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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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河向こう

 今回、偵察に出るのは俺とミューロン、ドワーフのハミッシュとザルシュの合計四人。

 この村に逃れてきた他のエルフもいるのだが、彼ら彼女らには別の地域の偵察に出るらしいとザルシュさんに聞かされた。



「止まれ」



 先頭を行くのは俺。

 日頃の狩りとエルフとしての先天的な才のおかげで森の中での気配察知ならドワーフのそれより優れていると言うのがザルシュさん談。

 そのため俺、ミューロン、ハミッシュ、ザルシュさんと言う縦列で森の中を歩いていた。



「そろそろ小休止にします?」

「そうだな。少し休むとするか」



 森に入っておよそ三時間。

 街道を使えば一時間足らずで到着する河らしいのだが、敵にこちらの存在を露見されたくないからこうして森の中を歩いているのだが、少し警戒しすぎじゃないだろうか。



「いや、帝国を舐めるな。奴らの羽付きのせいでこちとら敗走なんてことになったんだからな」

「顔に出てしました!? で、羽付きってなんですか?」

「レンフルーシャーに攻めて来た帝国騎士共だ。奴ら、背中に二対の翼を模した飾りを背負って馬鹿みたいに長いb馬上槍を使うんだ。いや、奴らが使うのは槍だけじゃねぇ」



 レンフルーシャーの戦で猛威を振るった羽付きと呼ばれる騎士団は類を見ない破壊力を持つ魔法によってエフタル公国軍の方陣を突き崩し、長槍(パイク)よりも長い超長槍によってエフタルが誇る重防御戦術を蹂躙したのだと言う。



「あんたの親父さん達エルフは敗走する友軍の撤退を援護するために森に留まるよう命令させれていた。

 おれ達辺境義勇軍は、エルフを見捨てておけないって事で残ったが……」



 結果は父上を連れ帰るだけで精一杯。

 ふと、首の無い父上の姿を幻視して、胃の中の物が暴れ出す。それでも吐き気を堪えて大きく息を吸う。



「ロートス!!」



 背中を撫でてくれるミューロンに礼を言いながらゆっくりと背筋を伸ばして新鮮な空気を肺に取り込む。

 こんな事なら水筒くらい持ってくるべきだった。まぁその水筒も村ごと火に包まれたのだろうが。

 今の持ち物はカートリッジの入ったポーチと銃、そして父上の形見となってしまった小刀のみだ。準備不足と言う感は否め無い。



「大丈夫か?」

「はい……。ところで、二人はそれ、扱えるのか?」



 気分を変えるためにミューロンとハミッシュが持っている銃を見やる。まずミューロンはダメだろう。

 村を出る際に何発か撃たせただけだし、なんと言っても初心者だ。対してハミッシュは多少の心得があるのか、慣れた手つきで銃を扱っている。



「う……。わたしはちょっと……」

「わしはそこそこ慣れてるのじゃ!」

「そうか……。まぁ、とりあえず二点だけ注意してくれ。まず銃口だ。これは絶対に俺達に向けるな。何があってもだぞ。それと引鉄に指をかけるのは最後の最後だ。狙いを定めて撃つその瞬間まで引鉄に指をかけないでくれ」



