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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
31/163

密談

「よーし。そこに砲弾を集積してくれ!」

「分かっただ!」



 ドワーフとオークが共同作業をしている。第三小隊の砲撃演習を視察していたら第四小隊のオークが砲弾運びをしているのを見てしまった。

 別にそれを咎めようとは思わないが、なんというか、浮いた存在だったオークが部隊に受け入れられている事に新鮮さを覚えると言うか。あの盗賊討伐と言う戦場を共にして仲間意識が芽生えたと言うのを実感して目頭が熱くなる。

 しかしいつまでも感動はしていられない。仕事を終えたオークが去るとと共に第三小隊長の命令が響き、その場の空気に緊張が走った。



「砲撃準備!」



 忙しなく働く黄色の襟章を付けた砲兵達が砲を射撃位置手前にゴロゴロと動かして砲撃準備を整える。射撃位置まで持って行かないのは装填中に大砲が動いてしまうからだ。そう言えば前、面倒だから支持架を杭で固定してしまえと言ったドワーフが居たが、今そんなバカな事を言う奴はここにはいない。



「砲身内清掃!」



 小隊長の号令と共に清掃手が螺旋状の金具がついた棒を砲身に差し込み、煤の残り滓をを取り除く。清掃棒が抜かれれば阿吽の呼吸で装填手が柔らかい布を巻き付けた装填棒を砲口に挿入し、ゴシゴシと砲内を拭う。これは白煙と煤を大量に生み出す黒色火薬を使っているせいであり、清掃を怠ると動作不良や砲身が腐食してしまうから砲撃前には必ず行われる。

 もちろんこの動作は有事の際――実戦のそれであり、戦闘が無い今は訓練が終わればもっと入念な掃除が行われる。

 まぁ今のは砲身内を出来るだけノーマルな状態にして砲撃データを取るために行うと言う意味もあるが。



「弾込め!」



 油紙で包まれた装薬とセットになった砲弾を給弾手が弾薬集積所から持ち出して砲口に軽く押し込む。ちなみに砲弾と装薬セットで重量は四キロ。この重さのおかげで給弾手一人で弾薬の運搬が出来る。

 それを装填手が先ほど砲身内を拭いた装填棒をひっくり返し、布とは反対側の部分で砲弾を薬室――砲身最奥まで押し込んでやり、「装填完了!」と叫んだ。


 やっている事は銃とそう変わった点は無い。ただ規模が大きくなった分、各人の連携が重要になっているのが大きな違いだ。誰か一人でもミスをすれば砲撃出来ない。

 一人は皆のために、皆は一撃のために。そうした連携があってこそ砲兵は力を発揮する。



「砲、前進! 水平確認!」



 装填で動いた大砲を射撃位置に移し、砲長の砲兵軍曹が砲身に水平器を乗せる。水と空気の入った管と言う前世と変わらない形状のそれで砲身の角度が調整され、「水平良し!」の号令がかかる。

 もっともこの号令は装填前に行われるべきものだが、何度も同じ位置で砲撃演習をして陣地が水平を保っているから後回しにされているのだろう。



「照準! 目標前方、標的!」

「目標、前方標的!」



 その号令に砲長が手を打ちならし、今までの砲撃データが記された用箋挟から必要な数字を導き出し、砲後端のコックを捻って砲身に仰角を与えていく。

 ここからが砲兵の腕の見せ所である。今まで蓄積した砲撃データから砲の仰角を導き、目標に当てなくてはならないのだ。

 ちなみに演習場となっている休耕地には一定間隔で棒が突き立てられており、ちょうど五百メートル先に小さな丘――的が設置されている。今回もそれが目標だ。



「照準良し!」

「点火用意!」



 砲の後端に空けられた小さな穴に点火薬が注がれ、砲撃準備が整う。それと同時に射手が手にした火縄に火の魔法がかけられ、それをL字型の点火棒に挟み込みながら言った。



「点火良し! 砲撃準備全てよろし!」

「よし!! では撃ち方始め! 撃て!」

「てぇー!」



 砲長の鋭い復唱と共に射手が点火棒が火口に接触させた。

 轟音と白煙。

 その反動で大砲が勢いよく後退する。

 もし、杭かなんかで固定していたら反動で砲身が吹き飛んでいただろう。その衝撃を逃がすためにも車輪を付け、動くようにしているんだ。まぁ移動をしやすくするためでもあるが。



