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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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夕餉

 肩にかかる重みと柔らかさを十分堪能した後、彼女を起こす事無くテントに運ぼうと思ってゆっくりとミューロンの肩に手をかけて――失敗してしまった。



「――ハッ!?」

「あ、すまん。起こしちゃった――」

「や、夜間斥候に行かなきゃ!?」



 どうやらまだ寝ぼけているようだ。そんな彼女の頭をぽんぽんと叩いてあげると急に顔から火を噴きそうなほど赤くなり、瞳を潤ませて羞恥にプルプルと震える様はもう――。



「悔しいがこれは勝てぬのじゃ」

「ハミッシュがこの魅力を手に入れるのにあと何年かかるやら」

「同い年じゃぞ!」



 取りあえず中隊本部での仕事は終わったから後の事をラギアに託してミューロンを私用のテントに送ってあげるや、彼女はすぐに寝息を立て始めてしまった。

 脚絆も革のベルトも身に着けたまま、である。余程疲れていたのだろう。

 取りあえずミューロンのポーチからカートリッジを全て回収(火薬の管理を徹底するために使用しないカートリッジは輜重分隊に渡している)してから大隊本部に足を向けようと思ったが――。



「……なんでポーチの中が空なんだ?」



 この一週間、サヴィオン人を見つけては狙撃しての繰り返しだったが、ポーチの中身を使い切るほど攻撃した覚えはない……。まさか俺が寝ている間とかにこっそりサヴィオン人を狙撃に行っていたのか?

 戦闘狂(ミューロン)ならやりかねないな。

 とりあえず起こして事情を聞くのも悪いし、そろそろ大隊本部に出頭しないといけない時間になってきた。

 仕方ない。今はその事は置いてぐっすりと寝入る幼なじみを置いてテントをでる。



「……腹減ったな」



 林立するテント群から鼻孔をくすぐる華やかな香りが漂って来て腹の下をきゅぅと締め上げられる思いになる。

 チラっと見た感じ、根菜と米を味噌で煮込んだ雑炊のようだ。

 身も凍るようなこの季節に舌を焼くほど熱い粥をすすれる事ほど幸せな物は無い。それに味噌のうま味と根菜の甘みを吸い込んだ米をふぅふぅくと食えば活力も漲ると言う物。

 そんな美味を前に寝こけてしまったミューロンを哀れに思いつつ足早に大隊本部を目指す。

 と、言っても大隊本部はそう遠い所に無い。ぶっちゃけ徒歩五分。

 そんな大隊本部の衛兵に挨拶して入るとそこも外とは打って変わって温かな空気に包まれていた。もっとも本部に詰める幕僚は外の方が温かいと思えるほど冷え切った空気を醸し出していたが。



「ろ、ロートス中尉、ただいま戻りました」

「ご苦労、中尉」



 大隊長である美麗な騎士は色濃い疲れを隠さずそう答えてくれた。

 ジョン・フォルスタッフ・エンフィールド様が大隊長に復帰して一週間と少し。めっちゃやつれてる。

 それでもどこか薄幸のイケメンと言う空気が漂っているあたり流石だと思う。

 そんな疲れたエンフィールド様に今回の戦果を申し上げるとテントの空気が少しだけ軽くなった。



「騎士三人か……。四人の寡兵で成したにしては上出来だろう。後はその騎士の家格が高ければ言う事は無いのだがな」

「流石にそればかりは……」



 まぁ偉い騎士と言うのはどこに居ても目立つ格好をしているから見つけるのは容易だ。

 もっとも城外に出て除雪の指揮を執る騎士が偉いのかどうかは疑問だが。



「久しぶりに良い報せを聞いた。感謝するロートス中尉」



 朗らかに笑う美の化生。だが、周囲の騎士達の反応はそこまで良く無い。それほど問題でも起きているのだろうか?



「あの、ちなみになんですが、大隊の再編は?」

「……難しいな。なんの進展も無いと言って良い」



 アルヌデン会戦の敗戦でエンフィールド様率いるエフタル義勇旅団第二連隊第一大隊の損害は深刻だった。

 特にエンフィールド騎士団を中核にした第一中隊は全滅し、まともな戦闘が行える状態では無くなっていると聞く。



「馬の手配が難しいのでしょうか」

「まぁそれもあるが……。第一中隊は我が家臣団を主に編成していたからな。そこに傭兵をねじ込む事を父上が許してくれるかどうか」



 寂しげに顔を伏せる見目良い騎士。

 再び大隊本部の空気を重くしてしまった……。



「さて、腹が減ったな。飯でも食いに行こう。ロートス中尉も付き合え」

「え? はい、分かりました。では伝令をお借りしても?」

「あぁ。構わない。おい、伝令」



 あっという間に手筈が整えられ、俺一人を供に夜のレータリの町はハッキリ言って猥雑の一言に尽きた。

 雪積もる町とは言え、大路を行く人々は思いのほか多い。一日の仕事を終えて酒場に向かう職人達。それらを呼び込もうとする呼子。アルヌデンほどでは無いが熱気に満ちた町だ。



