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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
29/163

栄光よ! 我らに勝利の栄光を与え給え!

 中隊主力の下に戻ると日の陰りが見え始める時刻になっていた。こりゃ早々に野営の指示も出さないとな。

 そう思いながら中隊主力が休んでいるアル=レオ街道から少し外れた空き地――樵が森を切り開いて出来た空間にたどり着く。そこには毛布等を括りつけた背嚢を枕に体力回復を図る兵達がごろごろと転がっていた。

 もう少し体力作りをメインにした訓練を増やすかと思わせる光景に若干の不安を抱きつつ中隊本部(と言う名の杉の根元)を目指す。

 お、居た居た。

 すでに士官や先任曹長が集合し、現状の兵員について話し合っているようだ。だが、その輪から外れているの者がいる。ナジーブだ。

 オークである彼を受け入れている者が少ないせいか、士官達で集まると絶賛ボッチになってしまって気の毒で仕方ない。

 だが、その問題を解決する前にやる事がある。



「今戻ったぞ」

「ロートス!」



 にこっと顔をほころばして敬礼してくれたミューロンにそれを返し、他の面々にも答礼をする。



「ミューロン。兵達の事だけど――」

「うーん。すぐに出発ってのは無理かも。オーク小隊はまだしも銃兵の多くがちょっと……」



 糧食や着替え、水等の装具を満載した背嚢の他にアルケビュース銃と叉杖を持ち歩いているためその疲労は他の小隊を上回っているようだ。

 よし、帰ったらザルシュさん特性のドワーフ式体力増強訓練を課そう。



「分かった。とにかく偵察結果を報告しよう。ナジーブ。こっち来てくれ」

「わ、分かっただ」



 恐る恐ると言う様に巨漢が迫ると言うのはシュールだな。

 とりあえず顔をしかめる士官達を無視して雑多に描かれた地図を広げ、地形の説明や作戦を説明していく。



「――と、言うことで移動だけでも時間がかかるし、ミューロンから上がった兵達の様子を鑑みて明日の夜明けと共に出撃し、敵砦を強襲する。

 すでに説明した通り敵の占拠する砦は堅固とは言えないが、城壁を備えている。これの破壊は第三小隊が行うように。他の小隊は第三小隊の援護の下、砦に接近。銃兵による制圧射撃を加えつつ第二、第四小隊が城内に突入、敵を殲滅する。質問は?」



 お手製の地図から小隊長達に視線を移すものの、手を挙げる者は居ない。

 これ、大丈夫オールオッケーって事で良いの? つまり俺の作戦を完璧に理解して疑問が無いって事で良いの? それとも疑問があるかも分からないと言う奴だろうか。

 そうだ。適当に一人選んで本当に疑問が無いか聞いてやろう。



「ミューロン。質問は?」

「え? 別に無いけど……」



 我らが戦闘狂である彼女なら士気も上げる良好な質問を投げてくれると信じている。予想としては「捕虜は取らなくていいんだよね?」とか、そんなん。

 故に追撃してみよう。



「本当に?」

「そ、それじゃ」



 やっぱりあるじゃんか。良いぞ。さすが俺の嫁だ。



「相手はアルツアルの人でしょ? あんまり気が進まないと言うか」



 おい、戦闘狂。どうしてここで士気の下がるような事を言うんだよ!

 サヴィオン相手には進んでやってたじゃないか。



「あー。だが、治安維持は必要不可欠な事だ。後顧の憂いを絶つ事で対サヴィオン戦に力が入れられると言うもの。サヴィオンから故郷を早く取り戻すためにこれは必要な戦闘だ」

