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幕間 ――戦争大歴観 開戦前夜

連続更新1/2です。ご注意ください

 第三次アルツアル=サヴィオン戦争。



 アルツアルとサヴィオン。中世期の欧州に君臨する二大列強の激突は後の歴史に大きな影響を及ぼす一大戦争となった。

 多くの歴史家はこの戦争を中世からの決別と言う意味合いで捉えるように歴史の転換点となった戦争である事に間違いはない。

 これは軍事や政治に留まらず外交、社会情勢にまで影響を及ぼす大事となった。

 その第三次アルツアル=サヴィオン戦争を本書は解説していくものである。


 本戦争を語るにあたって外せないのは以前のアルツアル=サヴィオン戦争だろう。

 まず言及すべきはアルツアル側が大敗を喫した第一次アルツアル=サヴィオン戦争だ。

 この戦争はサヴィオンからの独立間もないアルツアルへの再征服として行われた領土奪還戦争と言えた。

 従来、ガリアンルート地方を中心に欧州を席巻した巨大帝国である帝政ルートの衰退から分離独立した神星ルート帝国はその国是を人間至上主義としていた。

 その支配から脱却を図ったのが後のアルツアル諸侯とそれに追随する諸族達だった。

 長年の戦を経て彼らは神星ルート帝国から独立し、アルツアル王国を建国する。その独立戦争の敗戦によりルート皇帝家は滅亡し、北欧一体は群雄割拠の時代を迎える。

そうした人間同士の小競り合いに諸族の北進が重なり、彼の地は魔境と呼ばれる様相を呈する状況になったと言う。

 そんな中、人間族の生存権保護を掲げた騎馬民族であるサヴィオン朝を中心に人間族国家が樹立される。それが後のサヴィオン帝国である。

そのサヴィオン朝は神星ルート皇帝家の正統後継者である事を宣言。そのためルート帝国の支配下にあったアルツアル地方の領有権を主張し、アルツアルへの侵攻を開始する。


本戦争でサヴィオンは持ち前の騎馬を用いた快速機動戦術をしてアルツアルを翻弄し、大勝を掴む事に成功する。

 元来、騎乗者と支配者が同意義であったこの時代。その支配者から自由を得るために独立を果たしたアルツアルにとって騎兵はまさに天敵であったと言える。

 だが出陣中のサヴィオン皇帝シュヴァーベン帝が病没し、サヴィオンはアルツアルからの撤退を余儀なくされた。

 それからサヴィオンは皇位継承を巡る内戦が勃発し、これが六十年内戦として国土を苛む事に成る。



 サヴィオンは六十年もの内戦によって国土は荒廃したもののアルツアルへの領土的野心を失くした訳では無かった。

 むしろ国力回復のためにサヴィオンは肥沃なアルツアルの再征服を熱望するようになる。

 これは温暖なアルツアルでの農業技術の進歩やアルツアル東方の山脈帯において大規模なミスリルの鉱山の発見等が行われた事も戦争を推し進めた一因であると考えられる。

 そのためサヴィオンは第一次アルツアル=サヴィオン戦争において占領していた肥沃なセヌ大河北方――北アルツアルの領有を主張。それにアルツアルが対抗する形として宣戦布告を行い、第二次アルツアル=サヴィオン戦争が勃発する。


 この戦争はサヴィオンが内戦に明け暮れている最中に生み出された四辺方陣戦術や永久築城を基点とする重防御戦略といった軍事学上の進歩によってアルツアルが勝利を掴む事に成功した。

 アルツアルは先の敗戦の戦訓からサヴィオンの精強な騎馬戦力の対処策としてその戦力の無力化を図る事に重きを置くようになる。

 その結果、騎馬の機動力を奪う城壁による防御が編み出される。元来、騎兵の強さとはその突撃力にあり、それを無効化する城攻めにおいて騎兵とは遊兵になりやすい。

その点に着目したアルツアルは城壁によってサヴィオンの機動力を封殺する事を主眼に戦略を立てるようになった。それが重防御戦略である。

 国境付近に連なる様に永久築城を建設し、敵の侵攻を阻むと言う物だ。

 また、四辺方陣戦術はこの重防御戦略を補完するために考案された戦術である。

 四辺方陣戦術とは四方に長槍(パイク)を持った歩兵を隙間なく並べ、城壁のように運用する戦術である。これによって騎兵は歩兵が並べた長槍(パイク)を突き破ってからで無ければ歩兵を攻撃できず、甚大な損害を覚悟しなければ陣を崩せなかった。

 アルツアルはこの四辺方陣戦術を機動可能な城壁として重防御戦略を補完する戦術として用いるようになる。

 これによってアルツアルは独立以来初のサヴィオンへの勝利を掴む事が出来た。

 それから二百年間、アルツアルとサヴィオンの国境に立ちはだかる要塞線は幾たびもサヴィオンの侵攻を退け、アルツアルに安寧をもたらす事に成る。



 これが第三次アルツアル=サヴィオン戦争までの経緯である。

 サヴィオンはこの二百年間、如何にアルツアルの防御を突き崩すかという研究が始まる。

 その一つが魔法技術の軍事転用である。

 サヴィオンは魔法使い育成兼研究機関として帝立魔法院を設立し、さらに『魔法使い招集法』を制定する。

 この法は身分の分け隔て無く魔法の素質のある者を帝立魔法院に就学させると言う物であり、院生への生活保障や学費の免除といった奨学金制度の先駆けとなるシステムを導入している。なお、就学の見返りとして有事勃発の際に院生には兵役が課せられていた。

