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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
54/163

どうしてこうなった

「どうしてこうなった……」



 そう呟けば旧街道を監視するために作られた廃砦に集ったメンバーの不思議な事……。



「それは余の台詞だ。どうして余が亜人と共に籠城せねばならぬのだ」



 犬歯をむき出しに俺を睨む灼熱色の瞳。

 そう、野盗に追われて逃げ込んだ先である廃砦には先客が居た。

 それがこのサヴィオン人達。しめて四人。



「ねぇロートス。こいつらを皆殺しにしてから籠城しようよ」



 銃口を絶え間なく白銀の甲冑をまとった敵に突きつけるミューロンもガルルと犬歯をむき出しにしてそう吠える。

 すると騎士達も腰の剣に手をかけつつジリジリと迫ってきた。

 もちろん魅力的なミューロンの策を取るのはやぶさかでは無いのだが――。



「おい、敵が来ているぞ」



 冷たい声に派手に破られた城壁――と言うなの塀から外を見れば三、四十人ほどの集団が屯しだしていた。

 その誰もが殺気立ち、話し合いが出来る雰囲気ではなくなっている。うん、どう考えても皆殺しにして装備をはぎ取ろうって連中だな。



「とりあえず休戦にせぬか?」



 そう厳かな声でイザベラ殿下が告げるとその物腰からただ者では無いと悟った赤い女騎士が悔しそうに頷いた。



「そうしよう。おい、手近な物で障害物を作れ」



 テキパキと騎士を指揮する少女の背中に銃口を向けるミューロンの肩をつかむ。



「ロートス……」



 悔しそうに眉をひそめる幼なじみに「今は耐えよう」と短く言う。確かにいがみ合う時間も惜しいほど状況は逼迫しているのだから。



「ロートス中尉。我らも障害物の設置を。まずは籠城の支度を整えよう」

「了解であります」



 あぁ、かみさま……! どうしてこのような事をなさるのですか!

 だが嘆いていても怒っていても敵は待ってはくれない。



「ミューロンはあの見張り台に上がってくれ。敵の接近があれば撃って構わない。他は俺と共に障害物の設置。急げ!」



 腹に何も抱かないと言えば嘘になるが仕方ない。

 まずは自分たちの安全確保が第一だ。

 幸い、倒壊した建物や見張り台がそこかしこに散らばっているから即席の城壁を作り上げるのに苦労はしなかった。

 もっとも隣からピリピリとした殺気を受けながらではあったが。



「はぁ、終わった」

「まだ終わっておらぬぞ。これからだ」



 思わず呟いた言葉に返答があった。あの赤い騎士だ。

 ジロリとその人物を見やれば、ふと記憶にその顔が残っていた。

 もっとも人間と言う奴は似たような顔をしているせいか、確固たる自信は無いが。



「……帝姫?」



 赤い髪。灼熱色の瞳。冷然と整った顔。間違いない。村を焼いたあの女だ。

 思わず腰に挿した小刀の柄に手をかけるとそれを察した相手も腰の剣に手を伸ばした。



「フン。亜人にも余の顔が知られているらしいな。だが今は剣を納めよ。その時ではあるまい。忌々しい事だが」

「忌々しいのは村の、皆の仇が目前で息を吸っている事だ」



 すると静かに目を伏せた彼女が「焼いた村が多すぎてどこか分からぬ」とだけ言った。

 それに視界が一気に赤に染まる。殺す。殺す殺す絶対殺す!



「落ち着け」



 静かな声に振り向けば青の姫君が腕を組んで言った。

 戦装束とは違う、動きやすそうな青い外套と白いパンツ姿はまさに冷涼としているが、それ故に物静かな彼女の冷静さを物語っているようだ。



「今、城内で争っても益は無い。違うか」

「しかし――!」

「そなたも休戦の意味を理解しているのなら弁えよ」



 すると赤い姫騎士は唇をかみしめて頷いた。



「敵、接近!」



 鋭いミューロンの警告。それと銃声。

 先ほど積み上げたばかりのバリケードから眼下を伺えば何人かが得物を手に突撃してくる所だった。



「総員戦闘配置! 各個に撃て」



 騎士達を押し抜けてバリケード上に銃列を敷き、各々が狙いを定め、引き金に力を入れる事で死を振りまいていく。

 濛々たる白煙と轟々たる銃声。それが響くにつれ敵の勢いも衰え、すごすごと逃げていった。彼らはきっと銃声と白煙が上がるたびに死が自分達を襲ってくる事をこれで学んでくれただろう。これで少しは息がつける。

