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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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魔法と火薬

 エルフ街と言うのはその名の通り、エルフが集まって出来た集落の事だ。

 元来、エルフとは排他的な種族であり、出稼ぎ等で街に出ても他種族達とは交わりを持とうとしない者が多い傾向にある。らしい(だってうちの村はドワーフとか人間とかと交友あったし)。

 そんなエルフ達が身を寄せ合って作られた街があると父上から聞いた時は「遅れた連中だなぁ。今はグローバルな世の中だよ」と思ったものだ。


 そこで俺はミューロンと共に募兵の声をかけた。

 それこそ見知らぬエルフがやってきて兵隊を集めてますと言っても人は集まらないかと思ったが、給金の話をするれば話は違った。多くのエルフが快く志願してくれたものだ。

 そりゃこんな路地の中の路地を越えた様な場所に暮らしている連中なのだからその生活は推して知るべし。つまりみんな金に飢えていた。それも三食飯付き、制服貸与、宿舎ありと来れば文句を付ける者も居ない。


 そうしたエルフ達のおかげで多くの契約書にサインが入った(てか、識字率が低くて四十人の募集のうちそのほとんどを代筆したが、これで良いんだろうか?)。

 とにかく予定以上の人数を確保して俺としてはほくほく顔で帰路についた。だが隣を歩くミューロンはどこか疑問が残るご様子。



「ねぇ、どうしてエルフなの? 確かにエルフ仲間が増えるのは嬉しいけど」

「俺が言うのもなんだが、エルフって強い結束力があるだろ? あれが使えるかなってね」



 それにエルフの射手の方が射撃の成績が高い気がしている。選抜猟兵(スナイプイェーガー)を編成した時だって候補は皆、エルフだったし。

 その中でも抜きんでて射撃が上手いエルフが納得したように頷く。



「じゃ、後は訓練についてこれるかってこと?」

「そうだな。そればかりはザルシュさんに――。大丈夫かなぁ。ドワーフだしなぁ」



 エフタルでは種族間差別も薄まりだしていたが、アルツアルではどうなんだろう。

 これで新たな火種にならなちゃ良いんだけど。



「考えても仕方ないか。いざとなれば俺やミューロンが指導すれば良いし」

「え……!?」

「えってなんだよ」

「……わたし指揮官って柄じゃ無いよ。ロートスのように上手くみんなをまとめられないし」



 とは言え、ミューロンの報告や中隊先任曹長のザルシュさんの話を聞くところ、問題も無いようだが。



「ま、がんばろうぜ。春にはサヴィオンと戦争だ」

「うん……」



 あ、だめだ。サヴィオンの名を出してもいつもの「うん、一杯殺そう(がんばろう)」にならない。

 それほど彼女は中隊長の代理は重かったのか。

 ますます申し訳ない。



「よし、こっちだ」



 帰り道を行きとは別の方向に進む。声の賑わう方へ、方へと行くともくろみ通り大通りに出た。

 冬とは言え、人々の熱気の渦巻くそこに分け入る。



「手を離すなよ」



 彼女の小さい手を握り、人々の往来で溶けだした雪道を行く。



「何か食いたいものとかあるか?」

「どうしたの突然?」

「いや、苦労かけたし、埋め合わせがしたくて」



 人混みをかき分け、喧噪に負けない声で言うと彼女はぎゅぅと手を握り返して言った。



「高くつくよ!」



 可憐な蓮のような、そして大輪の桜のような、そんな笑みが咲き誇っていた。


 ◇


 その日、大隊本部と呼ばれる高級街の宿にエンフィールド様から呼び出された。

 どうも中隊の編成について状況を訪ねられるらしい。



「教導大隊第一中隊、中隊長ロートス中尉です。失礼致します」



 豪商が軒を連ねる一角にある高級宿の重厚な扉をノックすれば即座に入室を許可する声がかえってくる。

 その声と共に入室するとすでに大隊の士官が集まっているようだ。大隊長のエンフィールド様を始め三人の大尉と大隊本部付きの中尉が二人。だがその中で一人、緊張を滲ませたハミッシュだけが場違いだった。

