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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
36/163

 最近、ミューロンの気が立っている。

 それこそ今、雨が降ったら雪になるんじゃなかろうかと言う時期。

 幼馴染の俺しか気が付いていないようだが、彼女はピリピリしている。



「ハミッシュ。俺、なんかしたか?」



 昼食が終わり、午後の教練が始まるまでの行きま時間に俺は小さい親友に思い切って聞いてみた。



「え? いや、そもそも気が立っているなんて初耳じゃ。気のせいではないのか?」

「そんな事は無い。よく見ろ」



 鉛色の空の下、乱立したテント群の隙間から見える射撃場に立っていたミューロンがじぃっと的を睨んでいるのが見えた。



「ただ的を見ているようじゃが……」

「いやいや。ありゃ睨んでいる」

「いやいやいや。わしには違いがわからん」



 しょうがないな。ミューロンに気づかれない様に接近。うん、近づいて確信した。やっぱり睨んでいる。

 確信が取れた事でハミッシュに「な! そうだろ」と言うと彼女は困ったように目線を下げた。



「すまぬ。ただ的を眺めているようにしか見えん」

「節穴!」

「うっさい!」



 べぇと舌を出してぷぃっとハミッシュが走り出す。くそ、こいつ……! 動作が一々可愛いのがまた……!

 さ、さて。気を取り直して我が嫁だ。

 どうして機嫌が悪いのだろうか。着替えを覗いたから? 飯が不味いから? 娯楽が少ない?


 いや、待てよ。

 ミューロンがあぁなったのって確かイザベラ殿下が中隊を視察されたあたりだったか?

 少なくともその前後。

 ま、まさか『愛妾事件』のせい? あの時、ミューロンの誘いを断ったから?


 どうしよ……。

 男として受けて立たねばならぬのだろうか。いや、でも婚前の不義は風と木の神様を冒涜する行いだし――。それでも、それでも男を見せるべきなのか!?

 そもそも人並みの性欲もあるし、ミューロンが良いと言うのなら――。いやでも――。



「少尉殿が悶えてるぞ」

「バッカ。きっとサヴィオンのクソッタレ共をどう殺してやるかお考えなのだ」



 振り返ると声の主である人間とエルフの上等兵達がサッと敬礼してきた。もちろんそれに答礼する。

 どうやら声こそ出していなかったものの痴態を晒してしまったようだ。変な誤解をされてしまったようだが、このままだとまた何を言われるか分からないな。


 えぇい。うじうじ悩んでも仕方ない。

 威力偵察と決め込もう。ある程度の戦力を投入して肌で敵情を探る索敵法。

 俺もしっかりとミューロンと話してその怒りの原因を探ろう。

 幸い昼休みだから射撃場に彼女一人しか居ない。話し合うにはもってこいだ。



「あー。ミューロン」

「なに、ロートス」



 やっぱ怒ってる。理由は分からんが怒ってるぞ。

 ばつが悪くてガシガシを頭をかく。視線も彼女に向けられない。あぁだらしない。なんてだらしない体なのだ。



「……すまん」

「――?」

「その、気に障った事があるなら言ってくれ」



 多くは言わない。いや、言えなかった。喉がひりついて言葉にならずにひゅうっと息が漏れるだけなのだ。



「――?」



 こくりと首を傾げる幼馴染。あれ? 俺がなんかしたから怒ってるんじゃないの?



「ロートスどうしたの? わたし、何かした?」



 今度はミューロンが不安を露わにおたおたと碧の瞳が揺れる。アッレー?

 それじゃミューロンはなんで気が立っているの?



