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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
33/163

閲兵式典

「どうせ有象無象共だろう」



 それがハカガ中尉が中隊に抱いた最初の感想だった。

 急な人事だったが、中隊の組織改変は迅速的に行われた。

 まず、中隊長職を失った俺は純然たる中隊副官に。元々副官だったミューロンは第一小隊長へと配置換え。

 ただ、それだけの変更だけで済んだのは中隊の命令系統が単純極まり無い作りになっているからだろう。



「我々は畏れ多くも殿下に御拝謁の栄を受けたのだ。少尉。くれぐれも僕に恥をかかすな」



 中隊本部の上座――中隊長席に座り込んだ青年騎士の言葉に「善処いたします」と当たり障りのない言葉を返す。

 それにしても――。

 それにしても中隊長職を解かれた時は怒り、今は寂しさで胸の内に穴が空いたような空虚感を覚えていた。まさか自分が階級と役職をこれほど気にするバカだとは思わなかった。自殺したいほど恥ずかしいし、今までにない嫌悪感を覚える。



「ではくれぐれも訓練を頼むぞ」

「……中尉殿は訓練をご指導なされないので?」

「何を言う。士官たる僕が兵や下士官と交わる訳がなかろう。それともそんな常識も知らないのか?」



 いや、確かに目上の人に監視されてる状況は部下からすれば苦痛だろう(少なくとも俺はそうだった)。

 だが、それでは兵の運用方法が身に付かないだろうに。

 それに下から嫌われても上に立っている間はそれに耐えて指示出しをしなければ組織として成り立たないし。



「歩兵なんて()は方陣を組ませて壁にする以外に使い道が無かろう。熱を入れて訓練しても相手に槍を向ける事しか出来ぬ集団だ。それを統制するには士官(あたま)さえしっかりしていれば良い。違うか?」

「ご高説痛み入ります。ですが、猟兵は以前の城壁よろしく固まるだけでは意味を成しません。

 号令も複雑ですし、各自が密に連携しなければ中尉のおっしゃる通りだたの()でしかありません。

 兵を展開し、運用してこその士官ではありませんか?」



 ついに自分への嫌悪感を人に当たり散らしてしまった。

 八つ当たりにもほどがあるだろ、と心の底から罵倒が響く。嫌なエルフになっちまったな。

 だが、その思いに反して俺の部隊を奪ったこの若騎士をもっと攻撃しろと言う自分が居る。

 どちらにしろ人に誇れる態度では無いのは確かだ。ますます嫌になる。



「ほう。兵法を学んできた僕に説教か。為になるな、少尉」

「ご無礼をお許しください」



 スッと頭を下げるとハカガ中尉からさらに口を開ける気配を感じたが、それは音にならなかった。

 不思議に思って頭をあげると彼の顔に優越感のような物が浮かんでいた。



「ふ、フン。口ばかり達者のようだな、少尉。ご自慢の耳が震えてるぞ」



 そういう事ね。

 右耳を意識的に指を添えつつため息を小さく付く。

 そりゃ上司だからね、相手は。それを真っ向から批判する精神を俺は持ち合わせていない。

 前世で良く先輩が口にしていた長い物には巻かれよと言う言葉が頭を過る。俺はその言葉通り当たり障りのないようにやってきた。

 そんな俺が真っ向から上官に口撃できるわけ無くこうして震えている。強い人に媚びへつらう。まったく嫌な奴。



「今の事は不問にしてやろう。感謝するんだな」



 殺意が芽生える。



「寛大な処置に感謝いたします」

「うむ。下がれ」

「下がります」



 一礼して本部を出ると背後から誰かが追いかけてきた。ラギア曹長だ。

 茶色い肌を青ざめさせている事に若干の興味を覚えた。ゴブリンも顔を青ざめさせるのか。



「どうなるかと思いましたよ少尉」

「心配をかけたな」

「殴り倒すのかと……」

「そこまで野蛮じゃ無いよ。エルフってのは平和を愛する種族だからな」



 するとラギアが小さく「一番楽しそうに戦う人が何を」とつぶやいたのが聞こえた。

 そんな顔してたか?