 ドワーフの村を出てから何度も繰り返してきた言葉にミューロンもハミッシュも苦笑を浮かべたり、うんざりといった表情をしている。

 だが、銃を持つ者にとってこれほど重要な事はない。

 例えば銃口。この向きに気をつけていれば何かの拍子で暴発しても被害を最小限に止める事が切る。

 そして引鉄。これは万全とは言えないが、引鉄に指をかけていたが故に何かの拍子でそれを引いて暴発と言う事に繋がりかねない。


 前世、猟友会で聞いた話だが、仲間と共に狩猟に赴いた人が躓いた拍子に引鉄にかかっていた指に力を入れてしまい、連れを撃ち殺してしまったという事件があった。

 これは様々な教訓を得る事件だったが、銃口の向きと引鉄にさえ注意が向いていれば避ける事の出来た事件だ。

 それに銃を持った初心者は銃口の向きに注意を払わなかったり、引鉄に指がかかりっぱなしになりやすい。

 故に俺は何度も彼女達に口を尖らしていた。

 だが、ザルシュさんは別の懸念があるらしく、渋い顔で毒づく。



「まったく。ドワーフが飛び道具なんて笑われるぞ」

「親父は古いのじゃ! ドワーフが飛び道具を使って何が悪い。それにこんな良い物を手放すのは惜しいのじゃ」



 どうやらハミッシュには洗脳――もとい教育が良い味を出し始めたようだ。

 銃と言う相棒は人を撃たない限り最高のパートナー足りえると俺は確信している。

 もっとも、そのポリシーを崩してしまった俺が言っても何にもならないが。



「……そういや、撃った時の感触が残っていないんだよな」



 己の手を見ても引鉄の感触はもう無い。強いて言うなら獲物を撃ち取った程度の感慨しか浮かばない。

 前世、銃は人を殺した感触がしないから殺しへの抵抗を下げると聞いた事があった。

 そのせいなのか、それともエルフに転生したせいなのか。

 確か、エルフって最初は残虐な面のある種族として物語に出ていたはずだ。トールキンのだっけ?

