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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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二人の姫

 今日、何度、どうしてこうなったと思った事か。

 やっと夕暮れと言う時に盗賊達との戦闘は小康状態に陥った。



「では報告致します」



 いつなくボロボロになった身で臨時の司令部と化した砦の一室。そこには指揮官たる二国の姫君が俺の言葉を待っていた。



「我々は依然と敵の重囲下にあり、脱出は非常に困難であります。まぁ馬があれば別かもしれませんが」



 騎馬の機動力をもってすれば敗残兵などすぐに突破出来るだろう。

 だがそれを良しとしない帝国の姫は小さく首を振った。



「仲間を捨て置くわけにはいかん。それにこう暗くなってはな」

「俺の村に来た時は夜間行軍だったじゃありませんか」

「そうだったか? もう忘れた。少なくとも月明りも夜間行軍用のカンテラも無い状態で走れるほどアルツアルの地を覚えてはおらぬ。伝令を出すのも不可能だ」



 空は鈍色の雪雲が居座って動く気配が無い。そんな中、夜の雪道を走れと言う方が無理と言う物か。



「現在、戦闘に参加できる王国の兵ですが、俺を含めて四人。弾薬が心もとないですが、それでもあと二、三回分の射撃は出来そうです。帝国はそちらの侵略者を含めて同じく四人。しかし、一人負傷しています」



 正確に言えば弾薬については各個に自由射撃を行った結果であるから統制された斉射戦術をもってすればまだ余裕はある(もっとも投射量が減るという欠点もあるが)。

 そして近接戦闘要員でもあるサヴィオン騎士の一人は左肩が脱臼しているのか、出血こそしていないが使いものにならなくなっていると言う感じだ。


 対して攻囲軍である盗賊達は日のあるうちに確認したところ三十人は下らない規模だった。

 おそらく周辺の敗残兵達が騒ぎを聞きつけて集結してきたのだろう。てか戦力差がヒドい。三倍ほどの敵とやりあうとか正気じゃない。

 溜息をつきたい気持ちを堪えていると「く、フハハ」と狂喜が小さくもれた。



「戦力差で負け、援軍は無し。敵と同衾しながらさらなる敵とやりあうか。良いぞ。この冬は退屈していたところだったからな。実に良い」



 凄惨な笑みを浮かべる赤い姫。

 うわぁ。

 なんだこいつ。気が触れてるんじゃないのか?



「……あの、殿下。申し上げてよろしいでしょうか」

「うむ」



 対して冷静沈着な青鋼色の姫に向き直る。



「敗残兵とは言え、元は殿下の兵です。恭順を促されては?」



 おそらくこの場を納めるもっとも平和的な案だ。

 てか、アルツアルの兵であるなら皆、王族の威光にひれ伏すはずだし、中々の案だと思う。

 その上で数の利を得た我々がこの侵略者達を捕まえられればより良い。



「無駄であろう」



 一太刀で切り捨てられた。

 ポカンとその素早い返答に戸惑っているとイザベラ殿下は気まずそうに顔をそらして「すまぬ」と素早くいうと、しばらく口をもごもごとさせた後に言葉を紡いだ。



「言葉が足らぬかったな。あれらはすでに人を襲っておろう。それだけではない。後退して友軍と合流を果たしてない、言わば逃亡兵だ。

 物取りや逃亡は死罪が相場。しかし、それを逃れる手がある」



 すると「我らか」と冷たい声が響いた。

 ゆらゆらと揺れるたき火に照らされた怜悧な表情を浮かべたアイネが立ち上がって周囲を歩き出す。



「一国の姫を捕らえたとあれば恩赦に余る報償も出よう。もっとも、どちらに転ぶかが分からぬが」

「どちら?」



 思わず疑問を口にするとアイネは「帝国か、王国か」と呟いた。



「どちらに売っても価値はつく。もっとも余は王国に売られるつもりは無いし、そちらの姫もそうなのだろう?」



 王族が捕虜になるリスクね……。

 どちらに降伏するかで内ゲバも始まるかもしれないし、降伏と言う案は無しか。



「死ぬまで戦えと言うことですか。まったく。まったくこんな戦争が出きるとは」



 深淵を覗いた気分を打ち消すために営業スマイルを浮かべるとアイネが「うわぁ」と顔をしかめた。



「おい、近衛を選ぶ際はもっと人選を厳とした方が良いぞ。この際、種族の事は言わぬが正気を持ってる者の方が良いだろうに」

「いや、ロートス中尉は近衛では無い」



 するとパチクリと灼熱色の瞳が見開かれた。

 そんなに驚く事か?



