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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第二章 アルヌデン会戦
24/163

叙任

本日2/2更新になります。幕間を投稿しましたのでご注意ください。

 厳かな空気の中、俺の右肩に細剣が触れる。

 片膝を床に付き、右手を胸に当てた最敬礼のままゆっくりと頭を上げる。

 視界の正面には美麗極まり無いエンフィールド様が立ち、その脇に控えるエフタル貴族達は侮蔑の混じった表情を隠す事無くこの叙任式を見守っている。



「汝、ロートス」



 美の女神が作ったと言われても不思議では無い完成された美形の口がゆっくりと動く。



「これにより貴官はエフタル騎士に叙任し、以後は公国鎮護のためその身をエフタルに捧げる事になる。

 故に怯懦と不義を厳に禁じ、公国への忠義を果たす。これに反した者はすべからく極刑に処せられる。それに迷いは無いか?」

「ありません」

「よろしい。ここに天と地とエフタル公爵閣下並びにエンフィールド家が当主、ジョン・フォルスタッフ・エンフィールドの名において貴官にエフタル騎士位を授ける。おめでとう」



 ゆっくりと頭を垂れると散発的な拍手が起こり、俺の任官を祝ってくれた。まぁ本気で祝う奴なんてこの場にはいないだろう。

 そして幾つかの宗教的な説法を聞いて(それが叙任式の流れらしい)解散となり、周囲の貴族達が去ってから立ち上がって延びをした。



「お疲れであったな。ロートス少尉」

「儀礼と言うのは、慣れないですね」

「はは。だが、堂には入っていたぞ」



 それに肩をすくめ、頭上にある綺麗なステンドグラスに視線を向ける。原色のガラスが陽光を受けて輝き、そこに写った祈りを捧げるような男の絵を際だたせている。

 まぁ、この宗教儀礼の一切がアルツアル式――人間の宗教絡みであり、風と木の神様を信奉する俺達エルフにはその絵の意味も教義も何もかも分からず終いだったが。



「これで正式に少尉に任官して貴方の部下って訳ですか」

「そうなるな。私の軍歴は長いが、大部隊を率いるのは初めてだ。手柔らかに頼むぞ少尉」

「はい。それで、エンフィールド様の階級は?」

「あぁ、元々、エンフィールド家の次男だったからな。特務曹長――少尉の一個下だったが、野戦昇進と家督の相続で一気に少佐になってしまった」



 困ったと言わんばかりに顔を曇らしてもこの人は絵になる。それがこの教会中だとさらにそれが強調されてしまうのが悔しい。若干の腹立たしさっを覚えつつ「俺の部隊は?」と訪ねた。



