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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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歌よ響く

「敵――!?」



 暗闇の中から叫びが聞こえると同時にミューロンの軍服をつかんで引き倒すと共に銀色に輝く凶刃が空を裂く。



「うぁ!? な、なに!?」



 戸惑う彼女を押しのけて見張り台の縁にいた盗賊を蹴飛ばして闇の世界に落としてやる。

 それと同時に「敵襲!」と叫ぶ。

 くそ、予想があたっちまったぞ。銃は――。くそ、下だ。



「殿下、下へ」

「分かった」



 冷静を保っているイザベラ様が梯子に足をかける。それを見守りながらハミッシュが打ち直してくれた小刀を引き抜く。



「まったく、しつこいよ!」



 ミューロンが撃鉄を押し上げ、闇に紛れて近づいてくる影に狙いを定め、撃つ。

 目を焼くような銃火が迸り、耳を貫く轟音が闇夜に広がる。



「だめ! 当たらない!」

「当たる距離まで待て!!」



 手早く再装填を始めたミューロンを視界の隅に納めつつ周囲を警戒。何人かが柵をよじ登っていやがる。



「総員、白兵戦に備えろ!」



 と、言っている側から剣戟の音と銃声が響いてくる。

 くそ、もう進入されているのか――!



「ミューロンはここで狙撃支援を。危なくなったら見張り台を放棄して良い」

「うん! あ、このどさくさに紛れて――」

「撃つなよ。帝国兵は絶対撃つなよ」

「はいはい」



 生返事を返しつつ城壁をよじ登ろうとする兵士に向けて発砲。その盗賊が崩れ落ち、鈍い音を響かせる。

 それを見届け、梯子を見ればイザベラ殿下が地面に降りた所だった。



「殿下! 離れてください!」



 小刀を口に加え、急いで降りる。だが、気ばかりせいて体が思うように動かない。

 強ばりそうになる体を急かして地面に降り立つ。すると盗賊の一人と向き合うイザベラ様がおられた。



「殿下!」

「う、うむ」



 いつになく顔を冷たくした姫が袖の下から取り出したナイフを構え、敵と相対している。

 くっそ――!。



「喰らえ!!」



 盗賊の横合いから小刀を振り上げ接近するも、相手は即座に手にした剣をこちらに向ける。それもロングソード。両手で放たれる重い一撃を片手で使う小刀で受け止められるはずもなく、手首に激痛が走る。だが、その一撃はなんとか受け流す事が出来た。



「痛ってぇ! よくもやりやがったな! この野郎。殺してやる!!」



 頭に血が上ってきたせいか、手首の痛みが助々に引いていく。

 純粋な怒りと共に間合いをつめ、刺突を放つも敵はそれを簡単にいなす。



「このクソエルフが!!」



 泥にまみれたブーツが俺の腹を打つ。堅い靴底が柔らかい内臓を蹂躙する衝撃と共に体が後方にとばされる。



「ぐは」

「死ね!」



 ロングソードを大上段に振りかぶった盗賊の顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。

 だがそれと同時に「くらえ!」と言う声が響いた。

 顔を仰け反らせて見るとアイネが俺の銃を見よう見まねと言った体で構えていた。

 そして引き金が引かれる。



「………………」

「………………」

「……何も起こらぬぞ!?」

「――なんだ、驚かせやがって!」



 盗賊が気を取り直したように剣を振りかぶる。やばい。



「撃鉄を起こせ! それの右側についている突起を動かなくなるまで引っ張れ! 早く!」



 ワタワタとアイネが必死に銃を操作するもダメだ。間に合わん。

 盗賊がゆっくりと剣を振り下ろし始める。あぁ、くそ。ふざけるな。こんな所で死ぬなんて嫌だ。絶対に嫌だ。くそ、くそ!!

