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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
30/163

アルヌデン辺境伯

 豪華な、それでいて華美と言う事も無い室内。

 エフタル檜が贅沢に使われた壁。深紅の絨毯は足が潜り込みそうなほど柔らかい。

 眼前の装飾品の類が省かれた黒檀の机もまさにそのあらわれであり、眼前の城主の性格を如実に表している気がした。



「そうか。貴様がロートス少尉か。噂じゃ帝国の戦姫と同じ趣味の持ち主と聞いていたが、思ったより線が細いんだな。ちゃんと食ってるのか?」



 尖った耳が笑いと共に揺れ、大柄な体格が小気味よく震える。

 彼は己をエルフと名乗ったが、本当に同じエルフなのか疑問を覚えた。だって肌の色が活動的な色と言うよりも色濃いんだ。ダークエルフと言うのか?

 てか、筋骨逞しくて俺より二周り以上も大きい。本当にエルフか?

 だが、それはエルフとして見た場合であり、武人として見ればその迫力をひしひしと感じた。礼として脱いで小脇に挟んだ軍帽に手汗が染み込んでいく。



「アルヌデン中将、よろしいでしょうか?」

「あぁ? まだ居たのか人間」



 隣をチラリと見やれば所在無げに肩を落とす美麗の騎士が苦笑を湛えている。

 この謁見に際して同行してもらったのだが、どうも居心地が良くないようだ。



「人間族は好かない。特にお前等貴族はな」



 武人気質のせいか、このお方――ライル・ド・アルヌデン辺境伯中将はあけっぴろな言葉で口撃(こうげき)してくる。

 なんつーか。古風なエルフと言う感がある。村の年寄り衆を彷彿させると言うか。

 だが、年齢は父上と同じか、少し上くらいの印象を受ける。



「まあ良い。同族の活躍はいつでも胸躍るものだ。なぁそうだろ?」

「ハッ。お褒めに頂き、恐悦――」

「あー。そういうのは無しだ。とにかくこっちに来い」



 執務室の奥に座られていた武人がサッと立ち上がるとなんの躊躇いも無く部屋を出ていく。それに再びエンフィールド様と交わらせてからその後を付いていく。

 長いエフタル檜の敷かれた廊下に三つの軍靴の音が響く中、突然アルヌデン様が「賊討伐だが――」と口を開かれたので驚いて脇に抱えた軍帽をとり落としそうになった。



「なんだ。お前。見かけだけでは無く中身も噂と違うのか? あの戦姫とやりあったにしては小胆だな」

「も、申し訳ありません。ただ、あの時はエンフィールド様からのご命令もありましたし、どうしても守りたいものがありました。それ故であります」



 歩みこそ止めなかったものの、アルヌデン様は驚いたように茶色の瞳を大きくしてクツクツと笑いだした。



「守りたいものか。だがそれが出来る者はそう多くはない。そうであろう、人間」

「おっしゃる通りです。この命あったのも彼が居たからこそです」

「なるほどな。カカッ。気に入った。だが、一点だけ」



 笑みを消し去ったダークエルフは「盗賊からの押収品は本当にあれだけか?」と目を光らせながら聞いてきた。



「えぇ。ロートス少尉の報告通りでした。私も検品したので間違いありません」



 事も無げに言い放つエンフィールド様の言葉に鼓動が早くなる。

 なんたって嘘だから。


 廃砦を占領し、残党狩りの意味も兼ねてくまなく捜索した所、奴らの売り上げを多数見つけたのだ。

 考えても見てほしい。持ち主が居なくなった財布が道ばたに落ちていたら思わず拾ってしまうだろ? それも資金難の時だったらなおさら。

 だが、拾った額が額だし、中には宝石や金細工等換金しなければならない品々も混じっていたし、心にすむ天使の声に負けてエンフィールド様に相談したのだ。



「戦利品は指揮官が部下に分配すべきじゃないか?」



 と、言うのがエンフィールド様談。

 しかしアルヌデン騎士団からの依頼と言う手前、隠しておくのもはばかられると言うことで報告書に一筆付け加えたのだ(額は輜重参謀のラギアと話し合って少な目に書かれている)。



