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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
34/163

演習と迷子

 攻撃開始のラッパが響く。

 誤報かな、と思ったが前方の騎士団が横隊を組み、突撃体勢を作り出した。

 誤報じゃ、無い――!?



「伝令! 伝令! まもなく攻撃発起時間。準備を急がれたし!!」



 演台から一騎駆けてきてそう告げた。あれは、エンフィールド騎士団の伝令か。くそ、まじかよ。



「戦闘用意!! 急げ!」

「待て、どういう事だ!? 攻撃発起は十四時では――」

「さぁ? 命令書の手違いでは?」



 もしくはハメられたか。

 エフタル公が自分の勝利を完全なる物にするために最強の騎兵であるケンタウロス族を導入した上で演習開始時間はまだ先だと油断している俺達を攻撃する。

 本当に騎士なのかよ。



「急げ急げ!! 第三小隊は砲撃準備を整えろ!」



 腰を下ろして休息していた兵達が一変。即座に横隊を組み上げていく。

 第一小隊を最前列に長槍(パイク)兵の第二、第四小隊。その両翼を守るように中隊本部直轄分隊が配置され、最後方に第三小隊の砲兵達が展開する。



「は、早い……!?」

「驚いていないで指揮を取ってください。第一小隊、弾込め!! 火縄はまだセットするな!!」



 弾込め――とは言え今回は演習。弾丸は装填せずに火薬だけ込める事になる。

 そのためカートリッジも火薬だけを詰めた専用品だ。



「第一小隊、装填よし!」



 よく通るミューロンの報告。それに続くように各長達が戦闘準備完了を報せてきた。それに「第一小隊構え!」と号令を下す。これで叉杖に乗せた火縄銃(アルケビュース)に火縄を挟み込んで射撃の準備が整った事に成る。