「いや、その……。怒ってないの?」

「なんで怒るの?」



 ――気のせい……? いや、違うな。なんかある。なんかあるぞ。きっと。彼女の表情を見続けて来た俺が言うのだからそうなのだ。うん。

 ……そう思うと自分がストーカーのような気がしてきた。正直、気持ち悪いだけだぞ、俺。



「ねぇ、どうしちゃったの?」



 それは俺のセリフだと言う言葉を心の奥底に追いやりつつ「最近、機嫌が悪そうだから」と正直に事を打ち明けた。

 すると彼女は「あー」と白い頬をポリポリかきながら言った。



「最近、サヴィオンの連中を殺してないから――」



 すっかり戦闘狂となった幼馴染の言葉が刃を思わせる寒風と共に吹き寄せる。

 故郷を奪い、村に火を付け、仲間を殺したサヴィオン共。奴らを皆殺しにしてエフタルから早く追い出したい――。

 ただその一心が狂ったように燃え続けている。

 盗賊を討つ時も、アルヌデンの街でデートした時も、御前演習に参加した時も心の奥底には憎しみを焦がす炎があった。

 争いと怒りに満ちた修羅道が確かに心にあるのだ。俺はそれを怯懦と恐怖で上書きし、さらにブラック会社で培った営業スマイルで覆い隠している。

 だが、彼女は素直なのだ。俺に対しても、ハミッシュに対しても。そして敵に対しても。

 俺が騙るのに対し、彼女はあるがままなのだ。



「早く春にならないかな」



 毎年聞くお馴染みのセリフ。

 雪で固く閉ざされた世界を解放してくれる日を待ち望むセリフ。

 反転攻勢に出られる季節の到来を嘱望するセリフ。

 あぁ早く帰りたい。あの家に――。あの故郷に――。



「そうだな。早く春になって欲しい」



 エフタルから吹き寄せる故郷の風が頬を刺していく。あぁ早く春にならないか――。


 ◇


 その日、偵察を旨とするアルヌデン軽騎兵中隊がマーズ大河の対岸に集結するサヴィオン軍を発見した。その数は五千以上。おまけにサヴィオン軍工兵が架橋準備を始めており、三日と立たずに大軍がアルツアルの地に足を踏み込むと予想された。

 それは冬季攻勢はあり得ないと確信していた王国を震撼させるに十分な報告となり、早馬がアルツアル中を駆け巡った。



「兵法書には冬季は補給の困難から攻勢作戦など行うべからずと書かれていたのに……! サヴィオンの連中は血迷ったか」



 血迷ってるのは貴方ですよハカガ中尉。

 ふと、中隊本部に集まった面々を眺めながらそう思った。

 緊張を滲ませるリンクス臨時少尉。第三小隊長のシルシュ臨時少尉はドワーフ自慢の髭をいじりながら黙っている。とは言え、冷静と言うより高揚感を持っているようだ。


 この中で冷静で居られるのは一人。マイペースなオークのナジーブ臨時少尉だけだ。

 そして第一小隊長ミューロン臨時少尉に至っては破顔して喜びを表している始末。

 小さく息を吐いて震えそうになる指を軍衣の裾に押し当てる。狂喜と恐嬉がない交ぜになった感情が今にも爆発しそうだ。到底冷静とは言えない状態に犯されている。



「では中尉殿。報告致します。野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊、総員百五十名、編制完結。なお、輜重品の準備が整い次第、我らは出撃可能となります」



 なお、編制は銃兵一個小隊(一個分隊十名。三個分隊で一個小隊)、長槍(パイク)兵二個小隊、砲兵一個小隊、中隊本部直轄銃兵二個分隊、独立輜重一個分隊で構成されている。

 砲兵小隊は野戦砲二門と砲弾や装薬輸送のための馬車が付属して一個小隊編制。またそれとは別に輜重分隊も馬車を装備して弾薬や予備の長槍(パイク)等の輸送を行うようになっている。



「早急にとりかかれ」

「了解しました。ではラギア曹長」

「心得ました。弾薬、糧食等の準備を進めます」



 で、この後について。実は未定だったりする。

 そもそもアルツアルは冬季防衛策すら策定していなかったのだ。

 動員出来る兵力も戦時体制に移っていたエフタル義勇旅団とアルヌデン辺境騎士団くらいしかない。


 本来なら雪解けを目処に王都から近衛第三旅団、近衛第一騎士団がアルヌデンに集うはずだったのだ。他にもアルツアル各地の騎士団や傭兵も動員され、総兵力五万の大軍をもってしてエフタル奪還と言う運びになっていたのだが、その計画は全て瓦解した。

