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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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洪水と堤防

 アルヌデン城の庭園。アイネ・デル・サヴィオンより。



 アルヌデン攻略にあたって我がサヴィオン帝国は二つの失敗をした。

 それは無血開城を申し出ていたアルヌデン家を裏切り、城に火を放たれた事。そしてアルヌデンから敗残兵同然の敵軍を逃してしまった事だ。

 その責を受けた義兄上の愛妾が居たが、まぁ良い。余はあれが好きではないからな。


 その愛妾がわざわざ血を流す事無く占領したはずの城は降伏条件の折り合いがつかず、アルヌデン家の壮絶な心中の結果、無残にも焼け落ちてしまった。

 その上、城の手入れをする者もさらなる戦禍を恐れて逃散してしまい、かつての荘厳さはここにはもう存在しない。

 そんな荒涼としたアルヌデン城の庭園を歩いていると「酷い有りようじゃありませんか」としみじみとした声が聞こえた。

 振り向くと巨漢が哀愁を滲ませたように口を曲げている。



「ガーガルランドか。なんだ、腹でも下したか? いつもの覇気が無いぞ」

「これは失礼いたしました! 殿下!」



 わざとらしい声に思わず眉を寄せる。

 どうしたと言うのだろうか。普段なら耳を押さえるほど大声をあげる筋肉塊のはずなのに。



「いや、なに……。せっかく綺麗に作られていた庭園が台無しじゃないですか」

「火事故、仕方なかろう」



 彼の背後――焼け焦げたアルヌデン城を見ながら言うと彼は小さく首を振った。



「第一帝子殿下の命でアルツアル式の物は破壊しろと。火事の被害を免れたと言うにもったいない事を」

「それで焼いたのか? わざわざ?」

「別に焼いた訳じゃありません。切り倒して兵達の暖に当てたとか。それに少なくとも焼けたのは城だけです」



 そして巨漢が廃城と化したアルヌデン城を見やる。

 その憂いを帯びた瞳がまるで似合わない。



「『鉄槌のガーガルランド』と謳われるほどの男でも感傷はあるのだな」

「そうおっしゃる殿下はどうです?」

「余か?」



 余にも感傷があるのだろうか。敵の村は平気で焼くし、物資の略奪も推奨しているし……。



「フン。戦鬼にそのような心があると思うか?」

「人ならば誰でも持つものですよ。殿下」

「む……。お前にそのような事を言われる日が来るとは思わなんだ」



 だがふと、一瞬だけだが「俺の村を焼きやがったな」と余を怒鳴りつけたエルフの顔が浮かんだ。

 ロートス。

 そう、ロートスと言うエルフだ。胸が痛むとはまた違う思い。これはなんなのだろうか。



「まぁ良い。早く行くぞ」

「御意にございます!」



 くそ、いつまでも庭園にかまけてはおられない。どうせ春になれば帝国から庭師が五万とやってきてすぐに見違えるはずだ。

 そう、亜人の作った醜い物を破壊し、正しき種族である人間式の庭にここは生まれ変わる。

 ならば余の気にする事ではない。

 そんな事より余が気に掛けるべきは春期攻勢だ。その作戦会議が開かれるのがこの庭園を進み、元東屋であったであろう場所に行き着いた。東屋の基礎だけ残った空間にポツリと大テンとがかけられ、中からざわめきが聞こえる。

