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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
43/163

どうして

「中隊長殿戦死! 中隊長殿戦死! これよりロートス少尉が指揮を執る!」



 薄煙をあげる銃口を見つめた後、はじかれるように次々と命令を発する。まずは部隊の掌握。



「これより後退を行う。第三小隊は早急に砲撃を中止せよ! 第一連隊は弾幕を張って敵を牽制! 第二、第四小隊は小隊長が部隊を再編し、再度密集陣形を作り上げろ!」



 そして作戦行動を伝達していく。

 さて、と。倒れ伏したハカガ中尉に視線を送る。鎧の隙間から鮮血を溢れさせる上官の指がぴくりと動いた。

 どうすっかな。



「まぁ、お父上に形見がいりそうですからね」



 銃から小刀に持ち替え、彼の枕元に膝を付く。よく見ると虚ろな目に光が残り、ひゅーひゅーと喉を震わせていた。

 と、言っても虫の息か。



「中尉殿。申し訳なくあります。半矢にするつもりは無かったのですが……。今、楽にしてさしあげます」



 猟師としてのマナーでもある行為を成そうと小刀の切っ先を首にあてがう。その時――。



「き、貴様……」



 か細い声。せめて末期の声を聞いてやろうと言う理性と早く楽にしろと言う本能がせめぎ合う。そのせいで前者の行動が自然と取られてしまった。



「こ、こんな事、許されると――」

「……中尉殿。我々はここで玉砕する訳にはいかないのです」

「この……!」



 弱々しいと思っていた手が俺の腕をつかむ。それも万力のような強さで。

 そして虚ろだった瞳に憎悪が滲む。

 くそ、話を聞くべきじゃなかった。早くしろ――。



「僕は、こんな所で終わる存在じゃ無いんだ。ぼ、僕は大公になる。そのために、留学して武技を磨いて、勉学に励んだのに――。

 そ、それなのに叔父上は僕をお認めにならない――。正統なサヴィオン大公の血を引く僕を――」



 哀れだった。ぽろぽろと涙を流す中尉が哀れだった。

 もっとも彼を害した本人が思い浮かべる感情では無いだろう。故にいつ間も苦しませる訳にはいかない。

 ズブリと首に小刀を突き立てる。息が詰まったのか、ハカガ中尉が痙攣した。それを無視して首に埋まった刀身を引き抜こうとしたが、刃こぼれした箇所が何かの筋に引っかかって上手く抜けない。



「くそ」



 無理矢理引き抜くとその際に太い血管を傷つけたのか、盛大な赤の噴水が出来上がってきた。

 僅かに塩気のある温かい物を浴びながら立ち上がり、周囲を見渡す。第一小隊が作り出す白い壁に阻まれ、敵は前進を躊躇っているようだ。それじゃ後方は? 砲兵の後退準備は出来たのだろうか?