「ちょっとぉ騎士様! うちのお店はどぉ? 良い娘がそろってるわよ」

「そうか。だが、腹が減っていてな。飯がすんだら寄らせてもらおうかな」



 と、思っている傍から声をかけられた。

 深い赤色をしたドレスに身を包んだ妖艶な女性。その茶色の髪には衣服と同じ色の薔薇を模したリボンを付けたその人がエンフィールド様の腕を引こうとしている。

 あー。会社の飲み会帰りに声をかけて来るお姉さんと同じ空気を纏っているぞ。



「お食事も出せるわ。もちろん小姓さんの分もぉ」

「こ、小姓!?」



 すると疲れ気味の色を浮かべていたエンフィールド様に喜色が浮かんだ。てか、肩を震わして笑うのを我慢するな。

 そんな俺達に小首を傾げる娼婦。そんな彼女を置いて人々で賑わう食堂に入る。

 そこには酒を酌み交わす人々が盛大な雑音を作っていて、なんと言うか、伯爵大佐の入るような店では無いような気がした。



「なんだ。意外か?」

「正直に申しまして、その通りです」



 擦り切れた作業着姿の男達が木杯を打ち付け合って下卑た笑いを撒き散らす席。

 何やら噂話に熱狂する如何にも事務をしていると言うようななりの女性が陣取る席。

 雑多。

 人間も獣人も入り乱れ、その日の稼ぎからつかぬ間の安らぎを買った人々が集ったと言う感じはまさに大衆酒場のそれだった。

 そんな労働者の中になんの迷いもなく入って行くエンフィールド様を見るに少し不思議な物を覚えてしまう。

 そんな俺に何か察したのか、苦笑を浮かべた伯爵様が言い訳を呟くかのように口を開いた。



「昔、まだ父上や兄上が居た頃は良く部下とこういう所に入ったものだ」

「はぁ。そうですか……。あ、あそこ空いてますね」



 雑然と置かれたテーブルと酔っぱらいを避けて二つの椅子が置かれた小さなテーブル席を確保するとそれを見計らったように使いこまれたエプロンを腰に巻いた給仕の少女が「ご注文は?」と溌剌とした声と共に現れた。



「酒を二つ。あとつまめる物は何がある?」

「本日は川魚の塩焼きが入っておりますが」

「それを二人前頼む。あと麦飯と汁物も」



 「かしこまりました!」と元気の良い声と共に給仕が去るとエンフィールド様はやれやれと言う具合に椅子に深々と座りこみながら自虐的に言った。



「だいぶ手慣れているだろ?」

「確かに。たぶん、俺より慣れているんじゃありません?」



 辺境の森育ちだとこういう店に入るのも年に一、二度しか機会が無いから逆に落ち着かない。アルヌデンでも基本は中隊本部だったり、街に入っても屋台で買い食いくらいしかやったことが無い。



「ちなみにいくらなんです?」

「ん? そんな事心配しなくて良い。奢らせて貰おう」



 ………………ありがたい言葉だが、裏は無いのだろうか。

 このイケメン騎士様に付いて長くないが、それでも褒美を与えれば人は動くと思い込んでいるこの人の事だから何かあるかもしれないと勘ぐってしまう。



「なんだその顔は。エルフと割り勘じゃ貴族の名が廃るだろ」

「そう威張れるほど貴族していないように見えるのですが」

「はは。そうかもしれないな。だがそれでも見栄をはらなくてはならないのが貴族だよ」



 そう言う物だろうか。だが、いくら警戒しても仕方ないかもしれない。だって軍隊における伝家の宝刀『命令』が抜かれれば俺はどうしようもないのだから。

 鬱々としながら当たり障りのない世間話を交えていると陶器の酒瓶とコップがドンとテーブルに置かれた。威勢が良い置き方だなぁ。



「はい、お待ち! お酌もする?」

「んー。いや、君も忙しいだろう。私達につき合う事は無いよ」

「えー。騎士様に指名されたとなれば少しはゆっくり出来るんだけどなー」



 給仕がチラリとカウンター席の奥――厨房を見れば頑固そうな男がこちらを睨んでいた。

 そして周囲からも殺気のこもった視線がこのテーブルに集中しているし、賑やかだった店内もいつの間にか音が消えていた。どうも看板娘を独占されている事が我慢ならんのだろう。



