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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第三章 アルヌデン平野会戦
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雪森にて

本日2/2投稿ですお気をつけください。

 白と黒の交錯する世界。音をも吸い込みそうな森の際。

 その彼方に広がる街道には複数の人手が蠢いていた。作業を監督する騎乗した騎士や槍を携えた歩兵。それらから熱い視線を受ける薄着の獣人達。獣人とは言えアルツアルでは無くエフタル中部に定住するキツネ耳を有した連中や北方のワーウルフ族と雑多な感がある。恐らくエフタルから強制的に連行されて来たのだろう。

 そんな獣人達は木製の簡素なスコップを振るって街道に積もった深雪をどかす作業を永遠とこなしている。どいつもこいつも戦意の欠片なく、ただ服従と言う絶望に染まった瞳をしているのが哀れで仕方なかった。



「おい、そこ! 誰が手を止めて良いと言った!? この汚らわしい獣共め! 星神様の寵愛から取りこぼされた哀れな種族め!

 そんな貴様らにぃ、居場所と飯を与えてやっている恩義を忘れたかッ!」



 騎乗した騎士が叫ぶ。毛皮のマントを厳重に着こんだ騎士が叫ぶのと歩兵が槍の石突で痩せこけたキツネ耳の青年を打ち付けた。純朴そうな表情を浮かべていたであろう頬は痩け、麻で出来た耐久性だけが取り柄の薄着の隙間から数多の青痣が見える。

 だがそれ以上に驚いたのはそんな仲間に視線すら合わせない同族達だった。皆が顔をそらし、次の標的となる事を恐れているのが伝わると共に口の中に鉄の味が広がった。

 ゆっくりと銃を構える。雪が柔らかく積もった森の一角からゆっくりと呼吸を整えつつゆっくりと、そして静かに撃鉄を完全に押し上げてやる。


 カチリ……。


 それと同時に周囲の殺気の濃度が立ち昇る。だが誰も彼もその姿はよく見えない。それでも確かに存在する敵意の濃度がそこに仲間が居る事を教えてくれる。



「はぁ……」



 小さく息を吐いて撃鉄を押し上げた手で真綿のような雪を一口に押し込む。父上が冬に狩を行うなら白い吐息をこうやって隠すと教えてくれたのだ。



「はぁ……」



 木に体を預け、左膝に左肘を乗せ、その上に銃を置く。

 上下左右に緩く動く銃口。その五十メートルほど先に苛立ちを隠さない騎士を捕らえ――。

 轟音。白煙。

 ドシリと木の枝に降り積もった白い塊が落下すると共に人馬の悲鳴が上がる。

 ち、馬に当たったか。だが後悔する前に二発の銃声が連続して森を揺るがす。



「撤収! 撤収!」



 腰を低くしながら立ち上がる。すると周囲から白い塊が同じようにのそりと立ち上がって森の奥目がけて走り出す。

 皆、濃紺の軍衣の上に白色の個人テントを纏った上でそこに草木を巻き付けて偽装していたのだ。

 ここ最近の戦闘や泥に染まって汚れに汚れ、黒い森で最大の迷彩効果を発揮してくれていた。

 もっとも薄い油布に防寒性を求められる訳が無いのが唯一の欠点か。

 そんな事を思いつつかんじきを結び付けた軍靴が新雪を蹴飛ばしていく。

 おかげで踏み固められていない雪の上でもなんとか走る事が出来るのだが――。



「敵襲! 森だ! 森に居る――ぐああ!!」



 混乱に包まれた背後から立ち直りの兆しが生まれた瞬間、銃声と共に悲鳴が響き渡った。それに数瞬遅れてのそりと新たな白い影が走り出す。



「やった! 命中したよ!」



 鈴の跳ねるような声。やっと追いついて来た親友は碧の瞳を輝かせて朗らかに笑う。

 まるで雪の精霊だ。

 白の装束に汚れを知らない白磁の頬。雪の中で戯れ、舞うようなその姿はまさに雪に魂が吹きこまれた存在と言われても疑問が湧かない。



「綺麗だ……」

「え? な、何急に?」



 雪と見間違うような頬が朱に染まり、今にも溶けだしそうだ。その蕩けた顔を見れただけでも今は満足。

 そのまま森の中を駆け続けて街道の喧噪が遠ざかったのを見計らって総員に止まれの命令を出すと白装束のエルフ達が集まって来た。俺を含め四人。誰もがハミッシュ謹製のライフルを手にしている。



「モーネイ伍長は周辺警戒を。他は再装填」



 ミューロンより二つ年上の少女が木々に紛れる様に消えていく。それを視界の端に移しながら体に巻いたテントを縛るベルトに手を伸ばす。

 かじかんだ指でポーチの留め具を外すのに苦労しているとミューロンが「ねぇ、あの獣人の人達……」と捨てられた子猫のようなか細い声で言った。くそ、考えない様にしていたのに。



