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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
37/163

会戦

挿絵(By みてみん)

アルツアル全図。

挿絵(By みてみん)

アルヌデン会戦戦況図


 アルヌデン北方のマーズ丘陵と呼ばれるそこはなだらかな丘が乱立する地であり、広大な盆地が存在していた。

 アルツアル軍、サヴィオン軍双方とも丘に陣を立て、盆地に兵を集結させていよいよ戦と言う風体をとっている。

 その主戦場を見下ろせる丘の一つ。エフタル義勇旅団第二連隊第一大隊はいよいよ決戦と言うのにそこに留まっていた。



「はぁ……」



 エフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊本部の天幕に不満そうなため息が聞こえた。

 その幼なじみの心中は察して余りあるが、指揮官としてそれを咎めない訳にはいかない。



「ミューロン臨時少尉――」

「でもぉ……」

「でもじゃ無い」

「……すいません少尉殿。気をつけます」



 しゅん、とうなだれる幼なじみを慰めてあげたかったが、現状は少尉と臨時少尉と言う絶対的な階級の差からそれが出来ない。くそ、こんな事なら任官しなきゃ良かったと後悔するばかりだ。



「くそ、どうして第一大隊は総予備扱いなのだ。父上は一体なにをお考えだと――」



 チラリと上座に座る白銀の鎧をまとったハカガ中尉が籠手の上から爪をかむように右手を口に当てている。

 その上、貧乏揺すりもしていて非常に落ち着きが無いように見えて仕方ない。



「中尉殿。少し落ち着いてください」

「う、うるさい! 亜人風情が指図するではない」

「しかし、兵達が不安がります」



 上がぐらつけば下はもっとぐらついてしまう。

 とは言え、実は俺も貧乏揺すりをしていた。いや、自分でもよろしくないとは思うのだが、これをやめると震えを誤魔化している事がばれてしまうのだ。



「ザルシュ先任曹長だ! 入るぜ」

「ザルシュさん、もっとこう、曹長らしく天幕に入ってくれませんかねぇ」

「うるせー。それより友軍主力が前進を始めた。いよいよだ」



 その言葉にハカガ中尉に視線を送ると「見に行こう」と立ち上がった。

 もちろん俺もそれに同行する。

 天幕を出ると眼下に青と赤の軍旗が翻っているのがよく見えた。青がアルツアル、赤がサヴィオン。その青い軍旗を奉じるアルヌデン騎士団の歩兵連隊が長槍(パイク)を手に陣形変更に勤しんでいた。



「壮観だな」



 三千人ほどの歩兵と弓兵が一斉に機動し、弓兵を中心に長槍(パイク)兵が四辺を作り上げていく様はまさに感動を覚える。

 どうやら長槍(パイク)で弓兵を護衛する作戦のようだ。四編を囲んでハリネズミよろしく長槍(パイク)を突き立てて騎兵の突破を阻止しつつ飛び道具で敵戦力を削る。アルツアルの基本戦術である四辺方陣と言う奴だ。

 その後方には機動力の要である騎士が二千ほど控え、戦況を見守っている。よく見ればその騎士隊に青地に楓の葉をあしらった軍旗――アルヌデン家の軍旗がなびいていた。あそこにアルヌデン辺境伯が居ると言う訳だ。



「さすがアルヌデン騎士団だな」



 そう感想をこぼしたハカガ中尉に同意しながら敵陣を伺う。両軍の距離はおよそ六、七百メートルくらいは離れているだろうか。

 そう言えば父上が「お爺様の頃は長弓(ロングボウ)で五百メートル先の敵をた易く狙えるエルフが多かった」と聞いた事がある。それを警戒してこの距離で布陣しているのかな?