 ともかく相手は渡河作戦を実行中であり、これを踏み留める戦力が無い現状、手持ちの兵力で会戦を挑むかアルヌデンに籠城するしかない。



「……鐘の音か。作戦会議に行くぞ」

「ハッ。では次席指揮官のミューロン臨時少尉、中隊を頼む」

「はい! 早く帰ってきてね」



 元気よく返事をする彼女の輝かしさと言ったらない。ここ三ヶ月一の笑顔と言える。

 それに苦笑で応え、中尉に付き添ってアルヌデン城を目指す。


 末端の部隊長まで呼びつけて作戦を指示すると言うのは珍しい事だ。本来なら上意下達――上の階級が下の階級に伝言ゲームよろしく命令を伝えれば指揮官の負担が経るのだから。

 それをしないと言うことは指揮官自ら作戦を徹底させておきたいと言う意図があるに違いない。

 伝言ゲームのどこかで誤った解釈をされないように――。

 そのような事情も許されないほど戦況は逼迫してるのだろうか?

 あぁそうなら怖い。怖くて怖くて笑みが漏れてしまう。



「し、少尉?」

「何か?」

「いや、なんでも無い。こんな時に笑いおって……。亜人はこれだから気に食わん」



 弁明をさせて欲しいのであります中尉殿。笑う以外の事が出来ぬだけなのであります。笑わなければ恐怖に震え泣くしかないのであります。

 く、フハハ。

 笑みを漏らしながらアルヌデンの荘厳な城にたどり着くと三々五々に他の部隊長達が広間に集っていた。

 本来なら舞踏会でも行われるような広大なそこに殺気だった騎士や傭兵が侍り、噂話に興じている。

 その中で一人、目立つ黒鎧を身につけたイケメン騎士を見つけた。大隊長のエンフィールド様だ。

 彼は彼で大隊幕僚を引き連れ、表情を堅くして居られた。


 声をかけようかと思ったが、その前に「第三王姫殿下ご来臨!」と言う声が響いた。

 全員がお喋りを止め、一斉に上座に向かって頭を垂れる。

 一段高い上座の陰から現れた第三王姫イザベラ・エタ・アルヌデン殿下に続いて城主であるアルヌデン辺境伯が姿を見せ、「面を上げよ」と拝顔の栄を授かった。

 そんな俺達を無機質な鋼の瞳が見つめ返す。微動だにしないその姿はまさに平民や貴族とも違う王の気風のような物を感じた。中身がポンコツ疑惑があるけど。



「皆、楽にしてくれ」



 第一声。それでも緊張が解ける事はない。むしろ皆、その次の言葉を待っていた。

 進軍するのか、それとも籠城するのか。



「アルヌデン辺境伯。まずは状況を」

「御意。では説明させてもらう」



 黒エルフが一同に鋭い瞳を向ける。


 曰く。

 当初、伝令からもたらされた情報によればサヴィオンは五千ほどだったが、続々とエフタル奥地から軍が集結し、一万にもその数を膨らましているとの事。

 攻城兵器の類は発見出来なかったが、大量の馬車を抱えており、そこに大量の補給物資が積まれているであろう事が予想される事。

 敵は騎兵、歩兵を伴う部隊であり、渡河後はアルヌデンを目指す公算が高い事。

 現在のアルヌデン辺境騎士団の総兵力が五千。エフタル義勇旅団が四千五百。イザベラ殿下警護に付き添ってきた近衛第三旅団第一騎士連隊が二千の合計一万一千五百との事。



「また、これより我らが取るべき作戦方針を練りたいと思う。

 第一案として我が城――アルヌデンを拠点にアルヌデン領各地の砦に籠もって籠城を行いつつ雪と援軍の到来を待つ案」



 時間を稼いで仲間を集まる。手堅い作戦だ。

 雪が降れば街道事情が悪化して食料の輸送が滞り、軍に飢餓が訪れる。町や村から食料を徴発しようにも一万の大軍を養い続ける物資などあるはずもない。

 その上、時間が稼げれば隣国の騎士団が救援に駆けつけてくれるはずだから敵はますます身動きが取れなくなっていく。