「だんちゃーく!」



 五百メートル手前で土煙が立ち昇る。

 そのデータも即座に小隊長と砲長が持っていた用箋挟に記入されていく。


 前世ならそりゃ進んだ弾道計算だったり、それを短時間で行うコンピューターがあったり、GPS誘導なんて物もあってこの世界じゃ考えられない命中率を誇っていただろうが、無い物ねだりは良くない。

 未発達な弾道計算。火薬の品質。砲身の摩耗状態。風向き。風量。湿度。気温。

 そんな様々な影響を受ける故、計算でピタリと目標に命中させるなんて事はぶっちゃけ不可能だ。


 だが、出来るだけデータを集めて統計的に弾着を計算出来ればそれには意味がある。早期に命中弾を与えられれば他の兵への損害が減るからだ。

 そのために彼らは常日頃からこうやって訓練を積んでもらっている。


 さて、その訓練も順調そうだし、付きっ切りで無くても平気だろう。



「小隊長! 小隊長!!」

「はいはい。なんでしょ少尉」

「俺は別の小隊の演習を見に行く。後は任せた!」

「……?」

「だから――」



 爆音のせいで難聴気味のドワーフに怒鳴る様に指示を出して今度は第一、第二小隊の合同訓練を見に行く(第四小隊――オーク小隊は非番)。

 すると鋭いながらも凛とした声の号令が聞こえて来た。副官のミューロンだ。

 彼女には俺が不在の時に部隊の指揮が執れるよう、演習の時は交代で指揮官役をやらせている。

 もっともミューロンは兵達からの信頼を集めているので士気崩壊を起こさない限り部隊運用は問題なさそうだ。

 てか、エフタル撤退戦に従事した者を慕ってくれる新兵のおかげで滞りなく部隊運用が行えるのがありがたい。



「銃兵、下がれ! 槍兵前へ進め!」



 号令通りに整然と動く兵士達。まぁ実戦を積んだおかげでよりスムーズに行えている。その遥か奥では先任曹長であるザルシュさんにしごかれる補充兵達の姿が見えた。

 彼らは先の盗賊討伐で生じた損害――戦死者八名、重傷者十名分の穴を埋めるために新たに徴募をかけて集まって来た連中だ。どうもアルツアルの街で野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊の話が広まっているようで新兵器たる銃を手にしようとよく志願兵が訪れる。

 もっとも剛腕ドワーフの訓練に音を上げて部隊を去る者も多いが……。



「……! あ、ロートス!」



 新兵達を遠目に眺めていると指揮官の顔から一気に幼馴染に戻った彼女がブンブンと腕を振って来た。薄く苦笑を浮かべるも即座に顔を作り直して「おい!」と言えば彼女も即座に言葉の意味を理解して仕事の表情に戻ってくれた。が、このままだと訓練に水を入れる事に成る。機先を制して「そのまま訓練を続行せよ!」と言えばミューロン一人が小さく手を振って兵士達に指示を与え出した。


 よしよし。

 と、砲声や号令に混じって馬脚が響いて来た。

 第二連隊第一大隊直轄の第一騎兵中隊――エンフィールド騎士団の方だろうか。下手に訓練中の部隊の射線に飛び込まれても困るな。


 その音の方角に首を向ければ五、六騎ほどがこちらにゆったりと向かってくる所だった。

 まだ遠くてよく分からないが、どうも大隊本部では無く中隊に向かってきているようだ。はて、何用だろう。

 兵站――補給関係か? いや、それは今朝街から商人がやってきて片付けた。それじゃ……。



(おさ)! お客人が!」



 一人のエルフが俺を呼ぶ。それに「中隊長だ!」と返して騎乗している人達の元に赴くと三人知った顔があった。

 美麗な騎士に浅黒いエルフ、そして肉塊。

 その他は護衛の騎士達のようだ。そのプレイトメイルに刻まれた刻印からエフタル騎士団のようだ。まさか盗賊討伐の時の押収品を誤魔化した事がばれたのか?



