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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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レータリの冬

挿絵(By みてみん)

アルツアル全図


 アルツアル王国北西地帯――エフタル公国との国境を守るアルヌデン辺境伯領の南部に位置するレオルアン公爵領の領都である水都レオルアン。そこは幾多の大河が混じりあう水運の要衝として栄えている街であり、アルツアルの大動脈と言っても過言では無い土地だ。

 そんな水都とアルヌデンを繋ぐアル=レオ街道の宿場町――レータリにアルヌデンからの敗残兵が屯していた。



「おら道をあけろ! ひき殺すぞ」



 雪雲に覆われてただでさえ薄暗い世界が濃くなり出す頃。家路を急ぐ人々の姿が増えた街道に野蛮なケンタウロスの叫びが響いた。街道を歩いていた商人達が迷惑そうに道を譲っていくのを見るに心の中で謝って行く。

 そして宿場町レータリの手前でカーブ。四面の三角形が林立する野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊駐屯地にてゆっくりと橇が止まった。



「よし、降車、降車」



 踏み固められた雪に足を取られそうになりながら橇を降りると地面が揺れていない事に違和感を覚えてしまった。

 もっともアルヌデンから徒歩で二、三日はかかる距離にある宿場町まで徒歩で帰らなくてすんだのだから文句は言えない。てか、だいぶ飛ばして来たな。ケンタウロス族と言うのは想像よりもタフなようだ。



「タルギタオス中尉。この度の支援を感謝します」

「なーに。いつまでもエルフや獣人に活躍の場を奪われちゃ一族の名が廃るってもんだ」

「……次の尾獲物は渡しませんよ」

「だったら我々より先を駆ける事だな! あはは!」



 ケンタウロスより早く駆けろってなぁ……。

 だが気持ちよく笑う彼に毒気も抜かれると言うもの。



「ところでなんですが、今回は俺達の支援を引き受けてくれたんです? それも非公式の共同作戦なんて上にバレたら……」



 今回の作戦はたまたま浸透攻撃を実施していた第二連隊の選抜猟兵(スナイプイェーガー)と敵情偵察に出ていた第一連隊のケンタウロス騎兵がたまたま合流出来たから一緒に帰って来たと言うシナリオになっている。

 故に元から連隊の垣根を越えた共同作戦と言う訳では無い。だからその理由が知りたかった。



「あぁそれか。なんつーかな。最初から話すとすると……。そうだな。御前演習の話からした方が良いな。覚えているか?」



 もちろんだ。アルツアル王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル殿下の御前で披露されたあの演習。

