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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
32/163

余暇と辞令

 春季大攻勢。

 エフタルの険しい雪解けと共に行われる大作戦を前にアルヌデンは一層の活気に満ちていた。

 それは一週間後、アルツアル王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル殿下が第二軍集団団長としてアルヌデンに御着任なされるからだ。

 どうも春季攻勢を前に軍団長がアルヌデン入りする事で兵の士気を高めると言う狙いがあるらしい。

 

 それに際して各地から気の早い傭兵団が集まってきているし、その傭兵をターゲットに各地の武具屋の出張所が軒を連ねるし、その集まる人を狙って食糧を売ろうとする農民がやってきて――。

 そんな人が人を呼ぶと言う経済効果が生まれたおかげで今のアルヌデンはちょっとしたお祭り騒ぎになっているのだ。


「ロートス! こっちこっち!」



 手を引かれるままに祭り会場と化したアルヌデンの街を走る。石畳の敷かれた大路。幅も広く、交通に不満を覚える事の無いそこは所狭しと人々が行きかっている。

 もちろん人が集まる場所に商人が集まる様に大路の各所で大なり小なりの屋台が開き、そこから響く呼び込みの声が気持ちよく響いてくる。



「すっごい賑わいだね! 公都以上の賑わいじゃない?」

「そういやそうだな。ここんとこ毎日のようにアルヌデン城に行ってるから慣れちまったせいか、あんまり気にしていなかったな」

「ロートスが都会っ子になっちゃう」

「つっても中身はそう変わらんぞ」



 市を開いている人の多くが粗末な麻の服を着ていて日焼けしている。つまり野外のお仕事――農夫の方々だろう。

 そんな人達が売っているのが肉。



「すごーい。あんなに鶏が吊ってあるよ」



 ミューロンが指さす先。その屋台には今朝までコケコッコーと鳴いていたであろう鶏達が何羽も吊り下げられていた。他にも解体された豚。ウサギ。カモ。壮観である。

 俺も父上に連れられて村で冬越しからあぶれた家畜を公都に売りに行った事があった。その場で屠殺して売り払い、出た利益で塩等の必需品や酒なんかの嗜好品を買って一冬に備える一大イベント。

 楽しかったなぁ……。



「今頃だったら、とっくに市から戻って雪かきしながら日々過ごしてたんだろうな」

「うん。織物をしたり、刺繍したり……」



 喧噪が遠のく。

 あぁ、今頃雪の降りしきるレンフルーシャーはどうなっているのだろうか。

 だが、いつまでも立ち止まって居られない。俺は故郷を取り戻す。その為に俺は軍に居る。そして今日が終われば明日からまた軍務が始まるのだ。



「貴重な休みだ。まずは楽しもうぜ」

「うん。でも良かったのかな。ハミッシュも休みだったのに」

「うーん」



 どうも気を使ってくれた節のある親友。もっとも彼女は「街には毎日行ってるから休みくらい駐屯地におるのじゃ」と力なく草原に寝っ転がっていた。

 アルヌデン騎士団ご用達の工房での作業も軌道に乗り出していると言うし、そこまで尽力してくれた彼女の事を思えばそっとしておきたかった。



「土産でも買ってやろう」

「うん」



 足取り軽く、とはいかないが手をつないで活気の中に戻って行く。すると一軒の屋台を見つけた。樽の置かれたそこにはリンゴの絵。

 そう言えば喉が渇いた。ミューロンの手を引いてそこに行くと中年ほどのおっちゃんが「いらっしゃい」と陽気に声をかけてくれた。



「ん? その服、城の外に屯してる連中のに似てるな。もしかしてフェルト……うんちゃらって奴らかい?」

「そうです。野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊の者です」

「あぁ。国を追われたって言う。お察しする」

「ありがとうございます。そうだ。それ、リンゴ酒(シードル)?」



 甘い香。時期が時期ならアリもよってきそうな匂いに懐かしさがこみあげる。ふと足元を見ればリンゴの絞り滓が収まった籠がある。



「そうだよ。リンゴ酒(シードル)とリンゴジュース。好きな方を選んでくれ。まけとくよ」

「ありがたい。それじゃリンゴ酒(シードル)二つ」



 木を削ったコップに黄色かかった液体が樽から注がれる。このままテイクアウトしてぶらぶらしたいが、店主から「コップは返してくれよ」と注意がかかった。

 コップも安くは無い、か。それに礼を言いながら代金を支払い、コップをミューロンに渡す。



「ねぇわたしも払うよ。お給金も出たし」

「男を立たせると思って、さ。驕らせてくれよ」



 矮小な見栄。それでも張らずにはいられないのだから困った物だ。

 苦笑しつつ木盃に注がれた物に舌を付けるとみずみずしいリンゴの香りが口内に広がり、鼻の奥が懐かしさのあまりツンと痛む。

 リンゴ独特の甘さがあるもののキリリと引きしまっているおかげで後味も爽快。そして微炭酸がちょうど良いアクセントになっていてついつい飲んでしまいたくなる味になっている。



