謹慎と銃器製造とエルフ街
水都レオルアンと言われるだけあってこの街は幾本もの大河が流れている。
その源流となるヌセ大河と呼ばれる要塞都ジュシカ、王都アルトとアルツアル北部の主要都市を流れる大河から三本の支流に分岐する地に築かれたこの大都市はまさに商業の都市として繁栄を謳歌していると言えた。
その一角。商業ギルドから借り上げた倉庫街がエフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵中隊の宿営地となっていた。
そもそもいくらエフタルに比べ温かいアルツアルと言っても限度と言う物がある。テントのような簡易な住まいでは乗り越えられない気温の壁を乗り越えるためにガッシリと作られた倉庫が今冬の家となっていた。
「ロートス様、ラギア曹長です。失礼してもよろしいでしょうか」
「入れ」
その倉庫街の外れにある宿屋の一室。六畳間ほどの一室が中隊本部となっていた。
元来その宿は倉庫を利用する商人やそれを運搬する船頭が利用するための簡易な安宿であり、前世であれば地方のビジネスホテルのような、もしくは民宿のようなそんな小さくも温かみのある所だった。
そこに軟禁され早一週間。もう年も明けてしまった。
「うわ」
「うわってなんだよ、ラギア曹長」
「いや、その……。エルフの顔色はよくわからないのですが、体調がよろしくないような。大丈夫ですか?」
「そろそろ死にそうだ。外に出たい……」
部屋の中央にドンと置かれた長テーブルにつっぷし、ため息を吐く。
てか代わり映えのない空間に閉じこめられていると言うストレスがハンパない。普段が野外に出てばかりの生活だったから特にこたえる。もうやだ仕事したい。
「ですが謹慎で済んで良かったじゃありませんか。アレだけの事をしたのですから普通は死罪だったはずですよ」
「……恩赦を出してくれたイザベラ様への忠誠の念を新たにしたさ」
そもそもの話で何故、謹慎中なのかと言えば先の撤退支援のための攻勢に原因がある。
エンフィールド様から攻勢に出る事を禁じられていたのを攻勢に出るし、殿下を探していた近衛連隊の検問に結果的ではあるが虚偽の報告をして突破するはサヴィオン軍と共同作戦を取るはで罪状に枚挙が無い状態だ。
だから俺達は――特に指揮官はその罪について追及があり、裁判まで開かれてしまい、そこで有罪判決を受けてしまった。もっともラギアの言う通り普段なら死罪も良い所だったのだろうが、恩赦が出されて減刑され、こうして宿屋で謹慎させられているわけだが……。
「せめてミューロンやハミッシュが居ればなぁ」
「副官殿が中隊をまとめねば現状、誰が中隊をまとめると言うのです」
謹慎処分で役立たずの俺の代わりに次席指揮官であるミューロンが中隊の一切を取り仕切ってくれているのだが、彼女も慣れない指揮官役に日々くたくたに疲れてしまって一連の報告が終わると糸が切れたように寝てしまう日々が続いていた。
そのせいで個人的にイチャイチャ出来ない事が余計にストレスになるし、俺のせいで苦労をかける彼女に何もしてやれない事もストレスになるはで良いことがまったく無い。
「副官殿の事を心配なさるのは良いです、ハミッシュ軍曹の事も気にかけてくださいね」
「もちろんハミッシュだって――」
「言っておきますが私的な事ではなく軍務――とりわけ銃の製造についてです」
どうもそちらの方が本題なのだろう。
今、ハミッシュにはレオルアンで銃の製造を請け負ってくれる工房を探してもらっていた。と、言うことは……。
「工房が見つかったか?」
「えぇ。これを」
そう言ってラギアが差し出してきた封書にはレオルアン公爵家の封蝋が押されていた。
その封書からラギアに視線を向けると彼は「どうもだいぶ上の方が動いているようです」とだけ言った。
「上? 上って、エンフィールド様が?」
「いえ、もっと上です。公爵閣下が一噛みしているのは間違いないでしょう」
「レオルアン公爵が? 俺、面識無いぞ」
俺に差し出された封書を出来るだけ丁寧に破る。
そこには工房の使用料金や期間、銃の購入についてなどが事細かに書かれていた。いや、銃だけじゃない。大砲の売買まで書かれている。それも即刻商談をまとめたくなるような好条件で。
「まじかよ。レオルアン様は聡明な方なのか? それとも珍しい物好きなのか……」
春までに百丁の銃を買い付けたいと書かれたその文面に思わず疑問が浮かぶ。
そもそも銃や大砲の価値がどれほど定着しているとは言えないはずなのに金を出すとは博打すぎないか?
てか、新兵器の採用とはもう少し慎重に行われてしかるべきだ。特にトライアルもしていないのに多数購入とはどういう腹積もりなのだ?
