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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
40/163

我ら敵とまみえれば

挿絵(By みてみん)


イザベラ・エタ・アルツアルより。


「どうなっている?」



 予の声に天幕に控える面々が氷つく。

 ――お前の声は平坦で誤解を与えやすいから気をつけなさい――

 出陣前に母上が仰られた言葉が頭をよぎった。



「も、申し訳ございません殿下。まもなく戦況の整理もつきますので」



 歳老いた近衛第二騎士団長が顔をひきつらせながらテーブルに広げられた地図に駒を置いていく。

 焦らなくても良いと言ってやるべきか? いや、ここは余計な一言を言わぬ方が良いか?

 そう思案するも団長は伝令と二言三言会話を始めてしまって口を挟めなかった。

 いつもこうだ。

 言葉が足らず、誰かに不快な思いをさせてしまう。そう、あのエルフと会った時もそうだ。

 すぐに言葉を取り繕わなかったからエルフの少女に傷を与えてしまった……。



「殿下、お待たせしました。現状の戦況を取りまとめました」

「うん。大儀である」



 盆地を模した地図には青と赤の駒が入り乱れ、状況判断が一瞬だけ遅れた。



「アルヌデン辺境伯は?」

「それが、敵陣に飛び込んでしまったエフタル騎士団援護のために突撃した後の消息が掴めません。伝令に来たエフタル騎士団の者によればその方向に羽飾りのついた重騎士が向かっていたと言いますので、生存は絶望的かと」



 羽付きと呼ばれる精強な騎兵集団がいると言う報告は受けていた。それも帝国の戦姫が率いていると言う……。

 同じ姫として思う。どのような姫なのだろう、と。

 だが、そんな事は忘れよう。今はこの戦が先決だ。



「敵の動きは?」

「はい。現在、敵歩兵集団が前進中、まもなく戦闘が始まるものと思われます。

 ただ、騎兵同士がぶつかったエフタル側――我が軍右翼は未だ乱戦が続いており、歩兵同士の決戦は数刻遅れる事が予想されます」



 右翼は混沌の真っ最中。対して整然とした左翼方面から決戦を挑む。

 逆に言えば左翼から攻められる隙をサヴィオンに与えてしまったとも言える。戦の主導権を手放したのは痛いと言わざるを得ない。どうしてエフタルは先走って攻撃など……。


 いや、落ち着こう。今こそ普段のよう冷静でなくてはならないはずだ。

 そうだ、先手などサヴィオンにくれてやったと思おう。

 アルツアル(こちら)の戦術は後の先を取る事にあるから戦闘が起こるとすればそれはサヴィオンの前進をおいて他なら無いが。



「なるほど、理解した」

「では、殿下。喉は乾いておりませぬか?」



 何を言っているのだ? と思って地図から顔をあげると禿始めた頭まで赤くした老騎士が慌てた様子で取り繕った。



「な、なに、我らの戦は待ちが基本。岩の如く不動こそ勝利の道筋であります。

 それをサヴィオンも知っているでしょうから、おそらく長丁場となるはずです。休める時に休まなくてはお体にさわるかと……」

「それはそうだが、気を抜きすぎでは無いか?」



 エフタルの報告によれば敵は強力な魔法を使うと言う。警戒する分に越したことはない。

 それに相手は彼の大国サヴィオンだ。そもそも気を抜く通りなどないはずだ。

 と、言う事を言えればよかったのだが、老騎士は苦笑して言った。



「殿下は心配性でありますな。ご安心を。アルヌデン辺境伯の育てられた精強な騎士団はジュシカ辺境騎士団に引けを取らぬともっぱらの噂。

 長が行方不明でも果敢に戦い、サヴィオンめを蹴散らしてくれましょうぞ。

 あ、もしやエフタル殿の報告に心を痛めておいででしょうか? あれは先代に比べなんとも小胆な男です故、敵を過大に評価したのでしょう。なに、あとはゆるりと過ごせられれば勝利は自ずとやってくるものです。それが我らアルツアルの戦にございます」



 そうなのか? 本当にそうなのか?

 あの男が愚鈍のそれである事に疑いは無いが、本当に脅威では無いのか?