「んぅ。これ良い。飲みやすいね!」



 花のような笑顔が隣に咲く。これは良いな。ハミッシュの土産にしてやろうかな。酒好き一族のドワーフなら喜んでくれるかもしれない。



「良かった。エフタル人にリンゴ酒(シードル)を褒めてもらえるたぁ、嬉しいね」



 リンゴ酒(シードル)の原料となる赤い果実はこの世界でも北方でしか生育していない。

 俺の村では育てていなかったが、他のエルフ村だとよく栽培されていた。

 それを元にした酒となれば、言わば地酒と言って良い。つまり、故郷の味だ。



「これ、単体で売っていたりしません?」

「小売りの奴はさっき売り切れちまったんだ。後はこの樽にあるだけさ。ここ最近、景気が良くてね」



 無い物は仕方ないか。木盃を傾けて残りをじっくり味わってハミッシュに詫びる。「すまんな。お前の分も味わうから」と――。



「あら。貴方……」



 呼び止められた。

 長い黒髪の麗人――リラ・ド・アルヌデン様だ。服こそ地味な市井に溢れてそうな物を着ているが、纏っている空気のせいか、目立っている。



「あ、アルヌデン婦人殿!」



 木盃を屋台に素早く返して敬礼。もう体に染みついた礼儀作法にリラ様がゆったりと微笑んだ。



「そう畏まらないで。今はお忍びなの」

「お忍び?」



 チラリと背後のリンゴ酒(シードル)を伺うとおっちゃんも頭を下げていた。

 うん、バレバレだね。



「そう。娘と共に買い物に出たのだけど、娘を追いかけてマリー――あぁ娘付の侍女とはぐれてしまったの」



 頬に手をあてやれやれと溜息を付く姿はまさにおっとりさんだった。さすが貴族様と言う感じか。

 どうも話を聞くと優秀な侍女を付けているので心配は無いだろうとのこと。ただ、隣に居たミューロンだけが事情を把握できていないようでぽかんとしている。



「ミューロン。この方は――」

「リラです。ロートス殿とは以前、主人に紹介してもらったの」

「はぁ。あ、わたしはレンフルーシャーのミューロンです。ロートスがお世話になっているようで」



 おい、相手は辺境伯婦人だぞ。挨拶がフランクすぎだろ。

 と、思ったら雰囲気を察したのか、ぷっくりとした唇を耳元によせてきて「どなたなの?」と聞くから小声で正体を告げると彼女は一瞬で直立不動の敬礼を行った。

 まぁよく訓練されたものだ。



「くすくす。可愛らしいエルフさん。お邪魔のようね」

「いえ、そんな事はありません!!」



 ビシリッと決まった礼のまま答えるとリラ様は俺達の背後の屋台に視線を送る。



「あら、リンゴ酒(シードル)。ここのは美味しいの?」

「はい。非常に」



 リラ様はそれはそれはと頷いてくれた。そしてニッコリと店主に微笑みかけるとかけられた側は困惑したようにアタアタと頭を下げている。だが、おっちゃんが困惑している姿を見てもなぁ。これがミューロンやハミッシュだったら可愛いと思えたんだけどなぁ。



「さて。いつまでもお邪魔は出来ないわね。これにて――」

「いえ、よろしければエスコート致しますよ」



 余計な事を言ってしまった――。

 心の中で生まれる悪態を隅に追いやり、ミューロンに頭を下げる。そりゃ、アルヌデン婦人を一人残していけるか。



「気持ちだけありがたく頂くわ」

「そうはまいりますまい。では侍女の方と合流するまではご一緒させてください」

「エルフと言うのはみんなそう律儀なものなの?」



 軽く肩をすくめてそれに応え、婦人と共に大路を歩き出す。

 もっとも土地勘のあるリラ様はすいすいと人ごみを進んでいくのだが、俺やミューロンのような田舎者には少々、荷がキツイ。

 それでも人ごみを縫って歩いていると急にミューロンが俺の袖を掴んだ。



「どうした?」

「ねぇ、あれ」



 彼女の指さす先。そこにはメイド服を着た人が大きく手を振っていた。見た顔だ。……。あぁリーネ様お付きの侍女さんだ。



「リラ様! 侍女の方が!」

「あら、本当。短い間ではあったけど、礼を言わせて」

「いえ、そんな」

「ふふ。ありがとう」



 丁寧な礼を返され、困惑しているとリラ様はどこ吹く風とばかりに腕を振る侍女の元に歩み出して行った。



「なんか、不思議な人」

「あぁ。俺もそう思う」

 

 ◇


 ミューロンとの休暇を満喫して軍務に戻るや否や大隊本部に出頭を命じられた。

 御前演習の最終打ち合わせとかなんかかなと思って大隊本部に赴くと見知らぬ青年騎士とエンフィールド様が何やら話し込んでいた。



「ロートス少尉、ただいま出頭いたしました」

「おぉ。来たか。この方はハカガ・エーリヒ・エフタル様。これが――」

「フン。存じております、伯爵少佐殿」



 チラリと白銀の鎧をまとう青年騎士の籠手を見やると中尉を現す階級章が刻まれている。

 それにしても『エフタル』?