「今も、盗賊討伐の時のようなお顔ですよ」

「どんな顔だよ」

「……悪相(えがお)と言いますか」



 ニヤッとした張り付く営業スマイル。

 自然とその表情が顔に出ていた。それを手で揉んで解しながら歩を進める。早く訓練に加わらなくては。



「少尉殿。あの中尉殿が不審死した場合、まず先に貴方を疑いますよ」

「疑り深いゴブリンに疑われても仕方ないな」



 まぁ彼のおかげで軽口を叩けるくらいには気分が良くなった。

 きっとあのままの気分で訓練に参加したら兵達は地獄を見たであろうから助かった。


 ◇


 アルツアル王国第三王姫イザベラ・エル・アルツアル様がアルヌデン入りされた。

 その日はまさにお祭り騒ぎを越え、在りし日のネズミが支配するテーマパークのパレードを想起させた。

 もっともそれを見る側だったが、今は見られる側になっている。

 アルヌデン騎士団を先頭にエフタル義勇旅団と盛大な閲兵式が挙行されたのだ。

 列は街の大路を行進し、人々の歓声を一身に受けている。

 だがその長蛇な列が街に入るまでには相当な時間がかかる。そのため俺の元中隊は現在絶賛待機中であったのだが……。



「第四小隊を閲兵式から外せ?」

「そうだ。旅団長閣下自らのご指示だ」



 ほっそりとした堅物を思わせるハカガ中尉はその外見を裏切らずに冷たい声で命令した。



「なぜです? 彼らも立派な野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊の一員です。共にエフタル奪還の念に燃える同志ではありませんか」

「だがオークだ。姫殿下の御前に奴らを出して御目を汚すつもりか」



 確かにオークが見目麗しい姿をしているかと問われれば否だ。

 それでも彼らは共に苦しい訓練を耐え、共に盗賊と戦った戦友だ。苦楽を共にした仲として晴れ舞台に立つ権利が彼らにもあるんじゃないのか?



「第四小隊が閲兵の栄に預かれないのであれば副官として俺にも閲兵の資格はありません」

「なら貴様等は待機だ。副官はオーク共のおもりを――」

「そんな! ロートスが参加しないと言うならわたし達も――」

「そうです! 我々、第二小隊も――」



 中隊のあちこちで溢れる不満にハカガは顔を赤くして「ならんならん!」と怒鳴りつける。対して俺は胸の底が熱くなる思いがしていた。

 彼らに信頼されている事がこえほどまでに嬉しい事だとは思わなかったから、思わず涙が溢れそうになる。



「静かに! 中隊長命令であるぞ!!」



 だが、感動もすぐに霧散した。ハカガ中尉の無粋な声のせいで。

 彼が着任して六日。ぶっちゃけハカガ中尉には人気がない。


 そりゃ中隊結束時には着任した者の早遅だったり、種族だったり、そして生まれた国だったりで反目があった。だが今は盗賊討伐と言う戦闘を共に戦った仲としての連帯感がある。それこそエルフとオークが親しく会話するくらいには打ち解けている。