 その入り口に立つ歩哨が声を張り上げて余の来臨を告げるとその騒ぎが一切消えた。それを見てから入るとキツイ視線が余に投げかけられてくる。

 今日はいつになく荒れそうだ。

 そんな予感を胸に上座に付くとガーガルランドが空気を読まないように「皆、ご苦労!」といつもの調子でがなりたてる。

 彼なりにこの空気を和らげようとしてくれているのだ。

 もっともガーガルランドと深く話すようになったのはここ最近の事なのだが……。



「第一帝子殿下、御来臨!」



 一斉に立ち上がる面々。そして恭しくまくられたテント。

 黒い外套に身を包んだ第一帝子ジギスムント・フォン・サヴィオン、そして義兄上の背後に控えるようについてきたエルヴィッヒ・ディート・フリドリヒ公爵が続く。

 これで軍議に加わる者全てがそろった。

 それ故、義兄上が席につくやエルヴィッヒが「着席」と号令をかける。アルヌデン追撃戦において失態を演じた彼女もついに謹慎が解けたようだ。忌々しい。



「ではこれより春期攻勢作戦『大洪水(ポートプ)』について概要をお伝えする。本作戦の目的は二つ。アルツアル騎士団主力の粉砕と王都アルト攻略の足がかりとなるジュシカ領の要塞線に楔を打つ事にあります」



 アルツアル全土の征服がもっとも手っ取り早いのだが、さすがの帝国でもそこまでの国力は無い。

 故に王都攻略と敵騎士団粉砕が主要作戦目標となる。



「王都を守護するよう作られた要塞線突破は古来よりサヴィオンの悲願であり、王都攻略に避けては通れない道。そのための要塞線攻略です。

 また、敵はそれを阻止しようと騎士団を北上させるのは必須。特に……レオルアンに駐留する騎士団は要塞線攻略を行う友軍を脅かすほどの戦力を秘めております」



 自身が取り逃がした騎士団のせいで後方が脅かされる。そう言う屈辱に耐えるように良く出来た顔がゆがむ。見ていて愉快だ。



「故に春期攻勢は二正面作戦となります。まず第一陣たる第三鎮定軍はアルヌデンを東方に向け進撃、要塞線攻略に当たります。他方、第二鎮定軍は南下し、レオルアン在留騎士団を押さえ込むように。

 南北で我らが帝国は蛮族どもを押し流し、この地を統べるべき正統種たる人の地を取り戻すのが作戦の格子となります」



 また余を主戦線から外すか。

 いや、機動攻撃を旨とした野戦こそ余の東方辺境騎士団の本懐。城攻めははっきり言って不得手だ。なら文句をつけるのは筋違いと言う物。命令通り存分に敵騎士団と戦ってみせよう。



「御意に。余も異存はありませぬ」

「アイネよ」



 ――!