 だが敵の行為は決して『逃げ』などではなく『撤退』のようだった。



「統制がとれて居るな。傭兵か」



 ふと隣から声がして振り向けば赤騎士がそこで敵をつぶさに観察していた。

 あえてその言葉を無視して敵陣を睨むが、敵に動きはなし。

 即座に戦略を変えたと見るべきか?



「ミューロンはそのまま敵陣を監視してくれ。他は……くそ。再装填して待機」



 サヴィオン軍――それも軍高官、いや忌まわしい帝国の姫君の前で装填をするのは気が引けたが仕方ない。そう、仕方ない。

 ジィっと粘った視線を感じつつ体で銃を隠すようにさっさと装填をすまし、「装具点検」と命令を発する。



「各自、現在の装備品は?」

「てつはうが二つ以外は……」



 モーネイ伍長の言葉に思わず天を仰ぎたくなった。

 と、言うことは基本的に銃とその弾薬がそれぞれ百発とちょっとだけ。

 確かに敵の数より弾丸が多い現状は好ましいが、こちらはいつ解囲されるか分からぬ身……。

 てか、食料は? 一応、個人の雑嚢に僅かだが乾飯(ほしいい)を携行させていたが……。



乾飯(ほしいい)だけのようです」



 うん。ダメだこりゃ。

 てか、救援は……来ないだろうなぁ。来たとしても俺達の迎えとしてタルギタオス中尉が来るまで一週間はあるし、合流ポイントはこの砦からアル=レオ街道に向かって三キロほど南に下った地点だ。



「夜陰をついて包囲を突破するか? いや、でもなぁ」



 こちらには大きな重荷がある。その重荷が鋼色の瞳でこちらを不思議そうに見てきた。



「どうした?」

「いえ、この戦況、どうしようかと思いまして」



 対してサヴィオン側を見れば赤い少女を中心に何か話し合い、そしてこちらの視線に気づくや肩をすくめてきた。



王国(そちら)も同じ状況のようだが、帝国(われわれ)の方も即座の救援は見込めん。早くて明日になろう。それまでは共闘しようでは無いか」

「騎馬があれば突破出来るのでは?」



 そう言うと赤髪は悔しそうに「部下の馬が矢を受けてそう駆けられない」と言った。

 するとその内の一人――これまた朱髪の少女がシュンと肩を落としていた。

 ふーん。サヴィオン人にしては部下思いなのだな。



「あぁそうだ。そろそろ自己紹介でもしようでは無いか。互いに名無しではやりにくい」

「そうだな。予はイザベラ・エタ・アルツアルと――」

「あッー! 殿下!? 何名乗っているのですか!?」



 そうだ。この状況ですっかり忘れていたがこの姫君、ポンコツだった。

 てか、敵を前に一国の姫君と名乗って良いのか? 身分を隠す事無く堂々とがこの世界のルールなの?