「……ハミッシュ?」



 幼女と見間違うドワーフの女の子が俺を見ていた。

 栗色の肩口で切りそろえられた髪が風に揺れる。



「どうした? 撤退準備はどうなっている?」



 確か、彼女は第三小隊第三分隊――砲弾や装薬の運搬と着弾観測を行う部署――のはず。そりゃ他の砲兵に比べ撤退準備を整えるのは簡単だろう。



「……どうして――」

「ん?」

「どうして殺したのじゃ!?」

「……中尉殿はどうしても後退命令を出して下されなかったからだ。このまま立ち止まって居たら俺達はいずれサヴィオンにひき殺される。

 命も惜しいが、それ以上にここいるサヴィオン人しか殺せないのが、我慢ならんかった。俺は、サヴィオン人を皆殺しにしなくちゃならない。だから――」



 呆然と俺を見つめる橙の瞳が揺れる。何故か早く言葉を紡げと焦る。焦るも、それは言葉とならない。

 そんな口を半開きにしたまま凍り付いた彼女はクルリと背を向けると「第三小隊、撤退準備よろし」と最低限の言葉だけ口にした。



「……了解。第三小隊長に伝令。第三小隊は早急に離脱せよ。二時間ほど小休止無しで前進せよ。以上」

「了解、なのじゃ」



 彼女は逃げるように去って行ってしまった。

 その背中に声をかけようとした瞬間、肩を捕まれる。振り返れば長槍(パイク)を持ったザルシュ曹長が「娘になにした?」と父親の顔で静かに怒鳴る。

 それに弁解しようとするが、その前にザルシュさんは銃弾に抉られたハカガ中尉の遺体と、走りゆく娘の姿を交互に見て言った。



「なんて事をしたんだ!? 上官殺しだぞ」

「浅はかな行動だとは思います。ですが――」

「別にそれは良い。それより今は戦だ。早く指揮を執れ」

「――分かった」



 攻め寄せる敵に銃撃を浴びせ、長槍(パイク)で牽制して――。

 そして敵の攻め手が緩めばすかさず後退。

 幸い騎兵の追撃は少数であり、銃声を浴びせてやれば敵はたちまち混乱してくれた。


 そして幸いだったのは追撃に出て来た敵戦力が少なかった事だ。どうも用意も疎かに飛び出して来たせいでまともな予備戦力を有していなかったようなのだ。

 そのおかげで多大な出血を敵に強いた結果、敵を振り切る事が出来た(もしかすると勝ち戦で命を落としたくないと敵兵が思っていたのかもしれない)。


 そして後退を初めて一時間。休息していた第三小隊に追いつく事が出来た。

 そこで臨時少尉や曹長達を集めてまずハカガ中尉の戦死と中隊の指揮を俺が引き継ぐ事を正式に伝えた。次いで今後の作戦としてより後方に撤退しながら敵を迎え討つ陣地を探す事を伝える。

 しかし迅速な撤退行動について幼馴染から反論が出た。


「でもみんな疲れてるよ。すぐに動くのは無理だと思う」



 硝煙によって頬を黒く染めたミューロンが困ったように言った。

 だがその言葉に反して彼女自身は元気そのものようだったが。



「分かった。三十分だけ小休止。ラギア。その間にカートリッジを銃兵に配っておいてくれ」

「かしこまりました」

「さて、リンクス臨時少尉。悪いが、鼻か耳の効く者に見張りをさせてくれ」

「了解です少尉」

「それじゃ解散。何かあればすぐに報せるように。別れ」



 敬礼をして中隊本部と言う名の車座から離れる。が、むんずと腕を捕まれた。豪腕のその持ち主こそザルシュさんだった。



「ちと良いか?」

「……なんでしょう」

「前任の中隊長の事だ」



 その言葉に小隊長達が息を飲む。

 すでに多くの者が知っているようだ。中隊長が戦死となった訳を。

 しまったと後悔する。

 そりゃ、邪魔だと思われたら銃口を向けて来る上司など持ちたくないはずだ。



「……どう上に説明するつもりだ」

「そりゃ死体も捨ててきましたし、激戦の末、立派な最期を遂げられたとしか言わない。実際に激戦だった訳だしな」



 すでに中隊の戦力は百と八名まで減少している。

 そんな戦だったのだから戦死と報告しても問題は無いはずだ。もっとも兵達の口に板は立てられないが。



「……仕方ないよ」



 気まずい沈黙の中、幼なじみが顔についた煤を袖で拭いながら言った。



「そもそもこの中隊はロートスのだった訳だし」

「それは同意だ、エルフの嬢ちゃん。内心スカッとした。だが問題は兵だ。味方殺しは士気を下げる」



 そう考えると浅慮な事をしてしまったと後悔するしかない。

 だが、悔いているはずなのに俺の心には清々しさにも似た感情が渦巻いていた。『やらなければ良かった』と『やって良かった』と言う矛盾した感情が混交してなんとも言えない。