 そして第三小隊も小隊長が中隊本部(要員は俺とハカガ中尉のみ)に赤い小旗を掲げた。砲撃準備完了の合図だ。



「中尉殿、戦闘準備よし」

「う、うむ。中隊は別命あるまで待機」



 遠くから観衆達のざわめきが聞こえる。だがそれを除けば実に静かだった。

 冬の高い青空。そこを流れる雲。枯れ始めた牧草地の草達が風にゆれる。

 そしてラッパが再び吹かれた。音階は突撃ラッパのそれ。

 騎士達が木槍を持ってゆっくりと前進してくる。騎兵突撃とは最初から全速力で突っ込んでくる訳ではない。仲間達との歩調をあわせるためにも徐々に加速していくものだ。



「ラッパ手! 攻撃合図――」

「まだ距離があります。引きつけましょう」



 そう言いながら俺も特製カートリッジを己の銃に装填する。あー、くそ。演習っても怖いな。そもそも一トン近くなる存在が時速四十キロで迫ってくるのだ。あー怖い。

 穏やかな風景の中、心だけ粟立つ。ニィイっと口元が上がり、荒い呼吸を誤魔化すように撃鉄を押し上げて中隊長の側から中隊右翼に展開する直轄分隊の銃列に交わる。

 敵騎兵との相対距離、およそ百五十。まだ敵を待ちたい――とは思うがそれを無視するようにハカガ中尉の命令が響く。



「ね、狙え! 放て!!」



 そういや誰かの戦闘指揮の下に戦うのは初めてだ。

 そう思いながら引鉄を絞る。

 一斉に白いカーテンが張られ、それに続いて重い砲声が続く。

 前衛となっている第一小隊は訓練の通りに最前列となっていた分隊の前に後列が進み出て射撃。さらに後列が前進して射撃――。


 漸進斉射戦術で連続した弾幕を張り続ける。

 対して両翼に展開している直轄分隊は現在位置で装填を行い、待機。

 黒色火薬が生み出す白煙に視界が阻害されて現状認識がやりにくい。



「中尉!! 中尉殿!!」



 装填せずにハカガ中尉を探し、その鎧を叩く。突然の銃声で難聴に陥っているようで俺の言葉が届いていない。



「第二、第四小隊を前進させましょう!」

「言われんでもわかっている!! ラッパ手! 陣形変更!」



 銃声と砲声による二部合唱に金管の音色が交わる。

 射撃止め。長槍(パイク)兵前進せよ――。

 第二、第四小隊は前進すると共に地面に長大な槍の石突を地面に刺して腰を落とす。

 いわゆる槍嚢だ。槍を集め、後は敵の騎兵が突っ込んでくるのを待つ。ただ今回は槍先に鞘が付けられ、殺傷能力を大幅に落としてある。


 さて、どう出るか。

 一陣の風が白煙をどかし、視界がクリアになる。すると嘶く馬を御するために下馬する騎士や暴れる馬に振り落とされる騎士と惨憺な光景が広がっていた。

 それでも何騎かこちらに突撃の姿勢を見せるものの完成した槍嚢から接近を躊躇っている。

 だが、それは人間に限っていた。遠巻きにそれを見ているケンタウロス達はこちらを指さして笑っていやがる。



「中尉殿。あー。思ったより一方的な展開になってしまいましたね……」



 そう、思ったより派手にやってしまった感がある。

 こりゃエフタル騎士団は面目丸つぶれ。まさに第二連隊長であるキャンベラ・エル・ステン伯爵大佐の思い通りだ。これでキャンベラ様に対する義理は果たせたかな。



「……音による脅しではないか。どうせ戦技のほうは大した事無い」



 おい、仮にもお前の中隊だろ。それを貶すのかよ。

 いや、この人はエフタル公家の方だから戦闘らしい戦闘を挟まずにこの結果になってしまった事に納得しにくいのだろう。



「で、どうします?」

「うッ……」



 声を詰まらせて反応に困る中隊長。

 まぁきっとあの演台の人達も大慌ての事だろう。なんたって騎兵突撃(ランスチャージ)で片付くと思っていたであろう人達が集まっているのだろうから。



「敵、ケンタウロスに動きあり!」



 第二小隊長リンクス臨時少尉が警報を発する。

 前方に待機していたケンタウロス達が駆けだしてきた。

 下がらせた銃兵を前面に押し出す? いや、陣形変更している暇なんて無い。



「砲兵に阻止砲撃を行わせましょう」

「う、うむ」



 ……命令しないのか。いや、出来ないのか!? だから訓練には参加するよう言っていたのに……! この――野郎め。



「第三小隊、砲撃! 砲撃! 目標、敵騎兵!」



 怒鳴りつけるように命令を下すと第三小隊長は即座にその命令を復唱し、実行に移す。

 流れる様に命令が下達され、大砲に火薬が込められるや、点火。砲声と共に盛大な白煙を吐き出す大砲。

 その砲声で通常の馬達は怯えを見せるのだが――。



「効果無し、か」



 ケンタウロス達はそれをあざ笑うかのようにその歩を早めてくる。彼らは木剣を振り上げ、喊声を口ずさむ。

 エフタルでの最後の一戦がフラッシュバック。地を揺るがす騎兵集団に冷や汗が流れる。

 それに併せて獣人とオーク達は腰を落として来るであろうケンタウロスに警戒を強めた。



「白兵戦用意! 長槍(パイク)兵とケンタウロスが衝突した後は各々の判断で戦闘するように!」



 とは言え、銃兵にやれる事はぶっちゃけない。

 そもそも銃が重くて近接戦闘用の装備を身につける事が出来ないのだ。だから射撃後は長槍(パイク)兵が銃兵を守る。

 そう言う意図で組み上げられたのが今の陣形――テルシオなのだ。


 だが――。


 横隊を組んでいた一人のケンタウロスが鋭く笛を吹いた。それが聞き取れたのは奇跡的だったが、その音と共に彼らは突撃陣形から回れ右の要領で俺達に横腹を見せた縦隊陣形に移る。