 彼女は居心地の悪そうに身を竦め、俺と目が合うや肩から力を抜いて小さく笑って来た。それに合わせて敬礼が崩れない程度に口元を上げて答える。




「よく来たなロートス中尉。早速編成状況を説明してくれ」



 ぱちぱちと燃える暖炉の側に立っていたエンフィールド様が言う。他の面々(ハッミッシュ除く)もくつろいだ様子で俺に耳を傾けているようだ。堅い会議と言う雰囲気ではない。



「報告します。現在、我が中隊は前身である野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊を基幹に部隊を再編成中です」



 一応、練兵の負担を減らしてくれると言う意味合いもあってか、エンフィールド様が俺の中隊から引き抜いたのは砲兵小隊だけだった。

 現在、獣人部隊である第二小隊とオーク部隊である第四小隊を長槍(パイク)兵から銃兵へと転換訓練と新設の第五小隊(第三小隊は欠)の編成に取りかかっている。

 一応、増強中隊として兵員の定数には余裕があるが訓練状況の遅れで通常編制の中隊になってしまった。



「ですがアルヌデン会戦で第二小隊は無視できない損害を受けており、その補充も合わせて行ったので戦力として使えるのは第一小隊だけと言わざるを得ません。それに第五小隊に至っては第一小隊から下士官を割いているにしても新兵がほとんどで戦力化には今しばし時間が……」

「なるほど。ご苦労。銃――燧発銃(ゲベール)だったか。その調達も順調のようだな」



 すでに銃についての報告をハミッシュがしたのか、エンフィールド様は満足そうに頷かれた。

 もっとも現状で中隊全員に燧発銃(ゲベール)が行き渡っているわけではない。数が足りないのでナジーブ達オーク小隊には申し訳ないのだが、既存の火縄銃(アルケビュース)で我慢してもらっている。

 てか、ナジーブが「気にしなくていいだ」と純朴そうに笑う姿に胸にチクリと痛みが走るのは誰にも言っていない秘密だ。

 もっとも重量のあり過ぎて運用に難があった火縄銃(アルケビュース)だが、オークのような筋骨隆々の種族はそれを軽々と扱えるので叉杖を使った射撃をせずにすんで運用の幅が広がったのは嬉しい誤算だったりする。



「砲兵の方はどうなっているのですか?」

「ウェン。状況を説明してくれ」



 エンフィールド様の声に顔立ちの良い騎士が立ち上がった。

 美の女神に愛されたエンフィールド様の隣にいるから目立ちこそしないものの整った顔立ちの青年騎士は「ウェリントン・エンフィールド騎士大尉だ」と自己紹介をしてくれた。



「エンフィールド騎士団では工兵隊を率いたんだが、昨日砲兵大尉に任官して彼女の門下生になっている」



 苦笑しながらハミッシュに頭を下げる騎士。どこか生真面目そうな所があるが、それでも穏やかそうな晩期の青年に見える。



「ウェンは元々、練金師でね。戦が起こって再召集された口だよ」

「練金師?」



 科学者のようなものだろうか。確かに鎧より白衣を着ている方が似合いそうな男だ。



「いやぁ昨日、軍曹の話を聞いたが面白いね。これは研究のしがいがあると言うものだ。

 中々に素晴らしい平気だよ。だがその分、操作する者を選ぶね。野戦砲の配備が遅れ気味で助かるくらいだ。

 野戦砲の配備が整うまでには座学の方を終わらせなければと焦るばかりさ」



 当のハミッシュは疲れたと言わんばかりに小さく肩をすくめる。

 それに苦笑するエンフィールド様が「さて」と手を打ち鳴らした。



「新生エンフィールド騎士団――エフタル義勇旅団第二連隊第一教導大隊もこれにていよいよ動き出す。諸君。我らに科せられた使命は重い。

 我らが編成された理由は春の決戦でアルツアル破滅の危機を防ぐにある。

 諸君等の双肩にはその重責がかかっていると言っても過言では無い。何か、意見があれば気軽に言ってくれ。金はアルツアル持ちだからな」



 ニヤリとエンフィールド様の口元が上がる。

 なんとも良い冗談に緊張が膨らんでいた場が丸く和む。



「では、良いですか?」

「どうしたロートス中尉」

「銃兵の弱点を補う武器が必要です」



 銃兵の弱点――それは近接戦闘だ。

 サヴィオンとの共闘で露呈した接近戦での銃兵の無力さ。これをなんとかしなければならない。

 その話をすれば頷かれこそすれど長槍(パイク)中隊を率いる大尉が顔をしかめた。確か、ディルムッド・エンフィールド大尉と言ったか? これまたエンフィールド騎士団の生残りにしてエンフィールド様の親族の一人としては己の仕事が俺のような新参エルフに盗られるのが面白くないのかもしれない。

 それを代弁するようにエンフィールド様が顎に手を当てながら疑問を口にした。



長槍(パイク)兵がいるのにわざわざ近接武器が必要なのか?」

「逆に言えば銃兵が長槍(パイク)兵の仕事を兼務出来れば長槍(パイク)兵は不要になりますよね?