「助けるのは無理だ。見たころ騎士一人と歩兵が三人居たが、あの他にもいるだろ」



 襲撃前に観察したところ獣人だけで二、三十人は居そうだった。それをあんな少数で警備出来るはずがない。普通に考えて逆襲出来るし。だから他にもサヴィオン軍は居たのだろう。ただ見えないだけで。



「それに辛い事だが俺達にその力は無い」

「銃があっても?」



 その言葉に思わずクスリと笑みを零してしまう。この戦争が始まる前まで彼女は銃をあんなに毛嫌いしていたと言うのに。まるで新しい神と出会ってしまったかのように信奉してしまうとは。



「もぅ。笑わないでよ」

「悪い、悪い。あぁ、みんな装填終わったな? ミューロン、モーネイと代わってやってくれ。あぁくれぐれも敵を求めに行くなよ」

「分かってるよ!」



 むぅと頬を膨らませた彼女がくるりと背を向ける。

 さて、今の所ではあるが作戦は無事に推移していると見て良いかな。



「モーネイ伍長。敵はどうだ?」



 背後から迫る足音を背に聞きながら問うと「敵は捜索隊を編制しているようです」と簡素な答えが返って来た。

 彼女はエフタル南部の部族出身の寡黙なエルフだ。所属の中隊本部直轄第一分隊でも物静かな印象しかないが、よく分隊長を補佐していると聞く。



「さて、これで任務(ノルマ)達成と見て良いかな。おい、戦果確認はどうなっている? 馬一頭は仕留めたが……」



 その言葉に俺よりも一回りは年上のエルフが「オレは一発歩兵に当てた。モーネイのはダメだったようだが」と言う。

 それにミューロンが一人仕留めたと言っていたから殺害戦果は二人と不明一人か。

 まぁここ一週間ここらへんの森を巡って騎士を見かけたら襲撃するの繰り返しで騎士三人、傭兵と思わしき歩兵六人をやって来た。

 まぁこれだけやれば十分だろう。



「さて諸君。そろそろ切り上げて撤退行動に移ろう。選抜猟兵(スナイプイェーガー)として十分な仕事を果たしたからな。ミューロン! 集まれ。さぁ帰還しよう。我らの中隊に」



 雪を踏みしめ、先ほど除雪作業が行われていた街道と森を挟んだ反対側に歩を向ける。脳内地図を元に周囲の地形や特徴的な木々を探し出して来た時とは真逆のコースを辿って行くとすぐに目的地である副街道に行きついた。


 だが、まだ森の中。そこから開けた街道を伺えば革鎧に複合弓(コンポジットボウ)のみを装備したケンタウロス達が屯しているのが見えた。もちろん人間至上主義を国是とするサヴィオン帝国がケンタウロス騎兵を迎え入れるはずもなく、彼らは紛れも無い友軍である事は明白だった。

 だが迂闊に飛び出す様な事はしない。



「太陽!」

「……! 北風!」



 予め決められた符号を叫んでから森を出るとすぐに彼らも応じてくれた。

 やれやれと安堵を覚えつつ副街道に出ると中尉の飾りが彫り込まれた籠手を身に着けるケンタウロスが歩み出て来た。



「おや? 第二連隊のロートス中尉じゃねーか。偶然(・・)だな。偵察に来たら顔なじみに会っちまった」

「確かに奇遇ですね、タルギタオス中尉。たまたま(・・・・)会えるとは世の中狭いようです」



 ニヤリと口角を釣り上げる指揮官二人に周囲から呆れたような視線が帰って来る。

 さて、茶番を終えた所で早々に離脱にかからねばならない。

 ケンタウロスが偶然牽いて来た橇にエルフ四人が乗り込むと一団は雪深い副街道を進んでいく。

 一息ついた気持ちで橇(幌もついていない)の壁にもたれかかっていると一騎のケンタウロス――この中隊を直卒する中隊長のタルギタオスが含み笑いをしながら覗きこんできた。



「どうだ? 戦果は?」

「上々。騎士もやった」



 快活な笑いが寒風に混じる。

 そして気づいたが、ケンタウロス達は走りながら陣形変更を行っている。前衛は八の字状に散開して索敵に努め、他の面々は橇を挟むような二列縦隊になるよう機動――それも雪道を駆けながらだ。