「……まさか第三王姫? どうしてこんな所に!?」



 サヴィオン人と同じ感想を抱いた事は悔しいけが、どうしようもなく同感だ。どうしてイザベラ殿下はここにおわすのかと訪ねたくて仕方ない。



「なに。少しな。ところで貴女は? 貴女もさる高貴な身であると想像するが……」



 赤髪はしばらく逡巡した後、俺の顔を一瞥して名乗った。



「そこのエルフに顔が割れているようだから偽名を名乗っても仕方ないな。余はサヴィオン帝国第二帝姫アイネ・デル・サヴィオン」

「帝国の!? どうしてそのような方がここに!?」

「だからそれは余の質問――」



 くそ、どうして敵の姫君に共感してしまうんだ。

 だがどうしてもお前たちなんでここに居るんだと一番俺が言いたい。



「さて、ロートス中尉。名乗りを」



 ……くそ。



「俺は本支隊を預かるロートス中尉です。レンフルーシャーの生まれの」



 そう言えば赤い姫騎士――アイネは合点が言ったとばかりに手を打ち鳴らした。



「あそこのエルフか。あぁ思い出したぞ。食糧庫に火を放とうとしたエルフだな。そうか。うぬだったのだな」



 嬉々として鬼気とした視線が俺を舐め回す。



「よくも我が同胞を幾人も葬ってくれたな耳長!」

「それを返すなら、よくも俺の村を焼いてくれたなクソ女!」

「待て」



 高ぶる怒りに制止の声など届かない。もう我慢ならん。

 小刀を抜き放ち、逆手に持ったまま怨敵を一突きしてやろうと一歩踏み出すが、その前にアイネの背後に立つ朱い騎士がこちらにクロスボウを構えているのが見えた。



「動くな。それ以上アイネに迫ると言うのなら――」

「……射線が主君と被っているように見えますが?」

「この距離で外すほどの腕と思うなら踏み出すが良い」



 ジリジリとした殺気と殺気が入り乱れる。だが、今度はアイネがそれにため息をついて止めに入った。



「ミーシャ。良い。そもそも余の背中にクロスボウを向けるな」

「貴女もボクの腕を疑いか」

「なんどお前と剣を交えたと思っている。それでもここで争うのは……。よろしく無いだろう」



 その言葉で折れたミーシャと呼ばれた騎士がため息と共にクロスボウを下げる。

 なんとも言えない微妙な空気の中、俺達の共闘は決まった。



「で、そちらの装備は? とくに飛道具」

「無礼な奴め。余を誰だと思っている……。と、大口叩いても飛道具はミーシャのクロスボウと、それと短弓が一つあるだけだ」



 アイネの背後に控える騎士達を見ればその言葉が正しいと理解した。

 仕立ての良い深紅の上衣に白銀の重甲冑をまとい、ゴテゴテとした飾りを付けた騎士達の装備を見るにどうも得物と言えばケンタウロス達が持っていたような湾曲した片刃の剣くらいしかない。



「騎兵なら槍はどうしたんですか?」

「……いらぬと思って置いてきた」

「呆れたものですね」

「もっともだな。超長槍(コピア)があれば最初の騎兵突撃(ランスチャージ)で貴様等を亡き者に出来たと言うに」



 その言葉に騎士達が殺気立つ。

 だが、ゴホンと俺の発言をたしなめるようにイザベラ殿下がせき込む。

 はいはい、自重しますよ。



「我らは銃四丁とてつはう二発。それと個人携帯の刃物が数フリだけです」



 対して敵は四十人ほど。

 良い装備とは言えないが、それでも鉄のハーフメイルを着込んだ兵士達だ。数に任せて突撃されたらひとたまりもない。



「やはり共闘するしか無いな」

「アイネがボクを捨てて行けば無事に解決する問題だ。走れぬのはボクだけなのだから」

「阿呆め。そのような事が出来るのならとうにしてる」



 麗しい仲間意識だな。感動さえ覚える。相手がサヴィオン人で無ければ。

 だが、そうも言っていられない。

 再びミューロンが発砲を開始したのだ。



「戦闘配置! 急げ」



 再び銃列を敷くと共に各個に射撃を開始する。射程に入っている敵を手当たり次第に。

 近づかれればどうしようもない。

 もっともサヴィオンの騎士がどれほど強くても四人じゃたかがしれていると言うもの。



「どけ、ボクも加わる」



 そう言うわ先ほどミーシャと呼ばれた騎士だ。そのクロスボウを構える姿の堂の入った事か。

 そしてその姿だけでなく、放たれた矢は迷い無く敵を貫いていく。



「あまり景気よく打つな。補給が無いのだからな」



 そんなアイネの忠告を聞いているのか、ミーシャはクロスボウに装填された矢を放つ。それが放物線を描き、迫り来ようとしていた傭兵の胸板に突き刺さった。

 それを見届けるやミーシャは慣れた手つきで鐙を踏んで弦を引いて矢をつがえだす。

 なんとも鮮やかな手並みに思わず見とれてしまうが、隣で響いた銃声に我に返る。

 そしてまた算を乱したように後退して行く敵の姿に疑問を覚えた。


 一体何をしたかったのだろう? こちらの防御火力について最初の突撃で痛いほど身に染みたはずだろうに、どうして再び無意味な突撃をしてきた? 敵は戦力に余力があるのか? いや、あれは敗残兵だ。そんな統制ある訳ない。と、すると陽動か。



「ミューロン! 何か異変はないか?」

「こ、後方に敵!」



 見張り台から悲鳴のような報告が響く。その声に振り向けば五人ほど小汚い兵士達がショートソードを手に走り込んでくる所だった。

 くそ、どこから!?