「必要ならしょうがないね。わたし、やるよ!」



 ちょろかわ。

 ふんすっと戦意を漲らせる幼馴染が可愛くて仕方ない。思わず頭を撫でてやりたくなる誘惑が――。

 ザルシュさんたち他の面々の視線が痛い。誰もがいちゃいちゃしてんじゃねぇと言葉に出さずに訴えている。



「ご、ごほん。さて、他は? なんでも良いぞ」

「それじゃ……」



 渋々と言うように手を挙げたリンクス臨時少尉。彼はチラリとオークのナジーブに視線を送ってから言った。



「恥ずかしい事ですが、長槍(パイク)兵の間で連携が取れていないです。どちらかを予備にしてくれませんかねぇ」



 この中隊を構成するうちの二個小隊は長槍(パイク)兵だ。

 片方は獣人。もう片方はオーク。

 体格も違うし、なにより信頼関係が作られていないせいで二個小隊で共同作戦を取るのは難しいと言う事実は知っている。



「だが、明日は合同で作戦に当たるように」

「ですが――」

「遊兵を作るほど余裕が無い」



 エンフィールド騎士団からの報せによれば相手は五、六十人。戦力比はこちらが二倍以上。だが、こちらの半数は遠距離職である銃兵と砲兵だ。

 接近戦となれば数は互角だし、こちらは実戦経験を持つ者が半数と居ない。

 相手は盗賊とは言え殺しを生業とする連中だから油断は出来ないため、全兵力を叩き込んで敵を殲滅するしかない。



「他は? 無いな。では各小隊長は一度小隊に戻って作戦の概要を伝える事。その後、野営準備を開始せよ。野営の準備が整った小隊から夕食を取って良い。但し各小隊長は中隊本部に出頭し、食事をしながら明日の詳細な作戦を伝達する。

 では解散。別れ」

「「「別れます!」」」



 そうしてやっと息が着いた。さて、野営準備は兵達の仕事だからそれまでに詳細な作戦を再度検討してどう話すか考えよう。

 あー。なんて面倒な事を嬉々とやってるんだか。まったく嫌になる。く、フハハ。



「撃て」



 号令一下。大気を震わす轟音を唸らせて鉄の固まりが五百メートルの距離を飛翔し、城壁に突き刺さる。

 城壁と言っても木を組み合わせた簡易な壁が砲弾を受け取れるわけ無く、悲鳴を上げて一角が崩れ落ちた。それを見守っていた第三小隊だけでは無く、その前方に展開する各小隊からも喚声が上がる。

 もっとも城壁に命中させるまで六発も砲弾を撃ち込んでいるあたり、輜重参謀をしているラギアが「砲弾一発も安くない」と砲兵の後ろで騒いでいた。もっとも砲兵達はそのだみ声を一切無視して職務にあたってくれた事は彼に伝え無いようにしようと思った。



「弾着良し。効力射。始め」



 隣に控えていた第三小隊がその号令に併せて二門の大砲に砲弾を装填していく。

 そう、本番はこれからだ。

 今までの砲撃は評定射と言う火薬の量や砲身の角度等を調整して目標――今回は盗賊の立てこもる古砦――に当たるまでの試射にすぎない。



「ハミッシュ軍曹」

「はいなのじゃ」



 軍隊としてその口調はありなのかと問われれば首をひねるしかない親友に「データは取ったな?」と確認する。



「ばっちりなのじゃ。ほれ」



 彼女が差し出してきた用箋挟を手に取り、そこに書かれたグラフを見やる。

 そのグラフは試射――評定射で得た装薬量と砲身の角度やその着弾位置等が事細かに記されている。



「効力射の分も取っといてくれよ。ただ撃ちこんだだけじゃラギアが怒る」

「任せるのじゃ」



 元気よくハミッシュは砲のそばに停車している荷馬車に駆け寄るとその幌の上によじ登っていく。少しでも高い場所から着弾を観測するつもりなのだろう。

 そうしたデータを積み重ねる事でいちいち着弾を見ながら砲撃しなくても計算だけで砲撃できるようになる。そのために第三小隊は他の小隊との訓練を置いてデータ収集に勤しんでもらっていたが、実戦に間に合わなかったのは非常に痛いところだった。



「伝令! 中隊長殿に伝令! 先任曹長殿より敵情に異変あり、中隊本部に出頭されたし。以上です」

「分かった。すぐに行こう。それじゃ第三小隊は効力射を三回実施の後、別名あるまで待機」



 後は小隊長や小隊先任軍曹のハミッシュが対応してくれるだろう。と、言う事で砲兵陣地の前面に展開している長槍(パイク)兵と銃兵の間に足を向ける。綺麗に横隊を組んだ兵達に視線を飛ばしながら俺を呼んだ張本人を探す。



「ザルシュ曹長」

「ここだ」



 長槍(パイク)兵に混じったザルシュさんの所に行こうととして、一度立ち止まる。

 第二小隊と第四小隊の幅が開きすぎだ。



「おい、そこもっと詰めろ」



 すると猫に似た耳をした獣人があからさまに顔をしかめた。

 だが、それを無視してオーク達に歩み寄るよう指示を出して密集陣形と取らせる。



「さて、待たせたな。曹長」

「いや、そんな事ねぇ。で、あれが見えるか?」



 ザルシュさんの指さした先。とある物見台から白い旗のような物が振られていた。

 確か、降伏の印だったか?

