共闘の後
圧倒的火力。
廃砦が劫火に包まれ、威勢の良かった盗賊も今や命乞いに懸命だ。
そんな中、横たわるモーネイ伍長の脇に俺とミューロンは居た。
「……中尉」
「なんだ?」
仰向けとなり、力なく腹を両手で覆う彼女の瞳に生気はすでに無い。
「なんだか、痛みが引いてきました」
「それは良かった」
「……もう、ダメなんですね」
そのまま彼女が何か呟く。
普段、寡黙な彼女が必死に何かを口にしている。
「なんだ。もう一度言ってくれ」
尖った耳を彼女の口元に近づける。
心の中で「聞くな。聞いたら後悔する」と張り裂けんばかりに叫ばれても俺はそうせざるを得なかった。
「うちに、帰りたい。うちに――」
思わず顔を上げる。するとボロボロと涙をこぼす光無き瞳と目が合った。合ってしまった。
そして彼女の手が宙をさまよい、俺の髪を掴む。それは死に行く者とは思えぬほど、力強かった。
「お父さん……」
ブチリと言う音と髪が抜け、彼女の手が地面を打つ。
ふと、隣に座るミューロンを見れば彼女は静かに泣いていた。そしてすでに物言わぬ躯とかしたスティーブンを見れば、苦悶の色を浮かべたその顔がそこにあった。
そんな二人を眺め、ため息を付く。
俺は何をやっているんだ。
後悔と共に吐き気が襲ってくる。だがそれをなんとか飲み下して二人のポーチからカートリッジを抜き取る。もう彼らには必要の無い物だ。
「ロートス、帝国の奴が」
ミューロンの言葉に振り返れば先ほど人間火炎放射器と貸していたアイネが身の丈ほどもある杖を手にこちらを見ていた。
その身には彼女を象徴するような深紅のマントが無かった。
どこにやったのだろう――。
そう疑問を浮かべたが、それはすぐに答えを知った。彼女の背後にある遺体にかけられているのだ。
彼女を庇って死んだあの騎士を慈しむように深紅のマントが――。
「なんでしょうか」
「別れが済んだのなら残敵の掃討と行こう」
「……分かりました」
いつも以上に気が重い。
脳内麻薬が切れたせいでどこか捨て鉢になっているような、あの凄惨な宴の時に思った『どうにでもなれ』とは違う意味のどうにでもなれ状態のまま銃を手に取る。
そして城壁の一角に集められた盗賊が五人。あの劫火を運良く生き延びた連中だ。
他の連中は香ばしく焼きあがったか、逃亡したか。まぁ追うような余裕は無いけど。
さて、ではここにいる連中の処遇はどうするか。
本来なら領地を管理する騎士団に引き渡して裁判を受けさせるべきだが、この地の治安を守るべきアルヌデン騎士団はすでにレオルアンに向けた退却の途にあるだろうし、引き渡すのならサヴィオンの騎士団になるだろう。
だがあいつ等に引き渡すとなれば今度は俺達の処遇がどうなるか分からないし――。
「なんか考えるのが面倒だな。いっそのこと殺そう」
それに移送方法を考えるのもだるいし、今、すげー疲れている。
泥のように静かに眠りたいほどに。
「その意見については余も同意だ。知らずとは言え帝族に手を出したのだから死罪は免れぬ」
「じゃ、そういう事で」
アイネの確認を取り、ノロノロと銃を装填。撃鉄を押し上げた所で盗賊から悲鳴があがる。
「た、助けて――!」
ズドン。
盗賊が一人、鞠のように投げ出される。
そして次にミューロンが俺の隣に立つと無言で引き金を絞る。
「命だけはあああ!」
ズドン。
これで二人。
刃物を使うと言う手もあったが、どうも面倒だ。
そう思いながらポーチからカートリッジを取り出し――。その時、銃殺を見守っていたアイネの体がフラリと揺れた。
「うわぁ」
そんな情けない声と共にアイネが倒れてきた。反射的に彼女を支えてやると、「悪い」と即座に身を起こす。
なんと言うか、鎧を付けていても軽い体なのだな。
「魔力を使いすぎた。少し休む」
「また勝手な。残りはどうするんで?」
「そちらに任す」
ヒラヒラと手をふり、未だ煙を上げる司令部に向かう赤い姫。もう殺意を覚えるほどの気力もない。
そんな彼女と入れ違いにやってきたイザベラ殿下が俺達のしている事を見て無言でうなずく。
こちらの姫様の許可もよし、か。
「よしミューロン。手早くやろう。そしたら休息だ」
「うん、そうだね」
ミューロンがゆっくりと笑う。その時、彼女の右頬が赤く腫れている事に気が付いた。そう言えば俺も頬がジンジンとした熱を持っている。
どうやら射撃のしすぎのようだ。発砲の衝撃で頬を打つから頬付けしていた右頬が鈍い痛みを放っている。
そう言えばたき火が無くても周囲の色を認識出来る。東の空を見ればうっすらと陽光が山間から頭を出す所だった。
迎える事の無い朝を迎えてしまった事を不思議に思いつつ、重くのしかかる疲労感と頬の痛みに眠気を覚える。
「とっとやるか」
そしてまた新しいカートリッジをポーチから取り出す。
◇
王国の姫。エフタルの義勇兵。帝国の姫。東方に住まう騎士。
その異色な面々が戦中に食卓を囲むと誰が予想したろうか。
砦の中で比較的綺麗な場所を選び、そこで車座になって乾飯を口に放り込む作業をしていると本当に戦争中なのかと疑問を覚えてしまう。
「で、この後はどうするんで?」
そう声をかけると二人の姫が互いに視線を交差させる。
「予としてはこのまま殺し合いと言うのは避けたいと思っておる」
「余は別にこのまま戦の続きをしても構わぬぞ。数はこちらが多いしな」
とは言え、二人の帝国騎士は互いに顔を見合い、辟易したような表情をしている。
「アイネ。ボクとしてはそれは避けたいと思います」
「――あい、わかった。休戦を続けよう。今日一日、追撃はせん。それで良いか?」
向こうからすればイザベラ殿下を捕虜に出来るチャンスだろうに。それなのに一日の時間をくれると言うのか?