 でしたら銃兵の数を増やす事ができますし、その上で長槍(パイク)兵の真似事も行えます」

「面白い発想だな。それでは銃兵が長槍(パイク)も持つって言うのか?」



 火縄銃(アルケビュース)に比べて軽量化が進んでいる燧発銃(ゲベール)だが、それでも他の武器を持つ余裕は無い。

 かと言って携帯に差し支えない小さな武器では近接戦闘になったさいに心許ない。



「いえ、そうでは無く燧発銃(ゲベール)の先端に刃物を取り付けるんです。そうすれば銃を槍としても扱えます」



 いわゆる銃剣だ。

 もっとも形状とかなんにも考えていないのでそこは専門家であるドワーフに丸投げしようと思っている。



「銃兵二個中隊か……。まぁ金はあるからな。たんまりと」

「では――」

「まずはロートス中尉の中隊で実験すると良い。さっきも言ったが金はある」



 こんな些細な案も即座に受け入れられる柔軟な職場と見るべきか、それとも手当たり次第に新兵器を欲する余裕無き職場と見るべきか……。

 もっとも金は潤沢にあるらしいし、この際に色々と注文を付けて予算枠を増やしてしまおうかな。



「もっとも値段にもよるぞ。試作を作って経費を割り出してくれ。もっとも遠慮はするなよ。上は君の銃や大砲に期待しているが、それ以上にサヴィオンの魔法も気にかけている」

「サヴィオンの?」



 そう言えばイザベラ様が第二帝姫であるアイネから魔法陣を鹵獲していた。

 その研究も進んでいるのだろうか。いや、絶対に進んでいるよな。

 一人であれだけの戦力になるのだから研究しない手もない。



「さすが殿下と言うべきかな。なぁロートス中尉」

「はい、その節は……」



 まだ根に持っているらしいエンフィールド様の言葉に冷や汗がでる。



「そうだ、思い出した。魔法についてだが、サヴィオン軍の魔法陣の中に火の術式が書き込まれた物もあったようだ」



 するとウェリントン大尉がどこからともなく一枚の書類を引き出す。

 それがテーブルに広げられると円形の文様の中に複雑な術式があれこれと書き込まれていた。本職ならこれだけでどのような意味か分かるのだろうか。俺には落書きにしか見えない。



「これは原本の模写です。歪みが多いので性能はだいぶ落ちますが、それでもここまで美しい魔法式(ことば)は見たことがありません」



 ウェリントン大尉が何を言っているのかさっぱりだったが、それでも凄い物だと言うことは分かった。



「ロートス中尉。これを銃に使えないか? 確か、火薬に火を付ける必要があるのだろう?」

「はぁ……。ですが魔法式(ことば)を組み立てねば魔法陣があっても意味はないのでしょう。でしたら喋ると照準がぶれて当たる物も当たりませんよ」



 射撃に必要なのは動かない事だ。射撃競技なら心臓すら止めたくなるほど動く事は御法度である。そこまでの精度は求めないでも喋りながら銃を撃っても命中はなぁ……。



「そうか。だが現在、砲兵ではこれを用いた砲撃を研究しているのだな?」

「えぇそうです大隊長殿。我ら第三中隊は確かに火縄を用いた発火を利用していますが、これが使えれば火縄を使わなくてすみますし、より簡易に着火できるはずです。理論的には銃兵も使えるはずですが」



 理論ってなぁ。それで戦争が出来るとは思えないが。

 いや、待てよ。研究用として予算を取っておくと言うのも良いかもしれない。思わぬ予算増額の糸口だ。かみさまありがとう!



