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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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堤防

 レオルアンを出て二日。

 『堤防(アッゲル)』作戦の発令を受けてアル=レオ街道とフラテス大河の交わる地で第三軍集団及びエフタル義勇旅団は絶賛穴掘りタイムをしていた。



「塹壕って奴ですか」

「詳しいなロートス大尉」

「もっとも塹壕と言うより作戦的に堤を作っていると言った方が良いですか?」

「なるほど、それもそうだな」



 その作業を共に見守るエンフィールド様が口元を綻ばせる。

 眼前に広がるは川幅およそ二百メートルの大河とそれにかかるルワン大橋と呼ばれる石橋だ。

 茶色い川面から突き出るいくつもの凛々しい橋脚。だが今そこに架けられた橋板が着々と取り外されつつあった。

 てか、石が使われているのが橋脚くらいで、他は木とは一体どういう設計思想で作られたのだろう。こうしたすぐに橋を壊せるようにと軍事的に作られたのか? それとも材料費の削減なのか? うーん。分からん。



「ですが、とにかくこれで橋は使えなくなりましたね。あとは渡河してくる敵を狙い撃てば良い」

「その通りだ。特に銃兵には渡河中の敵をなんとかしてもらう」



 今回の作戦では銃兵が渡河してくる敵を打ち倒し、それをくぐり抜けた敵を長槍(パイク)兵が始末するのが基本構想だ。

 その上で砲兵が敵陣を制圧射撃し、バックアップとして騎兵を使う。

 もっともこの作戦を取るに当たって騎兵中隊の長であるグレゴール大尉から猛反発を受けたが……。



「しかし、こんな穴を掘って効果があるんでしょうか」

「無いよりマシだろう。それともロートス大尉は降り注ぐ魔法攻撃を直立したまま受けたいのか?」

「いえ、そんな事は……」



 確か、サヴィオンの連中は炎だけではなく氷の塊を投射したりして攻撃してきた。それこそ砲兵のように。

 なら塹壕と言うのは役立つかも知れないし、何より自分の身は隠れて安全と言う安心感を兵士達に与えられる。特に士気の低い連中には効果的だろう。

 だがエンフィールド様はニヤリと悪い顔を浮かべるや「あそこに閉じこめておけば脱走もままならぬだろう」と言った。なんて人だ。



「……エンフィールド様、黒いですね」

「黒と言うなら君に言われたくないな」

「確かに黒い軍衣ですが――」

「違う。君の中身だ」



 ――?

 どういう事だろう。俺って黒いか?



「気づかないならかまわない。さて、塹壕堀を急がせろ。私は連隊司令部に顔を出してくる。なんなら工兵を貸してくれるかもしれないからな」

「分かりました。では」



 さて。

 黙々と壕を掘り進める中隊に赴くと、しっかりとした塹壕が作り上げられつつあった。

 塹壕の壁には周辺の林から切り倒された簡易な木壁が取り付けられて崩れにくく作られているし、射撃を容易に行えるよう床が一段高くなっている。

 そして後方に向けて作られた階段や梯子の向こうに弾薬集積所が作られていた。



「ザルシュ曹長。ご苦労」

「ん? あぁ」



 泥で汚れた顎髭をさする先任曹長を見つけて進捗状況を聞くと中々良い返事が返ってきた。



「良い感じだぜ。ちょっと目を離せば兵士達からぼやきが聞こえるからな。『穴堀ばかりで敵はいつくんだ?』って。まだ愚痴を言う元気がある」

「それは何より。まぁ兵士達にとっちゃうるさい曹長から怒鳴られながら穴堀するより敵と戦いたいんだろうな」

「その通りだ! ガッハハ」



 ひとしきり笑うとザルシュさんは思い出したように耳元で「デクの調子は?」と聞いてきた。鬼曹長もまた人と言うことか。



「笑うない」

「すいません。いや、すまない。ハミッシュなら対岸を測量中だ。もうすぐ砲兵の評定射が始まるはずだけど」



 塹壕よりも後方に作られた砲兵陣地には四門の砲が据えられ、観測小隊の指示を元にテスト砲撃が行われる事になっていた。

 ちなみにイザベラ様が直卒する近衛第三連隊も六門の大砲を有していると聞いている。そちらの方は元野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊に居た砲兵のドワーフが手ほどきをしたと聞くが、どれほど戦力になるやら……。あそこに砲兵を貸し出すとエンフィールド様は言って無かったし、素人砲兵がどれだけ戦えるのか疑問が尽きない。

 もっとも銃兵も少数だが配備しているとの噂もあるが、技術指導をした覚えもないし……。



「大丈夫かなぁ」

「まったくだ。レオルアンに残ってりゃ良いものを」



 苦虫を噛み潰したような声に何を言っているのか一瞬分からなかったが、ハミッシュの事か。

 確かにハミッシュをレオルアンに残して弾丸や火薬等の消耗品作りや一本でも多くの螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)を作って欲しかったと言うのもある。