 普段、余と口も聞かない義兄上が口を開く。それ故にテントに詰める面々が目を見開いてその後の言葉を待つ。



「敵は厄介だぞ。銃を使う連中ならなおさらだ。ただの蛮族討伐では無いのだからな」

「は、はい。細心の注意を払い、全力で敵を殺します」



 思わず声が裏返ってしまった。

 一体、義兄上になにがあったと言うのだ? 余の事を毛嫌いしていたはずだったのに。

 解けない疑問に必死に答えを出そうとするが、無理だった。

 軍議はありありとした違和感を抱きながら黙々と進む。必要な兵力やその兵糧。浮ついた空気があるものの淡々と作戦計画を煮詰め、そして軍議が終わった。



「うむ。では吾は下がろう。エル。後は任せた」

「御意に!」



 生き生きとした返事を聞いた義兄が退出していく。テントからその姿が消えてたっぷり三十秒ほど過ぎた。



「なにをなされたのです?」



 冷たい言葉が美麗な口から漏れ出る。

 だがそれはこの場にる誰もが同じ疑問を浮かべている事が予想出来た。



「余も知らぬ。むしろお前の方が義兄上に一番近いのだから何か聞いておらぬのか?」

「最近はお一人になりたいと。それもこれもどなたかが最上級の軍事機密である魔法陣を流出させた疑いがある故かと」



 魔法陣と魔法杖の流出疑惑をかけられた余だったが、何故か罰が来ない。

 そう、何故か。不気味で仕方ないし、此度の攻勢で無理難題な拠点攻略にでも駆り出されるのかと思っていたが、そんな事は無いし……。分からん。



「何をされたのです?」

「だから知らぬ。むしろ教えて欲しいくらいだ」

「……あの黒い粉はなんなのです?」

「黒? あぁ燃える黒粉か」



 すると周囲の面々もやっと話に乗ってきた。誰もが興味津々と言うように耳を傾けているのを感じる。



「エフタルのエルフの秘薬らしい。あれは良く燃える」

「……それだけなのですか?」

「それだけだ」



 黒粉の危険性についてはすでに報告書を義兄上に提出している。義兄上一番の側近にして愛人であるエルヴィッヒが知らぬはずもない。

 もっとも知らされていないのならそれまでの女と言う事だろう。



「……殿下はその黒い粉にご執心です」

「義兄上が?」



 まぁ、アルツアル攻略の総大将として敵が使う武器に使う物を気にかけるのは当たり前か。

 だがエルヴィッヒがわざわざ言うのだからその熱の入れようも普段を凌ぐのだろう。一体何が義兄上の琴線に触れたのやら。



「あの粉は本当に燃えるだけの粉なのですか?」

「練金師の話によればな。まさか不老不死の秘薬ではあるまい」

「そのような冗談は好きではありません」

「作用か。まぁ義兄上の御心は昔から計り知れなかったからな」



 知れて居ればもう少し仲良く過ごせたろうに。まったく……。

 それにしても義兄上は余に「銃には気をつけろ」と言っていた。確か、ロートスも己の武器の事を銃と言っていた。

 義兄上は銃を知っているのか?

 分からん。だが、今は目前の敵を打破する事こそ余の使命。それに奇しくも奴らが撤退していったレオルアン方面へとなれば奴とまた戦えるだろう。

 今度こそ息の根を止めてやるぞ。く、フハハ。


 ◇

 晩冬もしくは早春のレオルアン。ロートスより。



 一雨ごとに暖かさが増していくその日、ついにサヴィオン軍が動き出したと報告がレオルアンに寄せられた。

 アル=レオ街道に立ち並ぶ宿場町経由でもたらされた情報を元に作戦の説明が行われると言う事でエンフィールド様が大隊本部を離れて半日。

 やっとエンフィールド様が帰ってきた。



「皆、待たせたな」



 さすがに緊張を滲ませたエンフィールド様が部屋の中央に置かれたテーブルに近づき、駒を並べていく。



「敵がアルヌデンを出たのは一週間ほど前のようだ。順調に行軍しているのであればレータリを出た後くらいの位置に居るはずだ」



 確かレータリからの撤退の時はレオルアンまで三日はかかった。

 相手と三日の距離、か。だが相手は騎兵主体のサヴィオン軍だ。徒歩行軍が基本だった撤退戦の時より高速でこちらにやってくる事も考えられる。



「間諜の報告を元にすれば敵は騎兵二千、歩兵五千の大軍であるとの事だ。対して第三王姫殿下率いる第三軍集団は総兵力四千。それとエフタル義勇旅団二千を合わせた六千だ。騎兵は相手と同じ二千だが、油断は出来ない」



 油断は出来ないどころか兵力少なくないか?

 確かアルヌデン会戦の時はアルツアル側だけで四千は集めていたような……。てか、それでも負けた事を思うに戦力比で負けた上で戦わされるのか。



「ロートス大尉。顔色が悪いぞ」

「申し訳有りません。ですが、その……」

「皆まで言うな。なに、此度は策がある」



 戦力的不利について言及する前にエンフィールド様が明るい声を出す。なるほど。確かに戦力が足りないのを術策で補うと言うのなら不安も薄れると言うもの。



「で、策とは?」



 砲兵大尉であるウェリントン・エンフィールド様が首を傾げる。

 武将と言うより学者と言った方が良い参謀タイプのウェリントン大尉の言葉にエンフィールド様が頷くと地図に指を置いた。



「防衛戦だ」



 防衛戦。確かにアルツアルは防衛戦を得意とする国ではあるが、それで大丈夫なのか?

