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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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二人の冬

 宿営地のすぐ脇に作られた特設射場に一発の銃声が響く。

 濛々と煙る白。それが冷風に流されていき、その影から静かな美姫が姿を表した。

 アルツアル王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル殿下はゆっくりと銃口を天に向けながらうなる。



「どうでしょう、殿下」

「いささか重いが、良い」



 それは良かったとバリッバリッの営業スマイルを浮かべながら殿下から銃を受け取る。

 その銃は俺やミューロンが使うライフリグンのついた物でも中隊の正式採用火器である火縄銃(アルケビュース)でも無い。

 この町で安く大量に仕入れた火打ち石を取り付けたドワーフ謹製の銃――燧発銃(ゲベール)だ。


 と、言ってもハミッシュが作ってくれた銃と何が違うかと言われても外見はまったく変わらない。

 細見の銃身。鶏の頭のように突き出た撃鉄。スラリと伸びた銃床。全長も火縄銃(アルケビュース)より二十センチも短くなり、取り回しもよくなったと言えるだろう。ただライフリングが刻まれていないから射程は火縄銃(アルケビュース)とどっこいどっこいだ。



 さて、営業トークの時間だ。営業部じゃなかったけど。



「確かに燧発銃(ゲベール)は重いでしょうが、火縄銃(アルケビュース)に比べれば重量は半分ほどまでに軽量化しております。

 ただ火縄銃(アルケビュース)に比べ撃発時の衝撃が大きく、難のある代物です。しかし当たり金が火蓋の代わりをしているので安全面で大幅な向上を果たす事が出来ました。

 ですので銃兵同士の火の粉で暴発するというような事故を未然に防げます。そのためより兵一人一人をより接近させる事ができ、火力密度を上げる事ができます」



 新兵器のセールストークを次々と放ち、この場に居る誰もが「こいつはすげぇ」と思うよう思考を誘導していく。

 だがそれは商品のメリットの意味を説くのではなくメリットの数で押す。

 要は流れに乗せてしまうのだ。そう、買わなければ損だと言う流れに……。



「――また、先ほど申しました通り、軽くなった事で殿下のような線の細い方でも銃を扱えるようになります。

 そのため不足しがちな戦力を早急に補充する事も出来、即座の練兵で戦力化する事も可能であります」



 さぁ、銃の利点は全て言ったぞ。

 どうでる?



「なるほど。面白い話だった。前向きに検討しよう」



 ――え?