 アルツアルの宗教で白い星神様に恭順の意を示すうんたらって理由で白旗を振ると降伏を意味すると言う話を聞いた事がある。



「どうすんで?」

「エンフィールド様の話だと盗賊は死罪だと」

「って事は攻撃続行か!」



 嬉しそうに長槍(パイク)を持つ手を振り上げる先任曹長に苦笑を返す。

 それと同時に第三小隊――砲兵が全力砲撃に転じ、次々と鉄の楔を打ち込む。

 そのせいで櫓は崩れ、城壁は倒壊し、人間を屠り去っていく。運が良いのか悪いのか、白旗を振っていた物見台に砲弾が直撃。跡形も無く吹き飛ばされた。



「よし。ミューロン」

「気を付けぇ!」



 何も言っていないが、俺の意志を組んでかけてくれた号令により不動の姿勢が反射的に取られる。そうなるよう訓練した手前、少し嬉しくもある。

 その喜色を隠すように最前列――銃兵第一小隊の前に出て彼らの表情を見渡す。

 ――堅い。初めての実践とあって緊張とも恐怖ともつかない表情を浮かべている。



「総員に達する。これよりエフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊は敵の籠城する砦を強襲する」



 一息にしゃべって大きく息をつく。百五十名もの部下を前に、それも野外で声を張り上げるのは結構シンドい。

 だが、それよりも声が震えなかった事に風の神様に感謝を捧げなくてはならないし、腕を後ろに組んでて良かった。

 ジラリと横隊を睨むように眺めると誰も俺が怯えている事に気づいていないようだ。ただ、ミューロンを除いて。

 彼女の碧の瞳が揺れている。憂いを帯びた眼差しに強気な作り笑いを送ってやりながら「多くの者が初陣となろう」と演説を再会する。



「敵はただの盗賊である。恐れる事は無い。と、言いたい所だが、それも叶わない者もいるだろう。

 恐れるなとは言わない。だが共に楽しもうではないか。

 なに、俺達の本当の相手はサヴィオンである。奴らは村に火をかけ、先住種を人とは見ない鬼畜の集団だ。

 対して今の相手は誰だ? ただの野盗の群では無いか。

 ならば気楽にやろう。相手は鬼畜では無くただの人なのだ。人であれば殺せぬ通りは無い。

 さぁ! 弾を込めろ。長槍(パイク)を構えろ。我らに勝利を!!」



 「おー!」と言う喚声を縫って「あのおエルフ、笑ってやがる……!」とか「オークよりおっかねぇ」と聞こえる所、やっぱり無事に恐怖を上塗りできているようだ。



「総員、戦闘用意! 担えぇ(つつ)ッ」



 銃兵が一斉にアルケビュース銃と叉杖を肩に担ぎ、長槍(パイク)兵も己の得物を同じように担ぐ。



「全隊、前へ進め!」



 愛銃を襷がけに背負い、小刀を抜き放って攻撃方向を指し示すと三列横隊を組んだ銃兵第一小隊が規則正しい歩調で歩み出す。

 それに続くように長槍(パイク)兵の第二、第四小隊がゆっくりと続く。そしてそのさらに後方。長槍(パイク)兵の両端を守るように配された中隊本部直轄の銃兵二個分隊が歩き出す。