 おぼろげな雑学を思い出していると先ほどの苦い記憶が押し流されたのか、多少気分が良くなってきた。

 故に行軍を再開しようと立ち上がる。



「わたしが代わるよ」

「良いって。俺が行く」



 先頭を行こうとしたミューロンを押しとどめ、先ほどと変わらない隊伍で森の中を進む。

 すでに傾きだした太陽のせいでぐんぐんと森の中の気温が下がる。それを無視して行軍すると、やっと対岸が見える位置にたどり着いた。

 対岸まで七、八十メートルといった所か。俺達はその距離を保つように川下に向かって移動していく。



「止まれ」



 身を低くしながら低い声を発する。ちょうど今朝ほど焼いた橋がある地点にたどり着いた。

 橋の火はすでに消され、黒々と崩壊したそれが冷たい流れに晒されている。

 その対岸。幾人かがせわしなく動いていた。



「帝国軍か?」



 ザルシュさんの声にじっと橋に居る人物を見定める。

 見かけないプレイトメイル。それに傭兵と思わしき革鎧を身につけた兵士。一般人とはほど遠い装いの者達が五、六人はいる。



「そのようです」



 どうやら焼け落ちた橋の状態を確認しているようだ。

 軍にとって橋の存在は戦略に関わる場合がある。

 それこそ流れも弱く、浅い川だったら歩兵や騎兵は簡単に渡河してくるが、攻城兵器である大型の投石機や兵糧等はこれが行えない。

 鈍重な投石機を川に入れてしまえば足を取られ、立ち往生してしまうだろう。兵糧に至っては濡れたせいで食物が腐る可能性だってある。

 それらを未然に防ぐためにも橋の存在は重要である。

 もっとも秋の気配濃厚なこの時期に泳いで河を越えようとする物好きも居まい。

 それ故に橋の存在は重要性を増していると言える。



「あれは……工兵でしょうか」

「間違いないな。あいつら、橋の修復に来たと見える」



 ドワーフの戦士であるザルシュさんの言葉なら信用出来るだろう。

 だが一日やそこらで橋を復旧させられるとは思わない。おそらく、二日か三日は要するはず。



「どうするのじゃ? 攻撃するのか?」



 魅力的な提案だった。

 確かにこちらは飛び道具主体の偵察隊。その半数がエルフと森歩きに慣れているから夜間でも森を駆けて村まで戻る事が出来るだろう。

 だが、それを行おうにも銃を持つ三人のうち二人が初心者であり、なおかつ河向こうまで目算で八十メートルくらいはある。

 一応、俺たちの使用している銃の有効射程はおよそ百五十メートル。狙えなくはないが……。



「必中を喫するためにも少し接近しよう」



 前進を再開し、橋に近づく。鼻につく臭いに焦げ臭さが混じってきた。

 橋は盛大に燃えていたし、橋脚にダメージを加えていたドワーフも居たからそのままの再利用は不可能と考えて良い。

 俺達の存在が露見しても橋が使えないのなら渡河を強行した少数の兵しか追ってこないはず。それなら森の中に入れば完全に巻ける。

 そんな確信の下、鼻を動かす。嫌な臭いがする。

 胸元に不快感を感じながらもう一度、橋に視線を向ける。



「――!」

「ロートス? どうし――」



 見るな! その言葉が間に合わなかった。

 橋をよく見るために近づいたせいで俺たちは橋向こうの街道に吊された人々が居た。

 村の仲間達だ。父上を連れ帰ってくれたケンタウロスも狼耳の戦士も居る。

 誰も彼もが木々から首を吊られている。それも一本の木だけではない。

 幾本もの木に村の仲間が吊されている。



「ひ、ひどい……!!」



 ミューロンの悲鳴が遠くに聞こえた。確かにサヴィオン帝国は人間至上主義を掲げる国だとは聞いていたが、こんな事までやるのか!? 死者をここまで侮辱するような連中だったのか!?

 なんて、なんて連中だ!

 俺達が何をしたって言うんだ? 俺達はただ静かに暮らしていただけじゃないか。それなのにその暮らしに割って入って来るなり刃を向けて来るだと!?



「ふざけるな……! ぶっ殺してやる」



 身体の芯が熱くなり、銃を握る手に無意識に力が籠る。

 許せない。絶対に許しはしない。



「許さない……!」



 その怒りを滲ませた声に振り向けばミューロンは腰のポーチから無造作に一つのカートリッジを取り出す所だった。

 無言でそれに習う。



「お、おい! ロートス! ミューロンも! 落ち着くのじゃ!」

「落ち着いて居られるか」



 そんな事は不可能だ。

 あいつ等は取り返しのつかない事をした。

 絶対に、絶対に――。



「おい」



 腕を捕まれたせいで火皿に乗せようとしていた火薬がこぼれる。

 腕を掴んだザルシュさんを睨みつけると、彼は低く「やれるのか?」とだけ問うてきた。

 頷く。



「本当だな? ならやれ。デク。おまえもだ」



 閉口したまま、何かを言いたそうにしていたはミッシュだが、最終的に何も言わずにポーチからカートリッジを取り出した。



「狙いは各個で決めろ」



 短い言葉と共にカルカを銃身の下に戻し、銃口を()に向ける。

 そう言えば、今までは敵が迫ってくるが故に銃口を向けてきた。

 だから俺は人を撃ってもなんの感慨も浮かばなかったのだろうか。


 ――なら、今は?


 自らの手で見ず知らずの相手を殺す事を嫌悪するのか?

 目の前の暴挙を差し引いても罪悪感は芽生えないのか?


 だが今ある感情は熱い怒り以外に何もない。いかに侵略者を惨たらしく殺してやれるかとしか考えられない。



「射撃は俺のに続いてくれ。目標までの距離があるから胴を狙うんだぞ」



 深呼吸。撃鉄を起こす。銃床を肩の付け根にしっかり押し当てて馬に乗った兵士に照準をあわせる。

 息を少しだけ吐き、止める。引鉄にかかった指に力を入れる。

 するとバネが解放されて撃鉄が火皿に叩きつけられ、火花が生まれた。それが火皿に盛られた火薬に引火。ついで薬室のそれにも延焼し、筒の中で生まれた圧倒的な燃焼が弾丸を押し出す。

 轟音と火花、そして白煙。肩を蹴られたような衝撃を覚えている間に二人が発砲した。



「く、フハハ。ざまぁ見ろ。装填! もう一回やったら逃げるぞ」



 憎しみと言う復讐の感情から生まれたのは罪悪感や嫌悪感などではなく、爽快感であった。

 村を襲った連中にそれに類する苦痛を与えてやれたと歓喜さえ覚える。もう眼前の全ての敵を殺してしまえれば快感によって狂ってしまうような甘美さが俺を襲ってくる。


 だが冷たい理性がそれを止めさせる。こんな所に留まっていては敵に気づかれてしまう。だから早くこの場を離れろと。

 しかしそれはあまりにも名残惜しい事だ。せっかく目の前に村を襲った連中が居るというのに……!


