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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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渡河 【アイネ・デル・サヴィオン】【ロートス】

 村の外れの者より。――アイネ・デル・サヴィオン


「やられた……」



 村から少し離れた位置で本隊と共に待機していたが、奴らの使った謎の魔法によって馬達は怯え、にわかに混乱が生まれつつある。もちろん混乱は馬のせいだけでは無く、五十人もの重騎士が野戦において一方的に敗北した事にある。

 何が悪かった? どうしてこうなってしまった?

 森から脱出する敵に想定以上の損害を受けたせいで進軍速度が鈍り、敵に時間を与えたからか? そもそも敵は一体何をやったのだ? あの爆発を生み出す魔法は一体なんなのだ!?



「で、殿下!」


 肩を掴まれて振り返ると動揺を隠しきれない面々がそこに居た。

 だが、後悔に暮れている暇は無い。奴らが未知の攻撃魔法を有し、五十もの重騎士を屠る力がある事は分かった。



「クラウス。第二波の用意を整えよ。魔法使いも出せ」

「しかし魔法使いは森での包囲戦で三人も戦死者が出ております。ここで替えの利かない魔法使いを消耗させるのは――」

「ここだから出すのだ」



 このまま奴らを放置しておいてはいけない。直感がそう告げている。

 いや、騎士をこうも簡単に屠れる連中を野に放つ道理など無い。



「全力で叩く。魔法を放てる最長の距離で陣を敷くのだ。他の騎士達は魔法使いを全力で援護――」

「伝令! 伝令! 第一帝子殿下よりの勅を持って参った!」



 その声に振り向けば長槍に軍旗を取り付けた騎士が街道から三騎も迫っていた。



「あの旗……。第一帝子殿下の軍旗ではありませんか」

「見れば分かる。嫌な時に現れおって」



 伝令が近づいて来ると共にクラウスに背を向け相手に右手の掌を見せる帝国式の敬礼を行う。いくらこちらが帝位継承者とは言え、相手は継承権第一位の義兄から勅――義兄自身の言葉を持って来たと言うのだから使者にはそれなりの礼を払わねば不敬になってしまう。



「アイネ・デル・サヴィオン、今ここに」

「第一帝子殿下より貴女様には略礼をもってあたるよう申し付けられております。ご無礼をお許しください」

「構わぬ。で、義兄上はなんと?」

「ではお伝えいたします。畏くも第一帝子殿下は『新たな命令を伝達す。事後は速やかに行動せよ』との事であります」



 伝令の一人が馬の背に取り付けた革製のカバンから封蝋された羊皮紙を取り出した。それを受け取り、義兄の封を破いて一読する。



「…………クラウス。これを」

「はい。…………。撤退命令、と受け取ってよろしいのでしょうか?」



 伝令は「言付けをお渡しするようにとしか命令を受けておりません」と斜め上の空を睨むように言った。よく出来た帝国騎士だ。

 感心を覚えながら一度、戦場を見やる。我らの追撃が止まっているのを見て一斉に方陣を解いて走り出している。今ならあの連中を食い破れる。もっとも損害も出るだろうが、あいつ等を放置している方がより損害が出るだろう。



「使者殿。あそこに敵が居るのが見えぬだろうか?」

「しかし第一帝子殿下からの御命令があります。命令に反すると言う事はどういう事なのか、もちろんご存じですよね?」



 取り付く島もない、か。

 クラウスの手から命令書を奪い取り、もう一度読み返す。



『サヴィオン帝国西方鎮定軍第二軍総大将にして帝国第二帝姫ネイア・デル・サヴィオンへ

 親弟たるエドワードよりそちの武勇を伝え聞く。その姿たるや帝国騎士の鑑なり。義兄として忠義厚い義妹の働きには感謝を表し、サヴィオン正統統治者たる父上もその武功を喜んでおられる。

 なれど我らの本願はアルツアルの征服であり、エフタルのみで戦が終わる訳では無い。故に戦力を温存し、来るべき第二段作戦に備えるべし。

 なお、特に魔法戦力はアルツアル攻略に必須の戦力であり、これを失うべからず。

 事後については早急に旧公都に戻り騎士団を再編するように。今後、無用の進撃を禁ずるものなり。

 親愛なる戦姫へ

 サヴィオン帝国西方鎮定軍第三軍総大将にして帝国第一帝子ジギスムント・フォン・サヴィオンより』



 何度読んでも文面が代わる事は無いと知りつつももう一度だけ読んでそれから伝令に視線を向けた。

 くそ、誰の差し金だ。心配性の義弟が気を回してくれたか? それとも余がこれ以上の武功を上げる事を良しとしない義兄だろうか?