「君にはまた中隊を率いてもらう。撤退戦の残存兵員を基幹に四個小隊と、中隊直轄の三個分隊――総じて百五十人だ」

「多くないですか? エフタルの撤退戦じゃ百に満たない兵でしたが、持て余し気味でした」

「まぁ信頼の証、とでも思っていてくれ」



 その信頼が信用出来ないんだよ、と言えればどれほど気持ちが良いことか。

 この人は裏表が無い分、あからさまに見返りを期待する向きがある。


 そりゃ、小隊などの長であればそれで良いだろう。共に危険の中を走り、時には部下を手厚く労う。それが出来る小隊なら絶大な信頼を勝ち得たであろう。

 だが、それを一方的に押しつけられるのであればそれは信頼を勝ち得ない。それがこの人には分かっているのだろうか。

 もっとも「あげる」と言われた物を拒むほど出来てはいない性分だし、何よりサヴィオン帝国の連中をエフタルから追い出すためならそれでも彼に従ってやろう。



「兵はどうやって集めれば? そこまでエンフィールド騎士団から融通してくれる訳ではないのでしょう?」

「もちろん。今、義勇兵を募っている」



 エフタル公国義勇軍――それはエフタル公国中の騎士団を基幹にした旅団規模の軍勢になる予定の軍だ。

 この義勇軍はアルツアルの正規軍と共に対サヴィオン帝国戦役に投入され、故郷奪還のために戦う事になる。

 そのため故国を失い、職も家も無い難民を集めたり、アルツアルの物好きをかき集めた部隊となる予定だと言う。



「だが、その……」

「なんですか?」



 言い淀む上官に詰問的な口調で問いかけると、彼はよく出来た薄い唇をかみしめて「君の事をよく思っていない連中がいる」と言った。



「亜人に貴族籍を与える事を快く思わない連中が、ね。

 もちろん過去にも亜人が貴族籍を得た事はあるし、アルツアルにはそういう出の貴族もいる。だが、どこもその風当たりは強いと言わざるを得ない」

「……つまり、俺の事を良く思わない人間が邪魔をしてくる可能性が十分にある、と思ってくれ」

「なんとかならないのですか? 少佐殿。伯爵様なんですよね?」

「それは父上の称号をそのままもらっただけなんだ。本来、家督は兄が継ぐはずでその修行も兄しか受けていない。ポッと出の若伯爵に耳を貸す奴が居ると思うか?」

「はぁ……。分かりました」



 そりゃ、自分より歳の若い上司とか嫌だからね。

 新入社員のぺいぺいだった俺には分からない事だが。



「それで、この後は作戦会議でしたっけ?」

「君のお披露目会でもある。悪いが着替えてきてくれ。被服はすでに届けてある」



 貴族籍に入れられたと言うこともあり、薄汚れたウールの普段着では居られない、と言うことだ。



「もしかしてこの前、採寸した奴ですか?」

「そうだ。もう四十着届いているから隊の仲間で分配しなさい」



 着のみ着のままで撤退戦を援護していた俺たちはぶっちゃけ着ている物が一着しか無かった。

 それじゃ不味いとエンフィールド様に相談した所、全額エンフィールド様持ちで被服を買う事が出来た。やったぜ。



「だが皆、同じ服で良かったのか? 見た所、細部は違うようだが、一瞬では同じに見えるぞ」

「まぁそっちの方がお金がかからないようでしたし」



 いくら無限にお金が湧き出す財布を持っていると言っても元が小市民であるため、遠慮したと言うのもあるが、衣服を制服としたのは理由がある。

 同じ格好をする事で組織に所属していると言う使命感が生まれるし、敵味方が入り乱れた戦闘の際に友軍の識別がしやすくなる。

 そう言った事情がから同じデザインの服を何着も注文し、扱う兵器毎に違う記章を取り付けて一見して誰がなんの役割を担っているのか分かりやすくなるようにした。



「そうだ。君の服は手直しを入れてもらっている」

「手直し?」

「士官たるもの部下と同じ服では示しがつかないだろ。まぁ悪いようにはしていない。それにこれはプレゼントとでも思ってくれ」



 男からプレゼントとか趣味じゃないんですけど。それに勝手に服のデザイン弄ったってちょっと不安になる。男から贈り物されるよりかは不安にならないけど、やっぱり不安を覚える。特にこの人間は信用してはならぬと分かってるから特に。