 ◇

 アルヌデン郊外の村。アイネ・デル・サヴィオンより。



 雪積もる寒村の中央。

 背後に控えるクラウスが物言いたげに余の背中を見てきているのを感じる。



「殿下、このような事が第一帝子殿下に伝われば……」

「謹慎は受けたがこの村より出るなと言われただけだ。別に問題は無い」



 手を擦り合わせながら「始めろ」とダボダボのコートに身を包んだ練金師に命じる。

 細面の青白い顔をした男はメガネの位置を調整した後に眼前のテーブルに試験管に入った黒い粉を振りまく。

 そして短く【炎よ(イグニス)】と唱えるや、火花が生まれ、それが黒い粉と接触するや、盛大な炎を吹き上げさせた。



「おぉ!」

「殿下、あまりお顔を近づけては危険です」



 あのエルフが所持していた油紙の中身である黒粉は何度かの実験によって炎をよく燃えさせる薬である事が分かった。



「何度も聞くが、火をつける以外に魔法は使っておらぬのだな?」

「えぇ。魔法は使用しておりません。ですが、これがエフタルの魔法の原因でしょう。恐らく、燃焼した際に空気が膨れ上がり、その圧力でこの(つぶて)を高速で射出していると見るべきです」

「防ぐ手はあるか?」

「殿下は放たれたクロスボウの弓を魔法で阻止できますか?」



 練金師の言葉にクラウスが「不敬であるぞ」と小言を言うが、それを手で制する。

 この手の研究者に王の権威が及びにくいと聞いていたし、余としてはそのような事に頓着するよりこの者の話をより深く聞きたかった。



「なるほどな。で、それは複製できそうか?」

「現在、研究中です。ですがクラウス殿のおかげで材料自体は分かっておりますのでこれと同じ現象が起こる配合率を見極めている所です」



 謹慎となった余に変わってクラウスにはあのエルフ共がアルヌデンで買い求めた品々について調査させていた。

 その中から食料や雑貨などを抜いて奴らが入手していたのが硝石と硫黄、そして木炭だった。

 それらを混ぜるだけで騎士をも殺す武器を作り上げられるとは思えなかったが、それでもあの威力を余は目の当たりにしている。

 故にどうしても欲しかった。



「春の決戦までには余に黒粉を献上しろ」

「善処致しましょう」



 帝族の命令でも素っ気なく返す練金師の言葉に思わず笑みがこぼれる。このようなまっすぐな者は好感がもてるからな。

 そう言えばあのエルフ。あれもまた真っ直ぐな殺意を持っていた。



「早く謹慎が解けぬものかな」

「それは兄君の御心次第でしょう」



 それもそうなのだがな……。



「クラウスは引き続き黒粉について各所を当たってくれ」

「御意に。ですが、中々難しいですな。そのエルフの部隊が世話になったと言う工房を当たりましたが、どうもノーム共の工房だったようで」

「もぬけの殻と言うわけか」



 サヴィオン軍進駐の報を聞いた亜人共の流出は今でこそ落ち着いているが、それでも一時は都市機能に影響が出るほどの人口がアルヌデンを去ってしまっていた。

 その上、アルヌデン城の炎上騒ぎや大工房の破壊とあってアルツアルの重要書類等を含めた情報が失われてしまっている。

 故に黒粉の材料を調べるのもまた一苦労した。



「まったく。手を焼かせおって」

「それほどの手練れと言う事でしょう。もっとも殿下のお命があって何よりです」

「だが失態もした。奴らの前で魔法式(ことば)を唱えてしまった」



 その上、魔法陣が数枚無くなっていた。それで得たのが敵の使う黒粉だけと言うのでは割に合わない。

 故に義兄上は余にもっと厳罰を下すものと思っていたのだが……。



「何故だ。魔法技術の流出など重罪のはずだ。それなのに謹慎だけとは」

「それほど殿下の事を買っておられるのでは?」

「そんなはず無かろう」

「では兄君殿下は魔法よりも黒粉に重要な関心を持たれている、とか?」

「まさか……」



 だが、どう考えても説明がつかない。

 一体どうして義兄上は余に厳罰を下さないのか……。考えても詮無いと分かっていても思わず考えてしまう。



「では早々に黒粉の事を調べあげよ」

「承りました」



 喉にひっかかる物を覚えつつ、練金師に背を向けた。



ちょっと早目に投稿です。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。


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