「ロートス少尉、出頭致しました!」

「うむ、ご苦労」



 エフタル公が鷹揚に頷く。どうでも良いが、さっきから馬が辛そうに息を荒げてるんだけど。

 おかしいな。この人、鎧着て無いはずなのになんで馬がヘトヘトなんだよ。肉鎧かよ。

 そんな俺の想いを他所にエフタル公はアルヌデン様にニィと粘り気のある作り笑いを浮かべて言った。



「さて、対抗部隊も見つかった。そうであろう、アルヌデン殿」

「この一隊を演習に使うのですか? よろしいので? 手頃な傭兵もおりましょう」

「構わん。エフタルの義勇兵。それだけで殿下は心を砕かれる事だろう」

「しかし、エフタル騎士団に傷がつくのでは?」

「なに、相手は騎士団所属ではありますが所詮は寄せ集めの民兵。その事は誰よりもアルヌデン市民が存じている事ではないか?」



 話から推測するになんか、演習があるから俺達を使おうって事のようだ。

 まぁ今は分からなくてもどうせ命令書が来るだろうし、何やるにしても作戦会議もあるだろう。

 そん時に詳しく聞いておこう。


 ◇


 アルヌデン城の一室。以前訪れた辺境伯執務室では無く、客間を間借りしたそこは現在エフタル義勇旅団第二連隊長室と呼ばれていた。

 執務室と同様、質素な内装ではあるが、あの部屋ほど地味と言う事も無い。むしろ微細な彫り物や奥ゆかしい花瓶等が置かれている分、華がある。

 そこで昨日、エフタル公様達が視察に来た理由が明らかかになった。



「……御前演習の対抗部隊、でありますか?」



 脇に挟んだ軍帽の位置を調整しながら聞き返す。



「そうだ。それと閲兵式にも出てもらう。なお、先にも説明したがアルツアル王国第三王女殿下であらせられるイザベラ・エタ・アルツアル様が観閲なさる名誉ある任務だ」



 直立不動の姿勢でその説明を受ける俺の前にどっかりと座った老境に差し掛かる品の良い男は楽しくなさそうにそれを説明する。

 この方こそエフタル義勇旅団第二連隊長キャンベル・エタ・ステン伯爵大佐だ。

 ステン様はエフタル北方のオストロット港の領主であり、現エフタル大公様の弟なのだと言う。ぶっちゃけ似てない。

 あの肉塊のようなエフタル公様と違って細身。顔も渋く日焼けし、立派な髭を生やした貫禄の塊である。この人の方が大公様だったら良かったのになと思ってしまう。



「アルヌデン中将閣下より任された盗賊討伐もイザベラ殿下がご来臨されるため、街道上の治安維持としての意味合いもあったようだな。

 もっともその賊討伐のおかげで面白そうな中隊が出てきてくれたのは思わぬ収穫だった」

「連隊長殿。一つよろしいでありますか?」

「質問を許可しよう」

「何故、俺――自分の部隊が演習に参加なのでありましょうか?」



 王族の前での演習に参加できる。そりゃ名誉な事だろうが、昨日の事がある。一応、理由を確認しておきたい。



「あぁそれか。兄上の考える事だからな。無様な民兵の姿を見せてエフタル騎士団の精強さを見せつけたいのだろう。国破れたとは言え、騎士団戦力を誇示して来る春季攻勢の時の発言権を拡大したい。そんな所だろう」



 つまり俺達に場を盛り上げるための噛ませ犬になれと言う事か。そりゃ、捨て石にされるくらいだったらまだ噛ませ犬のほうがマシである。

 そりゃ、負けるのは気持ち良く無いが、死ねと言われるよりかは良い。これなら俺のプライドが多少傷つくだけですむしな。



「分かりました。この名誉ある任務、謹んでお受け――」

「いや、待て」

「――。はい?」

「まぁ落ち着け騎士少尉。これが御前演習参加の命令書だ。読め」



 黒光りする黒檀のような机の上に一枚の紙が舞う。それを読むと栄ある王家の前で俺の部隊とエフタル騎士団の一隊が演習を行うので参加しろと書かれている。もっとも文章の大半をしめる装飾文を抜くと内容はこれだけ。

 専門用語の羅列とかで文章を水増しすると言う風習もこの世界にはあるのかとげんなりする。



「読みました。我が中隊が演習に参加するよう、と書かれています」

「負けろと書かれていたか?」

「いえ……」



 もう一度手元の命令書を読む。読んだ。確かに書かれていない。



「負けろと言うのは兄上の私命だ。口約束でしかない」

「あの……。つまりどういう……?」

「察しが悪いな。本当にあの遅滞戦でサヴィオンの戦姫を相手取ったのか?

 まぁ良い。つまり兄上の差し向ける騎士団を倒せ。それも完膚無きまでに」



 良いのかそれ。

 いくら命令書に書かれていない事とは言え、それは明らかにまずくない?



