ゴブリンとノーム
異世界全図
アルツアル全図。
エフタル義勇旅団駐屯地はアルヌデン。
エフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第二野戦猟兵中隊。
なんてもっともらしい名前こそ与えられているものの、武器はおろか兵員さえ満足に集まっていない。
それでも中隊本部を置くアルヌデンの街で募兵の声をかけたら続々と志願者が現れた。その中には俺達と同じく故郷を追われた者も居るが、アルツアル在住の民間人まで来てしまっている。
と、言うのも傭兵の多くをアルツアルやエフタル騎士団と言った大御所が募集しているせいで中隊に雇われる傭兵が集まらず、仕方ないから学歴不問、未経験者大募集と学生アルバイトを雇うノリで募兵をかけたらアルヌデン周辺の村落から家を継げない次男だったり次女だったりが集まって来てしまったのだ。
「募集枠を広く取りすぎたな」
中隊本部となっている天幕の中で鉛筆を放り投げてため息をつく。円柱状のペンがコロコロと卓上を遠ざかっていく様を眺めていると「ねぇ、集まったよ」と、ミューロンが天幕の外から声をかけてきた。
それに身だしなみを整え、顔に威厳を張り付けて外に出ると五十人ばかりが五列の横隊を作って俺を待っていた。
ざっと見た所、エルフに人間に獣人と様々な種族がごったに集まっているようだ。
「俺が本中隊の中隊長であるロートス少尉である。諸君等が集ってくれた事、本当に感謝する」
一通り彼ら彼女らを眺め、乾いた唇をうっすらとなめる。
「我らの任務は奪われた故郷を奪還し、侵略者に誅罰を下す事にある。各自の奮闘を期待する」
と、言ってもこのうち何人かはすぐにここを去るだろうな。なんたって在アルツアル民にとっては対岸の火事である訳だし、口減らしとしてこちらに送られてきたとあってはそれが長続きする原動力たりえるのか……。
だが、それを心配しても仕方ない。
「では事後の事は中隊副官のミューロン臨時少尉の指示に従うように。以上、別れ」
ボツボツと頭を下げてさる彼らを見送り、再び中隊本部に戻ってエンフィールド様から送られてきた種々の書類に目を通す。
中隊で消耗する備品の補充や必要な経費の算出、兵達の給料明細……。
ふはは。こんな物か! 異世界の書類作成とはこんな物で良いのか。楽勝だな。
ワープロソフトやプリンターが無い事を差し引いてもこんなぬるいとは片腹痛いわ! それも本気で取り組めばたったの九時間労働で終わりそうだ。
はぁ……。何やってんだろ。
なんで異世界でも書類仕事しなくちゃならんの?
憂鬱が鎌首をもたげ、やる気を奪いながら書類をめくる。そういや、この世界って紙が普及してるんだな。
こんな会計用にまで使えるなんてすごい事なのかもしれない。文字を習っといて良かった。
てか、よくよく考えたら識字率ってどんなもんなんだ? 俺は父上から長として読み書き算盤は習っていたけど(ついでにミューロンも)、他の村の連中はまったくダメだったような。だけどハミッシュ達ドワーフの多くが読み書き計算が出来ると言う。
「考えても仕方ないか……。ん?」
ペラペラと決済しなくてはならない書類をめくっていると、「失礼します」と聞き慣れないだみ声が響いた。
誰だ? と思いつつ天幕への入室を許可すると薄茶色い肌の子供が入ってきた――違う。この醜い顔に小さな体躯、ゴブリンじゃないのか?
思わずテーブルの近くに置いてあった愛用の小刀を手に取るとゴブリンは慌てたように手を振り「エンフィールド様からの使い人です!」と弁明する。
よく見れば中隊で採用している軍服を着用しているし、薄茶色い肌のゴブリンなんて見たこともなかった。
突然変異的な……?
「も、申し送れました。ワタクシ、エンフィールド様の下で働いておりますラギア四等文官と申します」
「四等文官? ゴブリンが?」
「粗野なそこら辺のゴブリンと一緒にしないで頂きたいのですが、ワタクシはホブゴブリンです。ワタクシの仕事は帳簿の管理であり、新しいご命令でロートス殿のお手伝いをするよう申し付かっております。あぁこれがエンフィールド様から渡された辞令になります」
軍袴のポケットから一枚の用紙が引き出される。そこにはエンフィールド様の花押とラギア配属の旨の文章が記されていた。
その辞令からこの茶色い肌のゴブリンを盗み見る。
短躯。凶相。
もう一度辞令に視線を戻すとホブゴブリンと言う一族は金勘定が得意と言うことで文官として仕事を代行してくれると書かれていた。
「で、俺の代わりにこの書類共を処理してくれる、って事か?」
「文官故、武門の事は疎いので全てと言う訳にはいきません。最終確認は長であるロートス殿に確認せねばならない事もありますし」
ふーん。でも便利そう。
まぁ、ゴブリンと言うことで抵抗感が無いと言えば嘘になる。あいつ等、ずる賢い金貸しか野盗ってイメージしか無いし。
「まぁエンフィールド様からのご命令なら」
「ではよろしくお願いします。早速ですが――」
書類の整理の取り決め、予算案を作成するように、支出の内訳の説明……。
あれ? なんで会社と同じような事をやってんだろ?