 そう言えば、エフタルにはあのエルフの部隊もいるのだったな。



「エフタルの予備隊はどうか?」

「はぃ? 予備隊でありますか?」



 ぽかんと口を開いた老騎士だったが、即座に視線を地図に走らせる。

 さすがに団長を拝命しているだけあって戦慣れしているな。



隣の丘上に(・・・・・)布陣していると聞きおよんでおりますが」

「そうか……」



 すると老騎士は恐々と「それが何か」と聞いてきた。それに「なんでもない」と答えると急に「申し訳ございません」と頭を下げられた。


 ――またやってしまった。


 いや、老騎士の年齢までは把握していないが、この歳だ。まもなく騎士の任を解かれて隠遁と言う未来が待っているのだろう。

 それを予の不孝を買って棒に振りたくないのだ。おそらくこの戦が無ければ彼は今頃国元に帰っていたろうに……。



「そちの働き、まことに大儀である」

「はい!? い、いえ、身に余るお言葉であります、殿下!」



 ぎこちなく放たれる言葉にゆっくりと頷く。

 あぁ東方辺境戦姫と呼ばれる敵の将であればどのように家臣と接するのだろう。

 それに比べ予と来たら……。



「伝令! 伝令!! 敵、歩兵隊攻撃を開始! 攻撃正面はアルヌデン騎士団! なお御味方劣勢!!」

「なに!?」



 折りたたみ椅子を蹴倒した事も気にせずに天幕から出る。

 背後から幕僚達も続いてきて「あ……」と誰かが声を漏らした。



「そんな――!?」



 正方形に組まれたアルヌデン騎士団の方陣がグズグズに崩されていた。

 と、その時、敵の歩兵の中から何か光った。

 それは歩兵の壁に囲まれた箇所から発し、唸りを上げて飛翔。方陣に突き刺さる。



「魔法、なのか!?」



 見たところガラス――いや、氷だ。氷の塊が宙を飛び、方陣に突き刺さっていく。

 投石機による攻城を想起させる攻撃により、四辺方陣と言う城壁が崩されようとしている。



「くッ……! このままでは総崩れになる。一度歩兵を引かせろ」

「しかし、指揮を取られるアルヌデン辺境伯は依然行方知らずですぞ」

「なら予が陣頭指揮を取る」

「な、なりません! 御身に万一の事があれば――」



 だが、それでも行かなければ――。



「そ、そうです! エフタルの予備大隊を投入し、逆襲に当たりましょう」

「上手く行くか?」

「エンフィールド伯の部隊です故、問題は無いかと。あの部隊はエフタル撤退戦を支えた勇猛な兵が揃っております」

「そうか。分かった。エフタル公に伝令。貴軍予備隊を第三王姫命令で借り受ける、と。

 予備隊には前進し、アルヌデン騎士団を救援せよと命じろ! 急げ!!」



 予備隊か。

 あそこには御前演習で見た轟音を響かす不思議な筒を持つ部隊。

 あのエルフの居る部隊。

 思わず手を強く握りしめていた。


 ◇

ロートスより


「戦況はいったいどうなっている」



 ハカガ中尉の苛立った声が響くと共に近くにいた中隊本部直轄分隊の兵達が不安そうにこちらを見てきた。

 良くない兆候だ



「中尉殿、少し落ち着いてください。兵達の士気に関わります」

「わ、わかっておる! 指図するでない」



 本当に分かってんのかこいつ……。

 まぁ、主戦場は前方およそ五百メートルの地点であり、今のところこちらには余裕がある。

 もっともそれは敵見方の騎兵が入り乱れているから小康状態が保っていられると言う点が大きい。

 もし、エフタル騎士団の敗走が始まればどうんるか分からない。



「って、思ってるそばから――」



 乱戦となっていた戦場から雅な鎧を着た騎士がこちらに走りよってきた。その背後からもその彼を護衛するように三騎も付き添ってる所から見るに良い身分の人のようだ。

 その騎士達がこちらにやってくると馬上から怒鳴るように言った。



「貴様等、第二連隊の者だな!?」

「は、そうであります。自分は中隊長のハカガ――」

「それはいい、中尉。それよりこれから我が騎士第二大隊は損耗激しく後退する。その支援をされたし! 復唱!」