「ですから上が動いていると言っているじゃないですか」
「……イザベラ様か」
公爵閣下を動かせる人なんてこの地に居るとすれば二人だけ。
それはでっぷりと肉を張り付けたエフタル大公様。だがこの人がわざわざ手を貸してくれるとは思えない。
それじゃ、残るはアルツアル王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル様しかいらっしゃらない。
確かに廃砦の戦闘では殿下の眼前で銃を使っていたし、何か、働きかけがあっても不思議では無い、か。
だが――。
「イザベラ様の勧めでレオルアン様は銃の購入に踏み切ったと? どうして? こんなに早く手筈が整うんだ? 長弓の方が射程は長いし、連射速度ならクロスボウの方が早いだろ。どうして銃なんだ?」
「あぁ、街に出られないから分からないのですね。話が少し変わりますが……。その、兵の前では大きな声で言えないのですが、街には敗戦の機運が漂っています」
どうもエフタルでの敗退、そしてアルヌデンの失陥により耳の早い商人達は商いを縮小しているのだと言う。それを受けて市井の人々も薄々ではあるが破滅を感じ取っているのだとか。
「金のある亜人商人は店をたたんでガリアンルードに向けて旅立っているとか」
「……そんなに状況は悪いのか?」
「むしろ良いとお思いで? 話を戻しますが、春の決戦に王国の興廃が懸かっていると言っても過言ではありません。ですから打てる手は全て打つつもりのようです」
その一つが銃なのか。
てか、銃のような得体の知れない武器に頼らざるを得ないほど王国の軍事事情は逼迫していると言うことでもある。
確かに資金のあるバックボーンが出来るのはありがたいが、その理由が理由だけに暗澹たる気持ちが這い上がる。
だが、そんな内心を無視するようにノックの音が響いた。
「入るぞ、ロートス中尉」
「エンフィールド様!」
ラギアと共々敬礼をすると美男子騎士が答礼を返し、ため息混じりに手近なイスを引き寄せる。
「少しは頭が冷えたか?」
「ハッ。その節はご迷惑をおかけして――」
「もっとも命令違反として告訴した側からすると複雑な気持ちだがな」
さすがに上官としても許せなかったと言うわけか。
もう自重しよう。
「さて、休暇も終わりだ。軍務に復帰するように。これが新しい辞令になる」
「ありがとうございます」
「辞令にも書かれているが、キャンベラ連隊長と協議した結果、君の部隊を再編することになった」
「再編、でありますか?」
ラギアに視線を向けるも、さすがに耳の早いゴブリンでも寝耳に水だったか、ポカンとしていた。
再編? どういう事だ?
「ロートス中尉には増強中隊を率いてもらう」
「増強? お言葉ですが、既存の部隊も十分増強中隊でしたが……」
野戦猟兵中隊の定数は四個小隊と三個分隊から成っていた。
だが普通の歩兵中隊なら基本は四個小隊、多くてもそれに一個分隊つく程度だ。
そもそも三個分隊で一個小隊に編成できるのだから実質的に俺の中隊は五個小隊編成と普段よりも大所帯だったはずなのだが……。
「正確には君に純粋な銃兵中隊隊を率いてもらいたい」
「銃兵? 長槍兵と砲兵は?」
「それは大隊長である私が指揮する」
今まで銃兵も長槍兵も砲兵も指揮していたが、それを大隊規模まで拡充して運用しようと言う構想らしい。
つまり中隊で複数の兵科を扱うのでは無く、戦力を大隊規模にまで拡充して各兵科を集中運用しようと言う事だ。
確かに戦力レベルで見れば大隊単位で部隊を動かしたいと言うのもあるし、中隊でまとまった戦力を持っていた法が指揮をやりやすい。
「そのため私の大隊は教導大隊に再編、君にはその第一中隊を指揮してもらう」
「第一?」
第一って確かエンフィールド騎士団を基幹にした部隊じゃ無かっただろうか。
それもアルヌデン会戦で壊滅した。そんな部隊に俺のような田舎エルフや市井の民からの志願兵で構成された部隊を入れて良いのだろうか。
「そういぶかしむな。なに、いつまでも立ち止まるわけには行かないからな」
「何か、あったのですか?」
「……この間、アルヌデン閣下を酒場でお見かけしてな。一気に老け込んでいたように思えた」
アルヌデンの撤退後、エンフィールド様が救出したアルヌデン様は魂が抜けたかのような状態だった。
その後の事は選抜猟兵として活動していたために詳しくは聞き及んでいなかったのだが……。
「立ち止まっていてはいけないと思ったのさ。早くエンフィールドの街を取り戻す事こそ父上の供養になるのなら、つまらない意地を捨てようとな」
「そうでしたか……」
前を向いて、か。
その言葉を俺に言ってくれたアルヌデン婦人の横顔を思い出す。それでもやはり俺は失われたものを、奪われたものを取り戻したいと願ってしまうあたり、救いはないのかもしれない。
「分かりました。ロートス中尉、謹んで新生中隊の指揮を執らさせていただきます」