 そんな悶々とした気持ちに口を閉ざしていると沈黙に耐えられなかったのか、リンクス臨時少尉がため息のように呟いた。



「なら、どうします? 箝口令でも布きます?」

「いや、それは逆効果だろ。それより中尉は激戦の末戦死し、俺が代理に指揮を執ると言うことを再確認させよう」



 詰まるところ打つ手無し。

 アルヌデンに帰ったら誰かに告発されて軍法会議とかに処せられるかもしれない。



「だ、だどもいいだべか? 少尉はおら達が全滅するのを避けるためにやったんだべ? なら恨む理由はねぇだ」

「ありがとうナジーブ。みんな、そう思ってくれると良いんだけど」



 とにかく今考えても詮無きことか。

 さて、これが破滅につながるかどうなるか。



「さて、それじゃ俺はちょっと用事が――」

ハミッシュ(でく)の事か?」



 それに黙って頷く。するとザルシュさんは疲れたように厚い顎髭をさすった。



「なぁ、ドワーフが怒る理由が分かるか?」

「……いえ」

「ま、そんなもんだろうな。だから親父達がエルフを嫌っていたんだろうな」

「――? それってどういう?」

「なんでもねぇ。ただ、少しほっといてやってくれ。あいつも、心の整理が居るだろうからな」



 意味深い事を呟いて背を向ける先任曹長にかける言葉は、見つからなかった。


 ◇


 そして三日後。二度とほサヴィオン軍と交戦しながらもアルヌデンの街にたどり着く事が出来た。

 そして今、俺は城主無きアルヌデン城の一室に設けられたエフタル義勇旅団第二連隊長室を訪れていた。



「そうか。死んだか」



 前にそこを訪れた時よりこざっぱりとした内装のその部屋に違和感を覚えつつ乾いた喉に唾を押し込んでキャンベラ・エタ・ステン伯爵大佐に報告を続ける。



「はい。野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊の現在の総兵力は九十八名。これは軽傷者も含めた数字です」



 これまで送ってきた遅滞戦闘の課程を報告し、戦死者について話したが、イヤな汗が脇を伝うのを感じている。

 だがそんな俺に反してキャンベラ様は鷹揚に頷くだけだ。



「なるほど。ま、死んだ者は仕方ないな。ロートス少尉、野戦昇進をしてもらう。おめでとう」

「え?」

「本日付けで貴様を中尉に昇進させ、野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊の中隊長に任ずる。よいな?」

「は、はい! 謹んでお受け致します!」

「……まぁ、世の中死んだ方が良いと呼ばれる奴は居る。あいつもその一人だっただけだ。気に病む必要は無い」

「失礼ですが何を言っているのか、分かりかねます」

「うん。それで良い。良いのだ。貴様の事は庇ってやる。本来なら男は好かぬのだが、使える男は例外だからな」

「あの、それって――」

「男食の気は毛頭無い。それだけは言っておこう。あぁ、そうだ」



 キャンベラ様は何かを思い出したように手を打ち鳴らして一枚の羊皮紙を黒檀の机から取り出した。



「貴様に新たな命令を託する」

「これは……。工房の破壊?」



 命令書にはアルヌデン放棄により敵に軍需物資を製造させる拠点となりうる大工房を破壊せよとの命令が書かれていた。

 命令書から視線を連隊長に上げると彼は沈痛を滲ませた無表情で「勅が出された」と抑揚なく言う。



「イザベラ殿下の名でな」

「まだ籠城戦もしていないのに、ですか?」

「理由はいくつかあるが、まずアルヌデンは籠城の支度がまったく整っていない。

 そもそも帝国の侵攻さえ想定されていなかったんだ。物資も殿下がアルヌデン入りされた事で多少、流通量は増えてるが微々たる物だ。先の敗戦で数は減ったとは言え一万弱の軍と市民を養えるほどの物資は存在しない」