 もっとも最終的に野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊は成す術なく敗走したのだが……。



「あの時、テメェ等は手を抜いたろ」

「別に手を抜いた覚えなんて――」

「いや、抜いた。最後の局面だ。騎兵突撃(ランスチャージ)を受けた最後の最後。それまで死んでもその場を動かないと言う闘気が途絶えた」



 そう言えば勝てる見込みが無くなったから撤退と言う選択をしたが、どうも手を抜いたと思われているらしい。



「だが、途中で掻き消えたとは言え演習なのにあの殺気を向ける奴がいると思うと、なんだか楽しくてな。

 どんな奴が指揮官なのかよく知りたかったからあんたの願いを受け入れて直にそれを知ろうと思ったわけさ」

「で、どう思ったんです?」

「えらく小胆の割に行動力だけはある」



 誉めてるのか? いや、貶してるのかな? 判断に迷う。



「まぁ互いにサヴィオンを憎んで居ると言うことは分かった。あと、曾祖父さんがエルフと森で戦をするなと言っていた理由も分かったな」



 どうやらどこの種族も同じような事を教えられて育つらしい。

 まぁ曾祖父さん世代――たぶん爺様世代は各種族が群雄割拠していた時代だったらしいし、そう教えられるのもしょうがないか。



「じゃ、また何かあれば誘ってくれ。冬は退屈だからな。ロートス中尉となら面白そうな戦争(あそび)が出来そうだ」

「そうですね。その時はよろしくお願いします」



 ニヤリと敬礼を交わして雪原に消えていくケンタウロスの姿を見送るとミューロン以外の選抜猟兵(スナイプイェーガー)に別れの命令を伝える。



「さて、中隊本部に行くぞ」

「えー。少し休みたい」

「報告が終わったらな。あとミューロンは小隊先任軍曹からちゃんと引継を――」

「うへぇ……」



 ミューロンよ、これしきのブラック待遇で根を上げるとは情けない。

 ゼロ泊出張からのプレゼンと外回りのコンボを食らってからが本番なのだよ。

 ――って、俺は何と張り合っているんだ……。



「でもこれが終われば少しはゆっくりと出来るかな」

「うーん。さすがにわたしも疲れちゃったから休みたいなぁ」



 さすがの戦闘狂も満足感を覚えるほどの仕事だったか。それとも橇に揺られる事に疲れてしまったのか。

 そんな疲労で目を細めて油断している彼女の軍帽をサッと奪い、金の髪を優しく撫でてやる。これくらいのご褒美は与えなくてはな。



「よく頑張ったな」

「うん。いっぱい殺した(がんばった)よ」



 偉い、偉いと良いながら中隊本部となっている大テントに近づくと衛兵が武器を垂直に構えた礼をする。

 それに答礼してテントに入ると頬を優しい熱気が包んでくれた。



「はぁ……。あったけぇ」



 テント中央に置かれた火鉢に群がるように座る中隊要員の面々が立ち上がり、敬礼を――。



「あぁそのまま。敬礼は良いから俺達も混ぜて――」

「兄じゃ帰ったか!」



 群の中から一匹、蜂を思わせる鋭さで栗毛色の小さい影が突っ込んできた。

 ドスッと言う音とを受け止められたのは奇跡だった。



「ハミッシュ、その、ずっと言っているが兄じゃと言うのは? 確か、俺にはドワーフの妹は居なかったような……」

「いや、信頼の証としてわしはロートスの事を兄じゃと呼ぶ事にしたと前にも言うたろう」



 幼女然とした親友が事も無げに無い胸張って宣言すると急に新たな力が俺の体に加えられた。



「ハミッシュ! ロートスはわたしのだからね! そんなベタベタするのはさすがに許せないかな」

「その言葉そのまま送り返すのじゃ。そもそもミューロンは一週間もロートスと共に過ごしていたでは無いか。つまりわしは一週間ロートスとベタベタしておらなんだ。なら、飛びつく事くらい許容されてしかるべきでは無いか?」

「むむ!? 確かに」



 ちょろい。

 ちょろ過ぎるよミューロン。恋敵にまんまと言いくるめられるなんて。

 やっぱ可愛いな。こう、悪い人に騙されないよう永遠に守ってあげたくなる物を持っている。



「ぬぅ……。やはりミューロンには勝てぬか」

「え? なにが? わたし、何か競ってた?」



 俺の表情を見て自然と敗北を知った婚約者候補その二。だがその勝利に気づかない婚約者候補その一。

 うーん。世界がこれくらい鈍感だったら争いも減るだろうに。



「ロートス殿。よろしいでしょうか」



 薄茶色の肌をしたホブゴブリンのラギア曹長が遠慮がちに言う。彼のだみ声に呆れが多分に含まれているのを感じつつ「何か?」と問えば輜重分隊長はあくびを堪えつつ言った。



「……。まず、無事な帰還をお喜び申し上げます」

「白々しいな」

「白々しくもありますよ。ここは寝屋じゃ無いんですから。それに夫婦芝居はゴブリンも買いません」



 苦言を呈されても言い返せない。確かにメリハリと言うのは大切だし、俺も気をつけよう。

 だが、ラギアの話はそれだけでは無いのだろう。



「で、本題は?」

「色々と。まず冬越に関して我らが必要となる物資の予算書ですが、作成は非常に困難です。と、言いますより現在手つかず状態です。なんでもレータリからの撤退があるとか」

「撤退?」

「えぇ。なんでもアル=レオ街道を放棄するとか。そのような策に出るのなら越冬より行軍を想定した物資調達をせねばならないので予算が組めなくて。

 性質の悪い事に噂の出所はどうも連隊司令部のようで。あながち嘘と断じられません」



 連隊か。そんな上級司令部での噂なら見過ごすわけにはいかない。本当に撤退となれば行軍用の物資が必要になって来るし、冬営用の装備をここで調達するのは避けた方が無難か。

