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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
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乙女心は複雑怪奇

 大工房にやってきた少女――いや姫殿下は冷めた瞳のままコクンと首を傾けて「ここは一体……」と呟かれた。



「……ロートス。わしの間違いじゃなければ――」

「うん。間違っていない」



 だって昨日の閲兵式で見たもん。それもこの目で。

 間違いようがない。



「あ、あの――。いえ、畏れ多くも殿下――」

「うむ。……。いや、そんな畏まられるな。予はしがない街娘故、そんな慇懃な態度を取る事はない」



 しがない街娘がそんな事を言うか! 田舎者とはいえそれくらい知っているぞ。



「ここは何を作っておるのだ?」



 遠巻きに、それこそ作業を邪魔しない距離から背伸びして鋼色の瞳を向けてくる。クール系ポンコツかと思ったが、お茶目も兼ね備えているようだ。

 ふらふらとつま先立ちになってる姿が年相応で可愛らしい。



「あー。殿下――」

「イザベラだ」

「――はい?」

「殿下などではなくイザベラだ」



 その庶民設定貫くの? バレバレなのに?

 いや、待てよ。これって視察なんじゃないか?

 演習でばかすか撃ったんだから誰しも「あれはなんだ?」と思うに違いない。

 それでアルヌデン辺境伯からこの工房を聞いて庶民を装って視察に来た……。

 そんな所か? だがそれでも庶民設定を貫く理由にはならないが。



「イザベラ様」

「イザベラだ」



 名前の譲歩を引き出せない中、手にした銃身を持って彼女の側に寄る。さすがに来させる訳にもいかないし、怪我をされるかもしれないからな。

 「銃身と言います」と言いながらそれを渡すと感情を感じさせない鋼の瞳が一層見開かれて食い入るような目つきになった。



「これは昨日、御前演習で我が中隊が使っていた武器の部品になります」

「あの炎の杖か。あれは一体どのような魔法なのだ?」

「魔法ではありません。でん――イザベラさんは火薬をご存じでしょうか?」

「知らぬ。かやくとは?」

「火を付けると非常に燃える粉薬です。その火薬と鉛の玉をこの筒に入れて火を付けると火薬はもの凄い勢いで燃焼し、空気が膨張します。その圧力で鉛の弾を押し出すのです」



 めっちゃ簡単な説明だけどこれを理解してくれる人はそう多くは居ない。

 ぶっちゃけて言えば原理を教えたエンフィールド様は分かったフリをしているし、ミューロンに至っては理解する事を辞めている。たぶん中隊の中でも理論が分かっているのはハミッシュ達ドワーフくらいだと思う。



「そうか、すまぬがよく分からん」



 はい、率直なご意見ありがとうございます。

 くそ、こうなったら猿でも分かるようなプレゼンでも企画してしまおうか。

 配布資料も作ったり、図表まで挿入したり――。いや、異世界で俺は何を考えているんだ……。


 冷めた感情になって銃身を興味深げにいじるイザベラ様に視線を戻すと彼女は口元を緩くカーブさせて言った。感情が乏しいのかと思ったが、そんな事は無いらしい。ただ表に出される感情が小さいだけなのだろう。



「だが、昨日の黒服連中の長がうぬである事は分かった」

「それは恐悦至極に存じます」

「ついでに中隊の兵営を見学したいのだが……」

「え?」



 おずおずとした申し出に思わず許可を出そうかと思ったがなんとか踏みとどまった。

 この人、実はポンコツを演じてるだけで中隊の使う火器の調査に来てるんじゃ無いか?

 まぁアルツアル相手に隠しておくつもりもないし、別に構わないが、視察中になんか事故とか誘拐騒ぎが起こったら不味いんじゃ無かろうか。



「でしたらご見学のさいはエフタル義勇旅団司令部の許可と第二連隊長並びに第二連隊第一大隊長の許可が無いと視察の方は……」



 上官バリアーを張って何かあった際の責任問題を分散するようにしたら眼前の美少女が困ったように顔を曇らせた。



「そこまで話を大きくするとジィをも巻き込むな。だとしたらきっと許可が降りない。困った……」



 一気に情けなくなったなおい。



「いや、違うな。一介の街娘にそんな許可が降りるはずない、か。そういう事で」

「庶民プレイが雑になってますよ」



 この人、実はカリスマがありそうだけどやっぱりポンコツなのかもしれない。いや、そう言う風に自分を演じているのか?

 もう分からんぞ。



「なぁロートス。どうするのじゃ?」

「どうするもあるか。相手は姫殿下だぞ。丁重にお帰り頂く他ねーよ」



 いつの間にか背後に居たハミッシュに耳打ちする。これもうどうすりゃ良いんだよ。

 いっそのこと中隊を案内しちゃう?

 こんな出会いではあるが、王族と繋がりがあると言うのは悪くない。むしろ良いと言える。

 リスクはあるが、ここで姫殿下と懇意になれれば大きな後ろ盾が付く――大きなリターン。



「ハミッシュ。一度、中隊に戻ろう」

「え? わしも?」

「中隊副官命令だ。良いな」



 他のドワーフ達は「はいはい、適当に」と言わんばかりに手を振ってきた。誰しも厄介事は避けたいのだ。くそったれ!



