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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
21/163

エフタル撤退戦

 その日の昼少し前。俺は残った部下達四十一人を村の中心に集めて作戦を説明した。

 だが――。



「ふざけんな! そもそも勝てる訳ないだろ!」

「レンフルーシャーの戦じゃ、こっちの方陣を魔法使いによって破られたんだぞ! 無意味だ」

「もう逃げるしかない!」



 まぁ、ですよねぇって反応。

 そりゃ、真昼間から敵の重騎士目がけて正面から突撃して大敗した翌日に草原で騎兵を迎え撃つと言えばこうなって当たり前だ。



「それでもこれ以外に策は無い」



 もう俺も自棄になっている部分もあり、一切の敬語を止めた。お願い形式で彼らをまとめられるラインはとっくにすぎているので強引な話し方をさせてもらっている。

 もしくは捨て鉢になって礼儀と言う物を捨ててしまったのか。

 チラリとミューロンとハミッシュを見やるとそんな俺に心配そうな視線を向けてくれていた。心配させてしまった事は非常に心苦しいが、今はそれに目を瞑ろう。



「どちらにしろ俺達が隠れられる場所は無い。今までの戦術は出来ないんだ。だったら正面からやり合う以外に何がある」

「だがなぁ」



 ザルシュさんが眉をひそめながら言った。そりゃ、レンフルーシャーの会戦に参加してサヴィオン帝国と正面から戦ったのなら方陣を組む意味を疑われても仕方ない。



「それに方陣を組むのは会戦での常道だろ」

「そりゃ、分かるが……。で、魔法使いはどうする? レンフルーシャーじゃ、スターリング騎士団なんかがもっと大勢の人数で方陣を組んだんだぞ。それでも魔法使いによって粉砕されて騎士の突撃を許した。こんな人数じゃ猶更だろ?」

「それでも騎兵に対抗する術は他にないだろ。あるなら言ってくれ」



 とは言え、魔法使い相手に方陣が無意味となりつつある現状、それをしてもどれだけ戦果を挙げられるかは疑問だ。

 だが、それを面と向かって言ってしまえば取り返しのつかない士気崩壊を起こす(もう起きてるけど)。



「魔法使いに関しては策がある。だから無視して良い」



 無視しないと話が進まないからと言う言葉を飲み下し、俺は説明を続ける。



「肝心なのは槍嚢を作る事じゃない。密集した方陣を組んで壁を作る事が大事なんだ。これさえ出来ればサヴィオンの騎兵を退けて安全に渡河出来る」



 だが、俺の言葉は虚しくも皆には届かない。

 中には「お終いだ」と嘆く奴も居る。

 ゆっくりとそうした面々を眺めていく。延びた撤退の期日に敵の力。

 重騎士相手にこっぴどくやられたあの日が蘇り、手が小さく震える。それを急いで後ろ手に手を組むことで隠す。



「……確かに、戦えば死ぬかもしれない」



 再度、ゆっくりと全員を見渡す。怯え、震え、恐怖する八十二の瞳が俺を見ている。

 なんだかプレゼンのようだなと思うと苦笑が浮かんだ。



「そりゃ、逃げれば生きられるかもしれない。……エンフィールド騎士団が追いかけて来るまでの少しの間は」



 チラリと集まった中隊の向こう、そこに屯するエンフィールド騎士団がジッと俺達を見ていた。逃亡兵が出たら彼らはそれを始末するだろう。そう言う役割も担っているはずだ。

 そうやって遠くを見ていると、中隊の面々のうち幾人かが俺の視線を追って振り向いて苦虫を潰したような顔をした。



「そりゃ運が良ければ帝国も、エンフィールド騎士団も出し抜いて逃げれるかもしれない」



 露骨な言葉に殺気立つ騎士団を眺めつつ、今度は中隊に視線を移す。誰もが黙って俺の話を聞いていてくれる。



「そうやって天命をまっとうできるかもしれないが、それでも人はいつか死ぬ。

 だが奪われたまま死んで良いのか? サヴィオンに故郷を焼かれたままで良いのか?

 それらを取り戻そう。俺達が生まれ、生きて来た故郷を取り戻そう。そのために皆の寿命を俺に賭けてくれないか?