「バカな!?」



 元来、突撃とは一方向にしか行われない。だって全員が狂声を上げて全力疾走しているのにさらに命令を下して実行させるなど不可能だから。

 それに騎兵突撃となれば馬を御しなければならないし、下手をすれば他の馬の進路を妨害して事故になりかねない。

 だから騎兵突撃が行われた場合、その進路を急に変える事など不可能なのだ。

 だが彼らはそれをやってのけた。

 たぐいまれな連携を持ってしてやってしまったのだ。



「く、フハハ! さすがケンタウロスだ! 父上の言うとおり平原で戦うものじゃないな!!」

「か、関心している場合か!! 陣形変更を――」

「間に合いません」



 こちらは固まる事で防御力を発揮する槍嚢だ。いくら訓練を積んでいても今から陣形変更など出来ない。

 その隙を突くようにケンタウロス達は第二、第四小隊を迂回して側面に回ってきた。



「直轄分隊、撃て!」



 中隊両翼に配された分隊の理由はこれにある。万が一、前衛が抜かれるような事が起こった場合、それを阻止するために銃兵を置いてあるのだ。

 だが、撃つのは空砲。ただの馬ならそれだけでも十分だったろうが、ケンタウロス達は気にせずに突喊。


 あ、こりゃダメだ。


 てか、俺は何をしている。阻止砲撃も直轄分隊による援護射撃も空砲。当たり判定も無い。つまり撃っても火薬を無駄にするだけじゃないか。

 あー俺は何を向きになっているんだ……。



「……ラッパ手、後退命令」

「な!?」

「もう成す術ありません。元々、俺達が逃げるシナリオだったのでしょう? それにこのまま徹底抗戦しても良いですが、その場合野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊のような雑兵の集まりはケンタウロスに勇猛果敢に戦ったと言われてしまい、その以前に敗走の体のエフタル騎士団の顔を立てられません。

 まぁここはケンタウロスに――エフタル騎士団に恐れを成して逃げた、と言うことで」



 納得しない表情の青年将校。だが、彼は唇を噛んで「後退せよ」と命じてくれた。

 まぁハカガ中尉の中でも己の部隊を勝たせるか、父の部隊を勝たせるか逡巡があったのだろう。どうでも良いが。



「ラッパ手、後退のラッパを!」



 即座にそれが吹奏され、文字通り雑兵の体で野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊は敗走に転じる。

 結果。

 『両軍の敢闘精神はまさに天晴れ。春期攻勢に期待大』

 それが貴族様(うえ)の批評だ。

 うーん。なんか大分お茶を濁してない?