 それに対しハカガには実戦経験が無いと言う。エフタル撤退戦の時もアルツアルに留学していて戦火を逃れている。

 だから兵の多くは彼を長と認めていない(それを直接言うのは不敬だから黙っているが)。

 しかし、いつまでもこのままと言う訳にもいかないだろ。



「静かに! 総員整列!」



 命令を下すと静寂の輪が出来上がる。それを見渡して「行事には各々、参加する事。異論は認めない。事後は中尉の指示に従うように」と命令を下しておく。



「し、少尉殿! よろしいだ?」

「ナジーブ臨時少尉。許可する」

「おら達の事を気遣ってくれるのはありがたいですだ。ただ、少尉殿が巻き沿いになる事はありませんだ。こういう扱いはなれてますだ」

「慣れてるかの問題じゃ無いだろ」

「はぁ。だども、その、おらが第四小隊長だべ。なら小隊の面倒は小隊長が見るべきですだ。違うべか?」



 そりゃ、小隊の自主性を否定するつもりはない。それにナジーブがリーダーとして小隊をまとめあげている事はよく知っている。

 盗賊討伐の時も彼が第四小隊を率いて果敢に長槍(パイク)を振るっていた。



「第四小隊はおらに任せてほしいだ」

「……すまない」



 小隊長としての彼に恥はかかせられないし、彼の気持ちを踏みにじるなど誠意に欠ける。



「中尉殿。軽はずみな事を申しました事、陳謝いたします」

「よ、よろしい。よし。皆の者。二列縦隊」

「中隊、二列縦隊、急げ!!」



 ナジーブ達第四小隊を除いて二列の列が即座に作り上げられる。

 これも日々の訓練のたまものだ。どうせなら第四小隊の連中もこの列に加わって欲しかった。



「第四小隊、整列だ! 中隊をお見送りするだ!!」

「「「おう!!」」」

「第四小隊ぃ、捧げぇ銃」



 オーク達が一列に並び、長槍(パイク)を両手で胸元に持つ最敬礼。

 対する中隊はそのオーク達に号令無く同じように得物を胸元に掲げて堪えた。



「な、何をしている! 列を作れ! たく、これだから雑兵共は……。全隊、前進。前へ、進め」



 敬礼が解かれ、歩調正しく軍靴が石畳を打つ。

 わざわざ身を引いてくれた彼らのためにも恥べき姿を見せる訳にはいかない。その一心で俺達の軍靴はリズムを刻んでいく。

 歓声溢れるアルヌデンの中を一つの生物が脈動するように行進する。

 大路を進み、拍手を浴び、中央広場に差し掛かった。そこには大きな演台が置かれ、そこから貴賓な方々がそこを横切る部隊を閲兵しているのだ。



「頭ぁ、右!」



 体の向きを変える事無く視線を右方向の演台に一斉に向ける。

 そこには自慢げなエフタル公様やアルヌデン辺境伯様や婦人と貴族達が詰めていた。

 その中央。まだ年若い少女と呼ぶべき人がジッとこちらを見ていた。

 流れるような水色の髪。鋼色の瞳。整った面立ち。

 人形のようだ。



「直れ!」



 号令に従って美しき人形から視線を引きはがす。

 綺麗な人だったな。ミューロンが可愛さも混じる美しさを持っているとしたらあの人は工芸品のような作られた美しさを持っていると言うか……。


 いや、もちろんミューロン一筋だ。

 ……このままだと邪念が生まれかねない。この後の演習のプランを再確認しておこうっと。

 えーと。演習だからな。互いに実弾ぶっ放したり白刃を煌めかせる訳ではないから勝利判定はどちらが壊走するかで決まる。

 もっとも相手は騎士――騎兵での蹂躙を旨としているはずだ。なんたって相手はエフタル騎士団主力なんだろうから。

 まぁ騎兵と平原で会敵すると言うシュチュエーションはすでにエフタルで経験済みだ。その戦に参加した者が中隊の中核となっているのだから上手くやれるはずだ。うん。

 そうつらつら考えているとパレードは終わり、午後の演習準備の命令が大隊本部より下された。



「第三小隊は砲兵陣地の整備を急がせろ。実弾は撃たないが、しっかり手順を守らせろ。急げ!」

「了解しました中隊ちょ――いえ、少尉殿」



 第三小隊のドワーフが『中隊長』と誤りそうになったのを直前で修正する。