 そうした施策のかいあってか、帝立魔法院では今日でも使用される魔法陣や魔法式の発掘や魔具としてイチイやミスリルの使用が始まる。

 こうした背景からこの二百年間を総称して『魔法時代』と呼ぶ。


 また、サヴィオンの魔法技術進歩において外せないのは鉄印印刷技術である。

 第三次アルツアル=サヴィオン戦争直前。時の第二帝姫アイネ・デル・サヴィオンが行った東方鎮定によってもたらされた東方文化の流入によりミスリルの加工技術向上や帝国東方辺境領よりさらに東の国家との交易が実現し、鉄印印刷術がサヴィオン帝国に輸入されるようになったのだ。

 それまで手書きで数が少なく、精度にばらつきのあった魔法陣からより精巧な魔法陣の大量複写が可能となり、帝国は魔法技術革命を迎えるようになる。



 洗練された魔法式。良質な魔具。大量生産された魔法陣や魔導書。

 そうした技術革命が戦争への敷居を下げたと言っても良い。

 需要の高まる魔法資源獲得のために、人間至上主義思想による国家戦略に後押しされ、不凍港確保により貿易を拡張させようと――。

 そのような思惑が混じりあい、サヴィオン帝国はアルツアルとの開戦を決意した。



 対し、アルツアルはその間に領土拡張政策として未開の地であったエフタル地方の征服に取り掛かり出す。

 これはアルツアル北西に位置するアルヌデン領との領土問題の解決策と重防御戦略の一環として要塞線をエフタルに置くために併合政策が取られるようになる。

 だが国家としてのまとまりのないエフタルの抵抗は微弱なものであり、アルツアル側は四辺方陣戦術に絶大な信頼をおくようになった。

その結果、アルツアルにおいて戦略、戦術の研究は事実上、停止してしまう。そうした状況の中、アルツアルは三回目の大戦争に挑む事に成る。



 第三次アルツアル=サヴィオン戦争の劈頭、サヴィオンはそれまでの要塞線突破の戦略方針を一新し、エフタル公国から迂回してアルツアルに侵攻する作戦を展開する。

 それが開戦劈頭の一方的な展開を生む事に成った。

 そもそも彼らはエフタルへの帝国軍侵攻を想定していなかったのだ。

 第二次アルツアル=サヴィオン戦争の頃まではエフタルとは未開の地であり、先住種族が跋扈する土地での軍事行動は不可能と断じられていた。

 また、迂回行動を取る事で補給物資の徴発が難しいと言う側面もあり、アルツアルはジュシカ領こそ永年の決戦の地と想定し、重要塞構築に心血を注いできたのだ。


 そのため開戦初頭はサヴィオンに一方的な軍配があがる。サヴィオンは要塞攻略を早々に諦めたのだ。

 二百年前と違い、アルツアルの属国となったエフタルには開発の手が伸びており、軍事行動に差し支えない街道まで整備されていた。その上、当時のサヴィオン帝国第一帝子ジギスムント・フォン・サヴィオンの行った農法改革によって馬鈴薯が増産され、長期保存の効くこれが兵食として供された事により補給面での心配も無くなった事がこの作戦の成功を後押しした。



 その初戦ではあるが、サヴィオンはエフタルのレンフルーシャー地方、エンフィールド地方とでエフタル騎士団と会戦が行われた。

 防御戦術に秀でるアルツアル騎士団の末裔であるエフタル騎士団はサヴィオンの騎兵集団に対して長槍(パイク)装備の方陣で対抗した。

 が、サヴィオンはその方陣を魔法使いの戦術魔法によって粉砕し、エフタルは一方的な敗北を喫する。

 そしてスターリング・エンフィールドと言う要所を失ったエフタル騎士団は故国を捨てる決意をし、アルツアルへの撤退を図る事に成る。



 その作戦において一人のエルフ少尉が歴史の表舞台に立った。


『そのエルフは火炎の魔法を使う鉄筒の使い、周囲から騎士殺しと忌避される。だが我が命を救った恩人である事に違いはない』


 開戦後にエンフィールド伯爵を継いだジョン・フォルスタッフ・エンフィールドの手記にはそう記されている。

 この吹けば飛ばされるようなエルフ少尉については諸説ある。その見解は複数の人物を総合して作り出された英雄と言う者。そもそも後世の創作であると存在を否定する者さえ居る。

 だが、少なくとも彼がエフタル騎士団主力の脱出に貢献し、アルツアルに『鉄の時代』をもたらしたと者である事は確かである。


 そんな少尉は正面から帝国第二鎮定軍総大将とエフタルで相見えている。

 撤退作戦の最終局面。マーズ大河の奇跡と呼ばれる戦闘だ。

 後生の歴史家の多くが「もし――」を唱える戦闘は総大将アイネ・デル・サヴィオンが持ち前の反抗精神で第一帝子からの命令を拒み、少尉を追撃していたらと言う妄想に狩られている(このマーズの反転をしてアイネ・デル・サヴィオンを愚将と呼ぶ者まで居るほどだ)。


 歴史に「もし――」は必要ない。だが、それでもあえてもし、この戦闘で彼が命を落としていたら今の世界は無かったろうと言えよう。

 もっとも戦況の推移を考えるのは難しいが、少なくとも鉄の文明と魔法の文明と言う対立構造は存在しえなかったろう。

 本書はこの大戦の主要な戦闘を交えつつ鉄火文明国となったアルツアルに焦点を当てて行こうと思う。



――戦争大歴観 前書きより


初めての幕間なので初投降です。

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