「……羽のついた騎兵が居ませんね」



 対してサヴィオンの陣容の中心は騎兵のようだ。丘を下った敵はおよそ六千ほど。そのうち半数が騎兵であり、後方に控える歩兵の主装備はバラバラのようだ。見えるだけで槍斧(ハルバート)や長剣と雑多な感がある。



「義勇旅団も動いた!」



 遠方を見ていたが、再びハカガ中尉の言葉でエフタル義勇旅団が広がる眼下に視線を送る。

 総兵力五千のうち、三千の兵士達が二つの方陣を組みあげようとしていた。その様はまさにアルツアルを範に作られた騎士団らしくアルヌデン辺境騎士団と同様に方陣を前衛、後衛に騎兵二千を置く布陣になっている。



「いよいよですね」



 誰に言うでなくその光景を見守る。

 それにしてもじれったい。陣形変更中に攻撃されたらどうするのだろう。

 それともヒーローよろしく敵は待ってくれるのだろうか? バカバカしい。俺だったらこの段階で第三小隊に砲撃を命じているぞ。

 そう見守っているとサヴィオン帝国軍から白く輝く鎧を纏った騎士達が出てきた。斥候か? と思ったがそれにしては装備が良い。ただの斥候ではなさそうだと思いながら唾を飲み込む。



「やぁやぁ。我はサヴィオン帝国第三鎮定軍が総大将ジギスムント・フォン・サヴィオン殿下が忠臣の一人、エルヴィッヒ・ディート・フリドリヒ侯爵である! 蛮族闊歩するアルツアルに告げる。我らは全力をもって貴軍と戦い、これを打ち破らん! 覚悟めされよ!」



 ……驚いた。まさか使者と言うやつか。

 中世然とした世界に転生したと思ったが、思ったより中世してやがる

 そうポカンとしているとアルヌデン騎士団から一騎飛び出していった。アルヌデン様だ。



「我こそライル・ド・アルヌデン辺境伯! 我らは愛する国を、民を守るために一歩も引かずに勇戦する事をここに誓う! いざ尋常にに勝負!!」



 うわー。

 そんな気分のまま見守っていると使者達が別れていく。

 この、なんだ。この、効率厨と言われても仕方の無いような、この想い。

 あんな呼び合いをしてたら狙撃されるぞと叫びたい衝動を抑えつつ黙って成り行きを見守る。

 そう、今は予備戦力として前線に出る事が出来ない。それ故にこうして待つしかないのだ。


 ◇

 アルヌデン辺境伯より


 儀礼を終え、陣に戻ると久しい実戦に沸き立つ家臣達が静かにわしの帰りを待っていた。

 彼らは家臣にして共に戦野を駆けて来た戦友。今の地位を得たのも皆が居たからだ。ただの戦災孤児が一国の長になれたのは戦友無くしてあり得なかった。



「前の戦は三年前だったな。そう、ユーグ公の叛乱を鎮めた戦だ」

「その通りでございます、お館様」



 最古参の友ジャン・ポトン・ザントライユ騎士曹長が応じた。ワーウルフ族の彼は頬に刻まれた十字の傷を歪めて笑う。四十半ばと言う齢を感じさせない屈強とした重騎士に「そう呼ぶな」と苦言を呈する。



「わしは己がまだ戦野を彷徨っていたガキと変わらんと思っておる」

「何をまた。いや、長命なエルフにとりゃガキと変わらんのかもしれんな」

「なんとでも言え。だが、少しでもあのお方――わしにライルと名をくれたあのお方のような大人になれているか、少し不安になる時がある」



 そう、家を焼かれ、家族をサヴィオンに奪われたあの時、己を拾ってくれた傭兵のように。

 己に生きる術と名を授けてくれたあの傭兵のように、あの大人のようにわしはあの白いエルフに振舞えただろうか?