 防御的戦術の権化でもありそうな方陣だが、これはサヴィオンによって軽々と粉砕されているし、城壁による防御も易々と破壊されている。

 それなのに防衛? まだ会戦の方が勝ち目がりそうなものだが。



「このフラテス大河を使った防衛戦を行う。作戦名は『堤防(アッゲル)』」



 要塞都ジュシカ、王都アルトそして水都レオルアンを結ぶセヌ大河の支流の一つであり、アル=レオ街道に沿うように流れる大河こそフラテス大河だ。

 それを用いた防衛戦と言うことか。確かに川なら注意すべきは渡河しようとする連中だけだし、橋さえマークしておけば防衛もしやすい。



「我らは川向こうの敵を相手にすれば良い。問題は機動力だ。敵が我らを迂回して渡河を図る可能性もあるからな。だが、大規模な迂回渡河は発生しない見込みだ」

「あの、何故でしょうか?」



 何故、迂回が無いと言える。そもそもサヴィオンはアルツアル侵攻のためにエフタルから迂回してきたではないか。

 だが俺の疑問は騎士中隊を率いるグレゴール・スターリング大尉の「そんなもの有るわけ無い」と言う言葉で一蹴されてしまった。その自信はどこから出てくるんだ?

 確か、この人はスターリング男爵の嫡男だったか? スターリング様は厳格な武人の風体だったが、この大尉も武人らしい武骨ななりをしている。もっともそれが威圧的でよろしくないのだが。



「あー。ロートス大尉。ちょっと良いかい?」

「……なんでしょうか、ウェリントン大尉」



 学者肌の彼は講義で質問がある学生に答えるように地図をたたきながら回答をくれた。



「迂回行動と言うのは遠回りをする分、余計な物資を必要とする。そうだろう?」

「確かに」

「それを全軍に配るほどとなると途方もない事になる。現地徴発では間に合わないほどに。それにこの時期の村や町では慢性的に食料不足になっているから余計に徴発は難しい」



 食糧不足と言う点は心当たりがある。確かに冬の終わりが一番食料が心配されるようになるし、もう少しして暖かくなって育ちの早い豆を植えるまで安心が出来なかった。

 つまり迂回にかけるコストがかさみすぎるのだと言うわけか。



「それに渡河となれば軽装での行動が肝心だから、余計な物も持てなくなる。だから迂回してくるとしても少数の部隊だけのはずだ」

「分かりました。お話を中断させてしまって申し訳ありません」



 エンフィールド様は気にするなと言うように手を振るのだが、グレゴール大尉だけは「お前のせいで時間を無駄にした」と言わんばかりにため息をはいてきた。感じ悪いな。



「では話を続けよう。第三軍集団及びエフタル義勇旅団は適時分散配置とし、街道及び副街道、それと川幅の比較的狭い地区を重点に布陣し、敵を迎え撃つ。

 先の会戦で敵の魔法は三百メートル先から飛来すると言う報告も上がっているが故に、サヴィオンが川幅が三百メートルよりも短い地点から渡河を試みようとするに違いない。

 そして我が騎士団が受け持つのはこの地点――もっとも川幅の短い箇所だ」



 話を聞くとその川幅およそ二百メートル。螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)で狙える距離だ。



「この地をサヴィオンに抜かれた場合、我らの敗北が決まると言っても過言ではない。それほどの要地を守る誉れを大公閣下は下さった。

 これは全軍の要が我が教導大隊である事を示すものだ。各自の奮戦を期待する」



 全員がその期待に答えようと言うように踵を打ち鳴らして敬礼をする。

 いよいよ決戦。それも戦線の要。つまり激戦となるだろう。つまり大勢の血が流れるだろう。つまり大勢のサヴィオン人を殺せると言うことだ。

 あぁ、くそ。最低(さいこう)だ。上出来すぎる。


思ったより余裕があったので投稿!



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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