 だがそれでも彼女はついてくると言ってくれた。もう待つのは嫌だと。

 その決意を俺は覆せなかった。これだからドワーフは頑固なんだから。



「さて、それじゃ築城を急がしてくれ」

「へいへい。人使いの荒い隊長殿で」

「まぁ兵にとっちゃザルシュ曹長以上に人使いの荒い人もいないでしょうに」

「それは違いねーな」



 苦笑を浮かべるその人に思わずこちらも笑みが漏れる。



「敵襲!」



 前触れなど無かった。

 いや、それが前触れだったのか。

 壕から顔を出してみれば河の向こうに何騎かの姿が見える。偵察を旨とする軽騎兵のようだ。豪奢な鎧では無く革の簡素な鎧を纏っている。えと、一、二……。十五騎か。

 斥候にしては数が多いのが気になる……。



「どうすんだ?」



 ザルシュさんが背伸びをして壕の外を見ようとしているが、それでも身長足りていないように思えた。

 とは言えなぁ……。



「どうもしない」

「こっちが待ち構えている事を知られちまったんだぞ。生かしておく訳にはいかんだろ」

「とは言え攻撃手段が砲兵だけだからな。螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)でも有効射程内だが、風があるから命中は難しいだろう」



 河に吹き付ける風とこの距離からして流石のミューロンでも狙撃は無理だろう。それに相手は十五騎も居る。逃げられるのがオチだ。



「曹長。野戦築城を第四小隊に任せ、他の小隊を戦闘配置につかせろ」

「なるほどな。オークなら力仕事に打ってつけだ。よし! 第四小隊を除いて戦闘配置だ!」



 銅鑼を打ち鳴らすような声が響き、塹壕内を慌ただしく兵士達が駆けていく。

 皆、顔に恐怖と緊張を滲ませながら手にした銃を力強く握っている。

 その様子の新鮮さに思わず笑みがこぼれてしまう。



「さて、待ちわびた時が来たぞ」



 誰に言う出なくつぶやけば俺の中に今にも震えそうな臆病が居る事に気が付いた。何時になっても飼い慣らせない怯懦が渦巻き、わきの下に冷たい汗が吹き出てくる。



「早く来てくれよ。仇敵ども」



 そうでなければ営業スマイルが崩れそうだ。

 早々に。早々に頼むぞ。く、フハハ。

 そして周囲から向けられる視線に気が付いた。何故か皆が黙って俺を見ている。それも怯えたような目で。

 まったくこれだから新兵共は。そんなんじゃサヴィオンに殺されてしまうぞ。



「諸君。やっとだ。諸君等が怒鳴られてきた日々が報われる日が来た。諸君等が給金分の仕事をする日が来た。諸君等が待ちこがれた戦争の日が来た。

 それなのに顔色が悪いぞ。うん? どうした? 笑え。我らはこの時を待ちわびていたのでは無いのか? さぁ笑え。今日と言う不幸が訪れた事に感謝を捧げ、そして歌おう。我らの栄光(グロリア)を歌おう」



 く、フハハ!!