「そもそもロートス中尉はエフタルの出だ」

「そうか。レンフルーシャーの生まれだったな。失念していた。だが、だったらどうして近衛でも無い者と共に居るのだ?」



 当然の疑問。てか、今までの緊張の続いた戦闘のせいで聞きそびれていたが、確かにどうしてこのような場にイザベラ様が居るのだ?



「アルヌデンを見ておきたかったのだ」



 鋼色の瞳が灼熱の瞳を射るように見つめる。



「アルヌデンを? 阿呆か。自身の立場に自覚が無いのか? ここは敵地ぞ。そこに足を踏み込む危険を犯すほどの事なのか?」

「それってあんたにも当てはまりますよね」



 思わず口を挟むとアイネがジロリと睨んできたが、それ以上のアクションは無かった。どうも言ってから今の立場を思い出したらしい。

 だが、そんな俺達を無視するようにイザベラ様は言った。



「敵地だからこそ、だ」

「……確かに人の事は言えぬが、おぬし、頭が悪いんじゃ無いのか?」

「否定はせぬ。故に我が目で見たかった。失われた我が国土を一目、見たかった。

 それが王の責務ではないか? 守れなかった領土を、領民を瞼に焼き付ける。

 忘れぬために。決して忘れぬために」



 自分の目で……。

 それが王の血を引く者の運命と言わんばかりに。

 なんと言うか、意外だった。

 いつも冷静そのものの姫様にそのような熱い想いが秘められていたとは……。

 そんなイザベラ様を嘲笑するようにアイネは「それをバカと言う」と吐き捨てるように言った。



「そのために被るやもしれぬ自国の損失を無視すると言うのか? それが王のありかたか? 否であろう。そんな者、王になる資格など無い」



 どこか諦観のある物言いにひっかかりを覚えつつ、アイネは疲れたように埃っぽい石床に腰を下ろした。



「そのような者が、王になって良いはずがない……」



 するとイザベラ様はポツリといつもの感情を感じさせない声で呟く。



「なるほど。貴女の言う通りだ。予は王の器では無いのだろう。だから貴女が妬ましい」

「妬ましい? 余が?」

「予には無い目を持っている。王のなんたるかを知っている。それが妬ましい」



 するとアイネは俺の方を見て「こいつは何を言っている」と瞳で訪ねてきた。

 そう言われてもわざわざ侵略者に通訳の手助けをする理由も無いし、何より俺もイザベラ様の言わんとする事が分からなかった。



「予はそれを知らぬ。王位継承権第三位と言うこともあって、それほど期待もされていない。

 故に王とはいかなるものか教えられなかった。いや、理解できなかったのかもしれぬ。遠すぎて」

「余とて帝位継承権は第二位ぞ。それほど状況も変わるまい」

「いや、それなのに貴女は己の中に王と言うものを持っている。だが、予にはそれが無い。

 予はこの(まなこ)で見るしかない。この眼でそれを見極めたい。故に、故に予はどうしてもアルヌデンを見ておきたかった。

 もっとも、危険も承知していたからケンタウロスと共にレータリに帰るはずだったのだが……」



 その前にアイネ達に襲撃されて――。

 それで検問があったり、そこでケンタウロス達が慌てていた訳か。

 くそ、タルギタオス中尉はその事を知っているのか?

 知っていれば一大事――救援が来るかもしれない。もっとも、今夜を生き残れればの話だろうが。



「では、俺は歩哨に戻ります」

「待てロートス中尉」

「なんでしょう殿下」

「敵は夜襲を仕掛けてくるか?」



 なんとも言えない。

 月明かりも星明かりもない闇の中、ただでさえ取りにくい連携を敗残兵がとれるか?