 カカッ。考えても詮無い事か。



「ジャン。忘れてくれ。さて、子供の見本となるのが大人の務めだ。そうだろ?」

「しかり! しかり! 我らの愛する者のために! 我らの帰りを待つ者のために! 我らいざ戦わん!!」



『しかり! しかり!』『故郷を! 美しき我が故郷を!』『我らを待つ者のために、いざ!!』



 騎士達が戦意を充足させる。そう、そうなのだ。誰しもが帰るべき家を持つ。

 この痛みを二度と味わいたくない。もう二度とこの手から滑り落ちるモノを黙って見て居たくない。

 故に戦う。リラを、リーネを守りたい。

 こんな戦しか知らぬガキを受け入れ、愛してくれた者のために、今こそこの命を燃え上がらせよう。

 そしてあの日のあの人のようにあの若エルフの前に立とう。前を向き、歩くのだと教えてやろう。

 腰に刺した形見のバスターソードを抜く。



「我らアルヌデン騎士団! いざ参ろうぞ!!」

「「「応ッ!!」」」



 鬨の声が上がるのと同時にサヴィオンのラッパが鳴り響いた。

 いよいよ戦闘開始だ。



「サヴィオン軍、全軍前進中! 先頭は騎兵の模様!」

「噂の羽付きか?」

「いえ、違います! 軍旗はサヴィオン帝国第一帝子ジギスムントの黒十字! あ、止まった! 敵軍、停止距離およそ三百メートル!」



 ……妙だ。帝国の使う複合弓(コンポジットボウ)の射程はおよそ百メートル。

 対してこちらの長弓(ロングボウ)はおよそ三百メートルの射程がある。もっとも狙って敵を射抜ける距離では無いが、大量に矢を斉射することで命中率を底上げする事で敵に損害を与えられる。



「……考えても詮無き事か。弓兵用意!」



 軍鼓が打ちならされ、弓兵が矢をつがえる。

 まずは先手を頂こう。愚かにもこの地を犯した代償を払わせてやる。



「放て!」



 太鼓のリズムが変わる。それと同時に張力を一身に受けた矢が空に解き放たれ、ゆっくりと弧を描いて落下を始める。

 だが、不自然な突風が矢を押し流し、あらぬ方向へと突き刺さっていった。



「魔法、なのか!?」

「バカな! 何百本もの矢を押し流すほど大規模な魔法がある訳ない!」



 ジャンが目を見開いてそう言った。かろうじてこの出来事に耐えられた自分ではあるが、どうしようもない不安が渦巻いている。

 ジャンの言う通りあれは本当に魔法か?

 我が軍の弓兵は総じて八百人。それらが放った矢をことごとく風で押し返しただと!? いったいどんな魔法式を使えばこんな魔法が使えるのだ?



