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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
26/163

フェルトイェーガー

「お金は、出せません」



 中隊の主要メンバーを集めての会議はラギアのだみ声で凍り付いた。

 もっとも凍り付いたのは二人のドワーフだった。

 一人は我が親友のハミッシュ。銃器製造に予算をさらに積んで工房の一角を貸しきって自分で銃を作ろうと考えていたようだ。

 一人はその父親のザルシュさん。未だ定数に届かない兵員数を傭兵で補おうと考えていた。もっとも志願兵は次々と現れるのだが、先任曹長の彼の訓練についていける兵が少ないと言うのもある。

 だが、そんな二人の案は通る事無く我らが輜重参謀の前にことごとく蜂の巣になってしまった。



「そもそも軍服の支給だって初期の面々にしか行き渡っておりませんし――」



 だが、ドワーフ親子が同時に口火を切って銃の製造と傭兵について声を荒げるも、彼は強欲なゴブリンに似つかわしくない仏のような表情でそれを黙って聞いている。

 うん。分かる。分かるよラギア。俺も経験ある。どうしようも無いもんな。そりゃハミッシュ達の言い分ももっともさ。だけど無い袖は振れないのだ。それを丁寧に説明しようにも相手は感情的になっていて話を聞いてくれない。もしろんそれに怒りを覚えるが、いつしか怒りから悟りの境地に至ってしまう。

 きっと彼はその境地にいるのだろう。

 限りある金を管理する者が悟りの境地を開いた所で俺はテーブルを叩いた。



「二人の意見は分かったけど、無理な物は無理だ。銃については俺も色々と考えたけど、点火方式を改める事にして値段を下げる事にした」

「具体的にはどうするのじゃ?」

「引鉄と連動して撃鉄が落ちるのは一緒だけど、それを火打ち石から火縄式に変えよう」



 今までは火打石式の銃――フリントロック式の銃を作るよう進めていたが方向転換して火縄式――マッチロック式のそれにしようと言うお話。

 まさか銃が逆進化するとは思わなかったけどな。

 本来であれば燃焼を続ける火縄の管理を簡略かするためにそれを用いない発火方法が模索されて火打ち石を使うフリントロック式のマスケットが開発されたと言うのに。



「後で簡単な図面を描くからハミッシュ軍曹は午後の課業が始まる前に中隊本部に出頭するように」

「分かったのじゃ」



 で、今度は兵員か。てか、傭兵なんて基本は有名どこの騎士団が募集をかけてるから皆そっちに流れるんだよな。

 そりゃ、こんな得体の知れない連中と戦ってくれる奇特な奴らなんてそう居ないだろう。



「ザルシュ曹長、傭兵は厳しそうだが、エンフィールド様には掛け合ってみよう。だが、現状の兵力の錬成には手を抜かぬように」

「そりゃもちろんだが、訓練たって銃を模した木持って行進してるだけじゃねーか」



 ザルシュさんの言うとおり、今の訓練は主に中隊での行動を訓練している。

 本来なら銃を中隊全員に行き渡らせて戦列を組んで――と構想していたが、銃の状態が状態だから部隊運用自体を変更せねばならない。



「訓練計画も変更か……。現状の問題は以上だな?」

「あぁ、あと一つ」



 ザルシュさんが剛腕を上げて「ドワーフ流で良いんだな?」とニヤリと笑った。

 ドワーフは鉄にしろ人にしろ叩いて伸ばすと聞くが、遠慮なくやってるようだ。まぁエルフからすると野蛮で仕方ないのだが、恐怖の上官となる姿は練兵に必要不可欠なので認めている。



「ただし――」

「理由無き体罰は厳禁、だな。いつも通りさ。何度も同じとこで躓く奴にはそりゃ鉄拳制裁してるがそれ以外はやっちゃいねぇ」

「分かっているならよろしい。他は?」



 すると黙っていた狼耳の獣人――ワーウルフ族のリンクス臨時少尉が手を挙げた。彼は遅滞作戦当時から第二小隊長を継続してもらっているが、遅滞作戦で減じた兵員を志願者で埋め、その訓練にも精をだしている臨時少尉だ。



「兵員の中で反目があるのは中隊長殿もご存じで?」

「……薄々は」



 遅滞作戦を共にした連中を中心に下士官や士官(准士官)に任命してあるが、それと新参の連中が反目しているのは知っていた。

 そりゃ、同じエフタルの民でも北と南でその暮らしぶりは大きく違うし、それがアルツアルの民を巻き込んではなおさらである。

 その上、練兵の大半が隊伍を組む練習や集団行動のやり方等であり、戦闘訓練をほとんど行って居ないから「思ってたのと違う!」と考える兵が増えているのだ(特に新兵)。



「はぁ。派閥が形成される余裕が無いほど訓練でしごくと言う事で」

「良いのか? 兵は恨むぞ」

「兵に恨まれない上官と言うのもどうだか」



 少なくとも俺はエンフィールド様やエフタル公を憎んでいる。サヴィオンの次くらいにはその強い気持ちを持っていると言って良い。捨て石にされた恨みは絶対に忘れないつもりだ。