「ふーん。そうか。なら良い。横やりを入れるような無粋な真似はしないから安心しろ」

「ハッ。ありがたき幸せ」



 懐は深いようだ、このエルフ。

 と、いきなり「キャキャ」とした声が響いてきた。それと同時にバタバタした足音が続き、廊下の端から小さな影が駆けてきた。



「おとーしゃま!」

「おぉリーネ」



 幼女だ。銀の髪と褐色の肌が醸し出す魅惑さを秘めたその子は筋骨隆々の父の胸に飛び込むと嬉しそうにその名を呼んだ。



「姫様! なりませんよ! 父君はお忙しいのです!!」



 その後を駆けてきた侍女が困ったようにオドオドと手を伸ばす。



「良い。あぁ、そうだ。リーネよ。客人が来ておる。ご挨拶なさい」

「はぁい! りーね・ど・あるぬでんです!」



 舌っ足らずな感じがたまらない。あと数年したらさぞや美人さんになるんだろうなと思いながら敬礼を送って上げると嬉しそうに「キャキャ」と夏花のように明るい笑顔を浮かべられた。

 可愛いな。幼女成分はハミッシュから補給しているつもりだったが、あれでも彼女は俺と同い年だからな。本当の幼女には勝なわないと言うわけだ。



「可愛らしいご息女ですね」



 エンフィールド様のゆるんだ顔に「当たり前だ」と破顔するアルヌデン様。



「故に、この戦は負けられん。人間至上主義のサヴィオンに負ければ貴族とは言えエルフの血が流れるこの子がどのような目にあうか……」



 よくその耳を見れば若干尖った耳をしていた。その愛娘に慈愛の眼差しを向けるアルヌデン様は固い意志を宿した瞳で俺達を見た。



「わしはこの子のためにも、妻のためにもサヴィオンを倒す。そしてお前等は故郷を取り戻す。そうだな?」



 決意を新たに――。

 その意気が伝わり、腹の底が熱くなる。



「さて、リーネよ。わしはまだ仕事がある。おとなしくしておるのだぞぉ」



 うりうりと餅のような頬をイジるパパ顔のアルヌデン様に幼い姫君は「ひゃぁあい」とその手を払いのけようと抵抗しながら返事をした。

 そして父の手が離れるや脱兎の如くトテトテと走り去ってしまった。



「やれやれ。苦労をかけてすまんな」

「お館様はお気になさらずに。では」



 一礼して去る侍女。その背中を見送ってからアルヌデン様は歩を再開し、館を出て綺麗に整備された庭園に足を向けられる。

 短く刈り込まれた芝。整然と並んだ楓の並木。

 冬支度の整えられているせいで華やかさには欠けるもののよく手入れされたそこに歩ツンと一件の東屋があった。どうもそこが目的地らしい。



「あそこは見晴らしが良くて密談にちょうど良い。誰か近づけば一見にしてわかるからな。それに、妻があそこから見える風景をいたく気に入っている」



 若干、照れたような表情を垣間見せた辺境伯に新鮮さを覚えつつそこに入ると先客がおられた。

 黒くしっとりとした長髪の麗人。憂いを帯びた瞳が東屋からどこか遠くを眺めるその姿はまさに熟成された美が備わっており、そこに居るだけで絵画の一瞬に成りえそうだった。



「待たせたな」

「……! これは失礼致しました。皆さま。わたくし、リラ・ド・アルヌデンと申します」



 風貌に違わないゆっくりとした動作で立ち上がり、ニッコリと時が止まっているのでは無いかと思うほどゆっくりと、そして優雅な笑顔が向けられる。それに不動の姿勢で挙手敬礼を送り、その事で気づいた。この人、耳が丸い。人間族なのか?



「ん? あぁ。人間は好かんが、例外もある」



 小さく笑うダークエルフ。なんと言って良いやらと困惑しているとリラ様が「わたくしはこれにて」と一礼して去っていく。

 なんか、つつがない婦人と言うのを表しているようなお方だ。



「さて。ではまず、盗賊退治。大儀であった」

「いえ!」

「さ、座れ。酒は居るか? 最近冷えてきたからな」



 東屋の中央に置かれた小振りなテーブルに複雑な彫り物がされたグラスと陽光を受けて緑に光る瓶が三本置かれている。



「ではありがたく」



 エンフィールド様は飲む気満々のようだ。

 どうしようか、と数瞬考え込むが、その間にアルヌデン様が三つのグラスに赤い液体を注いでしまった。



「飲み慣れぬだろうが、ジュシカ領産のワインだ。あそこは過去、帝国と何度も矛を交えた激戦の地。サヴィオンもアルツアルも区別無く多くの兵の血が流れた所で育ったブドウから作られた酒だ。

