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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
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不思議

 この会戦は敗北以外の何物でも無い。

 暁に輝く盆地を眺めているとそう思えた。すでにアルツアル軍の姿は夜陰に紛れてアルヌデンへの撤退行動中であり、宿営しているのはサヴィオン軍のみ。



「ロートス! 準備出来たよ」



 ミューロンの声に振り返って頷いて言葉少なに盆地とは反対側に向かって丘を下る。

 そこには丘の稜線に隠れる形で二門の砲が宙を睨んでいた。



「よし、砲撃開始。照準は適当で構わない。各砲とも三発砲撃。その後撤収する」



 その命令が即座に実行されていく。忙しく動き回るドワーフ達。その中から一人疲れを滲ませた親友がやってきた。



「のぅ、本当に適当で良いのじゃな? 砲弾と火薬がもったいない」

「つってもな、俺達もこれから逃げなきゃならん。重い荷物を抱えたまま逃げるなんて出来ないだろ?」



 それに肝心なのは攻撃を与えたと言う心理的プレッシャーだ。

 敗北したはずの敵軍から訳の分からない攻撃をされれば多少は混乱するだろう。その混乱を立て直すのに時間を使ってもらおう。


 それにサヴィオン(あいつら)もバカじゃ無ければきっとエフタルでの遅滞作戦を思い出してくれるはずだ。あの撤退戦初期は木砲を使った砲撃で敵を散々乱して来たからな。

 ついでに俺達の事も思い出すだろう。幾多の屍を作って来た俺達の遅滞戦術を。


 そうすれば出血の覚悟無く前進は無理だと思ってくれるかもしれない。つまり少数の斥候を出して街道の安全を確保した後に軍主力を前進させると言う行軍方法が使えなくなる。

 そうなれば大量の兵員を抱えた敵の歩みは遅くなるし、襲撃を受けるかもしれないとおびえてくれればさらに進軍は遅くなる。


 そうすれば任務完了。

 後は敵の罠に気をつけながら戦闘し、そんでアルヌデンに後退すれば良い。



「砲弾の無駄撃ちはラギアが怒るのじゃ」

「怒るのが仕事だからどうしようもないさ。それより撤退の準備を始めろよ、軍曹」

「はいなのじゃ、少尉」



 ハミッシュの所属しているのは第三小隊第三分隊――弾薬運搬と弾着観測を任務とする補助部隊だ。そのためこのやたらめったらな砲撃だとする事が無い。



「さて、と」



 今度は砲兵からハカガ中尉の元に。すでに中隊本部天幕は片づけてあるので馬に乗られた若騎士を探す。居た。中隊の輪から外れた所でポツンと砲撃を眺めている。



「中尉殿。間もなく撤退のお時間で――」

「違う! 転進だ!」

「しかし、どれほど意味は変わらぬと思いますが」



 字面を大事にすると言うのは前世でもあった文化だが、そんなものどうでも良いだろうに。やることは変わらないし、何より誰もがこれを敗走だと理解している。

 それなのに文字遊びをしたってどれほど効果があるのか……。



「うるさい! それより転進準備が出来次第報告せよ!」



 それに「了解であります」と適当に答えて背を向ける。



「所詮、実戦を知らぬ貴族様、か」



 字面に拘るほど俺達に余裕はないと言うに……。

 ちょうど第三射が放たれた所だった。


 ◇


 その日の昼、俺達はサヴィオン帝国騎兵に接触された。

 と、言っても敵は少数の騎士集団との不期遭遇戦であり、サヴィオンにとっては不幸な戦闘と言えた。



「本当に来たのか……」



 馬上の中尉が呻く。それもそうだろう。なんたって敵がやってくる半時間前に第二小隊から「敵接近中! おそらく騎兵」の報告が上がってその警告通り敵が現れたのだから。

 やはり獣人は嗅覚とか、そういう五感が鋭い。そのおかげで命拾いをした。



「中尉殿、すでに戦闘準備は整えてあります。あの距離なら……。そうですね、野戦砲の射程内です。攻撃命令を」



 敵はだいたい百五十メートルほどの距離を取って行軍陣形である縦隊から横隊を作り出している。それに対して大砲の射程は五百メートル。

 もう少し接近してくれれば火縄銃(アルケビュース)の射程に入ってくれるのだが、そろそろ俺が我慢できそうにない。

 確かに遠距離で攻撃して敵を警戒させるのはまずいと理性が咎めるが、本能がそれを許そうとしなかった。

 眼前にサヴィオン人が居る。なら、殺すしかないだろう、と本能が嗤う。



「攻撃命令を」



 街道を封鎖するように横隊を組んだ兵士達が今か今かと思っている空気を感じる。

 銃兵の持つ火縄銃(アルケビュース)からジリジリと恋い焦がれるように火縄が燃えるのを、長槍(パイク)兵の持つ長槍(パイク)の穂先が渇きを訴えるのを感じるのだ。早く敵を殺せと言う言葉が耳元に響いて仕方ないのだ。