「あー。察しているだろうが、この方はエフタル公家の嫡子にあらせられ、騎士中尉を成されている」



 あの肉塊の子供って訳か。

 だが、ほっそりとした面立ちはどちらかと言えば第二連隊長であるキャンベル・エタ・ステン伯爵大佐に似ておられる。

 ただ顔に冷酷さと傲慢さが表れているのはエフタル公様の血を引いている感じがした。



「急ですまないが、旅団司令部より新しい辞令を預かっている」



 エンフィールド様が合図するや幕僚の一人が俺に一通の辞令を差し出して来た。

 それを開くと『野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊長を解任。中隊副官に任ず』と書かれていた。



「あの、これは一体……!?」

「僕が新しい中隊長となる」



 憮然とした言葉に思考が止まる。

 君の所には愛想がついたよと得意先に言われたあの日を思い出す。



「どう、して? 俺の中隊では無いのですか!?」

「それが――」



 チラリとエンフィールド様が青年騎士に視線を送って口をもごもごさせた後、「中尉殿、一時退室を願えますか?」と丁寧な口調でお願い(・・・)をする。

 するとハカガ中尉は鷹のように鋭い眼光で「自分は一介の騎士中尉にすぎません!」と申告した。



「少佐殿。自分はエフタル公家の生まれなれど母は側室ですし、何より一介の騎士中尉でしかありません!

 そのような遠慮を見せるとはエンフィールド家の底が知れると言うものではありませんか!?」

「う、うむ。そうだな。では中尉。席を外したまえ」

「何故でしょうか?」



 思わず「それを聞くのか!?」とツッコミそうになった。危ない危ない。前世で身に着けたスルースキルが生きるとは。

 どうもこの中尉さん、生真面目すぎるようだ。融通が利かないと言うか。あまり上司になって欲しくない資質と言うか。



「部下の事を把握するのも中隊長の務めではありませんか?」

「私はロートス少尉と個人的に話がしたいだけだ。それとも貴官は伯爵少佐である私の命が聞けないと言うのか?」

「い、いえ。そのような事は――」

「では退室したまえ」



 渋々と言う感情を隠す事無く大隊本部を後にする青年騎士にエンフィールド様が大きなため息をついた。

 まぁ、お見事な手並みだ。最初から頭ごなしに命令を振りかざすのではなく階級と言う絶対的な権力について言質を取ってから追い出す。さすが少佐殿だな。



「どういう事です?」

「それはこっちのセリフだ。最近、キャンベル伯爵大佐と密談をしているそうじゃないか」



 別に密談って訳では……。

 まぁ、旅団長であるエフタル公の命令を無視する形で御前演習に挑もうとしていた事は否定しないが。



「まさかそれで?」

「謀反を起こされると思われたのかもな。政情不安なエフタルに茶々を入れたいのは何もサヴィオン帝国だけではない。

 属国への発言権を増したいアルツアルに、現大公様に虐げられていた反大公派の貴族。

 思惑は様々だが、なんにせよエフタル公様から大公の席を奪いたい連中は多い。

 だが、当のエフタル閣下は権力の席から離れる気は毛頭も無いようだ。

 以前も左遷人事として弟のキャンベル様を田舎貴族のステン家に婿入りさせたり、妹君をアルツアルに嫁がせたり……。まぁこれもその一環だろう」



 それで御前演習の時に俺達がクーデターを起こして大公様を挿げ替えるとでも思ったのか?

 頭おかしいだろ。保身にも程がある。



「それでこの人事ですか?」

「納得いかないのもあろうが、まぁそれ以外にも理由はると思う。

 例えばお前達が銃兵や砲兵と言う新兵科を作ったのもあって、その手柄をアルツアル王家に見せたいのやもしれん」

「しかし、実際に作ったのは俺やドワーフの――」

「政治が大事にするのはそれを運用する指揮官さ。だからエフタル公家の人間を長にいれた。納得いかないか?」



 そりゃ納得いかないぞ。

 俺は故郷を取り戻すためにも、そしてミューロンを守るためにもこの組織を作って来た。

 それを横取りされるなんて許せるものか。

 だが――。



「納得出来なくても従いますよ。慣れてますから」



 そう、ブラック会社なら誰でも経験あるだろう。

 組織で生きるのなら耐えなければならない時と言う者はある。あるが、溜まりすぎればそれは内部告発と言う暴発を生む。

 だが、まだその時では無い。



「すまないな。だが、幸いにロートス少尉は副官だ。相手は着任早々で用兵方法も分からんだろう。隊の実権はまだ君にあると言える」

「上手くあの中尉を操れと?」

「少尉なら出来ると期待している。そうだ。話は変わるが、やっと我が大隊にも銃が届き始めた。出来れば二、三人ばかし運用方法を教えてくれる兵を寄こしてほしい」

「諸々了解です、少佐殿」



 投げ槍に言葉を返し、俺は大隊本部を後にした。くそ。


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