 (いにしえ)の戦士の想いが染み込んでいると言える。サヴィオンめを飲み込んでやる。そう言う気概で飲むと良かろう」



 深紅に染まるそれをアルヌデン様が高らかに捧げ「勝利を」と短く言葉を締める。

 それに併せて俺達も唱和し、口に付けた。

 酸味が強い。だが、口内に広がる芳醇な香りが程良い。人を選ぶ味ではあるが悪くない。

 きっと現代の技術を持ち込めばもっと上物が出来るかもしれないが、これはこれで素朴な感じがして虜になりそうだ。



「どうだ? 味は」

「え? ……味はその、無学でしてそんな論評ができるような――」

「そこまで求めておらん。言え」

「……サヴィオン人の血とがこれほど甘美とは知りませんでした。もっと搾り取ってやらなくては」



 貴族様からの無茶ぶりに営業スマイルを浮かべるとアルヌデン様は「……ほぉ。なるほど」と感心したような、もしくは呆れたかのような言葉で応えてくれた。

 これが良い評価なのか、悪い評価なのか判断に困る。



「さて、一息ついた所で本題だ。少尉の使っている武器――銃についてだ。斯様な武器は今までみたことがない」



 そりゃ、火薬の発明さえされていない世界なんだ。類似する兵器なんて存在しないだろう。



「北のエルフは妙薬を持つと聞くが、武器も作るのか?」

「は、はい。たまたま出来たものでして、妙薬と言うかは疑問ですが」



 俺も曖昧な言葉で応える。

 それだけで誤魔化せるとは思っていないが、さて。

 ちなみにエンフィールド様から詰問されて「前世の知識です」と言うと「何言ってんだ?」と露骨に眉を潜めていた。まぁ誰も信じないよね。



「それは良い。それよりも実戦で使えるか否かが気になっているのだ」

「それでしたら報告書にある通りです。盗賊相手でしたが十分効果はありました」



 武人階級では無く、民草を集めて作られた野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊が賊を討伐した。つまり民草でも戦闘経験を積んだ相手を殺せる事を証明したのだ。

 銃の最大の利点である誰でも扱えると言う事は兵力さえあれば即座にそれを戦力として使える事になる。



「なるほど。今もドワーフを派遣して工房に技術指導しているのか?」

「はい。ですが、失礼を承知で申し上げます。ノームが打ってくれた物よりもドワーフが打った銃の方が遥かに性能が高いです。それを再現させるためにもドワーフを派遣し、技術指導をしているのが現状です」

「良い。ノームがドワーフを崇めているのは知っている。まぁ癪に触るがな」



 冗談混じりにアルヌデン様がグラスを傾ける。

 どうもそこまで他種族を嫌悪している、と言うことも無いようだ。古風なエルフ――そんなイメージを最初に受けたが、演技だったのだろうか。



「ドワーフの指導は引き続き頼みたい。奴らも喜ぶし、我らも良質な武具が出来ればなお喜ばしい。

 ついてだが、貴様等の作っているその銃を売ってほしい」

「もちろんありがたいお話なのですが……」



 「なんだ?」と殺気を含んだ瞳で睨んでくる。口ごもるほどかと自問するが、気分としては企画書の出来がイマイチなのに提出するような気分なのだ。躊躇いを覚えてしまう。



「銃の製造を委託している工房が小さく、大量に作る事が出来ません。売るにしてもエンフィールド様の騎士団にも卸す予定ですので、お二方に十分な量を供給出来るか……」



 他の工房にも銃器製造を頼もうとしたのだが、そんな得体の知れない物より広範囲に売れる剣や鎧を作る方が売り上げが出ると断られ続けているのだ。

 そりゃ、安定して稼げる方の仕事を選ぶのが経営者の仕事だし、職人としては代々受け継いできた武具の製法を守ると言う矜持もあるのだろう。だから今の所、銃や大砲を作れる工房は一軒しかない。