ゆったり異世界ライフのはずが……。
くそ、これも全てサヴィオンのせいだ。絶対に許さん。鬼畜サヴィオン。撃ちてしやまん。
「そう言や、ラギアって軍に階級を直すとどれくらいの地位なんだ?」
「そうですねぇ。准士官――曹長ほどかと。」
下から六つ目で俺の二個下か。士官から準貴族である騎士号を授与される事を思うとその手前って所か。
「ふーん。じゃ、よろしく頼む曹長」
「お任せあれ」
短時間の会話だったが、文官としての能力は高そうだった。まぁブラック戦士たる俺には及ばないが。いや、あれが異常だったのか……。
「……どうされました? 何か憂い事でも?」
「なんでも無い」
せめて部下だけは優しく扱おう。うん。
それからしばらく書類作成を行った後、大きな伸びをする。
「あぁ、これから俺、視察に行ってくる」
「視察?」
「アルヌデンの工房。ハミッシュ達が銃の製造について技術指導してんだ。その様子をね」
俺の部隊を作るにあたって銃兵を基軸にした編成にするため、ハミッシュには銃の量産を命じていた。
そもそも何故、銃なのか。
それは銃が誰でも簡単に扱えるからだ。ミューロンだって射撃経験は数発撃っただけで敵を討ちとれるようになったし(あれは天賦の才だろうが)、戦闘経験の無い民間人を短時間で兵士にする事が出来る銃は今の中隊の現状に適している。
そうした事から銃の製造に長けている親友を工房に派遣したのだ。
「エンフィールド様からも買い付けの注文が来てるしな」
「あぁ。話は聞き及んでおります。完成の暁には騎士団で正式採用するとか」
「ありがたい。エンフィールド騎士団も戦力不足と聞いているし、少しは役にたつかな」
確か、撤退戦のせいで中隊規模――百人ほどまでに戦力を減じていると聞いた。もっとも傭兵団をかき集めてその補填に努めているらしいが……。
「それじゃ行ってくる。指揮は副官のミューロンってエルフに任せてあるから、何かあれば彼女に。たぶん練兵場に居る」
「かしこまりました」
片手を上げて天幕を出て歩くこと数分。アルヌデンの城門にたどり着き、そこの衛兵に敬礼をして入城する。
基本は通行税を取るそうだが、対サヴィオン戦線に投入される兵にはそれが免税されているとの事だ。まぁ街に入るたびに金を取られったんじゃやってられないが。
「でっかい街だな」
その規模はエフタルの公都並に大きく、本当にただの街なのかと疑問がつく。それに戦中とは思えぬほど商人が行き交い、街の人々は行商やこの街に駐屯するようになった騎士団相手に商売を展開し、この世のものとは思わぬほどの賑わいを見せていた。
そんな人で溢れそうな大路からやっとの事で鍛冶屋が軒を連ねるエリアに入ってもその賑わいは消えず、商業区とは違う熱気が満ちていた。
どうも武器を新調するために騎士や傭兵達が訪れているようだ。それを好機と見た店側も優れた武具があると喧伝し、お祭り騒ぎになっている。
ふと、この人達って前世で言う死の商人って奴なのかな? と思ってしまう。もっとも彼らが死の商人なら俺は死のセールスマンなのだろうが……。
そんな下らない事を考えながらぶらぶらしているとお目当ての工房を見つけた。
そこは店の隣に鍛冶を行う工房が付属した店で、出来立ての武具をすぐに買い付けられると言う事を売りにしていた。もちろんオーダーメイドも出来る。
「お邪魔しま――」
「だから何度言ったらわかるのじゃ!!」
お店に顔を出した瞬間、ハミッシュの怒鳴り声が工房から聞こえた。なにやっとんのだ?