「私ごときが君を独り占めしては皆に悪い。さぁ戻り給え」

「もー」



 べぇっと可愛らしく舌を覗かせてクルリと背を向けてカウンターに駆け出すと安堵したように周囲に会話が満ちる。



「可愛らしい娘だ」

「そーですね」



 いや、まぁ先ほど殺気を向けた連中の中に俺も居たのだが、やはりイケメンはそんな連中は眼中に無いようだ。クールな表情で肉厚なカップに白く濁った酒を注いでいく。



「もしかしてダクラウは初めてか?」

「見たこと無いですね……。酒と言えばリンゴ酒(シードル)なので」

「あぁ。エフタルの酒と言えばリンゴ酒(シードル)だろうな」



 白濁した液体が並々と指先で摘めるほど小さいコップ――お猪口のような――に注がれている。

 どこか嗅いだ事のある匂い……。



「では選抜猟兵(スナイプイェーガー)の凱旋を祝って乾杯」



 小さく杯が掲げられ、一気にエンフィールド様の口内に消えていく白い液。いや、ほら得体の知れない物を口にするのって勇気いるじゃん。

 恐る恐る口をつけると華やいだ香りと共に切れのある甘さが舌に広がった。

 果実酒とは違う甘さと共に喉を焼くように流れるアルコール。あ、これ濁酒じゃん。



「ぁあ……」

「エルフの口にあうかな?」

「懐かしい味です。前世で飲んだ味です」



 するとエンフィールド様が俺が冗談でも言ったのかと思ったのか、カラカラと笑いを浮かべた。

 本当の事なんだよなぁ。居酒屋に誘って貰ったは良いが、昔ながらの体育会的なノリで先輩にさんざん飲まされて混濁した意識の中、割り勘にさせられたあの晩……。



「強い酒だからゆっくりと飲もう」

「確かに。ドワーフ連中が喜びそうな味ですね」



 懐かしい味を再び含むと、カウンターからあの元気娘が両手に盆を乗せてやってきた。

 そこにはふっくらと炊かれた麦飯にジュウジュウと油の跳ねる焼き魚。そして白い湯気を立ち上らせる汁物。

 たぶん、結構な額の気がする。



「お待たせしました! ではごゆっくり」



 手早く盆をテーブルに置くや今度は絡み無く立ち去る給仕。どうも一度フラれた客には再アタックはしないようだ。



「では頂こうか」

「はい」



 と、箸を手に取ったは良いが、エンフィールド様はぶつぶつと祝詞を唱えだした。確か、人間が信じる星神様へのお祈りだっけか?

 人間族はみんな食前に食い物がある事に感謝し、明日もその祝福があるよう手を合わせるのだと言う。もちろんエルフにも今日の糧があることを森と木の神様に感謝するが、それは心の中で唱えるのが一般になっている。

 それにちゃんとした祝詞なら獲物を仕留めた時に行っているから食事の席でも言わなくても良いんじゃと言う感じもあって、今思うと随分ルーズな宗教を信仰している。



「すまん。待たせたな」

「いえ、ではあらためて」



 大隊長殿の箸が麦と米を併せて炊かれた麦飯を口に運んだのを見届けて飯を口にする。

 弾力の違う二種類の飯が噛む毎に素朴な甘みを広げてくれる。それから透明な汁の入った椀を流し込めばため息が漏れた。

 魚の出汁が染み出た汁と飯の甘みが混ざり合い、口の中をスッキリとさせてくれる。素朴でありながら上品な汁物がなせる御業だ。



「一気に顔がだらしなくなったな」

「そもそもこんなしっかりした飯を食べたのは久しぶりです。村じゃいつも粥だったので」



 箸が立つほどの粥こそ贅沢と過ごしてきたのだ。しっかりと炊けた飯など成人の儀の時か、それこそスターリングの街でしか食った事がない。



「魚も良いぞ」



 言われるがままにコンガリと焼かれた細身の川魚に箸を付ければパリっとした皮が良い音を立てると共にふっくらした身が姿を表す。

 それを口にすれば柔らかな身と強烈な塩味が広がる。その塩味を麦飯で中和しつつ噛みしめれば至福の味がした。



「気に入ったようだな」

「えぇ! これは良い!!」



 そして飯の間にちょびちょびと差し込まれるダクラウが、合う。

 調和の取れた食事と言う奴だ。これは久しぶりに胃が満足している。



「……所でロートス中尉」



 飯も終盤。

 満足気味に汁物を飲み干して残ったダクラウを二人で分けている時にエンフィールド様が声のトーンを落として来た。

 くそ、せめてこの満腹感のまま宿営地に帰してくれ。そんで嫌な話は明日にすれば良い。

 こっちは過酷な一週間の敵地潜入作戦してたんだぞ。休養くらいくれ。



「なんでしょう」



 とは言えそれを拒める立場でも無い。



「騎士の間で君の事を快く思わない連中が出始めている」

「……なんでまた」

「騎士を殺しすぎているからだ」



 騎士を殺す?

 とは言え俺が殺してきた騎士は皆、故国の敵しかいない。そう、ハカガ中尉――戦死後少佐――も含めて。

 いや、確かにハカガの事はまずかったとは思うが……。

 それにその件について中隊では無かった事になっているし、当時の直属の上官たる第二連隊長キャンベラ・エタ・ステン伯爵大佐も『勇猛果敢なハカガ少佐は敵の凶刃に倒れた』と発表している。つまり事実の隠蔽は完璧であるはず。



「あの、失礼ながら一体なんの事で?」



 急速に酔いが冷めていく。火照った頬が鬱陶しい。

 こんな事なら飲むんじゃ無かった。



「サヴィオンの騎士を殺しすぎたと言うことだよ」



 ……まったく意味が分からないんですが。


本格的飯テロにチャレンジ!

他の作者様はどうしてあんなに美味しそうに書けるのか不思議でなりません。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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