「では行こう。貴重な体験が出来た」



 それだけ言うと第三王姫殿下は歩き出してしまった。

 その背後に続く従者が若干、驚いたような顔をしていたが、気のせいだろう。

 だって俺の方がびっくりだぞ。

 これだけ熱弁して射撃もやらせたのにその返答が前向きに検討? それって当たり障りのない拒否って事じゃ……。



「お疲れさま。ってロートス? 大丈夫?」



 燃え尽き気味の俺にかけられる優しい言葉が身に染みる。

 あぁ今まで営業先から帰っても慰められるより罵倒される事の方が多かったから余計にありがたい。



「ちょっと、なんで泣いてるの!?」



 ワタワタと銃を手に慌てる幼なじみの頭をポンポンと撫でながら軍衣の袖で瞼を拭う。

 さて、とにかく仕事は終わった。



「さて、中隊本部に帰るか。あ、ミューロンは非番だろ。町にでも行ったら?」

「ロートスと一緒の方が楽しいからわたしも本部に行くよ。どうせコレ片付けないといけないし」



 ひょいと持ち上げられた燧発銃(ゲベール)。まぁ確かにな。



「ミューロンとしてはどうだ? 火縄銃(アルケビュース)燧発銃(ゲベール)、どっちが良い?」

「うーん」



 しばらく悩んだあと、雪の精霊のような柔らかい笑みが広がった。



「サヴィオン人を殺せるのならどっちでも良いかな」



 さすが戦闘狂。この言葉はハミッシュ達ドワーフ勢には黙っておこう。

 彼らは現在、総出で燧発銃(ゲベール)の組上げと火縄銃(アルケビュース)の改装をしているのだ。

 もっとも精密射撃の観点から改装を拒む銃兵も居たが……。



「さ、帰ろう。寒くなってきたしな」



 気づくと空から白い物がハラリハラリと舞い降りてきていた。どおりで寒い訳だ。

 すると、急に左腕に温もりが生まれた。



「こうすると暖かいでしょ」



 白いテントを巻き付けたミューロンがピタリと左腕に抱きついてきたのだ。厚い布越しにかすかな温もりと柔らかさと、そして安堵を覚えつつ彼女の手を強く握りしめる。



「あぁ、ありがとう」



 互いに体重を預け合いながらゆるゆると中隊本部に戻ると暖かい空気と冷たい視線が出迎えてくれた。



「……なんだよラギア曹長」

「はい、なんでもありません」



 否定を挟まないとは部下としてよく出来たゴブリンだ。

 だが、その蔑むような瞳だけは隠して欲しかったな。



「なんだよ、まったく」

「いえ。その……。仕事の話をしてもよろしいでしょうか」



 中隊長席と呼ばれる上座の折りたたみ椅子に座ると当然のようにその隣の椅子にミューロンが腰掛けた。もちろん手をつないだまま。



「構わないぞ」

「では。まず、大隊本部から正式な撤退命令に関する命令書が届きました。作戦の発令は一週間後との事です」

「だいぶ余裕があるな。サヴィオンの追撃が無いからか?」

「そのようです。上は雪に紛れてレオルアン方面に転進するとの事です。えぇと……。あった。これが正式な命令書です。確認を」



 ラギアから渡された簡素な命令書の文面を確認し、中隊長用の書類挟みに放り投げる。



「そんで俺達の仕事は買い物と守り役か」



 命令書には撤退の期日と宿場町で手には入る重要な物資の後送命令も入っていた。

 この季節、大街道とは言え雪で閉ざされ荷馬車の通行も容易ではないから野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊がそれらの物資の後送補助を行うよう書かれていた。 