 有無を言わさぬ口調に押されてハカガ中尉が先ほどの言葉を繰り返す。

 危惧していた時がやってきてしまったか。

 命令の復唱を聞き遂げた騎士が走り去るや「総員、戦闘用意!」号令をかける。

 つっても手勢は一個中隊百五十人。千単位で動く軍勢を押し返す力など無い。



「装填もすませろ! 特に砲兵は迅速に砲撃準備を完遂し、待機。銃兵も装填して待機。火縄への着火は行うな!」



 さて、と手を擦りあわせて気づいたが、べっとりと汗をかいていた。

 そんなべとべとの手を見ていると若干震えているのに気がつく。怖いと思う事さえ気が回らなくなりはじめてるのか……。

 その感情を自覚した事で腹の底から冷たいものが這いあがってきた。胃の下が痛い。

 恐怖を前に腹を痛めるとかね、自分が情けなくて仕方ない。なんて無様なのだと笑いたくなる。



「あー、くそ」



 思わずついてしまった悪態に「やべぇ」と内心思いながら無理やり修正を加える。

 そう、出来るだけ楽しそうに。



「まったく素敵になってきたな。く、フハハッ!!」

「し、少尉!? 何を笑っている!?」



 ハカガ中尉がいつの間にか俺の顔を凝視していた。

 そうか、俺は笑っているのか。ピタリと頬をさわりながらそれを確かめる。うん、笑ってる。

 寒風ですっかり強ばった表情筋をなぞり、言った。



「笑えるから笑うのであります中尉殿。それとも笑う事すら許可がいるのでありますか?」



 愛想笑いを浮かべたつもりだったが、どうだろう。堅くなった頬から営業力の滲む表情が出来たか自信が無い。



「い、いや、許可などいらぬ。……なんだこの不気味な奴は。エルフはやはり蛮族だ」



 顔をそらし、吐き捨てるように言われた言葉が耳に届くが、無視。

 相手をしていても仕方ない。

 それに退却ラッパが響いた。それに併せて決戦に赴いていた騎士達がこちらに向けて駆けてくる。



「第三小隊より中隊本部! 砲撃準備完了! 現在最大射程で照準中!」

「第二小隊、横隊形成よし! いつでも戦闘可能!」

「第四小隊から伝令だ! 我、戦闘準備完了。中隊に栄光(グロリア)を! 以上ですだ!」

「こちら第一小隊、装填よし。火縄点火の許可を乞う!」



 続々と寄せられる報告に耳を打ち、いよいよ緊張が高まる。

 それが最骨頂に達した時、友軍騎兵の退却が完了した。

 サヴィオンは即座に追撃に出るのではなく、隊列を整え、戦場の統制を図っている所だった。

 そしてラッパが響く。こちらでは無く、敵陣から。

 複雑な符丁の音階が青空に吸い込まれて行くのと地面を軍靴が打つ音が入り交じる。



「中隊長殿」



 乾いてひび割れた唇を舐めて湿らす。そこで唇がいびつにゆがんでいる事に気がついた。



「第三小隊に砲撃を下令してください」

「う、うむ。第三小隊、放て!」



 その命令が即座に復唱され、全ての音を駆逐するような砲声が響く。

 円形の砲弾が弧を描き、前進を始めたおよそ二百の敵に突き刺さる。それに合わせて修正射の準備が行われる中、さらに敵が前進を始めた。だいたい一個大隊――五百くらいはいる。



「中尉殿。数が違いすぎます。死守命令は出ていませんし、敵の第一波との戦闘が終われば――」

「それくらい分かっておる!」



 ギリリと歯を剥いて怒鳴るハカガ中尉。ピリピリと怒る事で恐怖を打ち消しているのだろうか?

 そんなんで恐怖を上書きできるのなら、素晴らしいな。まったく素晴らしい。



「第一小隊、構え!」



 俺の号令と共に二回目の砲声が轟く。今度は敵の先頭を通り越して敵陣ど真ん中に命中。まぁ敵に当たったから良い物の狙いは敵の先頭集団なんだけどな……。



「第三小隊、修正急げ! 敵は待ってくれないぞ! く、フハハ。火薬を惜しむな! 鉄も惜しむな!! サヴィオンのクソ共を屍に変えろ!! くく、フフハハハ!!」



 背中に下げている小刀を抜き放ち、その凶刃を迫りくる白銀の鎧に向ける。

 あぁ砲撃を受けた連中が無様に驚いてやがるぞ! 良い顔だな!!