昨夜の戦闘で情が湧いた――と言うわけでもあるまい。
「ミーシャ。それで余の馬は?」
「魔法に驚いて逃げたか、盗賊が持ち去ったのか」
「……余に徒歩で帰れと?」
どうも帰る手段が無いようだ。ここからアルヌデンまで徒歩で歩けばそれ相応の時間もかかるし、戦闘の疲労もある。
まぁどちらにしろ一日の時間は有に稼げるか。
「では食事を終えたら発ちましょう。いつまでも侵略者と共に居たくないので」
「フン。余も亜人と同じ空気を吸いたくない。さっさと行け」
さて、あとは帰るだけだが……。
食料保たないぞ。俺達の乗ってきた橇が無事ならまだなんとかなるが、あれが略奪されていたらこの鉄の味が染み込んだ乾飯くらいしか食うものが無いし、それにしたって切り詰めて二日と保つかどうかの量しかない。
「ん? なんか聞こえる」
耳を澄ますとどこからか、馬脚の音が響いてきていた。
「助かった――。いや、サヴィオン兵の可能性もあるのか……」
そうなればさっさと退散しなければ。てか、その状態で先ほどの休戦案件が息をするのだろうか。
えぇい。なるようになれ。
そう思っていると馬脚の音に喊声が混じりだした。
この場にいる者達が顔を見合わせて立ち上がり、砦の外にでると遠方五百メートル以上先でなにやら戦が起きているようだった。
「行こう」
イザベラ殿下の言葉に装備を簡単にとりまとめ、小走りにそちらに向かう。
そこに広がっていたのは青と赤の軍旗乱れる戦場だった。
青の方――ケンタウロス主体のエフタル義勇旅団第一連隊第三大隊第一中隊を主とした部隊が複合弓を引きながら巧みな機動戦をしかけている。
赤の方――羽飾りを付けた重騎士が身の丈の倍以上もある長槍のような物を構えて突撃の姿勢をみせていた。
その様子を見、アイネを見ると俺の視線に気づいた彼女が無言でうなずく。今度はイザベラ様。彼女もまたすぐにうなずいてくれた。
その許可を受け、俺は宙に向けて一発の銃声を響かせる。
耳を貫く轟音が戦場に響き、そこに居る人々が俺達に注目すると共に助々に戦端が閉じられていく。
「皆、剣を納めよ!」
イザベラ様、アイネ共々がそう宣言すると剣戟に変わって「なぜ」と言う疑問が噴出してくる。それが最骨頂になると同時に二騎が近づいてきた。
一人はケンタウロス騎兵の長であるタルギタオス。もう一人は帝国の初老の騎士だった。
「タルギタオス中尉。出迎えご苦労」
「殿下! よくぞご無事で!!」
安堵のため息をつくケンタウロスにイザベラ様が「苦労をかけた」とねぎらっている裏でアイネが「遅いぞ」と初老の騎士に文句をつけた。
「もちと早く来ぬか」
「その節はまことに申し訳ございませぬが、殿下につきましては接敵した次第に即、撤退するよう御忠告申し上げたはずですが?」
「ぐむ」
すぐに押し黙る赤い姫に老騎士がとくとくと説教を続ける。
なんだこの場は……。
「く、クラウス。その話は宿営地に戻ってからだ。それより王国の姫よ」
改まった物言いにイザベラ様が静かに向き直る。
「では先ほどの約定通り、アイネ・デル・サヴィオンの名において限定休戦を約するものである」
「ご厚意感謝する。イザベラ・エタ・アルツアルもその約定を尊守する事を宣言する」
その言葉に老騎士がまた慌てたように「殿下!?」と声をあらげるもアイネはそれを無視して俺に向き直る。
「貴様の顔と名、覚えたぞ。ロートス。余は必ずそちを殺す。部下の仇を討つためにも」
「俺も貴女の事は忘れない。絶対に殺してやる」
く、フハハ。
狂喜が二人の口元を三日月のように鋭い弧を刻む。
たとえ互いに背中を預け合った者としても、俺は必ずこいつを殺してやる。そして彼女もそうなのだろう。
家臣に己のマントをかけてやるほどその死を慈しんでやれるお方なのだ。絶対に俺の事を許すまい。
計らずとも、互いに想いは同じ、か。気持ち悪い。唾棄すべき事だ。
「では戦場で」
「そうだな。戦場で」