 忌々しい。忌々しいが――。



「命令を受託する。クラウス。公都帰還の支度をせい」



 クラウスは「良いのか?」と言う顔をしていたが、無視するしかあるまい。

 いくら余とて義兄の命を拒んで更迭などされたくない。まぁそれを喜ぶ連中の多さは知っている。ここで騎士団を手放してしまえば二度と余の元に戻ってこないと言う事も知っている。そして何よりこのような楽しい戦場から離れてはならぬと知っているのだ。

 いずれまた相まみえよう。その時こそ、お前達の最期だ。


橋を渡る者より。――ロートス


 勝利の美酒を堪能する事も無く、俺達は一キロの長距離走を終え、やっとの事で橋にたどり着いた。

 もちろん足を挫いてしまったミューロンを背負って、である。

 彼女の柔らかな太ももを泥まみれの手で触るのは気が引けたが、それでもおぶって良かったと思っている。特に背中に当たる完美を極めた双丘の感触だけでご飯三杯はいけそうだ。



「ねぇ、降ろして! は、恥ずかしいよ」

「うるせー。このまま、行くぞ」



 とは言え、精神面はパワーが常に充填されて行くが、肉体面はそうはいかない。肺がパンクしそうなほど痛んでいる。

 それでも無視して橋を渡る。木造のそれには火魔法と思わしき大きな魔法陣が描かれ、橋の袂には十人もの魔法使い達が控えていた。


 だが、彼らは橋の下を伺っているようで俺達が渡り切っても着火しない。不思議に思って橋の下をのぞき込むとこの季節に裸で水泳をしている連中が居た。余計に訳が分からないと観察していると、どうやらただの水泳では無く、橋の欄干から落とされた馬車の中身を回収しているようだった。

 それを見守っていると「任務ご苦労」と声をかけられた。エンフィールド様だ。



「無理を頼み込んで申し訳なかった」

「えぇ、本当に。約束は守ってもらえるんですよね」

「もちろんだ。金銭的にも、権力的にも君達を助ける。これは騎士の誓いだからな、約束は必ず果たす」



 まぁ、その裏に「協力する分、見返りも寄こせ」と言って居る様に聞こえてしまう。

 それに不快感が無いと言えば嘘になる。だが、対価だと思えば納得は出来る。故郷を取り戻すための対価と思うならば。



「あの、この後はどうなるのです? また、一隊ほど俺に預けてくれるのでしょうね?」

「もちろんだ。君のその武器には大いに興味がある。手放すものか。まぁ詳細は詰まっていないが、我らはエフタル公の指揮の下、反攻に備えて新たな騎士団――部隊を編制する予定だ。