 と、その瞬間、盗賊の胸元から矢が生えた。その衝撃で男が背中から倒れ出すのがやけにゆっくりと見える。



「早く起きあがれ!」



 その声の主は朱髪の騎士だった。

 クロスボウを地面に押しつけて弦を引いている姿が見えるが、その背後から迫る敵も見える。



「後ろ!!」



 無駄だとどこか冷静な俺がそう忠告する。

 そして朱髪の騎士が振り向きざまに驚愕と諦観を浮かべると共に剣を振りかぶった敵兵の頭が破裂した。それと同時に銃声が鼓膜を打つ。

 ハッとその音源を見やれば見張り台のミューロンが白煙を漂わせる銃口を朱髪の騎士に向けながらベェっと舌を出した。

 まったくいつも可愛いな。チクショウ。



「おい、次が来るぞエルフ!」

「俺はロートスだ!」



 そう言いながら起き上がり、闇の中から現れた盗賊と向き合う。

 今度の手合いはショートソードを装備した軽装な敗残兵。

 片手で振るわれたその一撃を避け、今度こそ刺突をお見舞いすると小刀が滑らかにその肉に食い込んだ。



「うわ、なんだこれ」



 そんな反応をしつつ一気に引き抜くとなんの抵抗もなく小刀が肉から抜けた。

 これは若干病みつきになる感覚。



「く、フハハ! 良いぞ。実に。あぁ、まったくクソッタレなほど良い切れ味だ!」



 なんと愉快か。なんと爽快か。なんと痛快か。

 だが今度、現れたのは二メートルを越すほどの体躯を持つ大男だった。そしてその手に握られた大剣――俺の身の丈ほどありそうなバスターソード。

 いくらミスリルを混ぜた小刀を持っているとは言え、こんな輩と正面から戦いたくない。



「おい、侵略者! 銃を!」

「余はアイネだ!」



 ブンと銃が投げられる。それに若干の恐怖を覚えつつ、空中を舞ったそれをキャッチ。よく見れば半分だけしか撃鉄が起きていない。

 完全に撃鉄が起きてれば暴発したかもしれない行為に今になって冷や汗が出る。

 だが、そんな感情を置き去りに銃を構えて撃鉄を起こす。



「死ねぇ!!」



 大男が突っ込んでくる。プレートメイルに覆われた胸板に銃口を向け、撃つ。

 轟音と白煙。

 それと同時に金属と金属がぶつかる甲高い悲鳴が上がり、鮮血が吹き出す。



「ほぉ! それ、良いな。前から思っていたが、どのような原理なのだ?」

帝国の姫(あんた)に教える訳ないだろ!」



 と、そんな会話をしていても実際、余裕は無い。各所で戦っていたはずの猟兵や騎士も数に押されて徐々に後退を余儀なくされている。



「殿下は俺の傍に!」

「あい分かった。だが、策はあるのか?」



 その問いに答えるとするなら、『否だ』。

 兵力も無い。銃を持っているとは言え、どんなに頑張っても一分間に二、三発しか撃てない。こんな近接戦闘になるなら銃よりまだ山刀の方が役に立つ。



「状況は最悪の極みですな! く、フハハ!」



 もうどうにでもなれ。



「総員に達する! 銃から刃物に持ち替えろ! 選抜猟兵(スナイプイェーガー)の諸君。運が悪かったな! 我らに降伏の二文字は無い。あるのは栄光か死か。夜明けを見たければ歌え!

 『栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 神々よ、我らに勝利の栄光(グローリア)を授け給え!』」



 口に馴染んだ歌を口ずさめばどこからともなくそれに唱和が続く。

 気づいたら他の選抜猟兵(スナイプイェーガー)達は持ち場を放棄してこの一角に集まりだしていた。その手に握られたナイフや敵から奪った刀剣と雑多な装備を盗賊に向け、研ぎ澄まされた殺気を放っている。


 対して装備に恵まれるサヴィオン騎士達もこの一角に追い詰められだし、いよいよ劣勢が目に見えて来た。

 するとその指揮官たる赤髪の騎士が狂ったように高笑いする。



「なんたる逆境だ! 実に、実に素晴らしい! く、フハハ!!