「頼むぞ。では君は直ちに中隊の再編に取りかかるように。定数は百二十名。四個小隊編成。詳しくは辞令に書かれているから後ほど確認するように。
あぁそうだ、忘れていた。編成完結後、君は大尉に昇進だ。喜べ」
「ありがとうございます」
「命令違反をして昇進した者にかける言葉では無いが、一応言っておこう。おめでとう」
心中複雑と言わんばかりのエンフィールド様には申し訳ないが、確かにあれだけの事をして昇進してしまうとは思わなかった。
まさかこれもイザベラ様からの陰謀があったりするのだろうか。だが、そんな事を下々が考えても仕方ない。
「ちなみに大隊はどのような編成になるので?」
「銃兵一個中隊に長槍兵中隊一個、砲兵一個中隊、そして騎兵中隊編成になる。これと別に輜重小隊や大隊本部直轄小隊も置かれる予定だ」
「騎兵も入るんですか」
「路頭に迷っていたケンタウロスを招いてな。その伝手で集めてもらった」
「路頭に?」
「タルギタオス中尉だ。君が謹慎させられたのに対して彼は予備役編入だったからな。それを拾った」
イザベラ様が橇に乗り込む事を黙認した罪と言うわけか。もしくは危険にさらした罪か。
それで彼は予備役――いわゆる懲戒解雇――に入れられていたのか。明日は我が身と言うが、謹慎だけですんで良かったと言うべきだろう……。
「ラギアも後ほど辞令を与えるが、臨時少尉に任官して輜重小隊を率いる事になるぞ」
「はい、心得ました。我が主」
元々、エンフィールド様の家臣であったラギアが恭しく頭を下げる。
さて早々に編成作業に入らなくてはな。
「エンフィールド様。部隊はレオルアンで募っても?」
「ここ以外でどこにある。方法は任せる。少しなら定員を越えても構わん。それとキャンベラ様は民衆を徴兵した部隊をお望みのようだ。
どうも民が戦を遂行できるかの実証実験をしたいらしい。だから傭兵は避ける様に」
「分かりました」
さて、どうしたものか……。
◇
中隊長に復帰した事に一番安堵を浮かべたのはミューロンだった。
表通りに所狭しと立ち並んだ市から客引きの声や怒声が聞こえる裏通りを歩きながらふと、忙しい所だなと感慨を抱いた。
「ねぇ聞いているの?」
賑やかな声を背景にミューロンが白磁のような頬を膨らませ、ジトッとした碧の瞳を向けてくる。怒れる顔もまた小動物のようで可愛らしい。
「聞いているよ。俺がどれだけ迷惑をかけたのか」
「本当? 実は話半分しか聞いていないでしょ。分かるんだよ」
さすがに幼なじみはお見通しと言うことか。だが、それ以上、彼女は文句をつけなかった。
きっと俺の目の下に出来た濃いくまのせいだろう。
「消灯ラッパが響いてもハミッシュと話していたよね?」
「聞こえてたのか?」
「巡検の時にちょっと」
昨日、久々に中隊本部に現れたハミッシュに夜遅くまで叱られてしまった。
自分を残して危険な場所にもう二度と飛び込んではならぬ! と誓約書まで書いてやっと許してもらえた所だ。やはり心配をかけすぎてしまった……。心配をかけたくないと思いつつそれを実行できない自分が不甲斐なくて仕方ない。
そう言えば消灯ラッパが鳴ったら問答無用でベッドに入らねばならないのだが、あいつ、点呼はどうやってくぐり抜けたんだろう? もうあの日の苦い味を流し去る様にいらぬ事に想いを馳せつつ、あの日の話題をふる。
「なんにせよミューロンが巡検で良かった」
「良かったじゃなくて助かったでしょ。軍規違反だよ」
「まったくもってその通り」
相変わらずトゲトゲする彼女。今度、何か買ってあげるか、ご飯をごちそうしよう。
そう思いながらいくつも枝分かれした道を行く。薄暗く、湿り気と生臭さの漂うそこ。なんとも言えない心細さを覚えながらしばし黙って歩いているとミューロンが「こっちで良いの?」と同じく不安を滲ませながら言った。
意地を張るのをやめてくれたのかな。
「役所が言うにはな。言われた裏道を真っ直ぐ行けば着くって言っていたし」
あそこにはあまり行かない方が良いと行政官の言葉を思い出しつつ裏道を行く。もっとも裏道と言うより無計画に建てた家と家の隙間と言うべきか。
そんな所を行くと突然、空間が開けた。
掘っ建て小屋のような簡素な家が軒を連ねるそこの中心には場違いにも大きな一本の杉が植えられている。
そしてその周囲から訝しげに侵入者を警戒する住人達。誰もが誉められた身なりでは無いし、そして耳が鋭く尖っていた。
「ここがエルフ街なの?」
「そうらしい」
そしてここが新しい徴募を求めるエルフが暮らす街だった。
銃を作る工房探して民衆を徴兵して戦闘するがパターン化されそうで私の想像力の欠如具合がさらけ出されてしまっていると言う……。
引き出しを増やさなくては。
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