 ◇


 演習が終わり、その批評も受けた翌日。

 街のお祭り的熱狂も冷め、季節さながらの寒風が大路に吹き付ける。そんな中、一人鍛冶屋街を目指していた。

 いくつかの大路を越え、お目当ての工房が見えて来た。天にそびえる幾本もの大煙突を備えたアルヌデン家ご用達の大工房。

 その工房の一角をアルヌデン様との契約でドワーフに貸し出されている。その目的はドワーフ謹製の銃を各騎士団に卸すためだ。


 で、昨日の今日ではあるが、前々から作っていたと言う試作銃身が出来たと言うので視察に来た。

 中隊長? もちろん来ないよ。

 まったく。時間にはルーズだし、訓練には相変わらず参加しないし、共に飯を食う事もない。

 こりゃ孤立するよな、と思わずにはいられない今日この頃。だが、皆と仲良くするよう橋渡しするつもりはない。

 相手が歩む姿勢を見せないのならどうしようもないし。

 若干腹の虫の居所を悪くしながら工房の扉を開ける。頬に当たる熱気。耳に響くは鉄を打つ仕事の音。

 ドワーフの村の大工房を思い出すな。



「ロートス! こっちじゃ」



 声の方に行くとハミッシュ達ドワーフやノーム達が銃身を吟味している所のようだった。



「どんな感じ?」

「非常に良いぞ。ほれ」



 大輪の花のように顔を綻ばせる親友から一本の鉄筒を受け取る。

 うん、確かに軽い。俺の使ってるのと同じくらいか、少し軽いかくらい。

 この調子ならもっと軽いアルケビュースを作れるかもしれない。



「これ良いな。後は撃発機構とライフリングか」

「ライフリングはどうなのじゃ? 水車を借りないとやっぱり無理じゃ」

「今、アルヌデン様と交渉中。で、銃身は量産できそうなのか?」

「うーん。と言っても数はそんなに作れんぞ。材料もさることながらノームに技術指導もせんといかんからのぅ」



 チラリと周囲のノーム達を見やると彼らはどこか面白くなさそうに俺達を見ていた。

 やはり人の工房を勝手に使われるのが嫌なのだろうか。



「大変だな」

「まったくじゃ。でもなノームは――」



 専門用語ばかりでよく分からなかったが、ノームにはノームの技術があり、ドワーフでも目を丸くしていること。ノームの向学精神が高いこと。職人として互いに譲れないものがあること。

 と、生き生きとした顔で話す親友に荒れていた内心がなりを潜めていく。

 周囲の面々に視線を送るとドワーフは満足げにハミッシュに相づちを打ち、ノーム達は煤で黒くなった頬を赤くしていた。

 あー。

 こいつら本当に鉄を打つのが大好きなんだな。



「楽しそうだな」

「うむ。その通りなのじゃ。やはりドワーフとは鉄を打ってこそなのだと実感する。あぁ早く帰りたいのじゃ」



 ……ノームの工房をドワーフが貸し切る事に反対していた理由って、もしかして彼女が遠慮していたと言うのもあったのだろうか。

 鉄を打つのなら外の工房では無く慣れ親しんだ村の大工房で――。

 もしくはノーム達から工房を取り上げるような真似をしたくなかったのかもしれない。自分達は、奪われた側だから……。


 それはきっとエルフにとっての故郷に想いを馳せるような、そんな気持ちなのかもしれない。

 それまで生活に息づいていた村の大工房での生活。それを自らの手で焼いたと思うとやるせない。

 そうさせたエフタル騎士団――スターリング男爵を、そして攻めて来たサヴィオンを憎まずにはいられない。



「早く帰ろう。一日も早くサヴィオンを追い出して」

「……そうじゃな」

「なーに。火縄銃(アルケビュース)や野戦砲がありゃすぐさ。なぁ!」

「あぁそとも!」

「とっとと帰って工房の再建しなけりゃな。今のうちに図面くれぇ引いとくか!」



 ガハハと豪快に笑うドワーフの声が工房に響いた。

 するとうるさそうにノーム達が顔をしかめるが、何も言わずに鉄を打ち出した。それこそ軽やかに。



「頼もう」



 その華やかな空気に響いた声に一瞬の沈黙が訪れる。

 誰もが手を止め、工房の入り口に視線を送ると一人の少女がそこに立っていた。

 地味な青のロングスカート。白いブラウス。暖色の織り込まれたウールの肩掛け布と地味なファッション。

 だが水色の髪に鋼色の瞳、整いすぎた顔立ちと纏う空気が相反して目立っている。

 その少女は肩掛けでは隠しきれない豊満な胸元に手を当て、感情を見せない冷静な瞳のままゆっくりと工房を見渡した。



「すまぬ。ここはどこだろうか?」



 顔に似合う怜悧な声。

 だが、内容はなんとも情けない。



「アルヌデン城に行きたいのだが……。誰か供をしてくれぬだろうか?」



 なんかポンコツ臭がする。……あれ? この人見た事あるぞ。

 それもつい最近。

 ……。



「…………イザベラ殿下!?」



 そう、アルツアル王国第三王女イザベラ・エタ・アルヌデン様その人だった。


新ヒロインが登場したので初投稿です。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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