「して、どうしてわしなのじゃ?」

「まぁ、華奢なエルフだけで護衛は、な」



 サヴィオンとの開戦初頭。ドワーフの村から斥候に出たときにハミッシュの戦闘力は確認している。

 剛腕無双。

 ドワーフの一族よろしく細腕のハミッシュでもその胆力は凄まじいの一言に尽きる。もう彼女を怒らせるような事はすまいと誓えるほどに。

 そんな彼女が護衛に付いてくれれば文字通り百人力だ。



「ちなみにイザベラさん。護衛の方は?」

「おらぬ。お忍び――街娘に護衛など付くはずなかろう。ま、陰の連中は二、三人は張り付いているだろうから心配はいらぬ」



 もう似非庶民プレイを続ける気は無いようだ。

 そんな姫殿下と共に街に繰り出す……。なんだこのシュールな絵面。

 てか、あれか、殿下を先導するのって立場的に不敬にならないだろうか? それじゃ隣? いや、ラフすぎる。それこそ不敬だ。

 つまり、後ろ? そうだよな。背後にそっと付き従うのが――。



「案内をはようせい」



 無表情の姫様が俺の手を取る。冷たい手だった。冷え性なのかな? と無粋な事を思いつつも繊細な工芸品を思わせる指が左手に絡んでくるのに困惑を覚える。



「で、でん――!?」

「予はイザベラだ」



 困った、困ったぞ。王族と手を繋ぐとか、どうすんだよ。こちとらエフタルの田舎エルフなんだぞ。身分が違いすぎる。

 てか、触れる事で不敬罪に問われたりしないよな?

 そう不安に思ってハミッシュに助けてと言う視線を送る。



「なに、デレデレしておるのじゃ」



 いや、お前こそ何不機嫌になってんだよ。こっちはテンパってるんだぞ。脳のキャパを越えそうな事態に陥っているんだぞ。



「あー。すまない。二人はそういう関係だったか」



 と、冷たい指が手から離れていく。いや、勘違いしてるぞこの姫様。



「いえ、ハミッシュ――彼女とはそのような関係ではございません」

「何も隠す事は無かろう。あぁ、そう言えばエルフは同族結婚以外を認めないと聞いたな。だが、これからの世の中、古き因習に縛られるのもどうかと予は思う。

 それが幸せな婚儀であれば何にも勝るだろう」

「別に隠している訳ではなく本当にそのような関係では無いと言っているのです!」



 そう、ハミッシュとは恋愛を抜きに良き友である。それに間違いは無いし、俺には心に決めた相手だっているのだ。それを撤回させる事など――。



「なぁハミッシュ!」

「う、うん。そうなのじゃ」



 あれ? ハミッシュさん歯切れ悪くないですか? なんで?



「そ、そう見るで無いのじゃ!!」

「わ、悪い」



 そして視線を殿下に向けると無表情のくせにニヤニヤしている雰囲気だけ漂わせていた。

 いや、だからさ――。



「ち、中隊にご案内致します。こちらへ」



 自棄になって破棄捨てるような口調。

 肩を怒らせてズンズンと大路を抜け、城門を抜け――。



「待たれよ。失礼ながらこちらのお方は――」



 門番に止められた。ですよね。

 てか、姫殿下以前にアルヌデンへの出入りをチェックしているのが門番の仕事なのだからこれこそ正しい対応と言える。


 さて、なんと言い訳しようか――。

 すると殿下がズイっと一歩前に出た。おぉさすが王族。国政で培った話術で場を納めてくれるつもりなのか!