 そう考えているとラギアは「どうも……」と顔をしかめながら言った。



「どうもレータリの町長が町で一戦起こるのを恐れているようです」

「アルツアルの戦争でもあるのに戦を拒否するのか? レータリの町長はサヴィオンから調略でも受けたか?」

「それはどうだか。ただ商人として利益が損害を上回らない限り戦争に協力したくないのでしょう」

「それは利敵行為に当たるんじゃないか? 俺が上級司令部に属して居たらそんな町長、銃殺にしている」

「誰もがロートス殿やミューロン殿のように振舞える訳ではありません。ですが、どちらにしろ確証はありません」

「そうか。よく調べてくれた。とにかく、これから大隊本部に出頭するつもりだからエンフィールド様に確認してみよう。俺が居ない間の軍議で何か、決まったのかもしれないし」



 アルヌデン会戦後、しばらく行方不明になっていた大隊長だが、敵の捕虜になる事無く帰ってきたのだ。

 故に大隊の中に留まらず不屈の騎士だと名声を高める美麗な騎士は今や時の人になりつつあった。



「で、他は? 中隊の再編はどうなっている」



 火鉢に炭を足しつつ手を擦る。この暖かさのせいで急激に広がる毛細血管のせいで指先が痒い。



「手間取っているとしか……。先任曹長の話によればあと一週間もあれば最低限の仕込みは出来ると」



 アルヌデンでの戦いを通してもっとも損害が多かった第二小隊の欠員補充を急いでいるのだが、そう上手く行っていないようだ。



「急がせなくちゃな」

「それが先任曹長が張り切るせいで最近は喧嘩が絶えません」

「喧嘩が出来るほど元気なのか。ならもっとしごかせよう。自分の意志を持てなくなるくらいに」



 悪いが、入隊者には歯車になってもらおう。

 思考する兵では無く、ただ従順に号令の通りに長槍(パイク)を構えるだけの歯車に。



「新兵は多少、手荒く扱っても構わない。彼らは他に行くべき場所が無いからな」



 新兵の多くはアルヌデンからの難民だ。

 サヴィオン帝国の掲げる人間至上主義がアルヌデンを統治するようになれば人間族以外の排斥が起こるのは道理。それを見越して逃げ出したは良いが、財産も家も仕事も無いと言う人々が街道伝いに各宿場町に溢れてしまっていた。

 そうした難民に戦争と言う仕事先を斡旋しているのが野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊だった。



「……ゴブリンが見ても感心しないやり方です」

「ゴブリンにそう言われちゃお終いだな」



 さすがのゴブリンもブラック体質な環境は苦言を呈するらしい。

 だが、他にすがりつく宛が無いから悪魔の手でも掴んでしまおうと言う心理は世界を越えて普遍の物でもある。

 いつも辞めてやると思っていても辞表を書く事をしなかった俺もそうだったし。



「何にせよ第二小隊の戦力補充は急務だ」

「それは同意致します。あぁと先ほどハミッシュ軍曹と話した結果なのですが……」



 そう言えば准士官以上の者以外で屯する事が出来ない中隊本部になんで軍曹のハミッシュが居るのだ?