「お助け屋かよ」

「その通りです。エンフィールド少佐の言を直接お伝えするのなら撤退支援を我が中隊に一任する、との事のようでしたが」

「支援?」

「なんでも撤退を支援しうる行為全般を一任するとか」



 なんともアバウトな。

 てか、業務が広すぎるだろ。どれだけの事をやらせようと言うのだ。オーバーワークもいい加減にしろ。



「ねぇ、それって撤退を支援するためなら攻勢に出ても良いって事だよね」



 突如、もたらされた言葉に俺もラギアも言葉を止める。

 ハハハ。我らが戦闘狂は何を言って――。

 急いで先ほど投げた命令書を読み返す。うん、支援を一任すると書いてあるぞ。



「ラギア、小隊長を集めてくれ」

「ちょちょ!? まさか中隊全てで限定攻勢ですか!? いくら我らが優れた兵器を持つとは言えそんな――」

「中隊総出では無い。選抜猟兵(スナイプイェーガー)を使う」



 中隊の全戦力を投じての攻勢と言うのはあまりにリスクに対してリターンが見込めない。

 それに中隊は絶賛練兵中のためまとまった戦力があるとは言えない状態だ(銃兵の燧発銃(ゲベール)への転換訓練とか新兵の教練とかで戦力として期待出来ない)。



「各小隊長に今後の施策を伝達する。それとミューロンは小隊軍曹と協議して小隊指揮の引継をしておくんだぞ」

「うん!」



 溌剌。

 まさにその一言を体言しているのでは無いかと思わんばかりの笑顔が咲き誇る。

 あぁ楽しみだなぁ。サヴィオン人を殺しにいけるなんて。と言うように。


 ◇

 アルヌデンのとある村。アイネ・デル・サヴィオンより



「ミーシャ・デル・イヴァノビッチ、ただいま推参致しました」



 騎士団本営を置く元村長宅によく澄んだ声が響いた。

 白銀に輝く甲冑。それを覆う深紅のマントとテンの毛皮をまとった少女。

 白と赤の輝きに目を細めつつ椅子から立ち上がる。



「この時を待ちわびたぞミーシャ」



 対して余は簡素な赤のドレス姿で彼女の手を握ると冷たい甲冑がギュウと握り返してくれた。



「いえ、アイネ(・・・)の出陣に出遅れた事、このミーシャ一生の不覚に存じます」



 アイネか……。余の家臣の中で唯一敬称を付けない(付けさせない)ほど彼女と親密、と言う訳では無い。

 なんと言うか、彼女との関係は複雑怪奇としか言いようが無くて、そう。彼女は我が友にして我が臣にして、それでいて我が宿敵なのだ。うん、そうだ。

 その不倶戴天の敵であるミーシャの北方生まれらしい白い肌に若干、青い物を感じる。



「遅参など気にするな。それより余の方が詫びよう。御父上の喪に服すべき時に呼び立てしてしまって……」



 朱髪の少女は首を横に振り、強い光のともった橙の瞳が余を見つめ返す。

 すでに貫禄のような物が漂い出す親友にして我が生涯最大の『敵』はニヤリと口元を持ち上げた。



「なに、父上なら出陣出来ない事を嘆いた事でしょう。おそらく、病などでは無く戦にて己が命を燃え尽きさせたかったはずです」

「そうか……。いや、そうかもしれぬな」



 先の辺境王ことセルゲイ・オスト・イヴァノビッチは良き王であり、誉高い将軍であった。東方平定において幾度も刃を交えた仲であったりもする。

 その愛娘であるミーシャとももちろん。

 そもそもイヴァノビッチ家は東方最大の反帝国勢力を掲げていた貴族であり、彼の家を征したが故に余は東方辺境領姫の地位を与えられた。



「その通りにござます。アイネに助けられたこの命、貴女のために燃やし尽くす事こそ我が生涯の使命と心得ております。それは父も同じ。それが病に屈し、どれほど悔しかった事でしょう……」



 東方征服後、本国からイヴァノビッチ家のお取り潰しを命じられた身ではあったが、その精強極まる有翼重騎士団と東方王の指導力を失うのが惜しいと思って特別に恩赦してもらえるよう方々に掛け合った結果、イヴァノビッチ家は帝国の宿敵とは思えぬほどの恭順ぶりを示され、当の余の方が困惑してしまった。

 それ以来の仲であるミーシャとしばし取り留めもない世間話をしているとふと、彼女は窓の外に目をやった。



「それにしても物々しい警護ですな。アルツアルの残敵掃討は進んでいないようですが」

「うむ。手土産にアルツアル兵士の首を持ってきてくれたミーシャからすれば不甲斐なく見えよう。だが、訳があってな」



 数日前まで頻発していた大音を響かせる魔法攻撃の事やその対策として行われた山狩りのような残敵掃討作戦等も企てられたが、逆にこちらが手玉に取られる始末。それも夜間、宿営地まで敵がやってきて歩哨からトイレ(手水)に立った指揮官まで被害が出てしまい、作戦はこちらの損害大で中止せざるを得なかったと聞いている。

 そのせいで歩哨を増やして警戒するしか手が無いのだ。


 そうか、彼女に賊の討伐を一任するのはどうだろうか。

 そうすれば春の攻勢を前に花を持たせてやれる。



「早速ではあるが、エルフ狩りとしゃれ込むか?」

「エルフ? 先ほどの賊がエルフなのですか?」

「そのようだ。義兄上は認めておられないが、余は奴らは未知の魔法を使うのを目の当たりにしている。忌々しい事にな」

「……風の噂で第三鎮定軍のフリドリヒ殿がエフタルのエルフにしてやられて謹慎されていると聞き及んでおりますが――」

「事実だ。余が警告したと言うに……」



 アルヌデンから逃げ出す敵の殿(しんがり)をしていたエルフから甚大な損害を受けた挙げ句、敵主力を逃してしまったのだ。これでフリドリヒ家と義兄上の婚儀もいつになるか分かった物ではない……。