「愛妾です」



 思わず咳込んでしまった。

 ハミッシュも頬を赤くして俯いている。どうしてこうなっ――。

 ドサリと何かが落ちる音がした。

 城門の外側。足下に散らばる書類達。呆然と立ち尽くすミューロン。



「み、ミューロン……! これは――!」



 言葉を終える前に驟雨が碧の瞳から溢れ出し、頬を伝い落ちていく。ぼろぼろと、ぼろぼろと頬を流れていく。

 言葉無く、表情無く、生気無く。

 そして脱兎の如く勢いで背を見せ駆けていった。



「す、すまん。誠にすまん」



 鉄皮面の殿下が青くなる。事情は知らないまでも多大なる失態をしたと悟ったのだ。



「殿下申し訳ありませんが――」

「う、うむ。行ってやれ」



 俺もテンパっていた。

 殿下をここに残していくのは不敬では無いかと一瞬だけ思ったが、それはミューロンを追わなくてはと言う本能の奔流に押し流されてしまった。

 そのため走る。ただ走る。

 隊伍を組んだ兵の脇を駆け、射撃場のそばを抜け、中隊本部の前をただ走る。

 風のように去りゆこうとする背中を求めて走る。走る。走る。

 いつしか中隊の営庭を抜け、荒れた耕地に差し掛かった。

 と、その時、ミューロンの足が何かに引っかかったのか、ズベンと言う音を立てて倒れ伏した。



「ミューロン!? 大丈夫か!?」

「ひっぐ……。ぇぐ……」



 反射的に抱き起こす。涙で汚れた頬に泥が付き、白磁を思わせる彼女の顔を台無しにしていた。

 違う。台無しにさせたのは俺では無いか。

 彼女にあらぬ誤解を与えたのは俺ではないか。

 俺が殿下に先駆けて上手い言い訳を言えていればこんな勘違いは受けなかったろうに。



「すまん」

「……ぇグ……うゥ」



 彼女を抱きしめようとしたが、ミューロンは投げ飛ばすように抱擁を拒んだ。

 ……当たり前、か。



「話を――」

「したいの?」



 震えた声。ミューロンは軍衣のボタンを一つ、一つ外しだしながら言った。



「わたしがやらせないから?」



 彼女はゆっくりと軍衣を脱ぎ捨て、その下の襦袢のボタンにも手をかける。

 第一ボタンが外れ、第二ボタンが外れて彼女の白い肌が露わになっていく。

 そして豊満とは言いがたい胸が露わになりそうになった時点でやっと理性が働いた。

 ボタンを外す手を強く握り、「違う」と強く否定する。



「ロートスが街によく行く理由ってそういう事じゃないの!?」

「違う! 街に行くのは連隊長から出頭を命じられたからだ! 断じて色街に行った事はない」

「じゃさっきの人間はなに!? わ、わたしに愛想が尽きたの!? わたしはこんなに――!」

「知ってる」

「なら――」



 証を見せてよ――。

 そりゃ、婚前に過ちをおかすエルフは居る。だが、契りを結んだからには風と木の神様に報告をなさねばならない。

 いや、そんな宗教儀礼以前にこんな形で結ばれるのがイヤだった。

 平穏のままに結ばれ、穏やかな生活を共に享受し、子を残し、老いていく。

 そんな普通のエルフの営みを分かちあいたい。

 そんな幸せを噛みしめて愛し合いたかった。だからこんな疑心暗鬼のまま結ばれたくない。



「話を、聞いて欲しい」

「……うん」

「俺はお前が必要だ」

「うん」

「共に居て欲しい」

「うん」

「…………すまん。言いたい事がまとまらない」



 喉元に言葉がせり上がってくるのに音とならない。

 どれを言っても上辺だけになりそうでそれが怖かった。

 彼女に軽い気持ちで求婚したのかと思われるのが怖かった。

 そして言葉のせいで彼女との関係が破壊されるのが怖かった。



「どうして怯えるの?」



 鋭い彼女が優しく手を伸ばしてきた。彼女の細い指が優しく俺の頬を撫でる。

 その行為と肌けた襦袢から覗く丸みを帯びた胸元がやけに扇状的だった。

 だが、彼女の細指が震えていた。

 彼女も怯えている。

 サヴィオン帝国の連中に尽きぬ復讐心を抱いて勇猛果敢に戦う彼女が怯えているのだ。


 共依存。


 そんな言葉が浮かんだ。



「おーい、ロートス! ミューロン!」



 振り返る。幼女然としたドワーフの親友が手を振りながら駆けてきていた。



「やべ、服!」

「え? う、うん」



 いそいそと襦袢のボタンに手をかけた彼女に背を向ける。すると様子のおかしさに気が付いたハミッシュがパタリと凍り付く。



「ひ、昼間から、それも野外でやるなど……。いや、それがエルフの習わしなのか……?」



 頬を赤らめ、ぐるぐると混乱する親友に「そんな風習ねーから」と否定を入れる。



「な、何も変な事はしてないからね!」



 軍衣に袖を通しつつ羞恥に染まった幼なじみが歩きだした。

 それにつられるように三人で歩く。歩くが、居心地が悪い。

 てか、よく考えたら俺、何も弁明してないじゃん。



「ミューロン」

「なに……?」



 出来るだけ素っ気なく。そんな声だった。



「あの、城門に居た女の人なんだけどさ」

「うん」



 トーンが下がった。

 それでも言うしかない。



「あのお方、アルツアルのお姫様だ。イザベラ・エタ・アルツアル殿下。中隊の視察がしたいと」

「……ねぇ、もっと上手な言い訳は無いの?」



 はい、まったく信用されていません。

 困ったとばかりにハミッシュの肩を叩くと彼女も「本当なのじゃ」と困惑気味に言った。



「もう、ハミッシュまで」



 だが、彼女の声に少し明るい響きが混じっている事に俺は気づいた。



「でも、少なくとも愛妾じゃないんでしょ。よくよく考えたらあの人、人間でしょ。誰なの?」

「だからあのお方は――」



 その日、城門に戻ると当のイザベラ様は消えていた。

 門番曰くお付きの方に引っ張られていったとか。

 そしてさらに後日。

 エフタル義勇旅団長、第二連隊長、第二連隊第一大隊長の許可印が押された命令書が届いた。イザベラ・エタ・アルツアル様の視察願いだった。

 そしてその日、鈴を思わせる声の驚嘆の悲鳴があがったのは別のお話。


デート編が中途半端だったのでヒロイン回となりました。


また、コメン ト返信は今夜行います。


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