 天の国に召す前に『あの時、戦って居れば』と後悔を抱かないためにも明日の一戦を共に迎えてくれないか?」



 先ほどまで厭戦を叫んでいた者達も静かに俺の話を聞いていてくれている。

 誰もが悔しいのだ。生まれた故郷を、村を奪われた事が。

 俺はそんな彼らの愛郷心を利用しようとしている。



「怯懦を捨て、勇気を持とう! そしてサヴィオンのクソッタレ共に言ってやろう! 『我らが故郷は奪えても、エフタル先住種の心は奪えぬ』と!!」



 喚声が生まれた。野次だったのかもしれない。

 だが、それでも皆の目に精気が戻っている。誰もが悔しかったのだ。故郷を奪われた事が。仲間の命を奪われた事が。


 詭弁。欺瞞。虚妄。

 そんな彼らを煽るだけ煽って分の悪い勝負に巻き込もうと言うのだから始末におえない。

 自分のやっている事が嫌でたまらない。故に笑う。内心を見透かされないよう、全てを誤魔化す様に営業スマイルを浮かべる。



「皆! 故郷のために! 自由のために戦おう! エフタル先住種に勝利を!」

「「「勝利を! エフタルに勝利を!!」」」



 腕を上げて叫ぶ。そしてそれに唱和する仲間の声。きっと来世は地獄行き決定だなと思った時、その中で静かに俺を見ていてくれるミューロンと視線が交わった。

 まぁ、彼女のために地獄に行くのなら本望だ。そもそも明日と言う日がまず地獄になる事は間違いないだろう。祈るなら彼女が生き残ってくれる事だけだ。



「では皆! まずは作業に移ってもらいたい。夜、確か林があったろ。そこで枝を切り落として長槍(パイク)の代わりにしろ。これに当たるのは第一、第二小隊。人数分より余計に作ってくれ。出来るだけ多く。その指揮はミューロンが取るように」

「はい、少尉殿」



 可愛らしく敬礼をしてくれた彼女に答礼を返し、次いでザルシュさん達第三小隊に向き直る。



「確認なんだけど、現在の装備は火薬と火縄と?」

「後は個人装備だな。まぁ、方陣組むなら無用の物ばっかだ」



 なるほど。



「それじゃ、これから言う物を作って欲しいので皆集まってくれ」



 そしてドワーフに一通りの指示を出すと彼らは頷いてくれた。



「作れるか?」

「おい、おれ達に向かってそれを言ってるのか? ドワーフ舐めんなよ」

「よろしい。なら始めよう」



 俺は第三小隊に混じって家探しに参加する。まぁ見ず知らずの人の家に上がり込んで使えそうな物を集めるのは抵抗があったが、ゲームの勇者様のようだなと自分を説得して手を動かす事にした。

 その背後に立つ存在に気付いて振り返るとハミッシュがジッと俺を見ていた。



「どうした? 手を動かしてくれよ」

「それは……。そうじゃな。すまない」



 何かを言いたそうにしながらも彼女は俺の隣に来て家探しに参加する。その言いたい事を聞いてみたいが、彼女が言いだすのを待っていると「何があったのじゃ?」と言ってくれた。

 まぁ、その意味までは察しきれなかったが。



「何がって、なんの話だ?」

「色々じゃ。吹っ切れたようなロートスの事だったり、明日の戦況だったりじゃ。それと、ミューロンと何があったのか……」

「……指揮官だから敗北的な事は言えない。言ったらそれこそお終いだろ。

 そんでミューロンとの事か……。それは秘密かな」



 むぅっと口を尖らす彼女の頭をポンポンと撫でてやる。

 それに一瞬だけ手が止まるも、彼女はすぐに家探しを再開した。居間に上がり、目当ての物を探していく。

 だが、ポツリと「嫉妬するのじゃ」とだけ言った。



「嫉妬って、なんだよ」

「ロートスは何もわしに言ってくれぬ。でもミューロンには話すのじゃろ?」

「話して欲しいのか?」

「違う。頼って欲しいのじゃ」



 頬を朱に染めたハミッシュが手を止め、見下ろすように言った。

 物理的にも土間に居る俺を仁王立ちするハミッシュが見下ろす構図だが、それだけに思えなかった。矮小な心を見抜かれているような気さえした。

 居心地が悪い。非常に悪い。いや、違うな。気恥ずかしい……。そう、気恥ずかしい。何度か頭をひっかいて、そして「ありがと」とだけ言った。それしか言えなかった。

 俺を支えようとしてくれる人が居る。それを意識すると気恥ずかしくて口が上手く回らない。だから自分で思っていた以上に素っ気ない言葉になってしまって、少し後悔を覚えた。