「……あ、最後に確認なんですけど」

「そう憂鬱そうな顔をするな。で、なんだ?」

「部隊の編成は俺の指揮でやって良いんですよね?」

「人数内であれば好きにやってくれ。階級も准士官――曹長や臨時少尉までの任官なら届け出は要らない。

 その、銃だったか? その武器を最大限に使えるように手配すると良い」

「ありがとうございます」

「構わない。あぁ、こっちも最後に。軍議が終わったら、その銃についてもう一度詳しく教えてほしい。出来れば買い取りたい」

「今ある分は売れません。ですがそこら辺はうちの銃職人(ガンスミス)に聞いてみましょう」



 そして互いに敬礼を交えてから教会を出る。

 向かうはこの臨時駐屯地の外れ。俺の中隊が屯するそこにはいくつかのテントが置かれ、ざわついた空気を生んでいた。

 どうやら早速制服――軍服のお披露目会をしているようだ。

 その輪に入ると幼女然とした親友であるハミッシュがテトテトとやって来た。



「お、中隊長殿じゃ」

「中隊長と敬うなら敬語を使うように。ってお前、サイズ合ってないだろ。もっと小さいのは無かったのか?」



 だぼついた黒い軍袴はゲートルで引きずられてこそ無いが、濃紺の上衣の方は肩幅こそあってるものの、その袖の長いこと。萌え袖だと関心する前に不便そうだ。

 それよりもそのぶかぶか軍服のせいでどう見てもお父さんの仕事着を着た娘の図で噴出しそうになる。



「余計なお世話じゃ。これが一番小さいのだから仕方あるまい」

「ふーん。だけど洗えば縮むかな?」

「う、うるさい! これから成長するから問題無いのじゃ!!」



 ドワーフがどこまで背が高くなるか知らないが、余計な事は黙っておこう。うん。



「だけど、似合ってるじゃないか」

「うるさいのじゃ!」

「で、俺のはどこにあるんだ?」

「あぁいつものテントじゃ」



 いつも寝起きしているテントね。軍議もあるし、早めに着替えなくては。

 いくつかのテントをくぐり抜け、そこに到着した瞬間、ハミッシュから「あ」と間の抜けた声がした。だが、俺の流れるような動作はそれだけでは止まらず、なんの躊躇いも無く防水性の高い油布を持ち上げる。



「……え?」



 テントの中には半裸のエルフが居た。

 金髪碧眼。磁器を思わせる白く滑らかな肌。そしてふくよかな胸元にはたわわとは言わないまでも確かなものがあり、ほのかに色気付いた突起が見て取れた。

 美しい。

 エロい気分などが吹き飛ぶほど美しい肢体。まさか女性の半裸を見て欲情を覚えるよりも先に美的な感覚が動くとは思っていなかった。

 この時を永劫のもの出来たらなんと良いだろうか。

 さわれば壊れそうな華奢な身でありながらも首筋から胸、腹へと到る曲線美。吐息のままに微動する胸。白い腹部に出来た小さな臍。

 その全てが調和を成しており、見開かれたその湖のように深い碧の瞳が一点の曇り無く俺を見ている。

 美しい。なんと美しい――。



「あわ……!」

「お、すまん」

「もう、気を付けてね」

「はいはい。だけど俺の事は気にせず――」



 言葉を終える前に油布を掴んだ手が叩かれた。仕方ないとばかりに手を放すとこれ以上無いほどの視線を感じた。

 「ハミッシュさん?」と尋ねても返事が無い。嫌な予感を覚えながら振り向くとこれ以上無いくらい冷めた目で幼女が俺を見下していた。視線は俺の方が上なのに見下されている感がハンパない。

 ハミッシュさんや。今、殺しの顔をしているぞ。



「最低」

「おい、口調とうした」

「そもそもなんじゃおぬし等!? ミューロンもミューロンじゃ! なんで不問にしておるのじゃ!?」

「そりゃ、三年も一緒に暮らしてたからな」



 ミューロンの両親が他界して三年。村長である父上が彼女の面倒を見ていた事もあり、もちろんラッキースケベもあったし、共に水浴びをした事もある。

 なんつーか、今更と言うか。

 それでもその度に俺を魅了するミューロンの体に恐ろしささえ感じる。もう魔性である。



「そ、そうか。エルフのやる事はよう分からん……」



 呆れともつかぬ声を残してドワーフの幼女がフラフラと去って行く。

 まぁ……。よく分からんがこれが種族の壁と言う奴だろうか?

 しばらくそんな事に想いを馳せていると衣擦れの音と共にテントからミューロンが出てきた。



「お待たせ」

「おう。あー。さっきはごめん」

「はぁ。別に今更感もあるけどね。もぅ」



 細い腰に手を当てて頬を膨らますしぐさに思わず笑みが漏れる。

 その仕草も細身に仕立てられた濃紺軍服のおかげでどこか引き締まって見える。上下とも体の線が出るデザインなので彼女の持ち前のシュッとしたスタイルや姿勢の良さが引き立っており、見ているだけで呼吸が止まりそうだった。



「ロートス?」

「ん? いや、見とれてた」

「……!」


 気恥ずかしくて顔が熱い。この場にハミッシュが居なくて良かったと心底思う。それはミューロンも同じなのか、白い頬を赤らめながらも誤魔化す様にクルリンと一周して「に、似合うかな?」と声を上ずらせながら聞いて来た。



「あぁ、良く似合う。その記章も」



 濃紺の詰め襟式の軍衣――と言うデザインは変わらないものの、彼女の首もとには兵科色である緑の襟章(ハミッシュは黄色)に左袖には銃を象ったワッペンが縫いつけられている。狙撃記章と言うこの中隊では彼女と俺だけが着ける事を許されている記章だ。もっとも許したのは俺だけど。