 それを見届けてミューロンの脇――第一小隊と共に前進していく。


 それにしてもじれったいほど遅い。

 足場は悪くないのだが、恐怖故か、歩みが鈍化しているような気がしてきた。

 いや、歩調はこれであってる。ただ心臓が狂ったように脈打つせいで時間の感覚が麻痺しているだけだ。

 それにこれ以上、歩を早めてしまうと陣形が崩れるかもしれない。そうなると錬度の低い中隊は組織立った行動がとれなくなってしまう。


 あぁ、くそ。怖い。敵に向けて構えている小刀が震えそうになる。


 城壁までの距離を見るにだいたい二百メートルだろうか。もう少し。もう少しで銃の射程だ。

 それに第三小隊の砲撃で撃ち破られた木壁が正面にあるから長槍(パイク)兵達は難なくあそこに突入するだろう。

 そう、勝利は確実だ。勝てる。勝てるぞ。だから恐れを上書きしろ。



「く、フハハ」



 隣を歩いていた銃兵がぎょっとしたように俺を見返してきたが、それも無視。

 いや、気にかける余裕も無いほど怖い。上書きなんて無理だ。

 と、その時。砦の各所に設けられた物見台に人が上がり、そこから矢を射かけだした。まだ射程外。撃ち返せない。



「ぐあ」

「痛ぇええ!! お、お母ちゃん!!」

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」


 一人が倒れ、さらに一人が倒れ、悲痛の声が漏れ、それに引きずられて足を止める者が出る。

 さっと中隊を見渡すと恐怖を誰もが露わにし、死の前に足を止めようとしていた。このままじゃ恐怖に引きずられて壊走が始まってしまう。

 いや、俺が意の一番に逃げ出してしまう。そんな無様な姿だけは晒せない。くそ、笑え。笑顔を作れ。



「何をしている! 歩調を崩すな!」

「で、ですが――」

「なに、矢が刺さっただけさ。ほら歩調を刻め。待っている暇など無い。我らは戦争の渦中に居るのだからな! さぁ幕は落ちた。さぁ戦争を歌うぞ。さぁ大合唱だ!

 『今こそ別れを言おう、我らは戦野に行くと。

 雄々しく武器を執らん、我らは敵を討つために。

 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 神々よ、我らに勝利の栄光(グローリア)を授け給え!』」



 ニィと笑みを湛えながら父上から聞いたエルフの戦歌(いくさうた)を口ずさむ。何か口にしていないと悲鳴を上げそうだった。



「ち、中隊長に続け!」



 副官の声が重なる。彼女もぎこちない笑みを浮かべながら「栄光よ! 我らに勝利の栄光を与え給え!」と口ずさむ。

 恐怖から狂気に支配された指揮官の号令と歌声が響き、兵達にもそれが広がって行く。



「ただで死ぬもんか」「エフタル万歳!!」「栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)!」



 いつしか恐怖は姿を失せ、代わりに狂乱に取り付かれた兵士達が子気味良い軍靴を手拍子代わりに童謡を紡ぐ。

 そう、誰もが歌っている。恐怖を踏破した兵士達が戦列を組み、敵に死を与えんと行進する。一人倒れても、二人倒れても止まることなく進み続け、いつしか砦までピタリ百メートルまで接近。



「全隊、止まれ! 第一分隊、構え!!」



 前列の銃兵が叉杖を付、そこにアルケビュース銃を置いて火縄をセットする。



「目標。物見台! 狙え」



 火蓋が切られ、銃口が物見台を睨む。

 物見台に何か新たに人影が上がったが……。まぁ気にする事もあるまい。

 そもそもこの宴を止める事など出来ないのだから。これほど楽しい宴を途中で投げ出すほど無粋な物はないのだから!



「撃て!!」



 情け容赦ない轟音と白煙。

 ツンと鼻を付く硝煙の臭い。香しい戦争の臭い。



「後列、前へ!」



 漸進斉射戦術。

 次々に銃火が煌めき、殺意を内包した鉛弾が次々放たれる。

 さぁ、突撃の時間(フィナーレ)だ!!


 ◇

 盗賊騎士視点。


 じょ、冗談じゃねぇ。

 目の前にゴロゴロと転がる鉄球を眺めながらやっと放心から解き放たれた。



「くそ、白旗振ったんだぞ!」



 どうやら敵はあの鉄球を放り込む魔法を使ってるようだが、一体どんな魔法式を組めばこんな芸当が出来るって言うんだ。

 くそ。昨日は思ったより稼ぎが出たからと秘蔵の酒の封を開けて気持ちよく酔ってついでに昨日襲った際に手に入った上玉と床を共にして溜まった物を出して気持ちよく眠りこけていた所に得体の知れない連中がやってくるなんて――。



「矢を射掛けろ!」



 その命令が即座に実行され、哀れな悲鳴が聞こえて来る。

 だが奴らは歩みを止めるどころか妙な歌を歌いだした。調子の外れた雑音がいつしか一個の音楽に昇華し、奴らはどんなに矢を射掛けられようと行進してくる。なんなんだあいつ等は……!?



「おい、女を出せ。人質が居る事を見せてやるんだ!」

「へい兄貴!」



 本丸と呼んでいる建物からぐったりとしたワーウルフ族の娘が連れ出され、物見台に上らされる。あれほど嬌声を上げていたと言うのにもう壊れてしまったか。

 どれもこれもクソだ。明日には町に奪った品を卸に行こうと思っていたが、昨日の内にやっちまって町に留まるべきだった。

 だが悔やんでも仕方ない。幸い人質を盾にすれば逃げおおせる事も出来るだろう。



「ぐああ!」

「シルラ!?」



 雷のような轟音と共に物見台に人質と共に上がった腹心の部下が胸から血を垂れ流して崩れ落ちた。それにつられて人質も物見台から落下し、西瓜を打ち砕いたかのような惨状を作り上げた。


 くそ、なんだあいつ等!?