「率直に言うぞ。兄上は好かん」

「た、大佐殿!?」

「政より謀が得意な奴にオストロットなんぞの田舎に飛ばされるし、姉上はアルツアル王家に嫁がせて自分は公都で我が物顔をしている。フン。言葉に表すだけでますます気に喰わん。

 その上、我が連隊に恥をかけと言う。それも姪の前で、な」



 イザベラ・エタ・アルツアル――。

 ミドルネームのエタってエフタル公家の血筋と言う意味か。なるほど。

 だけどそんな私的な理由で命令を捻じ曲げるの? そりゃ恥をかくのは嫌だけどさぁ。



「全力でやれ。連隊長命令だ。後日に命令書を渡す。作戦指揮等は任せる。必要な物があれば言え。私費を投じてでも揃えさせよう」



 必要な物に私命を発さない上司は含まないのでしょうかと言う言葉を飲み込む。

 てか、そう言われてもな。

 我が中隊の経済事情は盗賊達から押収した品々やアルヌデン様と結んだ契約によって余裕が生まれつつあるんですよ。だが金はもらって困るものではない。

 金ほど困らない物は無いし、金ほど困る物は無い。プロジェクトを投げ出して逃げた先輩の名言の一つだ。



「で、やってくれるのだろうな、少尉」

「はい。全力でやらせて頂きます。ですが、その、エフタル騎士団の方はよろしいのでしょうか? 評判に傷がつけば春季攻勢に影響が出るのでは?」

「フン。王国からすれば正騎士団も民兵も無い。ただの田舎騎士の集まりとしか思って居ないだろう。それにどちらが勝利するにしろ反攻作戦の主力はアルツアルだ。まず兵力量が違う。

 戦後のエフタル統治がどうなるかは分からんが、敗軍の将――エフタル家の衰退は避けられまい。

 それが演習一つで変わるでも無い。だから評判は気にせず好きにやると良い。

 もっとも四十を半ばにしても野望が潰えていないこの身からすれば兄の失脚に少しでも足しになるのなら、この演習の勝利には大きな意味がある。

 他に質問は?」

「ありません」

「よろしい。下がれ」



 互いに敬礼を交えて退室するとどっと疲れを覚えた。

 これが政治と言う奴か。

 まぁ大なり小なり人が集まれば派閥が生まれる物だ。こんな無意味なものほど無いのにな。

 あー。嫌になる。

 「あいつより私が居る方が周りの空気が良いだろ?」と言って来た先輩を思い出すほど嫌になる。そんな問いをする方が空気悪いと何故気づかないのか。

 まったく訳が――。



「しろえるふ!」



 トトトっと木の床が踏みしめられる音と共に背後から誰かにアタックされる。思わず「ぐふ」と肺から息がもれる。



「つーかまーえた」

「り、リーネ様ですか」



 背後から抱き着く本物幼女ことアルヌデン家嫡子のリーネ・ド・アルヌデン様の屈託ない笑顔で「つーかまーえた! つーかまーえた!」とはしゃいでいる。いやぁ子供って可愛いな。



「姫様! なりません!!」



 そこにドタドタと慌てた侍女さんがやってくる。お転婆盛りの姫様相手に苦戦中と言う事か。



「も、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらずに。リーネ様。捕まりましたよ」

「わーい」



 嬉しげに背を離れ、「おぼーし!」と小脇に抱える軍帽を指さす。それを被せてあげると「きゃきゃ」と飛び上がらんばかりにはしゃいでくれた。和む。めっちゃ和むわぁ。



「重ね重ね申し訳ありあせん!」

「いえ、大丈夫ですよ。お可愛らしい事で」

「そう言って頂けると助かります」

「しろえるふ!」

「はい、なんでしょう」



 リーネ様渾身の敬礼。思わず頬が緩む。しっかり答礼してあげるとまた嬉しそうに「きゃきゃ」とはしゃいでくれる。

 あぁ癒されるぅ。さっきまで政治のゴタゴタに巻き込まれて暗雲の垂れこめていた心に陽が差すようだ。



「ってリーネ様!? どちらに行かれるので!?」

「お、お待ちください姫様!!」



 感動している傍から駆け出していく小さな姫君。それも俺の軍帽を携えて。

 それ無いと困るんだ! 返しておくれ!!

 無邪気な姫との鬼ごっこの始まりだ。


幼女は書いててめちゃ和みます。こんな彼女欲しい。←



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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