「えへへ。ありがと。ロートスも早く着替えて。あ、着替え終わるまで出て来ちゃダメだよ」

「はいはい」



 ミューロンと入れ違いにテントに入り汚れた服を脱ぎ捨てる。若干、甘い残り香がする、ような気がする。

 意識しだすとやばそうなので出来るだけ考えない様に隅に重ねられていた緋線の入った黒の軍袴を手に取る。

 材質はウール。中々上物のようだ。おかげでこれからの季節には重宝出来るほどの保温性を持っていそう。

 続いて一つ襟の襦袢(シャツ)に袖を通す。おぉ。この襦袢、めっちゃ通気性や着心地が良いな。リンネルとか、そう言う感じのに似ている。

 そのボタンを留めて裾を軍袴に仕舞いこみ、腰紐を締めて最後に濃紺の軍衣を手に取る。

 こちらもウール製。見事な仕立てになっている。――気がする。いや、万年麻地の古着ばかりが当たり前の生活を十五年も続けてるせいで感覚が麻痺している部分もあるが、純ウールの服って前世でも着た事無いぞ。虫とか大丈夫なのかな? てかこれ普段着とかもったいなくない? 礼装用じゃないの?

 だが、エンフィールド様様からは「士官なのだから」と特別な使用にしたと聞いては居たが、生地から違うのか。

 それにデザインも違う。いや、確かにミューロンの袖章に狙撃兵用の記章を取り付けているとか、そう言うレベルでは無く違う。



「肋骨みたいだな」



 胸元に横紐の飾りと袖には少尉を現すスペード型の刺繍が刻まれている。すげーおされな香りがする。田舎者を浮き立たせるようなおされな香り。

 気恥ずかしさを覚えつつ肋骨服に袖を通しホックを締め(ボタンじゃ無かった)、その上で飾り紐兼ボタンとなっている紐を締める。

 ブラック戦士時代の癖で袖から下のシャツを少し出して軍袴の皺を取ってテントを出ようとして、止まった。まだ装備がある。軍帽だ。ピケ帽と言う頭頂が平らな帽子。それも軍袴のような濃紺をベースに黄色い線が入ってる。


 前世のドラマで見た事あるデザインだ。確か、日露戦争のドラマだったっけ?

 とにかく軍帽を被り、外に出ると中隊の面々がそこに居た。

 あの遅滞戦を潜り抜けた四十一人の兵士達。その誰もが支給されたばかりの軍服を身に着け、二列横隊でテントから出て来たばかりの俺を見ている。

 すると列の端に居たミューロンが「中隊長殿にぃかしらぁ中ッ!」と鋭い号令をかける。いつもの鈴のような声とは違い、その裂帛の号令に思わず背筋が伸びた。

 その号令と共に八十二の瞳が俺に集まる。共に死線を潜った仲間達。その瞳にゆっくりと挙手敬礼を取り、それを下すと共に「直れ!」の号令が間髪入れずに響く。


 いつの間に訓練したんだ。


 疑問は浮かぶも彼らの充足する戦意に当てられ、そんなふざけた事を口にする空気は消しとんでいる。仕方ない。指揮官らしく、長らしく振舞うしか無い、か。

 だがその諦観を内の深い所に仕舞いこみ、口角を釣り上げる。営業スマイルと言う仮面を張り付け、俺は少尉としての顔を作り上げる。



「皆、知っているとは思うが、本日付けで正式にエフタル騎士少尉に任官したレンフルーシャーのロートスである。

 共にエタフルからの遅滞戦を戦い抜いた戦友として諸君等が猛者揃いである事に疑いようの余地は無い。その力で我らは失われた故郷を取り戻し、あの安らかな日々を取り戻すために戦おう。

 俺と共に自由を勝ち取ろう! 自由のために!!」

「自由のために!!」



 こうして俺の率いるエフタル義勇旅団第二連隊第一大隊第一野戦猟兵(フェルトイェーガー)中隊は産声を上げた。


感想でいただいたアイディア使わせて頂こうと思っていましたが、更新まで間に合いませんでした(半切れ


夜に再度更新があるかもしれません。ご注意ください。


※幕間を投稿しました。ご注意ください。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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