「……その、あれだ。その時が来たら、頼む」

「任せるのじゃ」



 にかッと笑う幼女然とした親友に微笑み返し、物色を続ける。さて、どうなるやら。


挿絵(By みてみん)


「来たぞ! 敵襲!」



 馬脚の音と共に警告が発せられる。こちらは友軍――エンフィールド騎士団のそれだが、その背後から多くの馬脚が響いてきていた。



「ロートス少尉、それでは我らはこれにて」



 俺の潜んでいる村はずれの家の前で一騎が叫んだ。最後まで偵察に付き合ってくれて助かった。まぁ偵察と言うよりこの村に敵を誘い込むための囮と言うべきか。

 そんな彼らに礼でも言ってみようかとも思ったが、どうせこいつらも俺達が捨て石になる事に安堵しているのであろうと思って何も言い返さずに彼らを見送る事にした。



「……来たか」



 窓からゆっくりと目線だけ出して確認すると敵影が迫って来るのがよく見えた。

 数はいくつくらいだろうか? 百二、三十ほどか? 少なくともこっちの三倍も居やがる。



「戦闘用意」



 手短に命令を下すと伝令役のエルフが「了解しました」と言って窓とは反対の位置にある壁の()から外に出て行った。そこは家の影となっており、村の入り口から死角になるルートの壁を破壊して通用口を作ったのだ。

 家主には申し訳ないが、どうせ焼き払われる予定の村なのだから好き勝手にやらせてもらった。



「さて、やりますか」



 ポーチからカートリッジを取り出してそれを噛みちぎり、撃鉄を半分だけ起こす。カートリッジから黒色火薬を火皿に振りかけて火蓋を閉じ、次いで銃口から流し込む。

チラリと窓の外を伺う。二十騎ばかりが横隊を組みなおしているのが見える。突撃体勢を整えているのだろう。


 乾いた唇をゆっくりと舐めて残った弾丸を銃口に押し込み、銃身下に取り付けられた込め矢(カルカ)を引き抜いて一気に、それでいて優しく薬室まで弾丸を押し込む。

 案外、気持ちは昨日のまま静かだった。そして撃鉄を完全に引き起こす。


 ラッパの音色が響いた。もちろん俺達の物では無い。つまりサヴィオンの連中だ。

 窓から銃口が付きで無いように気を付けながら立射の姿勢を取る。かなりふらつく。だが、そのままゆっくりと呼吸を整え、照準を定める。

 銃口の先の敵騎兵――プレイトメイルを着こんだ重騎兵が手に三メートルほどもある長槍を携えて走り出した。それは徐々に加速して行き、槍にその運動エネルギーを余す事無く伝えていく。距離、百五十。



「風と木の神様。どうか俺に力を――!」



 人差し指が引鉄を触り、絞る。

 轟音と白煙、そして火花が散った。

 手早く第二射を用意するのとラッパが響くのが同時だった。ラッパの意味は分からなかったが、弾丸を込め矢(カルカ)で押し込んだ時点で窓から外を伺うと突撃に映っていた重騎兵達が後退していくのが見えた。突撃を中止した?



「いや、射程を見測られたな」



 敵は思ったより慎重のようだ。だが、これで敵は射程を知ってしまった。

 取りあえずもう一発撃ちこんでやろうかと思ったが、射撃時の白煙のせいでこちらの場所は露顕しているだろう。踏みとどまっても粘って抵抗出来る訳でもないし、逃げるとするか。

 と、その前に――。



「申し訳ありません」



 顔も知らない家主に謝りながら居間の一角に積まれた干し草に火の魔法を唱えて着火する。これは元々エンフィールド騎士団が焦土作戦の一環としてこの村を焼くために用意した物だが、作戦の都合上、譲ってもらった。


 良く乾いた藁がパチパチを燃えだしたのを確認してそれを一掴み取ると穴から外に出て騎士団から死角になる家の影を歩いて次の家に入り、そこに仕掛けておいた藁の束に先ほどの火種をくべてやる。今頃、他のエルフ達もその作業に追われているはずだ。