 それに苦笑しつつ「ほら」と彼の背中を押してやる。


 さて……。

 アルヌデンの街の北方。アルヌデン平野の広がる見通しの良い放牧地。

 とは言えそこに放たれている家畜の姿は無く、遠巻きに観客が広がるばかりだ。

 その中にこれまたよく出来た仮設の演台がもうけられている。そこから偉い人達がこの演習を眺めるのだろう。



「少尉。戦闘準備は整ったか?」

「いえ、まだです。それに戦闘開始は十四時からではありませんか。さっき十三時の鐘がなったばかりですし、余裕を持たれた方がよろしいかと」



 てか、さっき飯を食ったばかりじゃん。

 命令書によれば十四時開戦。一時間ほどの戦闘を行うとなっていはずだ。

 まぁエフタル公様の私命を加えるなら適当に一戦交えて俺たちが逃げると言うシナリオになっているようだが……。



「だが、だらけ過ぎではないか。地べたに腰を下ろして――」

「兵にも休養は必要です。休める時に休ませるべきです。それにみんな背嚢を含めた装備を手元においています。なんなら即座に隊列を組ませる事くらい余裕です」



 地面に腰を下ろしてだべっている兵達に聞こえないように小さな声で素早く言う。

 もちろん少尉たる俺や中尉のハカガ様は立ちっぱなしだ。

 指揮官が腰を下ろすような事はしない。どれほど疲れていても兵の前では弱みを見せない。

 そう言った事は身につけているようだ。



「たく……。ただでさえオークが混じっていて見栄えが悪いと言うのに」



 第四小隊の演習参加も怪しいのでは無いかと思っていたが、それについては特に命令がこなかった。

 なぜだろ?

 雑兵と思わせるためにオークをも交えていると印象付けたいのだろうか?

 まぁ騎士団の仕事にオークや盗賊の討伐と言う業務もあるらしいのでオークを抱える俺達を華麗に倒して精強さをアピールしたいのかもしれない。

 どっちにしろ禄でもないのは確かだ。



「ん? おぉ騎士団入場か」



 ハカガ中尉の言葉に視線を向けると整然と行進する騎兵達が歓声を浴びながら入ってきた。規模は騎兵大隊クラス――百五十人ほどだろうか?

 まぁ騎兵相手なら砲撃数回と銃声を浴びせれば勝手に勝てるだろ。

 なんたって馬と言うのは五感の発達した生き物だ。特に聴覚が優れている。

 だから大きな音に敏感なのだ。エフタル撤退戦でも銃声に驚いた馬を御しきれない帝国兵を散々殺してきた。

 つまりわざと負けようも騎士団側は馬を御してからでなければならない。負ける方が困難だよ。

 まぁ負けろと私命を受けても火器は使うなとは言われていない。銃声如きで戦闘不能になる方が悪いのだ――。



「……あれは本当に父上の騎士団か?」

「はい?」

「……ケンタウロスが混じっていないか?」



 手のひらを額に当てて暗所をつくり、瞳孔を広げる。うん。確かに人馬一体の先住種――ケンタウロスだ。

 彼らはエフタル南部の平地に居を構える戦好きな一族で、エルフ同様弓を愛する事で有名だ。

 確か、父上はケンタウロスは短弓の使い手で森の外で対峙してはいけないと言っていた。

 その言葉通り、眼前の彼らは複雑に反り返った短弓――複合弓(コンポジット・ボウ)を装備している。

 元来、小さい短弓は射程に難を抱えている。だがケンタウロスの使う複合弓(コンポジット・ボウ)は弓の素材や形状を改良し、大きさに吊りあわない張力を手にしているのだ。


 ぶっちゃけ脅威以外の何物でもない。

 だが、今回は演習。矢を射かけられる事もあるまい。

 現に彼らは弓を背負って手に木剣を持ってゆっくりとだべっているようだった。

 そんなゆったりとした空気の中、突如として戦闘開始のラッパが鳴り響いた。


ケンタウルス竜騎兵も憧れですが、パルティアンショットを決める姿も良いなぁと思う今日この頃。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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