 そんな葛藤の中でもポーチからカートリッジを取り出して装填していく。

 ふと、河向こうに視線を送る。馬に乗っていた騎士が倒れているし、チェーンメイルを着た傭兵が血を吹き出して何か喚いている。く、フハハ……!



「各自自由に撃て」



 即座に撃鉄を起こして狙いを定め、撃つ。

 今度は騎士のそばにいた者に向け撃つ。だが、外れ。

 敵は俺達に攻撃されている事に混乱し、右往左往しているせいで狙いがぶれた。

 続いてハミッシュ。だが、倒れる者は居ない。外れだ。

 最後にミューロン。逃げまどう一人の頭が吹き飛ぶ。



「やるな」



 アドレナリンが垂れ流しになっているせいか、高揚した気分で声をかけると彼女も不自然な笑みを浮かべたまま頷いてくれた。



「おい、ずらかるぞ!」



 長居は無用。さっさと逃げるに越したことはない。



「敵襲!! 対岸にいるぞ、気をつけろ!!」



 その言葉を背後に聞きながら薄暗い森に足を踏み出す。

 だが、数歩でその歩みが止まった。

 眼前に三人の傭兵然とした男達が居た。



「しまった! 斥候か!?」



 先ほどの注意喚起は河を渡河したこいつらに向けての事だったのだ。少数の斥候が渡河している可能性を忘れるなんて……!



「どけ!!」



 ザルシュさんが前に出ながら背負っていた戦槌に手をかける。

 俺も前に出ながら腰の小刀を抜く。もっとも父上からもらったそれは小刀と言うより肉厚の山刀であり、それがどこまで有効なのか疑問しかないが。



「この蛮族どもが!!」



 傭兵の一人が俺に切り込んできた。相手の得物である幅の広い直剣が上段から叩きつけられる。ヤバイ。リーチの差がヤバイ。このままじゃやられる!



「無理! 無理! 無理!」



 傭兵の気迫に怯んで悲鳴と共に数歩後ずさる。すると剣が空を切った。しかし傭兵は返す剣で逆袈裟斬りしてくる。思わず地面に腰から無様に倒れると、紙一重で俺の頬の先を剣先が通過した。

 その途端、銃声と共に相対していた傭兵の腕が一本飛んだ。剣を握った腕が消え、口を開けて固まる傭兵。

 ふと、後ろを見れば白煙を吹き出す銃を構えたミューロンと目があった。それに頷き、手にした山刀を振りかぶって呆然としていた傭兵に叩きつける。



「ギャ! ギャァ!!」



 醜い悲鳴を聞きながら無我夢中で小刀を振るう。気温の下がった森の中で生き物特有の暖かい物が頬に触れて身震いした。だがやはりと言うべきか、肉を断ち切ってもそれは森で獲物を解体する時の感触となんら違いが無かった。

 肉塊へと変貌したそれから視線を周囲に向ければザルシュさんが戦槌で傭兵の頭を叩き割っている姿が見えた。

 そしてもう一人、ハミッシュも自身の銃を棍棒代わりに傭兵の一撃をいなすや、強烈な打撃を傭兵にお見舞いしていた。

 なるほど。ドワーフと白兵戦をしてはいけないと父上に聞いた事があったが、実際に見て理解した。

 ハミッシュのような幼い外見の女の子が銃床で傭兵の鎧を殴る度に大きな凹みを作っている。

 その衝撃を見るや、彼女と喧嘩するのは何があっても止めようと決断させる力があった。そして彼女は――ドワーフは飛び道具を使うより戦槌や戦斧を使うべきだなと確信した。



「よし、片付いたな?」



 ザルシュさんの言葉に我に返る。すでに森は闇をはらみ、視界がおぼつかない。

 だが、本能的にどう歩けば良いのかだけはわかる。



「では帰りますか?」

「あぁ。斥候の事も村に伝えなくちゃな」



 その言葉に頷き、俺たちは歩みを再開した。


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