 やはりケンタウロス族は凄いな。



「どうしたポカンとして」

「いや、凄まじい技量だと思って」

「こんなもん誰だって出来るさ。それよりたった四人で敵の勢力域に飛び込むなんて真似は早々出来るもんじゃねーぞ」



 タルギタオスの言葉に思わず頬が緩む。それも俺だけではなく橇に乗り込んだ面々全員が。

 とは言え、俺達も誰でも出来る事をしているに違いない。強いて言うなら誰よりも射撃の腕がある事くらいだが。



「いつも通りの事ですよ。いつも森に分け入ってれば静かな歩き方くらい身に着くもんです」

「そう言うもんか? いや、そうかもしれねーな」



 したり顔で頷くケンタウロス。どこをどう言う思考をしてその結論に至ったのか少々気になるが、気の早い連中が多いケンタウロスらしいと言う事にしておこう。



「右前方! 敵騎士団! 多数!」



 前衛を走るケンタウロスが叫ぶ。橇からじゃ立ち上る雪煙のせいでよく見えないし、びゅうびゅうと吹きすさぶ風のせいで馬脚の音も聞こえない。

 そんな状況下でもこの世界で最強の騎馬民族であるケンタウロス達は弓を背負い、腰の鞘から曲刀を抜き放つ。片刃片手の剣が乱暴にギラリと輝いた。



「皆の者! 待ち望んだ敵が現れた。さぁ敵を震え上がらせてやろう。面白いぞ!」



 戦好きと名高い一族に違わぬ戦意を顔に張り付けたタルギタオスが高らかに剣を突き上げる。それと同時に周囲のケンタウロス達も抜剣。喊声を口に楽しそうに笑う。



「第一、第二分隊は我と共に敵に突っ込む! 残りは橇の護衛だ。皆に風と土の神様の加護を! 突撃にぃ、進めぇ!!」



 溜められた物が爆発するように駆け出すケンタウロス達。彼らは走りながら街道一杯に横隊を汲み上げていく。まさに見事。これほど雪が積もっていると言うのにそれを物ともせずに吶喊していく。



「やるな! さすがとしか言えないな!」

「関心してる場合じゃ無いよ。わたし達も攻撃の準備をしなきゃ!」



 ケンタウロスから視線を移すとそこに凄惨な笑みを浮かべた幼なじみが居た。

 まるでご飯を前に待てと言われた犬のような顔。どうやら俺の婚約者その一はまだ血が足りないらしい。



「戦闘用意。ただし撃鉄は完全に起こすな。射撃準備を整えて各自待機」



 雪を駆ける橇とは言え全力で走るケンタウロスに牽引されているため上下に小刻みに揺れるし、思い出したように下から突き上げられる事もある。そんな中で安全装置(セーフティ)たる撃鉄をフルコックしたら暴発の危険も出るからハーフコックで止めさせておく。

 まぁ銃が衝撃に弱いのは仕方ない。軍用のそれはどうか知らないが、猟銃を落っことして暴発すると言う事故は結構あった。

 こんな所で味方の弾丸に倒れるのも倒してしまうのも嫌だ。



「おい、エルフ共! 見えたぞ」



 橇を牽くケンタウロスが叫んだ。彼が曲刀で指し示した先にはケンタウロス騎兵の突撃を受けてゴチャゴチャと入り交じった戦場があった。くそ、こんなに乱れちゃ仲間に当たるかもしれない。



「射撃はまだだ! そのまま待機!」

「でも! わたしなら当てられるよ!」

「待機だ、待機!」



 今にもガルルと唸りそうなミューロン。まぁ待ってくれ。今、自分を押さえるだけでも手一杯になりつつあるんだからさ。

 そう思っていると橇の一団も敵中に突入した。そして突破する。

 とくに何をするでなく、騎士は周囲のケンタウロスと一閃剣を交えて駆け抜けていくのだ。彼らは立ち止まる事無く機動し続け、一合交えたら離れていくのを繰り返した結果、俺たちはすぐに敵中を駆け抜けてしまった。

 それを見たタルギタオスが首にかけた笛を吹き鳴らす。鋭い音と共にケンタウロス達は迷い無く反転。崩れた陣形を整えながら撤退してくる。



「追え! 追え! 逃すな!!」



 逃げれば追う。サヴィオン騎士達は乱れた陣形を必死に整えてから追撃に出てきた。

 普段であればケンタウロスにスピードで勝る馬等そう居ないのだろうが、今回はお荷物(おれたち)を抱えているせいで距離が段々迫ってくる。



「射線をあけてくれ! 攻撃出来ない!」



 つい、辛抱たまらず叫んでしまった。後方に栓をするよう広がるケンタウロス達のせいで撃てないのだ。

 もう友軍諸共撃っちゃおうかな。



「アハハ! 悪いなロートス中尉! この獲物は我々が貰い受けるぞ!」



 勝ち誇ったような笑いと共にタルギタオスが剣を鞘に戻して肩に掛けた複合弓(コンポジットボウ)を手にする。

 そして彼らは矢壷から短い矢を取り出し、弓につがえる。



「テメェ等! 相手は騎士様だ! 遠慮はいらねぇ。皆殺しだ!」



 ケンタウロス達は体の向きはそのまま、上半身(馬体から上と言うか)を捻って矢を放つ。

 昔、父上が平野でケンタウロスと戦をしてはいけないと習った事があったが、まさに納得。

 敵はこちらを射程に収めていないのか、一方的な攻撃がサヴィオン軍に降り注ぐ。



「く、ダメだ。引け! 引け!」



 そうして根負けしたサヴィオン軍が速度を緩めていく。これで後退に専念出来る。

 出来るのだが――。



「ちょっと! 追いかけて来なさいよ! 殺せないじゃない! もぅ!!」



 激おこな幼なじみの方をどうしようか……。


第三章開始です! よろしくお願いします。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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