「第二射用意、放て」



 神にもすがる気持ちで命令するも、第二射も彼方へと流れていく。間違いない。さきほどのは偶然では無い。

 サヴィオンは矢を受け流す策を手に入れている。



「弓兵に接近戦に備えるよう命じろ」

「正気かライル!?」

「弓兵では相手に損害を与えられんのは確かのようだ」



 方陣に守られた弓兵が攻撃する事で相手に一方的な出血を強いる――アルツアルの基本戦術が否定された。

 ではどう戦う? いや、決まっている。いままで通り変わらん。



「全軍に達する。無闇に動く無かれ。不動こそ鉄壁。敵の挑発に乗ることはない」



 いくら矢を吹き飛ばす魔法を持っていてもいずれ相手はこちらを攻めて来なくてはならない。そうしなければ相手は勝利し得ないのだ。

 ならばこちらは後の先を取らせてもらおう。敵が我らの四辺方陣に苦戦している所を騎兵で突く。



「不動こそ我らの勝利! 良いな! して、敵情は?」

「依然動き無し! 距離三百で停止中!」



 不気味だな。サヴィオンと言えば神速の機動戦術を得意とする国のはず。

 それが動かない? 自らの利を捨てて戦おうと言うのか? それも我らのように守りに徹して。



「ジャン。どう考える?」

「まぁ、順当に考えりゃ動かない事で利があるって事だろう。

 例えば、こちらが動いて方陣を崩した所に騎士が飛び込んで来るとか」

「ありえんな」

「あぁ、あり得ない。あのサヴィオンがそんな浅はかな手を取るとは思わねぇし、アルヌデン騎士団もそんな愚策は犯さない」



 参謀役を買ってくれているだけあってまずは一般論と言う所か。

 と、言う事は次が本命。



「奴らが防御戦術を取り入れた」

「神速のサヴィオンが?」

「なに、優れた戦術を真似るのは戦の基本だろ。まぁ機動力を失ってまでやるかと言われたら疑問だが」



 ふむ。先のサヴィオンとの戦では敵の機動力を封殺した四辺方陣によってアルツアルは大勝を得ている。

 敵もそれを真似たと考えるなら敵も待っているのだ。後の先を取るために我らを待ちかまえている、のか。

 それとも動かない事で何かあると我らに思わせて裏で何か工作を行っているか……。



「ならば奴らの舞台に上がる事もあるまい。このまま根比べと――」

「報告! 友軍エフタル義勇旅団に動きあり! 騎馬突撃を敢行する模様!」

「な!? エフタル大公は血迷われたか!?」



 敵の誘いにのってどうする!?

 どうする? 確かエフタルの騎士戦力は二千と言う。無闇に突撃して失われるのは躊躇われるが……。



「こちらも突撃の準備を整えよ」

「おいおいマジかよ。騎兵大国のサヴィオンに騎馬戦をしかけるのか!?」

「敵の意図がまったく分からん。だがこの攻撃で意図が判明するなら意味ある攻撃になる」

「なるほどな。さっすがあの人に兵法を習っただけはあるな!」

「それより――」

「はいはい。おい、突撃準備! 騎士連隊前へ進め!」



 方陣の隙間を縫って矢面に立つ。

 赤い旗が眼前に揺れている。するとエフタル騎士団から突撃を令するラッパが響いた。



「エフタル騎士団突撃を開始!」

「我らは今しばし静観するぞ」



 臆病とも思える決断だったが、敵が何を企んでいるのか分からない状況で動く方が怖い。少しでも状況をつかまなくては。



「おい、銃騎士はどうなっている?」

「準備出来てるぜ。前面に出すか?」

「あぁ。頼む」



 「銃騎士前へ!」の号令。

 するとアルヌデン大工房で作られたアルケビュースと呼ばれる銃を持った騎士達が突撃陣形を作っていた騎士団から一歩前に出た。

 銃騎士が装備するアルケビュースはドワーフ謹製の品とあの若エルフは言っていた。

 確かに御前演習で見た物より一回り小降りになっている。もっとも使っているのは二十人ほどしか居ないのが玉にきずだが。



「もっと数を揃えたかったがな」

「しかし、ありゃ馬が嫌がる」



 ジャンの言うとおり、アルケビュースは大きな音を立てる。それに馬が驚いて御するのが難しくなってしまうのが最大の欠点だった。

 だから火薬と呼ばれる黒薬を減らし、数も押さえて運用せざるを得ず、正直クロスボウを持たせた方が戦力になる気がした。



「ま、わしは新しい物好きだからな」

「かッ、出たよ。ライルの悪癖が。だからあのエルフに手を貸したのか?」

「それもある。だが――」



 眼前から轟々とした音が響く。それと同時に敵陣から何か、岩のような物が宙を舞い、そしてエフタル騎士団に突き刺さった。



「なんだ!?」

「ま、魔法攻撃か!?」



 さすがに動揺を隠せなかった。

 サヴィオンは騎兵突撃(ランス・チャージ)を行うエフタル義勇旅団に――氷の塊を投射していているようだ。

 まさか――!!

 にわかにエフタル騎士団の突撃力が喪失、混乱に包まれているようだ。



「サヴィオン軍左翼騎士団前進! 我らの眼前を横切ってエフタル騎士団を包囲するものと思われる!!」

「な、ならん!」



 弓兵で敵を妨害――。いや、矢を射かけても無駄だ。風で叩き落とされる。

 ならば――。



「皆、これよりエフタル義勇旅団救援のために突撃を行う。

 今こそ我らは敵を討ち、愛するものを守り抜こう! 攻撃目標、敵突撃中の敵騎士団! 突撃にぃ進め!!」

「万歳! アルヌデン万歳!」「万歳! 万歳!!」「勝利を! 勝利万歳!」



 喚声と共に動き出す。

 さぁ行くぞ。覚悟しろサヴィオン。我ら守るものがある者は、強いぞ?

 


次話も主人公視点ではありませんが、ご容赦ください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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