 もちろん伯爵を継いでいる私もそれに加わるだろう。君達の配属がどうなるかは分からないが、出来るだけ私の配下に組み込まれるよう努力する」

「また使い捨ての駒にするおつもりで?」

「それは時と場合かな」



 冷たい奴だ。だが、自己保身に走る事の無い正直者ではある。五十歩百歩ではあるが、エフタル公よりかは信頼できる人間なのかもしれない。



「私の配下で君にも一隊もってもらうのは確実だ。だが、良いのか? 君はその、あんまり長と言う物をやりたがらないように思えるのだが」



 昨日の村で俺が泣き叫んでいたのを聞いていたな。なるほど。申し訳なさそうな顔をしていたのはそのせいでか。



「構いません。俺は、俺達は戦います。故郷を奪った奴らを駆逐してやりたいし、それに――」



 ――ミューロンを守るためにも俺は戦いたい。

 さすがに気恥ずかしくて声に成らなかったが、それでも背負った彼女が力強く俺を抱きしめてくれた。そう、彼女にさえ伝われば、それで良い。

 やはり汚い野郎だな。俺は。

 仲間のためでは無く、ただ一人の女のために皆に危険を強いらせるのだから、俺は汚い野郎だ。反吐が出る。



「なるほど。ではこれからも頼むぞ、ロートス少尉」

「ハッ!」



 姿勢が良いとは言い難かったが、右手を額に着けた敬礼を行う。それに答礼してくれたエンフィールド様にふと、疑問が湧いた。



「そう言えば橋は焼かないので?」

「それなんだが、橋の下に居る連中がな。横転した馬車を仕方なく河に落としたのだが、その積荷の引き揚げ作業をずっと行って居るのだ。何が入っているのか知らないが……。仕方ない」



 エンフィールド様が寒中手前の水泳を行って居る人達に声をかけ、何度か問答した後に彼らが上がってきた。

 一様に青ざめた顔の人達を無視して魔法使いが魔法式(ことば)を詠唱し、橋に火炎が迸る。

 だが、複数人の魔法使いが唱えたその魔法は明らかに帝国の方が強い火力を誇っていたように思えた。



「で、貴様らは何をしていたのだ?」

「はい。エフタル閣下の御命令で、その、これを」



 河を泳いでいた一人が金色に光る何かをエンフィールド様に手渡した。金貨のようだ。

 よく見れば橋の近くに一抱えもありそうな木箱が五つも積み重ねてある。まさかあの中身、金なのか?



「あんな物のために命を張っていたのか、俺達……」



 友軍を逃すための捨て石となったと言うのに、その理由があれなのか?

 呆れて思わず力が抜ける。そのせいで「きゃ!」と可愛らしい悲鳴があがった。やべぇミューロンを背負ってるんだった。

 急いで担ぎ直し、大丈夫かと聞くと耳元で「平気」と呟かれ、思わずドキリとしてしまう。

 そんな事を後目にエンフィールド様が戻ってくると「そう言えば」と不敵な笑みを浮かべて言った。



「あぁ、証文には書いては無いが、なんなら式の準備も手を貸そうか?」



 一瞬、何を言っているのか理解出来なかったが、脳にその言葉が届いた瞬間、顔から火が出る思いがした。

 やられた。奇襲攻撃を許してしまうとは情けない。だが、それ以上に頬の熱が下がらないのが情けない。出来るだけ平静を装って「その時はお願いします」とだけ言ってそっぽを向く。完全敗北だな。



「くそ、聞かれてたか」

「いや、ロートス叫んでたじゃん」



 耳元で聞こえる吐息のくすぐったさのせいで今度は耳が発熱しているようだ。てか、脳内の興奮物質が鳴りを潜めて来たせいで冷静な思考を取り戻しつつある。それに合わせて身体の感覚も元に戻りつつあり、どうも背中に当たる適度な大きさの双丘が気になってしょうがない。



「ねぇ」

「な、なんだにょ!?」



 噛んだ。



「……昨日の事、なんだけど」

「お、おう」

「本気なの?」

「本気さ」

「一時の気の迷いとかじゃ――」

「無い」



 キッパリとした言葉に彼女の腕に力がこもった。



「復讐でおかしくなりそうなわたしで本当に良いの?」

「逆に問うけど弓の扱いが下手な俺で良いのか?」

「もちろん」

「心の底じゃ、怯えて震えている俺で良いのか?」

「えぇ」

「後悔は――」

「無いわ」



 キッパリとした返事。なんて俺にはもったいないのだろう。

 彼女をゆっくりと背中から降ろし、肩を貸して橋の向こうを見る。俺達の故郷があるエタフルを、失われた故郷であるエフタルを目に焼き付ける様に。

 そして俺は彼女が身構える前にその唇を奪った。


二人は幸せなキスをして終了(ノンケ並感


これにて一章終了。次章からはアルツアルで反攻作戦準備となります。

これからもどうかよろしくお願いいたします。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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