「雪を待つと言うのは? さすれば敵もこちらに居残れないでしょう」

「相手はアルツアルより北方を居とするサヴィオンだ。冬季戦にも精通しているはずだ。特に相手に戦姫が居る。手抜かりなど無いはずだ」



 まぁ、準備が出来ていないと言うのは分かった。

 それにこの季節だ。籠城するからと周囲の村々から物資を調達しようにも彼らはきっとこの冬を越すのに手一杯だろう。

 つまり徴発も現実的ではない。



「それで主力が動けるうちに撤退するのですね」

「ま、それがアルツアル側の言い分だ。エフタルとしてはこの城の都市型結界を信用していないから撤退に賛成している」



 話を聞くとアルヌデン城が築城されたのがおよそ二百年前。対してエフタルの公都が作られたのが百年前。

 つまり公都の方が洗練された魔法式(ことば)を使っていたのに城壁が破られたと言うのだからアルヌデンが持つはずがない。それがエフタルの言い分であり、籠城では無く会戦を選んだ理由なのだと言う。



「それで、焦土作戦をここでも行うと?」

「みすみすと拠点を敵に与えてやる事もあるまい」

「ですが工房を破壊すると言うのはそこに営まれた技術を破壊する事になるのでは?」

「勘違いするな。何も敵が欲するのは物質だけでは無い。それを培う技術さえ、だ。

 帝国が人間至上主義をいくら唱えても目先の利益に左右されるはずが無かろう。それにこの街の鍛冶師の多くはノームだが、人間も混じっている。ノームから教えを乞うた者がサヴィオンのために鉄と打たないとも限らない。

 なら、破壊すべきだ――。

 と、言うのがエフタルとアルツアル双方の見解だ」



 無慈悲な命令に思わず唇を噛みしめる。

 ふと、ハミッシュの顔が頭をよぎった。

 鉄を打つ彼女の横顔が、あの楽しそうに鉄と向き合う彼女が。



「中尉……。ここには上官しか居らぬ」



 静かな一言だった。

 そう、俺が愚痴をこぼしても士気を下げる兵は今、居ないのだ。



「どうして、なのでありますか? どうして我が中隊がそのような事をせねばならぬのですか!? どうして俺達はまた誰かの故郷を捨てねばならぬのですか!? どうしてッ!?」



 肘掛け椅子に身を沈めたキャンベラ様が重々しく息を吐き出すように口を開く。



「まこと、どうしてこうなったのか。それだけか?」

「………………」

「そうか、中尉。下がれ」

「……失礼致しました」



 力なく敬礼し、連隊長室を後にする。

 重い。体が重い。

 ふと、城内の壁に姿見の鏡が立てかけられていた。

 精巧に作られた虚像に歪みは無く、ただ冷たく酷い顔をしたエルフを映す鏡。

 本当に酷い格好をしている。仕立ての良かった軍衣はぼろぼろ。おまけに返り血と硝煙と泥に汚れていて真っ当な人には到底見えなかった。いや、それ以上に顔、か。

 乾いた煤に敵味方に自分の血も混じったものと汗が混じってギトギトと光る顔。



「あら、ロートスさん?」



 その言葉に視線を向けると喪服を思わせるドレスを纏ったアルヌデン婦人と、その影に隠れるようにこちらを見るリーネ様が居られた。



「これはとんだご無礼を――」

「いえ、それよりもご無事なご様子で安心しました……」



 しまった。こんな汚らしい身なりで婦人の前に立つとは不敬の極みじゃないのか?

 そう焦ろうとする前にリラ様は「リーネ。ご挨拶は?」と愛娘の背中を押す。だが、恐々と俺に目をあわせたり、そらしたりを繰り返し、やっとの事で本当に小さく姫様は呟かれた。



「しろえるふけがしてりゅの?」

「え? あぁ、大丈夫。元気ですよリーネ様」

「でもぉ」



 どうやら頬についた赤黒い物なんかが気になるようだ。それを強引に拭い――痛ッ。そうだ、頬を切っていたんだ。忘れてた。



「あら、大変。こちらにいらっしゃい」

「ですが――」

「少し、お時間をいただけません?」



 なんとなく。そう、なんとなくだが、ただ俺の治療をしたいから付いてきて欲しいと言っているのとは違う気がした。

 故に、俺はアルヌデン婦人の言葉を素直に受け入れた。


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