 あと強いて言うなら前世の上司や先輩も未だに恨んでいたりする。つまり上司とはヘイトを稼ぐものであるのだろう。

 なら俺もそうしよう。俺を憎んだり恐怖してくれる事で軍となるのならそうしよう。

 それが故郷を取り戻すためになるのなら。



「まぁ義勇旅団(うえ)の連中はサヴィオンの冬季侵攻は無いと踏んでいる。俺もそう思う。とにかくこの一冬で軍としての形を取らねばならない。そのためにも各自、一層の奮闘を期待する。以上、解散」



 各々が中隊本部の天幕から出ていく中、ミューロンだけが不満そうに見つめながら居残っていた。



「どうした?」

「冬季侵攻……無いの?」



 着々と戦闘狂に成りつつある幼なじみにして婚約者は不満たらたらにジトっとした碧の瞳で睨んでくる。それだけでも可愛いな。

 思わず彼女の金の髪をくしゃくしゃと撫でてやり「もう少し待ってくれ」と宥めてやる。犬でも飼ってる気分。



「分かった。それとわたしの分隊だけど、そっちも訓練計画を見直すの?」

「いや、俺とミューロンが率いる中隊直轄の部隊は今まで通りに訓練を重ねる」



 俺とミューロンが率いるエルフ主体の部隊には優先的に銃を配備する予定になっている。周囲の兵との連携や銃を用いた独特の戦術のためにも彼ら彼女らの訓練メニューは変えない予定だ。もっとも予定だからどうなるやら。



「とりあえず人員の事でエンフィールド様の所を訪ねてくる」

「分かりました。中隊長殿」



 きっかりとした敬礼を交わし合い、俺は中隊本部を後にする。

 エンフィールド様が居るのは中隊の駐屯地にほど近い集落だ。アルヌデンの城壁外ではあるが、田畑に囲まれた静かな村落に設置された大隊本部まで徒歩で一時間。

 前世の基準で言えば遠いが、あの遅滞戦を経験した身からすれば十分近いと感じる距離を踏破し、大隊本部として使っている木造の平屋――村長宅にたどり着く。どこか、日本家屋を連想させる風通しのよさそうな家だ。



「失礼します。第二野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊、中隊長のロートス少尉です。失礼してもよろしいでしょうか」

「入れ」



 中からの声に引き戸を開けると本部付きの騎士やホブゴブリン達が玄関入ってすぐに居間で書類と格闘していた。

 エンフィールド様の姿は無い。



「大隊長殿は何処でしょうか」

「あぁ、閣下は村の外れだよ。南の方だ」



 騎士の一人が顔もあげずに答えてくれた。俺の身分が低いと言うのもあるが、紙の上での戦場が忙しくてたまらないと言った感じ。これ以上関わると良好な関係を損ないそうな雰囲気があり、「ありがとうございます。では」とすぐに退散する。