 戦の中で倒れられる幸運を甘受出来るとは思わなんだ! 諸君。戦友諸君。天運見放されし戦友諸君!

 すまぬが地獄まで供をしてもらうぞ。そしてさらに運の悪い者を引き連れて地獄の悪魔共と合戦と洒落込もう。

『私が戦野に散ったと戦死の報が届いても。愛する人よ、泣かずに考えて欲しい。祖国の為にその血は流れたんだと!

 あぁその白き手でこの手を握っておくれ。さようなら安穏。さようなら平和。

さようなら、ごきげんよう。我ら進軍する。我ら進軍する。我ら敵を求めて進軍する』」



 『く、フハハ!! く、フハハッ!!』


 剣戟の合間を縫うように笑いが響く。狂乱の宴を楽しむように。

 たった十人に満たない手勢が狂ったように戦うのに盗賊達の士気が徐々に下がり出した。

 誰かが言った。



「こいつら……! 正気じゃないぞ……!!」



 当たり前だ。正気で戦争がやってられるか。こっちは元社畜でただの田舎エルフなんだぞ。

 それが三倍以上の戦力を前に追いつめられてるんだ。まともな思考を持っているならその前に降伏でもなんでもしている。

 なんとも頭の悪い連中だ!



「おい、誰が生き残っている!?」



 そう声をかけると真っ先にミューロンが返事をしてくれた。だが、それに続く声が無い。

 チラっと周囲を確認するとモーネイ伍長が鮮血がこぼれる腹を押さえながら膝をついている姿と、一回りほど年上のスティーブン軍曹が彼女を守らんと立ちはだかっているのが見えた。