「なんだ。そのような事か。なら工房を一つ貸そう」

「え?」

「アルヌデン家御用達の大工房だ。一筆添えてやるからそこで作らせろ。ついでにそこに人間の分も製造しよう」

「よ、よろしいのですか?」



 エンフィールド様も「ありがたいお話です」と頭を下げる。

 辺境伯御用達の工房と言うことは結構大きな工房を貸してくれるのだろうか。

 それはそれでありがたい。



「かまわない。これも戦のためだ。ついでにノーム衆にドワーフの技術を教え込んでくれ」

「………………」

「不服か?」

「ただ、ドワーフの技術指導を望まれるのでしたら、彼女らに相当の見返りを」



 隣からゴホンとわざとらしい咳が響く。そりゃ、そうだよね。

 相手は辺境伯中将。対して俺はただの騎士少尉。七つも階級上なんだからな。

 だが、せっかく身を粉にして働くハミッシュのためにも手当がつくのならつけてあげたい。

 無償で働くような事こそ唾棄すべき行いを親友にさせたくないし、何よりそんな現場を俺が二度と観たくない。てか、転生してからも無賃労働とか見るのもやるもの嫌だし。



「ゴブリンの血でも流れているのか?」

「いえ、純血のエルフです、閣下」



 ギラリと値踏みするように向けられる視線。今、怯えを見せればそこに付け込まれる。そんな気を起こさせる眼力に営業スマイルを浮かべ、即興の営業トークを羅列する。



「閣下。お考えください。これは武器製造の技術が手には入るだけではなくドワーフ直伝の鋳鉄技術が手には入ると言うことです。

 ならば見返りを求める事がそれほど的外れな事でしょうか?

 それに銃は誰でも簡単に操れる飛び道具であり、長弓に比べ非常に短時間で調練が出来ます。その証がこの間の盗賊討伐であると考えております。

 戦の『い』の字も知らぬ者達を兵士にする武器こそ銃なのです。

 この戦を期にそのような銃が広まるのは必然。

 その製造技術をいち早く手にするのですから今後の商いにも優位に立てるでしょう。

 それもドワーフ直伝の技術をもって作られたとあればその価値は益々上がるもの。

 この技術を独占するための対価と思えば、安いのでは?」



 息が切れかかる。てか、営業トークを異世界でもやるとか、思っても見なかったぞ。

 だが、これもハミッシュのため。身を張ってくれなかった先輩を見てきた身としてあんな人にはなりたくない思いもある。

 さぁ、吉と出るか、凶と出るか――。



「少尉の分際で長々と中将(わし)に指図するか」



 凶と出ました。

 隣を見ると顔を青くしたエンフィールド様。思ったよりヤバイ!?



「カカッ!! 面白い。小胆だと言った事を許せ」

「は、はぃ?」

「分かった。給与も改めて払おう。銃の製造に関しても、その価格のうち五分を貴様に還付する」

「そ、そこまでなされなくても――」

「同族のよしみだ。受け取れ。これから何かと入り用だろう。戦費の足しにすると良い」



 アルヌデン様がグラスに残った最後の赤を飲み干す。

 そしてポツリと「故郷を失うのは辛い」とこぼした。



「昔、まだわしがジュシカ領で傭兵をしていた頃、家をサヴィオンに焼かれた。何にもない村だったのにな。

 それから戦に次ぐ戦をして戦功を積み、今の地位とリラを手にする事が出来た。一代で辺境伯を任せられるとは思って居なかったがな」



 エルフは他の種族に比べ長命だ。それ故、仕官した者の多くは年功序列も相まって高い地位を得る者も居ると言う。だが、親ほどの年齢でアルツアル辺境を任せられるのは年齢では無く、その手腕によるものだろう。

 ある意味、勝ち組。だが、勝利してきた人生に反してその瞳には重い色が浮かんでいた。



「娘と戯れている時や妻と共にある時でもふと、愛郷の念にかられる事がある。幸せを享受している時でも思い出すほどエルフにとって故郷とは重い意味を持っている。それこそ人間が思う以上に、な」



 その通りだ。

 俺はあの平穏な暮らしを取り戻したい。

 何もない事に感謝し、ゆっくり歳老いるあの日々を取り戻したい。



「もう、故郷を失うエルフを見たくない。その気持ちも含めて銃の製造に見返りを出す。なに、お前に投資したくなっただけだ。頼むぞ。大損されては妻に見放されてしまう。カカッ」



 気持ち良く笑われる方だ。

 その行為に深々と頭を下げ、頂いたブドウ酒に口をつける。

 相変わらず癖の強い味が喉熱くするのが心地良かった。


遅くなってすいません。


しばらく平和な話が続く予定です。

それではご意見、ご感お待ちしております。を

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