 だが、暗闇を利用しない手は無かろう。だって日が明ければ銃で狙い撃ちになる事を奴らは知ったのだから。



「夜襲はあるだろう。むしろしない手は無い」



 嫌に確信めいたアイネの言葉に背筋が震える。その通りだろう思わせる説得力の滲んだ声に頷きそうになる。それがなんの根拠も無いと言うのに。



「もちろん不寝番を立てますし、警戒は厳にするつもりです。では」



 敬礼をして司令部を出ると身を裂かんばかりに吹き付ける冷風の洗礼を受けつつ見張り台に上る。

 そこには周囲を絶えず警戒するミューロンが振り返りもせずに「異常無いよ」と伝えてくれた。



「周囲の篝火も問題無いな」



 高所から周囲を見れば辺りはぽっかりとした闇に包まれている。

 だが、遠方――暗くて距離感が分からん――にポツポツと盗賊達が起こしたたき火が見える。

 対してこちらは城壁の各所で篝火――と言う名のたき火を作って周囲に迫るであろう敵を警戒していた。もっとも急場のために薪なんて無かったから要らなさそうな壁とかを破壊して薪にしているせいで燃料の残量が心許ない。

 朝まで燃やし続けられるだろうか。



「ねぇ、ロートス」

「なんだ」



 シンっと静まりかえった闇の世界に鈴の音のような声が響く。



「本当に殺しちゃいけないの?」

「今それどころじゃ無いだろ」



 闇に沈んだ白磁の頬に浮かぶ表情が手に取るように分かるほど不満たらたらな声。

 サヴィオン人狩りに来たはずが、サヴィオン人と共に籠城していると言う不思議体験中なのだから不満もたまるか。



「むぅ……」

「良い子だから我慢してくれ」



 ポンポンと軍帽越しに頭を撫でてやると少しだけ彼女の怒気が静まった。

 さて、どうした物か……。

 いや、答えなど決まっている。来るか分からぬ援軍を待つしか手が無いのだ。

 そう思っているとギシリと木の軋む音が背後から響いてきた。

 振り返ると見張り台の梯子を上るイザベラ殿下と眼が合う。



「殿下! どうされたのですか?」

「外を見たい」



 不慣れな感じでゆっくりと上ってきた殿下の手を取るとその冷たさが直に伝わってきた。

 この寒さのせいか、それとも体質のせいなのかは分からない。だが、相変わらず繊細な指をしておられる。



「ミューロン、殿下の御前だ――」

「良い。気にしないでくれ」



 夜風にさらされ、手をさすりながら殿下がそう言うと俺もミューロンもどこか居心地の悪さを覚えて思わず無言になる。



「二人に、改めて謝罪がしたい」

「謝罪?」



 いったいなんの? と思っているといつぞや、アルヌデンで起きたロートス愛妾事件(ハミッシュが言い出した)の事かと思い至った。

 いや、あれはあれで一応、解決したつもりだったのだが……。



「言葉が足りずに、すまぬ事をした。特にそちには」



 するとミューロンがチラチラと落ち着き無く俺を見ながら「いいいえ、そのような事は――」と慌てている。

 見張り台の柵に体重を預けたミューロンは「わたしも勘違いをしておりましたし、殿下と知らずに無礼な行いを――」と必死に言葉を続けていく。

 どうもあの日の言動を思い出して恥ずかしいのだろう。



「もう少し、予に言葉があればといつも思う」

「先ほどは十分、言葉を尽くしていたと思いましたが?」

「故に少し疲れた」



 話し下手なのか。

 そう思うと合点の行く節がいくつかある。例えばこの間の視察とか。



「その点、帝国の姫は凄いな。王となるべき人なのだろう。それに比べて予は……。

 このような事になってしまってロートス中尉や選抜猟兵(スナイプイェーガー)の者達になんと言って良いか」

「お気になさらないでください。どちらにしろ帝国騎士と会敵したのなら、こう成らざるを得なかったでしょう」



 「そう言ってくれると助かる」と微笑む王姫。顔が整っている分、その破壊力の凄いこと――ドスッ。



「ロートス……」



 うぅ、ミューロンに肘鉄された。それも腹……。



「も、もちろん俺は、ミューロン――」