 むしろフリドリヒ家の辺境への領地替えもありうる。なんといっても義兄上の顔に泥を塗ったようなものだから父上がそれを許すかどうか――。

 もっとも奴は余の家臣では無いし、余は余の敵を愛するほど慈悲深く無いからどうでも良い事だが。



「そのエルフを追えと?」

「そうだ。奴ら、森の中では不敗だから気をつけねばな」

「しかし……。そのような戦上手なエルフが草原に出てきましょうか? それに雪中行軍の訓練はしておりますが、それでも馬は雪道を歩くのを得意としません」

「知っておる。我ら東方辺境騎士団は帝国騎士の中でも重武装で平原での騎馬戦に敗北を知らうが、雪原ではそうはいかぬだろう。故に魔法使いを使っていぶり出すのだ」



 森を取り囲んで火をつける。雪の中だから難しいだろうが、騎士団の魔法使いを全て動員すればなんとかなるだろう。



「良いのですか? 魔法使いは貴重なはず……」

「持つだけでは意味が無い。遊兵ほど無駄な物は無いのだから。要は兵を運用してこそ、だ。それに元々そなたの兵では無いか。それを余は間借りしているにすぎん。逆に聞くが、そなたの兵を使って良いか?」

「何をおっしゃる。我ら東方の兵は一兵も余さず殿下に献上されたのですぞ」



 ありがたい事だが、そこまで言わんでも……。

 そう思っていると扉が叩かれた。



「殿下。クラウスにございます。暖かいワインをお持ちしました」

「入れ」



 その言葉と共に初老の騎士が姿を表す。その手に乗せられた湯気を吹き出す盥に付けられたワインボトルと銀の杯。

 すでにコルクの抜かれた瓶からは芳醇な香りが立ち上っている。



「良い香りですな、殿下」

「うむ。これはどこのワインだ?」

「はい。この家に保存されていました。少々、味は酸味が強いきらいがありますが……」



 余はその方が好みだったりする。

 テーブルに置かれた盥に張られた水にクラウスが火の魔法を唱えて温度を調整して再度、ワインを加熱しだす。

 だが、辛抱するのは好みではない。戦でこそ辛抱がどれほど重要なのか理解しているが、食くらいは自由にやらせてほしい。



「あ! 殿下、何を!?」

「良いではないか。ミーシャ、余が注ぐから杯を出せ」



 困ったように細い眉をひそめる従者を無視してミーシャに杯を持つよう勧める。

 すると彼女は困惑しつつも堂々と杯をこちらに差し出してきた。



「うむ。それで良い」

「かたじけない。では敬愛する我が主君たるアイネに返杯をさせてくれ」

「いや、自分でやる」

「ならぬ! ボクが注ぐと言っているのだ。この辺境王のボクが!」



 そんなやりとりをしているとクスクスと忍び笑いが聞こえた。

 殺意とともにクラウスを見やれば「失礼しました」と恭しく腰を折る筆頭従者がそこに居た。



「なに、失礼ながらお二人が仲睦まじい姉妹に見えまして。いやはや」



 姉妹、ね……。



「確か、殿下の母君は東方の出でしたな」



 クラウスの言葉に頷く。

 この従者も言葉では出世を諦めたかのような事を言っているが、根にはまだ野心がくすぶっているのだ。だから時々、血の話に食いついてくる。



「そうだ。母とセルゲイ殿は従兄弟だったな」

「では殿下は東方王の継承権をお持ち、と言うことですな」



 楽しげに話すクラウスからミーシャに視線を送ると彼女は得意げに頷いた。



「その通りですな。いっそ、ボクを殺して東方王として即位されますか?」



 ギラリとした刃が向けられた気になる。久しぶりに挑戦的な瞳で余を見た(しんゆう)に冷たい視線を返せば急にふっとその瞳が消えた。



「元々、我らが王位は帝国の軍門に下った後に消滅しているも同然。今更東方王を名乗る意味もありますまい。

 おそらく、ボクが最後の東方王なのでしょうから」

「……東方辺境領姫としてその家格を保証する事は出来るのだぞ。それこそ父上に掛け合って東方の藩王として――」

「いえ、そのような支配される者は王とは呼べませぬ。我らは野馬と同じです。自由に草原を駆け、思うように生きる民。

 人に飼われる獣になっては同じように野を駆けられますまい。

 ですが、それでもボクは東方王を名乗らざるを得ません。それしかボクには無いのですから」

「……今更ではあるが、あの時は良かったな。互いが永遠の仇敵であると思えていた、あの時は」



 ただ、静かに立ち上る湯気を見ながら、そう静かに呟いた。


若干スランプ気味。銃火のでもあったし多少はね(ストック溜まるまでゆっくり更新です。ごめんなさい!)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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