「さぁかかって来い! 我らエフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵中隊(フェルトイェーガー)が相手になってやる!!」



 体の震えを叫び声でかき消す。怯懦も悲鳴も全て誤魔化して声帯に鞭打つ。そうしないと正気が保てそうにない。

 憎しみと恐怖が混交し、心の奥底から黒い炎が舞い上がる。



「第一小隊、狙え!!」



 前面に展開した銃兵が叉杖の上に置いた銃を敵に向ける。ジリジリと火縄が燃えるなか、敵との距離が百メートルを、切る。



「撃てぇ!!」



 言ってから「やべ、これ中隊長の命令じゃん」と後悔するが、すぐに暴力的な思考の奔流に押し流されてしまう。

 こちらに向かって居た歩兵達が四人ほど倒れたのが見えた。



「後列前へ! 構え!」



 第一小隊第一分隊がカートリッジを噛みきっている間に後列が前進し、叉杖を地面に突き立てる。

 そして火蓋が切られた。



「狙え! よく狙え! 故郷を奪ったサヴィオンを狙え! 撃て!!」



 犬歯をむき出しにして命ずる。白煙が視界を完全に覆った。

 くそ、くそ、良い出来だ。上出来だ!

 バタバタとサヴィオンのクソ共が倒れて行く。



「中尉殿、前線の指揮を執りに行きます!」

「ま、待て!」



 制止は届かず、白煙の晴れる所にでる。あぁよく見える。サヴィオン兵共が良く見えるぞ。

 横隊を組んだ兵士達が混乱しながらもこちらに向かってきている。

 よくよく見れば前列の兵が銃撃に錯乱して逃げようとするも後方の兵士が壁となってそれを邪魔しているようだ。

 そんな光景を楽しんでいるとミューロンが号令をかける声が聞こえて来た。あぁ楽しみすぎて号令を出し忘れていた。



「後列前へ! 構え! 狙え! 撃て!」



 流れるような号令と轟音が響く。

 その命令を発する声の主に視線を送ると真夏の太陽のように眩しい笑顔が花開いていた。実に、実に楽しそうな――。



「くっふふ! みんな殺してあげる!! 後列前へ!! くっふふ!」



 白磁のような頬がほんのりと朱に染まり、小さい口がゆるくカーブし、彼女の金の髪が風と踊る。

 あぁ、俺の嫁のなんと可愛い事か。



「し、少尉! どこに行くか!?」

「あぁ、これは中尉殿」



 普段、ムカつくハカガ中尉ではあるが、ミューロンの笑顔を見れたおかげで寛大な心をもって彼と相対出来た。

 やっぱりミューロンは笑っているのが一番可愛い。



「状況はどうなっている少尉?」

「上々であります。第一小隊の攻撃で敵は混乱しつつ――」



 砲声が連続して響く。距離が近いせいで悠長に修正射を続ける余裕が無くなったのか、雑な効力射が敵を襲う。

 それでも敵は浮塵子のように湧いて来るおかげで鉄球は次々と敵陣に傷をつけていく。良いぞ! 良いぞ! く、フハハ。



「上申します! 敵に一打を与えるためにも突撃を行いましょう」

「だが――」

「敵は混乱しております。第一波を壊乱させられれば後続の進軍も遅れ、離脱の隙が生まれましょう。さぁご決断を!!」



 あぁ、俺は性質の悪い事を聞いてしまった。どうせ答えなど一つしか無いのに複数の選択肢があるような問いを発してしまった。俺がもっとも忌むべき行為を自らやってしまった。

 なんて嫌な奴なんだ。まったくもって自分が嫌になる。



「わ、分かった。突撃の指揮は任す。ただ――」

「深追いはしません! 第一小隊、攻撃止め! 攻撃止め! 第二、第四小隊、突撃用意! 吶喊するぞ!!」



 その声を待ちわびたように「「「応ッ!!」」」の声が帰って来る。

 誰もが血に飢えた獣と化した瞬間だった。そしてどこからともなく歌が聞こえる。



『我ら敵とまみえれば、それと果敢に討ち倒そう!

 我らを仇名す敵とまみえれば、それを屈服させよう!

 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 神々よ、我らに勝利の栄光(グローリア)を授け給え!』



 さぁ、戦の時だ! 戦争の時だ!



「攻撃目標、前方の敵兵団! 突撃にぃ、進めぇ!!」



 そして戦場に歌声が響く。『栄光を! 栄光を!』と。


こいつらいつも歌ってるなって。

そしてメインヒロイン渾身のくっ殺回。いかがだったでしょうか?



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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