 その時、彼女の背後に物見台をよじ登ってきた薄汚い兵士が立つのが見えた。その手に握られた凶刃が彼女の首元に向けられる――。


 ◇

アイネ・デル・サヴィオンより。



 あの姫と話して余が苛立っている理由が分かった。

 亜人を――それもあのエルフを侍らせているからではない。王になろうと足掻く姿を余が妬んでいたからだ。

 司令部の中でパチパチと燃えるたき火を見ながらそれに気づき、思わず壁を殴りつけてしまった。当の本人は外を見てくると席を外していて良かった。



「羨ましい、だと? くそ、余は王にならぬと決めたでは無いか」



 意味もない議会での争いに全てを費やす愚かさを、他者を蹴落とすしか能の無い議員を、権力にしがみつく王を嫌ったと言うのに。

 そのような事をするのが王なのなら、余は王にならぬと決めたのに。

 それなのにあの王姫は王になる道を賢明に探している。



「まるで余が思考を止めているだけのようではないか」



 いや、そうなのだ。

 権力争いから逃れ、争いの日々を送るのは問題の先送りでしかないと言うのに。



「くそ……」



 クラウスが居たら苦言を呈したであろう言葉。それを吐き捨てて司令部を出、部下の元に行く。

 先ほどのエルフは一人負傷と言っていたが……。



「ん? アイネか。どうしました?」



 エフタルの兵と距離をとった位置のたき火にあたった二人の影。

 一人はミーシャ。もう一人は甲冑を脱いであり合わせの添え木を付けた騎士。



「アイク。調子はどうか?」

「不覚をとりました。申し訳ありません……」



 金の髪をした青年騎士は冬と言うのに額に汗を浮かべて言った。



「そのようだな。しっかり休め」

「殿下。わたくしは殿下の枷になりとうありません。いっそ一思いに――」

「阿呆か。その程度の負傷で弱音を吐くではない」

「しかし――」

「心配するな。いざとなれば矢除けくらいには使ってやる。それくらい出来よう?」

「――! ははは。さすが殿下です。このアイク・アーベルン、いざとなれば身を挺して殿下の御身を守護奉る所存です。いつでもお役だてくだされ!」

「頼もしい。だが、今は休め。いざと言う時のためにな」



 苦痛の中でも精気の籠もった笑みを浮かべる騎士に強く頷き返し、ミーシャについてくるよう言った。

 顔に当たるたき火の熱気が十分遠ざかった所で「容態は?」と聞く。



「脱臼のようですが、折れているやもしれません」

「そうか。無理はさせられぬな」

「……何を怒っているので?」



 唐突な言葉に眉を潜める。

 いや、そう彼女に言ってほしいがためにあの場からミーシャを連れ出したのでは無いか。



「少し、妬いておる。王国の姫君に」

「貴女が気にする事でもないでしょう。所詮、蛮国の姫ではありませんか」

「それでも、だ」



 するとミーシャの雰囲気が変わった。



「なら、消しましょうか」

「……なに?」

「禍根となるようであれば、早いうちに叩いた方がいい」



 ミーシャが背負っていたクロスボウを両手に構える。

 確かにあの青い姫が王位についたら、厄介ではあろう。恐らくあれは民にも慕われた王となるに違いない。なら、帝国に立ちはだかる前に――。



「……バカバカしい。あれは王位継承権は下ぞ。わざわざ手を出すまでもないし、今の結束を打ち壊すほうがまずい」



 なんにせよ、今夜を生き残れなければなんの意味もない。そう、まずは今夜の事だ。

 ……戦の事しか考えておらぬではないか。これも問題の先送りでは無いのか? つくづく自分がイヤになる。



「殿下。よろしいですか?」

「なんだ」

「殿下は、王になりたいのですか?」



 そんな事――。笑って一蹴してやるつもりだったが、ミーシャの顔に差した真剣な色を前に口が開けなかった。

 そして口を開こうとした瞬間、物見台に見える影が増えている事に気づいた。



「……敵!?」


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