 だが、次の瞬間んはスティーブンの胸に短槍が突き刺さった。



「軍曹!!」



 助けにいかなくてはと思いつつも目の前の敵のせいでそれも叶わない。

 いよいよダメかもしれん。

 あー。こんな事ならミューロンともっとイチャイチャしておくんだった。もうエルフの掟とか伝統とか無視しておくべきだった。



「殿下、申し訳ありませんが、もはやここまでのようです」



 敵と距離をとりながらそう呟くと「そうか」といつもの簡素な言葉が返ってくる。

 そして俺の隣に立つ人影があった。



「殿下!? 何をなさいます!?」

「こうなっては予も剣をとるよりあるまい」

「しかし――」

「ただ討ち死にするつもりもない」



 そして彼女はナイフを片手に宣言するように一歩前に出る。



「もし、一人戦力が増える事で時間が稼げるのなら、それで救援が間に合うのなら、予が前線に出る事には大きな意味がある」



 なんて無謀な人だ。

 希望的観測を述べているだけじゃないか。

 だが、そのあきらめの悪さにもう一度、戦意が漲る。



「フン。戯れ言を。お主、一人が陣に加わった所で大勢に影響無いわ」

「とは言え予が加われば違うかもしれぬだろう」

「――。まったく、まったくもって……」



 するとアイネが大きなため息をついた。

 それは何かをあきらめるような、そんなため息。



「おい、余の杖は……。司令部だったな?」



 その問いかけが何を意味するのか分からず黙っているとイザベラ様が「確か、そうだ」と小さく答えた。



「なら、すまぬが皆の命を余に託してくれぬか?」

「作戦があると言うことで?」

「そうだ。司令部まで道を作ってくれ。なんとかする」



 それが本当なのか、嘘なのか。何かのハッタリなのかは分からない。

 だが、もうどうしようもない状況下なのだ。一杯侵略者に乗ってみよう。



選抜猟兵(スナイプイェーガー)に告げる! アイネを援護するぞ」

「ろ、ロートス! この人、村を焼いた人だよ」

「それでもだ!」



 ミューロンの整った面立ちがクシャクシャに崩れる。それでも彼女はすぐに答えを出してくれた。



「今日だけよ」

「く、フハハ。亜人は好かぬが、お主は気に入ったぞ。先陣は我らが勤める。後方からの援護を!」



 重装甲の騎士を先頭にアイネが疾駆する。それに続くように俺たちも続く。が――。



「モーネイ伍長走れるか!?」

「……無理、です。お腹、出てる……」



 弱々しい声と共に返される呟きに彼女の手の内を見ると暖かそうな臓器が顔を出していた。



「少し待ってろ。すぐに助けに戻る」

「りょう、かい」



 あれはダメだ。

 腹をやられていては助かりっこない。

 それでも、俺はそう声をかけてしまった。なんたる偽善だ。反吐がでる。



「行くぞ! 突撃にぃ、進めぇ!!」



 消えて無くなりたい罪悪感を振り払うように小刀を掲げる。

 それが合図となり、一個の集団となった帝国と王国の兵が盗賊の間を駆けて行く。

 それでも敵は湧くように出てくる。



「殿下ッー!!」



 そう叫び声を上げたのは一人の帝国騎士だった。

 それと同時に闇の中から擦過音が響く。矢を射かけられている――そう思うと同時に金属の音と鈍い悲鳴が耳に襲いかかる。



「ぐあぁ!」

「アイク!?」



 アイネを庇う形で矢に突き刺さったその騎士が崩れ落ちる。だがその前に赤髪の騎士が彼の腕を掴んで無理矢理に歩かせようとするが、それでも矢を受けた騎士は力なく体を横たえてしまう。



「しっかりしろ。こんな所で休むな!」

「や、矢除けには、なりましたよ、殿下」

「おい、立て。余の命だぞ。帝姫が立てと言ったのだぞ!」

「どうか、お許しを。さぁ行ってください。我らが愛しき姫よ」



 どうすべきか、逡巡があった。

 だが即座にアイネの肩を掴む。すると彼女は無言で俺の手を払いのけて駆け出す。そのいとまに騎士が「ありがとう」と言ってくれた。


 ありがとう?


 俺に? 俺達から何もかも奪い取った騎士が?

 くそ、虫唾が走る。くそ……。



「走れ! 止まるな! 止まるな!!」



 共に故郷を追われ、今、命の尽きようとする部下を置いて、身を挺して主君を守った誇り高き騎士を置いて走る。走る走る走る。

 そしてついに先頭の騎士が司令部の扉を打ち破るように飛び込み、次々にその中に入り込む。



「殿下、魔法杖です!」

「でかしたミーシャ!」



 するとアイネは腰に下げていた革製の鞄を開けると中から幾枚もの魔法陣の描かれた紙を地面に落とす。その中の一枚の上に立つと彼女は杖を構えて宣言した。



「【永遠に燃え続ける芝よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え】」



 精巧な魔法陣が灼熱に輝くと同時に杖の前に複雑な魔法式(ことば)が組み上げられていく。

 それはいつか巨大な火球となり、頬をジリジリと焦がしていった。



「【炎よ(イグニス)】!!」



 真名が唱えられると共に火球が砲弾のように司令部の入り口から解き放たれる。

 すると今にも司令部に踏み込もうとしていた盗賊が劫火に包まれていった。



「これが、帝国の魔法……!」



 イザベラ様が惚けたように呟く。

 確かに何度か帝国の魔法を目の当たりにしてきたが、こんな近距離でそれを見たのは初めてだった。

 そしてその破壊力を再びこの目で見るとは。



「く、フハハ。出し惜しみは無しだ。さぁ反攻の時ぞ! 武器をとれ!」



 その魔法を放った赤い姫君が凄惨に笑った。


本日日間戦記ランキング一位になりました!

読者の皆様、応援ありがとうございます。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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