 崩壊した木壁の影から敵陣を伺うと濛々と白い煙に覆われていてどうなっているのかまったくわからない。

 ただ、相手が雷音を上げてこちらを攻めて来ているのは分かる。また一人、その魔法に掛かって胸から血しぶきをあげる仲間が出た。くそ、くそ。


 相手はなんて強敵なんだ。なんと恐ろしい敵なのだ。

 流れ者になって早三年。それまで仕えていた主人が無謀な戦の果てにお家お取り潰しとなり、盗賊に身をやつすしか無かった時は己の運の無さをどれほど呪った事か。その時から高潔な騎士としての矜持を捨て、強敵に相まみえる事を避けて弱者を食い物にしてきた。

 だが、今は違う。強敵を前にしたこの高揚感。錆びついていた物が唸りを上げようとしている。

 やってやろう。やってやろうじゃないか。



「かかってこい! 相手になろう!!」



 雷音が止む。あの魔法を止めたと言う事は別の策を講じて来る兆候に他ならない。つまり、この状況なら敵が殴りこんでくるはず。

 主君から賜った竜革の巻かれた両手剣の柄を握る。いくら盗賊に身を落としても鍛錬を欠かさなかった剣の柄が手に馴染み、勇気を与えてくれる。

 そうだ相棒よ。我らの敵は強大な物でなければならない。そうだろう。それこそ騎士だろう。

 騎士の血が沸く。久方ぶりに胸が高鳴る。さぁいくぞ化物共!


 煙が晴れる。

 そこから飛び出して来たのは喊声(かんせい)を上げる長槍(パイク)を持った獣人やオーク共。



「な!?」



 騎士にあるまじき恐れを感じた。先ほどまでの固い決意が揺らいでいく。

 それは近接戦闘を天職と考える獣人やオーク達が雪崩を打ったように襲ってくるからでは無い。その先頭を走るエルフのせいだった。

 山刀と思われる肉厚の小刀を振りかざし、悪相(えがお)を張り付けたそのエルフが実に、実に楽しそうに向かってくる。死神が嬉々と大鎌を振るうように奴は走って来る。気が付くと股から温かい物が止めどなく垂れ流れていた。



「く、来るな!!」



 そうか、これが天罰なのか。

 頭に残された冷静な部分がそう告げる。そして丘を駆け上って来た連中はそのまま虐殺を繰り広げていく。

 獣人と組み合う仲間が長槍(パイク)によって串刺しにされた。獣人は顔に張り付いた仲間の血を吸い、歓喜の声を上げる。

 オークは獣人が窮地と思えば盗賊仲間との間に割って入ってその身を最強の盾とし、また最強の矛として仲間達を拳で叩き潰した。文字通り、仲間は地面に縫い付けられるような一撃を受けて息絶え、躯をさらす。


 鏖殺(おうさつ)だった。ただ一方的な力による支配が盗賊仲間を襲う。

 だがまっすぐ向かってくるエルフに比べればそのような惨劇、まだ可愛い方だ。

 いや、あれは本当にエルフなのか? 異界から召喚された死神なのでは無いか?



「く、フハハ!」



 死神が目前に迫ると共にその声を聴いた。()歌を口ずさむその声を聴いた。生者から生を奪わんとする死神の声を聴いた。

 正気を保つ細い糸を切らんとする冒涜的なおぞましい声。人が発しているとは思えぬ嫌悪感の塊のような声。


 あぁ死が追い付く――。


 死神の腕がしなり、力任せに振るわれる。それでも刃先では無く奴の瞳を見続ける。一瞬でも視線が外れたら魂が食われる。そんな気が――。

 グラリと視線が揺らいだ。あぁ首を斬られたのだ。黒ずむ視界の中、ただただエルフの形をした死神を見続けた。

 死神は最後に「く、フハハ!!」と楽しげに笑っていた。


遅くなってしまい申し訳ありません。戦闘を書いていたら中々書き止まりませんでした。

いやー。私ってこういうの書いてるのが好きなんだと再確認した次第です。テンションのままに書いているので賢者タイムになったら修正をいれるかもしれません。


グローリア! グローリア!

これもまた著作権的フリーの楽曲である帝政ドイツ時代の軍歌グロリア・ヴィクトリアから歌詞を使いました。問題があるようなら訂正いたします。

これはグローリア(ラテン語で『栄光』)と言うフレーズを歓呼する所が気に入っています。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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