 そのまま作戦通り俺は二棟に火を付け終えて外に出るタイミングで再びラッパが鳴った。敵陣を確認してみたい誘惑にかられるも、それを押し殺して次の家に向かう。

 そこに入るとすでに火を付け終えたらしいミューロンが銃を両手で握って座っていた。彼女がゆっくりと立ち上がる。



「…………」

「…………」



 互いに言葉無く、窓からゆっくりと顔を出すと白煙から黒煙を吐き出し始めた家々が視界に入った。順調に火の手が回る。

 轟々と響く火炎の唸り声。それに混じって馬脚の音が響いて来た。銃を構え、撃鉄を起こす。

 そして煙から騎士の姿が浮かび上がってきた。一つ、二つ、五つ、十……。その多さに恐怖が鎌首をもたげる。

 落ち着け。落ち着くんだ。怯える前に笑え。怖気づきそうになる前に狂喜を上書きするんだ。

 そう、笑え。



「…………く、フハハ」



 醜い。なんて醜い奴だ。そう思いながら引鉄を絞る。

 それに続いてミューロンも一撃を叩きこむ。すると別の家からも銃声が響き、馬脚が乱れた。

 炎と煙に巻かれた戦場で十字砲火を喰らう事ほど恐ろしいものは無いだろ?

 恐ろしいだろ? 俺だって恐ろしいんだからな。お前達も共に怯えよう。



「装填急げ!」

「うん!」



 三射目を用意。それが出来次第撃つ。家の燃える煙だけでなく、発砲煙のせいで視界が塞がる。

 白んだ世界の中、ただ悲鳴が聞こえる。そして俺達は手を取り合って背を向けた。

 ここまでは作戦通り。この火煙と銃に敵が魔法使いを寄こさなければほぼ勝利と言える。そう、魔法使いさえ居なければ。



「走れ! 走れ!!」



 叱咤と共に俺とミューロンは煙のカーテンを通り抜け、村から脱出する。すると前方に銃を背負った二人のエルフが駆けている所だった。どうやら村から全員脱出出来たようだ。

 振り返る。すると敵の騎兵が喰らいついてきていた。どうやら敵は村に騎士団を突入させて俺達が逃げ出した所を補足して撃滅する作戦でも立てていたのだろう。もっとも俺達が敵の予想よりも早く飛び出したが故に完全な包囲に至っていなかったようだが。


 首を戻し、足に力をいれる。ここ最近酷使してきた足にもうひと頑張りしろと言ってやり、風のように走る。ミューロンと共に一羽の鳥になったがように駆ける。

 村を外れ、道を外れ、そこに隠しておいた田下駄を手早く履く。

 振り返る。

 見るんじゃ無かった。五十は居る。それも馬の背に飾り羽を付けたいかにも精鋭って感じの奴らだ。距離は二百メートルかそこら。



「大丈夫か?」

「終わった! 行こう!」



 靴の上からまな板のような下駄の鼻緒を無理やり結び付け、再び枯れ草の茂る田に足を向ける。

 駆ける、駆ける駆ける。走る。走る。走る。

 その方向には一辺だけの簡素な方陣――肉壁と言うべきか――を組んだ我が中隊の面々。第一、第二小隊の面々が昨日、木から削り出した簡易な長槍(パイク)を構えて「早く、早く!」と声をかけてくれていた。だいたい、百メートルくらいか?

 そこに向かって手を繋いだ俺達は必死に走る。重い泥を跳ね上げながらも、太ももが痙攣しながらも、腹の脇が鋭い痛みを無視しながらも俺達は走る。

 敵の喚声が背後から聞こえる。



「東方辺境騎士団万歳! アイネ殿下万歳!!」



 轟くように晴天を震わす騎士達が迫る。圧倒的なスピードで俺達を蹂躙しようとやって来る。くそ、方陣まであと五十メートルはあるぞ。追いつかれる。

 と、思ったが喊声の声が徐々に戸惑いに変わって行った。振り返ると泥に足を取られた重騎士達が無理やり馬を御している所が目に入った。

 作戦、成功。



「やった! やったぞミューロン!」

「うん! やった!!」



 上手く地形を使えた。

 それこそ草原での会戦で歩兵が騎兵に勝つ事なんて難しい。むしろ方陣があっても厳しい。騎兵突撃(ランスチャージ)による突破力でいずれ方陣は食い破られ、全滅するのがオチだ。