お店から工房の方に回ると細長い筒を持ったハミッシュが小さい体を振るわせ、顔を赤らめて叫んでいた。
「だ、か、ら! 歪んでおると言っておろう」
「そんなムチャな……」
ハミッシュの前に居るのか彼女と同じ――いや、やや小さいか――くらいのお爺ちゃんだった。尖り帽子に煤で黒ずんだ長い顎髭に鉱夫のような服装……ノーム族だ。
彼らもドワーフ同様、金属加工の得意な一族で王国の鍛冶屋で多くが働いていると言う。
「それに何じゃこれ。強度不足で射撃と同時に銃身が爆発してしまうわ!」
「しかしですな……」
「しかしもあるか! もう三日じゃぞ。三日もあって試作品も完成せんとは」
白熱したハミッシュの肩を叩くと鋭い叩きが俺の手を襲った。いってぇ。
「おい、ハミッシュ」
「なんじゃ」
「……何やってんだ?」
やっとの事で振り向いた彼女は「おぉロートスか」と若干怒気を沈めた。
話を聞くと銃の製造ノウハウを持つ彼女が技術指導としてこの工房を訪れたと言うのだが……。
「まったくダメなの?」
「そうなのじゃ」
「いや、要求が厳しすぎるのです……」
ノームの話を聞くと自分達の持つ冶金技術とドワーフのそれが離れすぎていて真似出来ないとの事。
「ふーん」
「なんじゃその無関心そうな反応は」
技術屋の話って専門的すぎてよくわからんのですよ。
試しに出来上がった品々(銃身五本)を検分するが、違いが良くわからない。俺の使っている銃とそう変わらない気がするけど……。
「ダメじゃ。強度が足りん」
「じゃ、申し訳ないけど作り直しを」
「ですから要求が高すぎてつくれんのです……」
ノームは迷惑そうにため息をついて俺の検分した銃身とは別の銃身を俺に差し出してきた。
めっちゃ重い。さっきまでの奴より二倍か、三倍は重いぞこれ。よく見たら銃身が肉厚に出来ており、この重量に納得させられた。
え? なにこれ?
「必要な強度を確保するにはこれでなくては……」
「え? どういう事です?」
「簡単に説明するのじゃ。例えば、大昔の剣は太いじゃろ?」
そうなのか?
「肉厚な理由は厚さを確保する事で強度を得る為じゃ。冶金技術が進歩すれば細くても強度を確保した剣が作れる」
「つまり、今の技術で銃身を作るなら肉厚にしなければならないと?」
それに頷く小さい者達。
うーん。重量が増えるとまず兵の負担になる。重い装具を持ってさらに重い銃を持つ。
野外行動が主の軍隊で使うのなら軽い銃の方が体力の消費が少なくなって好都合なんだが……。
もっとも重い事での利点もある。
銃身が重ければ自重で反動を抑える事が出来るから命中精度は向上するのだ。
ちなみに前世の銃も狩猟用の銃は軽く、競技用の銃は重く作られていた。
「ちなみにハミッシュの要求水準には到達出来そうなのか?」
「せめて半年、いえ一月頂ければ」
一月か。いくら銃が練兵に易しいと言っても早く実戦部隊になるよう仕上げるには兵を遊ばしすぎる。
「とにかく、この重い方でも良いので生産を――」
「本気で言っておるのか!?」
「ハミッシュ。俺達は別に芸術品を作りに来たんじゃ無いんだぞ。銃があればサヴィオンと戦える。その道具でしかないんだ」
鉄と土の神様を信奉するドワーフには酷な言葉になってしまったが、それでも早く実戦に耐えうる部隊を作らなくてはならない。それが一日遅れるだけで故郷に帰れる日が一日遠のいてしまう。
しばらく悩んだ彼女だったが、渋々と了承してくれた。
「それじゃ、その銃身で量産を――」
「まだ問題があるのじゃ」
「……なに? 怒らないから言ってごらん」
「それは怒る奴が言う言葉なのじゃ! でもまぁ、一つはロートスならなんとかしてくれるじゃろ」
どう言うことだよ。俺頼みって。
金の事か?
「まずライフリングじゃ。あれ、彫れん」
「どうしてなのじゃ!?」
思わず口調が移った。
ライフリング彫れないって事は滑空銃って事だろ。と、なると弾丸に回転が加わってランダムスピンしてしまうようになる。
そうなれば大暴投よろしく弾丸はどこに着弾するか分からなくなるし、何より射程が落ちる。
「いや、溝を切るための設備が無いのじゃ」
「今までどうやってたんだよ」
俺の銃を作ってくれと依頼した時にライフリングを彫るにはどうするのか尋ねたのだが「任せておくのじゃ」とだけ言って詳しい製法までは聞かなかった(聞いても分からなかったろうから聞かなかった)。
「あれは村の粉挽き水車に細工をしての。水車が回る力で溝を切った」
「それやれば良いじゃん」
「たわけ。村の水車だからこそ細工が出来たが、こんな見ず知らずの土地の水車を勝手に拝借出来るわけ無かろう」
粉挽きから水路への水引きと水車の存在は農民にとって欠かせない存在であり、それを勝手にいじるのは確かに不味い。
え、エンフィールド様に相談しなくちゃ。
「で、もう一個は?」
「火打ち石が高くて買えん」
「なんでじゃ!?」
「わしの口調気に入ったのか!?」
どうも最近、戦支度と言うことで野営に必要な物が飛ぶように売れているのだと言う。もちろん火打ち石とて例外では無いらしい。
「そっちはわしではどうにも成らん」
「確かに……。分かった。とりあえずライフリング無しの肉厚銃身で良いから試作を作ってくれ。予算はそれから決めよう」
あぁ行き着く所はやっぱり金なのか。
異世界も生き辛いもんだなぁ。
銃火のでも同じような話書いてたとか言わないで(目逸らし
また、明日は私用のため更新できません。次回更新は月曜のお昼です。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