 あんまり邪魔するのはね。



「で、南の方ね」



 井戸を中心に作られた村の北側にある村長宅から井戸をめざし、そのまま村外れに向かって行くとお目当ての人を見つけた。

 黒鎧に均整の取れた体が必要以上にマッチしているからすぐに分かった。

 で、なんでエンフィールド様はオーク達と向き合ってるんだろう。

 何かの間違いだと思って目をこするも、そこにオークが居る。


 あのオークだ。

 ファンタジー世界の悪者。

 二メートルほどの巨漢。灰緑の皮膚。粗末な衣服にゴブリンとはまた違った醜い顔。

 見ているだけで鳥肌が立つ。生理的な嫌悪感を覚えつつ近づくと、周囲に鎌や鍬を持った村人達が隠れているのに気がついた。


 そりゃ、オークが平和な村にやってきたとあれば戦時体制にもなるか。

 だが、殺気立つのは村人だけのようで当のオークやエンフィールド様に争う気概は無いようだ。



「あ、あの、エンフィールド様?」

「お、少尉か。良いところに来た」



 良いところって何が良いんだよ。すでに嫌な予感がしてならない。

 それを見て取ったのか、エンフィールド様の口に微笑が浮かんだ。くそ。



「新しい志願兵だ」

「…………まさかオークが?」



 それ以外に居るかと言いたげなイケメン。これほどまでイケメンに殺意を抱いた事はない。



「ちょうど三十人居る。確か、兵員はまだ充足していなかったな」

「一個小隊分ですか。ですが、足りないと言っても二十人ですよ。多いです」

「そこは上手く書類を偽造すれば良い。そこら辺の要領はラギアが持っている」



 ゴブリンと言う時点で多少は警戒していたが、やっぱり闇金を作る力は備えているようだ。

 それを嘆くべきか、有能だと賞するべきか。



「犯罪者を回されるより良いだろ」

「同じようなもんじゃ!?」



 オークって。オークってお前。

 てか素行の良いオークなんて聞いた事無いんですけど。



「あんのぉ」



 間延びした声に視線を向ければ巨躯が困ったように頬をかいていた。



「で、オラ達はどうなるんで?」

「配属先が今、決まった。このエルフが貴様等の上官となる。以後は彼の指示に従うように」

「ちょ、待て!」



 敬語を忘れるほど動転した俺が食ってかかろうとするが、「予算の増額」と俺以外に聞こえない声で呟いた。



「ロートス少尉。これは軍命である。君はオークを指揮下に置く。復唱せよ」

「ハッ。オークを指揮下に置きます」



 く、お金の力には勝てなかったよ。

 で、どうしよう。

 エンフィールド様からはテント等の必要な物はすぐに届けさせるとあの後言われたが……。

 とにかく村人の視線もあり、中隊の駐屯地まで彼らを連れていく事にした。



「で、なんで義勇軍に志願を?」

「あぁオラ達の村がなぁ、焼けてしまって」



 エフタル騎士団が撤退した後、サヴィオン帝国騎士団が各村に進駐して来た際にオークと言う理由で村を焼かれたのだと言う。

 そもそも帝国は人間至上主義国家であり、オークはもとより先住種の村の多くがそうなっている事は想像がついた。

 まぁオークの村と言うのもあんまり良い響きでは無いが。



「オラ達、村さ取り返したいだぁ。そんために河越えてやってきただ。なぁみんな!」



 「んだんだ」と同意の声が続き、闘志を漲らせた雄叫びが続く。

 すると訓練中と思わしき小隊がこちらにやってきた。軍服からして俺の中隊だ。



「し、少尉!? い、いったい何を――!?」



 駆けつけてくれたのは第二小隊長のリンクスだった。その指揮にある第二小隊は主装備である長槍(パイク)を構え、ビクビクと事の成り行きを見守っているようだ。

 うーん。オークにびびるようじゃ帝国の連中とやりあえるのだろうかと別の心配を覚えるが、今はそれは置いとこう。



「あー。新しく部隊に編入されたオーク達だ。皆、よろしく頼む」



 だが、あからさまに警戒を表す第二小隊の面々に今度はオーク達が手を挙げた。



「べ、別に何もしないだ」

「んだ。帝国と戦うために来ただ」



 と困ったようにざわついた。



「リンクス臨時少尉。この場は良い。訓練に戻るように」

「は、はぁ」



 納得行かないと言外に言いながら彼は敬礼し、部隊をまとめて去っていった。

 きっとこういう軋轢が生まれるだろうな。くそ、厄介なものを押しつけられた。

 俺の中隊はそれぞれの連携を密にする事で帝国の騎士と戦えるようにしようと思っていたのに――! だが、予算増額の誘惑には勝てない。まず先立つ物が無いと何も始められないのは前世と同じだ。くそ、くそ。



「あのぉ、やっぱりオラ達、迷惑だ?」

「そんな事は無い」



 崩れそうになる表情を強靱な意志でねじ伏せ、営業スマイルを浮かべる。そう、笑え、笑え。



「俺は諸君等の志願を歓迎する。ただ――」

「分かっているだ。オラ達が嫌われ者だと言うことは」



 低くなった声に作り笑いを消す。リーダー格のオークの瞳に強い怒りのような物が宿っているのに気がついたからだ。



「オラ達が無法者と呼ばれているのも知っているだ。だども、家さ奪われて畑も焼かれたらどうやって生きていけば良いだ?

 人さ襲うしか無いべぇ。じゃなきゃ飢えて死ぬ。他の種族もそうだべ? 身ぃ崩して野盗になる連中の多くがそうだべ? 生きていけないから奪うべ?」

「……俺は、それが正論だとは思わない」

「分がってくれとは言わねぇ。だどもさ、家さ奪われたら、奪い返したいべ?」

「そんな事――」



 言葉に詰まった。

 確かにこいつらが言ってる事はオークが盗賊行為をする事を正当化しているにすぎない。


 奪われたから奪え返す。


 だが、それを俺は否定できるだろうか。

 奪われた故郷を取り戻すためにサヴィオンの連中を殺してきた俺に、それを否定できるだろうか。

 これほどまに侵略者を憎む俺がそれを否定して良いのだろうか。



「オラが綺麗言を言っているのは確かだ。だども、これは我が一族(オーク)の誰しもが心に思ってる事だ。それだけは覚えておいてほしいだ」

「……お前達はサヴィオンが来るまで、そうやって人々を襲っていたのか?」

「いんや。オラ達は静かに暮らしてただけだ。それがいきなり村が襲われで、そんまま逃げてきただ。後で奴らが帝国っちゅー奴らだと知っただ。

 なぁ、オラ達、戦いたいだ。村を、故郷を奪った連中さ、追い出してゆっくりと暮らしたいだ!」

「よし分かった。貴様の名は?」

「ナジーブと言うだ」

「ナジーブ、改めて志願を歓迎する」



 敬礼を送ると、彼は何かを感じたのか、見よう見まねで敬礼を返してくれた。

 さて、エルフにドワーフに獣人、人間、ゴブリン、オークと来た。

 未だに武器の配備は遅々として進んでいないし、銃の開発も途上。

 予算も微妙。練度も微妙。

 それでも形にはなった。前途多難ではあるが、エフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊、充足完了。


オークの槍兵が横隊組んで方陣組んだら強そう(コナミ)


また、近々は隔日投稿になりそうです。ストックががが。

それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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