 腹の底からこみ上げてくる恐怖を塗りつぶせば高揚感しか残らなかった。

 だから笑う。

 腹の底から笑う。もっともエンジンをかけてしまったのが早かった感はあった。

 斥候が去り、漆黒が世界を優しく包みだした頃合いにやっと敵の主力が現れたのだから。

 こう暗くなっては戦争どころでは無いと言うことで両岸に篝火が焚かれ、しばしの休戦とあいなったのだが……。

 ――それがいけなかった。



「ちょっと大丈夫なの?」

「おぅ。平気さミューロン……」



 溌剌としていたのもつかの間。塹壕の中央に置かれた中隊本部のテントの中で俺は絶賛鬱状態だった。

 いや、よくよく考えて無理だろ。

 兵力で負けているし、あんな魔法をポンポンと使ってくるんだぞ。どうやったら勝てると言うんだ。

 それに暗くなる前に敵の軍旗を確認したが、どうもサヴィオン帝国第二帝姫アイネ・デル・サヴィオンのようだ。

 よりによってアイネが敵か……。



「もぉ。もうすぐ大隊本部で作戦会議なんでしょ」

「そうだな。ちょっと行ってくる」

「……不安だからわたしも行くね」



 言外にそんな調子で兵士の前に出ないでねと言いたげな彼女の言葉に従って外見だけは見繕って野戦陣地を行くのだが、感の良い兵士は俺の事を二度見してくる者も居た。

 きっと昼間と打って変わって大人しい指揮官に困惑しているのかも……。



「さて、頑張らなくちゃな」

「あ、やっと戻ってきた」



 ぱぁと闇の中でも白い花がほころんでいく。それが嬉しくて思わず頬がゆるむ。

 そして自由になっていた彼女の細い指に手を絡めていく。

 うっすらと汗の滲んだ手。その優しい温もりが俺の力になっていってくれるのを感じる。



「ありがとう。側に居てくれて」

「急にどうしちゃったの?」

「いや、いよいよ明日から決戦だからな」

「ふふ。でもやることは今までと変わらないでしょ」



 それもそうなんだけどな。

 どうも明日の一大決戦を前にしても我らが戦闘狂系エルフは緊張を覚えないらしい。むしろ早く明日にならないかと祈っているのかもしれないな。



「でも、無理はするなよ」

「まったく。わたしは子供じゃないんだから――」

「頼む」

「…………。うん。でも、ロートスもね。あんまり危ない事はしないで」

「分かったよ」



 しっかりと握られる手のひら。あぁ俺はこの手の人を守りたい。

 だが、俺がしている事はミューロンを危険な目にあわせているだけじゃないのだろうか。

 もし、もし彼女が――。

 あの廃砦で盗賊と戦い、死んでいったスティーブンやモーネイのようにミューロンがなる事が恐ろしい。

 くそ、サヴィオン人を一人でも多く殺したいと思う自分も居れば、戦から逃げ出したく思う俺も居て、ミューロンを守りたいと熱望するロートスが居る。

 父上、俺はどうすれば良いのでしょうか……。

 そして気がつけば塹壕陣地の遙か後方にあるエフタル義勇旅団第二連隊第一教導大隊本部と看板の置かれたテントの前に立っていた。

 歩哨の騎士に中に取り次いでもらい、入室すれば高揚する者、落ち着きなく何かの算術をしている者、俺達を睨む者と複数の反応があった。



「第一銃兵中隊長ロートス大尉です。失礼いたします」

「同じく中隊副官のミューロン臨時少尉です」



 大隊本部を見渡せば大隊の長であるエンフィールド様の姿が無かった。まだ連隊司令部なのだろうか。



「築城状況の報告に伺ったのですが……」

「なるほど、ご苦労」



 そう返事をしてくれたのはエンフィールド騎士団の中でも最古参となってしまった子爵中尉だ。

 よくエンフィールド様と行動を共にしている神経質そうな中尉なのだが爵位持ちであり、俺よりも先任将校とあってその言葉はどうも他者を見下しているように見えてしまう。



「行程の七割は完成致しました。現在、兵達には休息を取らせています」

「羽目を外しすぎるな」



 素っ気ないな。

 隣のミューロンも「えぇ――!? なんでこんな態度悪いの?」と言いたげに目を見開いている。同感だよ、まったく。

 だが、以前から『騎士達から嫌われている』と自分の評価を聞かされている手前、それほど驚く事ではない。

 そりゃ、元田舎エルフがあれよあれよと昇進したり戦功をあげるのを面白いと思う輩はいないだろう。

 それを肌で感じつつ明日の確認をして早々に本部を出る。



「人間って冷たい人ばかりなんだね。失望しちゃう」

「人間にどんな幻想を抱いていたんだよ。エンフィールド様を見てれば人間がどういうのか分かるだろう」

「確かに……。あぁハミッシュは大丈夫なのかなぁ。変な人間の指揮下にいないか心配」



 まぁハミッシュは大丈夫だろう。あの大隊本部の中でも唯一黙々と算術を続けていたウェリントン大尉が指揮官なのだから。

 あの人なら何があっても計算を止めずに戦闘指揮をしているイメージがある。マイペースと言うか、他の事に頓着しないと言うか。

 それに戦線の後方から砲弾を送り届けてくれる彼女よりも俺としては前線に近いミューロンの事の方が心配であったりする。



「てか、お前とハミッシュって仲良いな」

「え? それが?」

「いや、なんつーか。お前達って恋仇じゃないの?」

「うーん。でもそれはそれ、これはこれって感じ?」



 敵認定されていないから恨む理由がないと言うことのだろうか?



「それにわたしは信じてるから」

「何を?」

「ロートスがわたしを選んでくれること!」



 ふふんと緩く唇を曲げた彼女。

 月明かりに照らされた金の髪が揺れ、透き通った碧が俺を見つめてくる。

 なんと神秘的な事か。月光に照らされた彼女の魅惑的なシルエットくるりと一回りし、楽しげな声が鼓膜を打つ。

 あぁ、くそ。なんてかわいいんだ。

 彼女を残して死ぬのが嫌でたまらないし、彼女を失う事がこれほど怖いとは思わなかった。

 あぁくそ。絶対に生き残ってやるし、彼女を守ってやる。


ついに総合評価が前作の銃火のオシナーを越えました。

また、本作をスコップしてくださった方々にも感謝を!

本当にありがとうございます。これからも頑張って行きます!!


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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