵の法撃がいよいよ激しさを増してきた。

 そのせいで救出作戦は中止せざるを得なくなったし、傭兵の中には逃亡する不届き者も出始めた。そのせいで傭兵に攻勢を伝えれば反発が帰ってきた。

 くそ、これだから傭兵は好かぬ。

 奴らは金のためにしか戦わぬのだからいざとなれば命欲しさに逃げに転じてしまう。それがもっとも好かぬ。

 イライラとした内心を隠すように表情を消して待つことしばし。太陽が中点にさしかかる刻限の頃にクラウスが本営に戻ってきた。



「お待たせしました、殿下。攻勢準備完了です」

「抽出した戦力は?」

「魔法使い一個中隊四名と傭兵二百、軽騎兵五十です。さらに東方辺境騎士団から三百名の志願者が集まりましたが、いかがしましょう」



 東方辺境騎士団は虎の子だ。特に迂回突破に使いたい戦力だし……。



「騎士はもったいない。傭兵の軽騎兵で十分だ。

 それにドラゴンの皮膚より馬の足。足の早さなら軽騎兵の方が東方騎士より勝る。此度は速度を取る」

 それにこの攻撃で敵陣を突破出来るかどうか微妙なものだと思う。

 ここで余の騎士団を消耗させるわけにはいかないからな。

「ではこの戦力で氷河(グレイシア)作戦に取り組むと言うことで」

「氷河? 捻りがまったくないな。つまらぬ」



 名は体を現すと言うがそのままではないか。いや、作戦名など他の作戦と区別がつけばそれでいいのだからとやかく言うほどの事でも無いか。



「よし、氷河(グレイシア)作戦を発令する」

「ハッ!」



 クラウスが矢継ぎ早に伝令を飛ばしていく。

 後は作戦の行く末を直接この目で見よう。



「本営を出る」

「しかし敵の攻撃が――」

「攻撃にさらされているのは家臣も同じだ。なら余がそれを受けぬ通りがどこにある。さぁ行くぞ」



 幕を出れば風を切り裂くような鋭い音がよく聞こえてきた。その差し迫る轟音が地面に突き刺さり、周囲に泥をぶちまける。



「派手にやるな。あれも火薬を用いた兵器か」

「関心している場合ではありますまい。現在、傭兵達が壕を掘削しておりますが――」

「構わぬ。怯えていても仕方あるまい」



 濛々と立ち上る煙を見て逆に心が落ち着いた。あんなもの、受けたら何をしても一溜まりもあるまいて。

 ならなるようになれ。



「あの攻撃をしてくる敵に氷を当てられないだろうか」

「敵がどこに居るのか皆目検討もつきませぬ故、先ほどまでは敵地に満遍なく法撃を加えているようでした」



 先ほど――。

 つまりこれからは敵の塹壕陣地に向けて攻撃をするという事か。

 確かにあそこさえ潰せればこの戦はぐっと易く攻められよう。



「おぉ、始まるようです」



 魔法使いが一斉に凍りを投射し、それが敵陣に降り注ぐ。

 その隙を突くように岸辺に集まっていた魔法使いが杖を振り上げて魔法式(ことば)を組み立てていく。

 そして悠々と流れる一角に茶色い足場が生まれた。泥水を固めてくられた道が橋脚を飲み込むように広がっていき、大盾を持った傭兵を先頭に小走りに魔法使い達が進む。そして次々に雪解け水の流れる大河を氷河へと変えていく。



「よし、良い調子だ」



 順調に伸びていく氷の回廊。それを守るように敵陣に降り注ぐ氷塊。

 河を挟むことで水には事欠かないからな。良い気味だ。



「これなら東方騎士を投入しても良かったか?」

「殿下が一目置く相手です。一筋縄で行くかどうか」



 甲高い破裂音が響く。

 それと当時か、数瞬遅れて盾持ちが一人倒れた。



「お前が言うから――」

「これは申し訳ございません。しかし、見て下され」



 クラウスの言葉に従って一団となる傭兵を見れば一人倒れればまた一人が前に出て盾を構えだしていた。

 なるほど、橋では投入出来る人材が少なかったから出来なかったが、今回は代わりは幾人でも居る。



「考えたな」

「それだけではありません。途中途中に氷の壁を作り、矢除けと言いますか、敵の攻撃を避けられる拠点を作ります」



 言っている側から凍りの壁が生えだし、蛮族の攻撃から魔法使い達が姿を消した。

 それを待っていたように後方に居た軽騎兵達が前進。どうやらその繰り返しで敵陣に迫るようだ。



「良い。良いぞ。く、フハハ! おい、騎士も増員してやれ」

「良いのですか?」

「敵陣に迫れるのならな。第二陣として突入出来るよう支度をさせろ」

「御意に」



 伝令を呼びつけたクラウスが指図するのを背後で感じつつ河を見やる。瞬く間に氷は成長し、河に新たな橋を形作り、もう河の中程までに達していた。

 く、フハハ。あのエルフ、きっと目をむいて驚いているであろう。



「殿下、騎士の方は時間が――」

「許す。まずはあの傭兵共の奮闘を眺めようでは無いか」



 そしてついに氷が対岸に届く。それと同時に駆け出す傭兵と軽騎兵達。

 だが、ここまで来れるのであれば突破力に乏しい軽騎兵を選んでしまった事を後悔してしまう。あれが重騎兵であれば敵陣を喰い破れたやもしれないのに――。

 いや、考えても仕方ないか。

 だが連続した轟音に絡み取られ、渡河したばかりの兵が噴煙に消える。それと同時に雷鳴を思わせる唸りが加わり、河原に赤色の水柱が立ち並ぶ。

 どうやらこちらの岸を攻撃していた連中が目標を変え、氷橋を潰しに掛かりだしたようだ。



「くそ、対応が早い……!」



 ギリリと言う音と共に口内に血の味があふれ出した。

 そして噴煙が晴れるもそこに完全に氷橋は二つに折れ、傭兵達から撤退路を奪っていた。

 また氷の橋を作らせるか? いや、もう予備戦力としていた魔法使いを失う訳にもいかん。

 救出は、不可能だ。



「くそ、やってくれたなエルフめ……!」

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