「攻撃命令を! 中尉殿!」

「待て、まだ名乗り合いもしていないだろ! これだから戦を知らぬ蛮族は――」



 一瞬、何を言っているのか分からなかったが、「敵一騎前進!」の報告でピンと来た。



「我こそサヴィオン帝国西方鎮定軍第三軍ザクス騎士団が長、エルリッヒ・フォン・ザクス公爵である。我々は――」



 ………………。

 無言のまま俺は肩に下げていた銃を下し、ポーチからカートリッジを探し出す。

 チラリと演説ぶる敵の騎士を見やる。白銀の甲冑。豪奢な細工のされたそれが陽光に輝き、目を射抜く。

 良い装備してんな。

 そう思いながらカートリッジを噛みきって手早く火皿と銃口に火薬と弾丸を流し込んで込め矢(カルカ)で突く。そして気持ちを入れ替える様に大きく深呼吸しながら込め矢(カルカ)を収納。大きな音を立てて撃鉄を起こす。



「我は親愛なる皇帝陛下の任を受け、この地に赴き――」



 まだ話してるな。

 地面にどっかりと座り、左膝を立て、その上に左肘を乗せ、その上に銃を置く。積木の要領とはよく言ったものだ。

 無理のない姿勢。落ち着いた呼吸。大学時代はこの姿勢で五十メートル先の的を狙っていたものだ。だが、今は百五十。めっちゃ遠いな。



「風と木の神様。俺に力を――」



 肺に吸い込んだ息を少し吐き出して、止め、引鉄を絞る。



「――である! いざ、尋常に――うわああ!」



 火薬の力を身に受けた弾丸は銃身に彫られた溝にそって回転し、宙を駆けて騎士の乗る馬の胸元に着弾してその柔らかな肉を食い破る。

 人馬の悲鳴と共に敵に混乱が生まれる。



「第一小隊、火縄外せ! 火蓋を閉じ、前進十歩! 第三小隊は撃ち方始め!」



 薄煙をたなびかせる銃口を見ながら号令をかけると馬から飛び降りてきたハカガ中尉に胸ぐらを捕まれた。



「き、貴様! どういうつもりだ!?」

「どうって……。敵が射程内に飛び出して来たので攻撃しました」

「名乗りあっている最中だぞ!? 貴様も騎士少尉なら礼法を知らぬとは言わせぬぞ! なんて事を――」

「えぇ、なんて間抜けな事をする敵なんでしょうね」



 ニィっと微笑みかけてあげると中尉の顔色が変わるとともに濃紺の軍服をつかんでいた手がゆるむ。



「この、バカ者!!」



 鋭い弧を描いた籠手が俺の右頬を打つ。すると口の中に鉄の風味をたっぷり含んだ液体が流れ出した。

 それに身を固くして中尉に向き直る。そんな反射的な動作に内心苦笑してしまう。怒鳴られ、殴られてもすぐに上司に向き直る。なんて癖だ。



「あ、あんな不意打ちなど騎士のする事では無い!! お、お前は神聖な戦を汚したのだぞ!」

「申し訳なくあります。中尉殿」



 口内に広がる痛みを軽く舌でなぞる。それほど切れていないようだ。だが内心に蠢く物が怒りを焚き付けるように動き回るせいで自制がこんなに辛いものかと思った。



「くそ、くそ……! どうすれば良い!? こんな戦、兵法書には書かれて居なかったぞ」

「お言葉ですが中尉殿。すでに戦端は開かれております」



 あぁくそ。俺の方はお前をクソだと思ってるよ()カガ! いっその事永遠に黙らしてやろうか?

 そんな内心を隠すために笑顔の仮面を張り付け、赤い唾と命令を吐き捨てる。



「第一小隊止まれ! 前列構え!」



 そう、戦争は始まっているのだ。もう幕は落ちた。そして相手役であるサヴィオンは浪々とセリフを叫ぼうとしている。なら棒立ちで良いはずがない。こちらもセリフを叫ばせてもらおう。

 勝利の女神の気分によって作られた曖昧な台本を演じきって見せよう。



「狙え! 撃て!!」



 敵に接近した第一小隊が一斉に発砲。そして訓練通り一歩、一歩と敵に迫りながら死の拍手を高らかに贈る。

 甲高い銃声に馬が倒れ、轟く砲声によって肉塊が作られていく。

 そして匂い。香し硝煙と血の香り。く、フハハ!!