「アルヌデン撤退時に持ち出せるだけ持ち出してきたドワーフ製の銃身と発火機構ですが、本日やっと組み上げが終わりました。占めて三十丁です」



 アルヌデンの大工房で作られたドワーフ謹製の銃身は中隊主力火器である火縄銃(アルケビュース)の銃身より遙かに軽く、その上頑丈に出来ている。

 それらの多くはアルヌデン騎士団やエンフィールド騎士団に売買されるはずだったのだが、それはアルヌデン敗戦を期に水泡と期してしまい、銃身が余ったのだ。

 まぁ、捨て置くには惜しいからありがたく中隊が回収し、現在ハミッシュ達ドワーフ勢に組立を依頼している。



「でもライフリングが無いんだよなぁ」



 贅沢を言えば射程、精度の面から言って滑空銃身の奴より施条銃の方が欲しい。

 射程が伸びればより敵を早期に攻撃出来る。そうすれば火力の投射量も跳ね上がるし、現状の兵員数でも戦力規模を大きく出来る。

 しかし我らが銃職人であるハミッシュは顔をしかめるばかりだ。



「しかしのぉ。ラギア曹長の言う撤退の件もあって小さい工房の借用は出来たが、水車を改造してライフリングを刻むような大規模な物は難しいと言わざるを得ないのじゃ」

「……しょうがないか。後々にでも入れよう。もう銃は分配したのか?」

「まだなのじゃ。その分配先をラギア曹長と話していて――」

「ワタクシ共の見解として射撃技能の高いエルフに配分する事は決めたのですが、よろしいでしょうか」

「あぁ構わない。ちなみに発火方式は?」

「火打ち石式じゃ。レオルアンに近いだけはある」



 大河が幾本も交わる地にある水都レオルアンは王都や海岸部の都市と船を使った交易が盛んと聞く。

 故に流通の中心地から溢れた品がアル=レオ街道でアルヌデンの街に届けられるはずだったのだ。だが、商売相手のアルヌデンは敵の手中にあり、商売に行けないため北に向かっていた物資がここで立ち往生している。そのため安く色々買えた。



「そうか。火打ち石でやれるのか。それも三十。だったら第一小隊に配った方が良いな。

 で、第二小隊に余った火縄銃(アルケビュース)を分配して――」

長槍(パイク)兵が減るのじゃ」

「それはそうだが、オークが居れば問題無いような」



 豪腕無双を誇るオークが居れば一個長槍(パイク)兵小隊が居なくても十分かもしれない。

 それに銃なら調練は早期に片づく。



「さて、訓練計画も見直しか。そんで銃兵を増やすんだから火薬の調達量も増えるし、装備に関わる費用も手を加えなくちゃならんか」



 つまり仕事が増えると言うことだ。

 それにラギアがげんなりしているが、仕方ないのだよ。

 何もブラックなのは兵だけに対してでは無いのだよラギア曹長。



「と、言うことでミューロンも小隊に新しい武器を――」

「……すぅ」



 座った姿勢のままこくん、こくんと揺れる幼なじみ。小さな口もとから涎が垂れそうになっている。

 これまでの疲れと暖かな空気に気が緩んだのだろう。そんな彼女を抱き寄せて肩を枕代わりにしてあげる。



「ずるいのじゃ」

「そう拗ねない」



 小言を言うもそれ以上は言わないハミッシュ。それに拗ねても居ないのだろう。

 親友はただ静かに午睡を堪能するミューロンの小さな手を握った。

 なんとも不思議な関係だ。

 恋敵同士が手を取り、その標的となっている俺が見守っている。

 なんとも穏やかな恋いの戦いだ。やはり女心は分からない。



「そう言えば兄じゃ。わしに預けてくれた小刀じゃが」

「あぁ、あれか。どう? 直せそう?」



 睦まじい空気に耐えられなくなったラギアが黙って席を立つと壁際に押しやられたテーブルに向かうのを見つつ訪ねる。ごめんねラギア。



「無理なのじゃ。打ち直さないと」

「……やっぱりか」



 アルヌデン会戦の際に酷使した父上の形見……。

 いや、形ある物はいずれ壊れる宿命なのだ。あそこまで使えばきっと父上も許してくれるはず。



「じゃ、打ち直してくれるか?」

「任せて欲しい所じゃが、設備が無いのじゃ」



 なるほど。仕事に工房探しが加わるか。なんか既視感があるが、仕方ない。

 まぁ、ここで一から銃を作らせるわけでは無いし、小刀くらいすぐ作れるかな?

 肩にかかる優しい重さを感じつつ、そう思った。


感想返信は今夜行います。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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