 特に今は総勢四十一人しかいないのだから効果的な方陣など期待できない。つまり勝ち目なんて万が一にない。


 もっともそれは普通の草原で戦った場合だ。

 そう、ここは普通の草原では無く水田だ。秋が終わろうとしている今、一見すれば枯れ草の生い茂る草原に見えなくも無いが、一度水を引けばその足場は一気に悪くなる。


 昨日、ミューロンと共に畦を歩いて用水路の水門を探していたのは田に水を引くためだった。

 それにちょうどよく雑草が茂っていたせいで泥濘とかした地面を悟られずに済んだし、耕作に当たっていた農民が使っていたであろう田下駄も入手出来た。そのおかげで敵は気づかずに突っ込んで来てくれたし、俺達は田下駄をはいたおかげですいすいと田を走れる。



「ざまぁ見ろ!」



 これで俺達が方陣にたどり着く方が速そうだ。目測で方陣まで三十メートル。もう少し。あともうほんの少し。さぁ動いてくれ俺の足。あと少しなんだからさ、無理を通しておくれ。

 その時、繋いでいた手が後方に引っ張られた。ミューロンがつんのめるように倒れ、美しいその白い肌を泥に穢される。



「立てるか!?」



 思わず立ち止まって起こそうとして「痛ッ」と悲鳴が上がる。右の足首。彼女はそこを隠す様に両手をあてがい、言った。



「む、むり」



 顔は笑っていた。泥に汚れながらも彼女は笑っていた。だが、その頬に大粒の涙が流れていた。

 敵の騎士が迫って来る。歩みが遅れたものの、奴らの任務は相変わらず俺達の抹殺以外に無いのだ。



「肩を貸す」

「い、良いって。後から追いつく」

「うるせー。早くしろ」



 だが、この状態ではせっかく引き離した騎士達がすぐに追いついて来るだろう。そうなれば俺もミューロンも命が無い。



「ねぇ、捨てていって。お願い! お願いだからッ!!」

「黙ってろ。しゃべる気力だって底をつきそうなんだ」

「だったらなおさら――。わたしはロートスが死ぬのが嫌なの!! 捨ててって!!」



 どうしようもない。このままミューロンを背負って走ったら絶対に追いつかれる。そして死ぬ。

 あの誤射された瞬間が思い出された。

 薄れゆく意識に失われていく己の体温。全てが無に帰するようなあの感覚。

 死は恐ろしい。そして嫌だ。あの感覚を味わうなど、嫌だ。


 だから、俺は笑った。内心を押し隠して営業スマイルを浮かべた。渾身の笑みを浮かべて俺はミューロンから視線を外す。

 そして彼女に差し伸ばした手を使ってミューロンを田圃に突き放した。ビシャリと濡れた音と共に軽い彼女の体が泥に埋まる。



「投擲ッ!!」



 腹の底からの命令が風にのり、方陣に届くと同時に槍を構えて壁となっていた第一、第二小隊が一斉に伏せ、その背後に隠れていた五人のドワーフ達が荒縄で縛った木桶をハンマー投げの要領でそれを投げ飛ばした。

 宙に放たれた桶にはたんまりと火薬に石や木片等が封入されており、その蓋(民家から剥ぎ取った板を加工した)には破壊を撒き散らすためにジリジリと燃える導火線が取り付けられていた。



「く、フハハ! 鎌倉武士を襲った元軍はこんな気持ちだったんだろうな!」



 宙に舞う桶を見ているのが愉快だった。腹のそこから笑いがこみあげて来る。そして俺は素早くミューロンの上に覆いかぶさった。もし、あの破片が降り注いでも彼女が怪我をしないように。



「ロートス!? 危ないよ! 逃げて!」

「もう遅い! 目を閉じて耳を押さえろ! で、口を開けろ」



 そうしなければ爆圧で目が飛び出したり、鼓膜が切れてしまう。そんな無様に似た姿のまま彼女の盾になる。

 そして轟音と爆発が俺の背を叩く。思わずミューロンの柔らかい胸を押しつぶしてしまったが、意識が遠のいてそれを堪能する暇が無かった。


 だが、寝ている場合じゃないと急速浮上した意識のまま顔を上げる。もう喊声は聞こえない。

 ただ、悲鳴のみ。耳を抑えるもの。石や木片が抉った肉を抑えるもの。それ以外はみんな死んでいるか、死の一歩手前にいるようだった。

 俺は、俺達は五十人もの完全武装の重騎士を完膚なきまでに叩きのめした。そう、勝ったのだ。



もう少しで一章完結で二章突入予定です。

これからも戦火の猟兵をよろしくお願いいたします。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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