だからこそ、最上の敬意をもって殺してやる。故に背筋を延ばし、見本のような敬礼を送る。
そして彼女も俺に答礼を返してくれた。
「ではクラウス。行くぞ」
「で、殿下!?」
どうも気苦労の耐えない従者が徒歩で歩き出したアイネを背中を追っていく。
それを見守っていたタルギタオスが「良いんで?」と小さく訪ねた。
「あぁ。良い。皆、心配をかけた。帰ろう」
そして撤退が始まった。
最初こそ互いの背中を気にする青と赤の軍旗だったが、いつしか互いの背中が見えなくなると戦闘から行軍に重きを起き出した。
「あぁ。橇が無事でよかった」
「でも何も残っていないよ」
盗賊が持ち去ったのか、食料も火薬も根こそぎ無くなっていたが、橇自体は残っていた。
だから帰りはタルギタオス中尉の中隊に護衛されながらゆったりと帰還の途にありつけた。
「なんの成果も上げられなかったな……」
やれた事は盗賊を少々殺しただけ。てか、殺すはずだったサヴィオン騎士と共闘するなんて……。
戦果に対して損害が多すぎる。
「そうとも言えぬ」
すると橇に同乗していたイザベラ殿下が懐に手を入れ、ゴソゴソと複数枚の用紙を取り出して俺に手渡してくれた。
「これは……」
暖かい。人肌の温もり。それでいて色っぽく湿っている……。そうか、イザベラ様の豊満な胸元に隠されていたのだからな。
つまりイザベラ様の香りも十分染み込んで――。
「これ魔法陣じゃ」
「帝国の使っている術式だ。アイネ殿下が魔法陣を取りこぼした時、何枚か拝借した。それと、これだ」
今度はブーツの隙間から何やら短い杖を取り出す。まさか――。
「それって帝国の魔具ですか?」
「あぁ。飯の前に、奴らの警戒が緩んだのを見て馬から抜き取った」
「馬は盗賊に取られたんじゃ?」
「盗賊が開けた穴から逃がした。そうすれば追っ手もかからぬと思ってな」
この姫様……。中々やるな。
ポンコツだと思っていたが、やはりそれは隠れ蓑の一つらしいと改めて感じた。
◇
アルヌデンに向かう道中。アイネ・デル・サヴィオンより。
「――殿下、聞いていますか?」
「分かった、分かったとて爺」
久しぶりにクラウスの背に抱きつきながらの乗馬だ。
確か、五つになる頃までよくこうして遠乗りに出てくれたものだったな。
だが、その背中はこれほど小さかったろうか。
「すまぬ。軽率だった」
「……はぁ。まったくですな。いくら帝位に興味がないとは言え、少しでも帝族としての自覚を持ちなされ」
「うむ……」
すると驚いたようにクラウスが振り向いた。
「帝族の話をするとすぐにフンと鼻をならさいますのに。どうされたので?」
「いや、なんでもない」
帝族、か。
それまで余を縛る枷でしかないと思ってきたし、帝族であるが故に無益な事を成さねばならぬのだと絶望していた。
だが、あの姫はそれでも王と言う物を模索し続けていた。どのような者が最優の王であるかを探していた。
余も、そうしたい。
「クラウス。良き王とはなんだ?」
「また藪から棒に。殿下は帝にはなられないのでは?」
「それでも答えてくれ爺」
「……難しい問いです。姫様。爺にめには重くて答えられません」
クラウスでも答えを知らないのか。
いや、知っていたら世の中に暗愚な王は存在せぬか。なんとも難しい問いを王国の姫は求めているのだな。
「愚かな事だ」
だが、それでもこの胸のうちで焦がれる想いはなんなのだろう。
この焦燥は一体……。
その泡立つような想いから意識をそらすために籠手の裏に隠した包みを取り出す。
中指くらいの大きさ。油紙で包まれたそれ。
「かーとりじ。奴らはそう呼んでいたな」
あのエルフの体に倒れるそぶりをした時にスったそれをしげしげと眺める。
これがあのエルフ達の戦力の中核。これを研究すれば奴らの魔法に対抗できるやもしれない。
あぁ、待ち遠しいな、あの者等と戦刃を交える日が。
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