「第一小隊! 撃ち方止め! 止め! 第二小隊前進!!」



 轟音に驚いた敵の騎馬達が棹立ちになる中、数騎ほどこちらに向かってくる連中がいる。

 故に新たな命令を伝えるラッパが煌々と響く。

 その号令通り第一小隊は火縄銃(アルケビュース)から火縄を外し、入れ替わりに長槍(パイク)を手にした第二、第四小隊が壁役となるために進み出る。



「槍構え!」



 二メートルを超える長槍が迫りくる敵を睨む。スピードに乗った騎士達は前方に槍嚢があると分かりつつも果敢に立ち向かってくる。

 それに対し、一人のオークが吠えた。



栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)!」



 それにつられるように獣人とオークが喊声を吠える。誰もが犬歯と敵意をむき出しにして長槍(パイク)を構え、それに応える様にサヴィオン騎士達も鬨の声を上げる。



「第一帝子殿下万歳! 帝国万歳!!」



 純化された殺意と殺意がぶつかり合い、幾人かの騎士は長槍(パイク)に体を貫かれ、それを避けた騎士が手にした長槍を突き立てる。



「ぐああ!」



 敵味方つかぬ悲鳴が木霊し、金属同士を打ちあう音が戦場に響く。

 よし、敵騎兵は足を止めた。なら、後は簡単だ。



「突撃!」



 小刀を抜き放ち、命令系統も軍の規則も置き去りにして叫ぶ。

 敵に向けて突きつけた肉厚の山刀が震えるのを誤魔化す様にそれを振りかぶって乱闘となりつつある騎馬の群れに飛び込む。

 狙いは馬。長槍(パイク)兵との戦いに集中している騎士は全身をプレイトメイルとチェーンメイルの複合装甲に覆われていて斬りつけるだけ無駄だ。だから無防備な肉を晒している馬を斬る。



「喰らえ!」



 刃こぼれしているとは言え、重量を乗せた一撃が馬の皮を裂く。黒い馬体に鮮血が溢れるとともに驚いた馬が後ろ足で立ち上がる。

 その急なモーションに騎士が慌てて手綱を取ろうとするがその隙に長槍(パイク)によってその体が弾かれ落馬する。



「く、フハハ!」

「な!? や、止めろ! 助け――」



 言葉が紡ぎきられる前に兜の隙間に小刀を突き立てて黙らせる。

 素早く立ち上がって周囲を見渡すと、前方に新たな梯団が形成されつつある事に気が付いた。新手か。

 数は? よく分からん。騎兵なのか? いや、違うな。歩兵だ。戦場からすぐ追って来たのだろうか? くそ、分からん。



「戦列を立て直せ!」



 このまま波状的な攻撃を受けていてはいずれこちらが擦り切れる。

 口惜しいが、ここは撤退に移るしかない。



「中尉! ハカガ中尉殿!!」



 むせるほど甘い鮮血の香りを肺に吸い込みながら叫ぶ。

 居た。馬に乗った中尉が。



「中尉! 中尉!」

「どうした?」

「新手が出ました。撤退しましょう」



 ハカガ中尉がチラリと戦列を見やる。そして言った。



「まだやれないのか?」

「もう一波、二波は耐えられるでしょうが、いずれ数に押されて全滅です。撤退命令を」

「…………」

「中尉殿!」

「ダメだ! 連隊司令部から可能な限り敵を遅滞させよと命令であったろう」



 確かに連隊司令部は俺達に遅滞を命じた。だが、それは可能な限りと言う指揮官判断で後退を許す命令が付属していたはずだ。

 こいつ、まさかそれを全滅するまでと聞き間違えていないか?



「無理です中尉殿。玉砕してしまいます」

「こ、怖いのか!? この僕は遅滞命令を受託したのだぞ! 叔父上に認めさせてやる。この僕が寡兵をしてサヴィオンを食い止めたとな!」



 勇敢と無謀を取り違えるな! と口に出そうになる言葉を飲み込む。

 それより早く脱出しなくてはただなぶり殺されるだけになる。それだけは避けなくては。

 そう思って口を開く前にハカガは素早く命令を口ずさんだ。



「我らは命令通り主力の転進を援護しなければならんのだぞ。後退できるか! 出来る限りこの地で敵の侵攻をくい止めねばならん!! それを忘れたか!」

「字面通りに解釈する事もありますまい! それに死守の命令は出ていないのですぞ!」

「う、うるさい!! 口答えするな!」



 この、石頭め。

 手にした小刀を握る手に力が籠る。

 このままじゃミューロンも何もかも殺される。それだけは許せない。

 何が合ってもそれだけは――。



「それとも少尉。僕に口答えするのか? このエフタル家の嫡男である僕に! 戦え!」



 ――あぁ、こういう気分だったのだな。あの内部告発をしようと決意した同僚は。

 ポーチからカートリッジを引き出し、肩にかけていた銃にそれを装填し、撃鉄を押し上げる。



「中尉殿」

「なんだ!? く、口答えするのなら貴様を少尉から解に――」



 銃声が響く。それと同時に崩れゆく人影。

 そう、俺が殺した人影。それこそ無数それがあったろう。だが殺意をもって友軍を殺したのは初めてだった。

 それでも手に残る感覚は火薬によって生み出された反動のみ。それを静かに感じているのが、少し不思議だった。


ハカガ中尉の名前は主人公に「ばかが!」と叫ばせたかったがために決定されたと言う。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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