 いや、俺達は一カ所に固まっているだけだし、背後から梯子をかけられて侵入されたのかもしれない。

 そして待ってましたとばかりに声が響く。



「行くぞ! サヴィオンの力とくと見せてやろうぞ! 掛かれ!」



 アイネが細身の剣を抜き放つと共に白銀の鎧姿の騎士達もそれにならい、雄叫びをあげる。



「二人は殿下をお守りしろ!」



 チラリと見ればイザベラ殿下は静かな顔をしながらブーツに仕込まれていた短剣を抜き放つ所だった。

 どう考えても装備は貧弱。



「まったく……!」



 銃を手放して小刀を抜く。



「く、フハハ! まったく戦争って奴は!」



 一歩踏み出す。腹の底から恐怖が手を伸ばしてくる。

 さらに一歩進む。その恐怖が反転して愉快さがこみ上げてくる。あぁくそ、楽しくなって来やがった。

 歩みはいつかしか早足となり、そして全速力で駆け出す。



「エルフに遅れを取るな! 我に続けぇ!」



 アイネの叫びと共に騎士も突貫。

 切り込んできた連中と一気に乱戦となる。

 一人が上段から裂帛の気合いと共に剣を振ってくる。それを小刀の背でいなしながら間合いに飛び込み、質の悪い鎧の襟元を掴んでその首に小刀を突き立て――。その前に相手が俺を蹴飛ばしてきた。その勢いで間合いが遠ざかる。



「くそ! 殺してやる! く、フハハ!!」



 まだ掴んだままの腕に力を入れて相手を引き寄せながら小刀を握った拳で相手の顔を打つ。

 肉と肉がぶつかる不快な音と衝撃。たったそれだけの事なのだが、思わず笑みがこぼれてしまう。



「おらッ!」



 頭突き。なんの捻りもない攻撃だが、相手が一瞬ひるむ。そこを逃さず首もとに肉厚の刀身を勢いよく刺し込んでやる。

 悲鳴。血しぶき。だらりと垂れる肢体。

 その力の抜けた物体を脇に放り、次の敵を求める。この場の戦況はこちらが有利のようだ。

 特に重装備の騎士達のおかげで切り込んできた粗末な装備の傭兵が圧倒されている。あぁなんと不愉快なことか。

 だが、この隙にあの赤髪を切り捨てるチャンスがあるんじゃないだろうか。

 幸い、アイネは目前の野盗と切り結んでいて羽根飾りを付けた背中ががら空きだ。


 まったく。まったくまったく!


 口元がつり上がり、脳裏に故郷のみんなの顔が浮かぶ。

 そして父上の形見を元とした剣を振り上げ、アイネを背後から襲おうとしていた野盗を切りつける。そこでアイネがわずかにこちらを振り向く。



「……おい、ボサッとしているな!」

「フン。亜人に助けられるとは、余も焼きが回ったな!」



 先ほど切り結んでいた野盗を蹴り飛ばして袈裟懸けに一撃を与えるや、アイネは素早く反転。剣の柄頭に左手を添えた姿勢でこちらに刺突。その一撃が俺の喉の横を通って背後に居た野盗に突き刺さる。



「これで貸し借りは無しだぞ」

「不服ではありますが、感謝しますよ」



 互いに背を向けあい、迫り来る敵に相対する。てか、さっきより明らかに野盗の数が増えてるんだけど。



「死ぬと分かって突撃してくるとはな。度し難い阿呆の傭兵共のようだ。く、フハハ!」



 背中から聞こえる笑い声にふと、この人は俺と同じふうに笑うのだなと場違いな感慨を抱いた。

 あー。背後には敵将が居て、そしてさらに背後ではこちらの姫君。対して眼前には元友軍の野盗。

 まさにどうしてこうなった。


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