 もっともそれはアルヌデン城が陥落しなければと言う前提がつく。

 エフタルで見た連中の魔法を前にしたらこの街もどれほど持ちこたえられるか疑問だ。



「第二案は現有戦力で敵を打倒する事にある。

 幸い、アルヌデン北方に地形的要害はそう無い。そのため双方とも軍の展開が容易であり、冬であっても自由に行動出来る点があげられる」



 敵が来たのだから追い返しに行く。シンプルな案だ。

 数的不利な訳でもないし、決戦を渋る理由は何一つ無い。

 何よりサヴィオンの連中を殺しにいけると言うのが素晴らしい。

 もっともこの作戦にはリスクがある。

 アルツアル、サヴィオン関係なく大勢死ぬだろう。城壁と言う安全地帯無く戦い続けるのだから大量の血がぶちまけられるに違いない。

 問題はその後だ。会戦が終わったは良いが兵を消耗しすぎて軍が立て直せない――。そんな事態だって起こりうる。

 それでは春期攻勢に大きな支障を来す事になる。王国は用兵上、それは避けたいはずだ。

 その事について集まった騎士達は周囲の者と声を潜めて意見を交わしあい始め、大きな雑音が響き出す。

 それにアルヌデン様が手を打ちならして止めた。



「殿下の御前であるぞ。皆、無礼では無いか。さて、殿下。殿下のお考えをどうかお示しください」



 この場の最高階級者である無表情の姫君はその言葉に小さく頷くと「籠城する」と宣言された。



「第二軍集団はまだ集結の途上であり、本格的戦闘を行うにもまだ指揮統制が取れる状況でもない。

 籠城し、時を稼いで兄の第一軍集団の到着を待とうと思う」



 えらく消極的な策だな。

 だが、それでも悪くは無い。攻城戦は数的不利でも敵戦力を拘束出来れば他の友軍が敵を逆包囲してくれる展開もあるだろうし、まず作戦として安牌だ。

 だが――。



「それは成りませんな」



 そう声をかけたのは肉塊――いや、エフタル義勇旅団を統べるエフタル公その人だった。

 絹で出てきた豪奢な服では押し隠せない雄大な腹を揺らし、粘りっけを含んだ笑みをたたえている。



「我らエフタルは善戦及ばず我が城を失いましたが、それは敵が卑劣極まり無い兵器を投入したからに他成りません。

 あの魔法を前に籠城とはまさに愚策。そうは思いませんか?」



 ひどい物言いだが、肉塊にしては良い事を言ったと思う。

 そもそも俺達エフタルが敗北した理由こそサヴィオンの魔法攻撃なのだ。

 そのせいで城壁は無意味と化し、俺達はエフタルから追われた。

 それがアルヌデンでも起きないとは言えないし、城壁を頼みにした防戦を期待する事は出来ない。



「それにアルヌデンでは籠城の支度がまったく進んでおりません。ここは我らエフタル義勇旅団やアルツアル騎士の武威をサヴィオンに知らしめ、敵をマーズ河におい返してやりましょうぞ」



 その言葉にエフタル貴族や騎士だけではなくアルヌデン貴族達も賛同の声を上げ始めた。

 それを収拾つけようとアルヌデン様やイザベラ様が「待て」とか「話を聞け」と言うものの、攻勢に沸き立つ空気を止めるには無力だった。

 それに、俺も攻勢には賛成だった。

 なんたってサヴィオンの奴らがわざわざやってきてくれたのだ。出向く手間が省けたと言うもの。

 あぁ怖い。体が震え、冷や汗が脇から伝い落ちる。

 あぁ怖い。胸の内に渦巻く憎悪が音を立てて燃えあがる。

 あぁ怖い。待ちこがれていた戦争が出来ると歓喜に狂いそうだ。く、フハハ!!



フラグ回収しましたよ! 楽しい冬季戦の始まりです!(暗黒微笑)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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