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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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敗走

 二メートルほどの高さにある枝に上ってミューロンと共に街道を監視していると軽騎兵の集団を見つけた。



「いつもより少し多いな」



 撤退日まで残り一日。

 昨日はサヴィオン帝国の斥候と戦闘を交える事無くゆるゆると後退する事が出来たから兵達に若干の余裕が生まれつつある。

 もっとも、エフタル南部は人間の開発が進んでおり北部のような深い森と言う物があまりない。今隠れている森もやっとの事で見つけたものだ。もし、昨日戦闘をして追撃を気にながら後退していたらここまでたどり着けずにあの軽騎兵と一戦交えていたのだろう。

 どうやら運が良いようだ。それとも悪運が良いのか? まぁどっちでも良いか。



「十人くらいか?」

「でもやるんでしょ?」



 険しい瞳でサヴィオンの連中を睨みつける彼女に頷いて木から飛び降りる。ここに来て敵をやり過ごすと言う選択肢はもちろん無い。

 相手が騎士――それも軽騎兵ならその任務は索敵であり、その情報如何によって敵は進軍するか否かを検討するはずだ。

 つまり情報そのものを遮断出来れば相手は判断材料無しに行軍の計画を立てなければならない。そうなれば慎重に慎重を重ねて進軍しなければならず、自然と歩みが遅くなる。

 そうさせるために俺達がこの地に残っているんだ。


 と、言うかこれって与えられた仕事は何事も片づけると言う社畜精神じゃないか。変な癖が残ってしまった。

 だが今は悔やむ時ではない。戦闘の時間だ。染みついた前世からの癖のままに仕事(てき)を片付けよう。



「戦闘用意。作戦は事前に説明した物を使います。相手の数はいつもより多いが、皆の奮闘があれば問題ないでしょう。但し今回は第二小隊にも戦闘に出てもらいます。攻撃は第一、第三小隊の後に中隊長の号令の下、実施。第一、第三小隊は所定の作戦通り行動するように。終わり」



 いつもなら第三小隊を護衛するために第二小隊を使っているが、この前の戦闘の時に不満が上がっていたから白兵戦を実施する事にした。

 そうする事で士気も上がるだろうし、何よりお荷物だと思われていると劣等感を抱かれる心配も無い。

 この作戦も詰めに入ってきている。小さな事で作戦が崩壊しないよう、士気を高めておきたい。



「第一小隊、我に続け。ミューロンも早く」



 樹上に残る彼女に配置に着くよう声をかけるも、彼女は名残惜しそうにそこに留まっている。



「待って、何か土埃の向こうに居るような……」

「早くしないと攻撃のタイミングを失うぞ」

「分かった」



 スルリと降りて来た彼女を入れた第一小隊が事前に臼砲の照準を定めた位置の側面に陣取るよう移動し、攻撃準備を始める。

 本来なら第一小隊の攻撃に合わせて第三小隊が着弾を修正してくれる方がありがたいのだが、短い戦闘時間で敵に打撃を与える方針のため、悠長に着弾を観測して修正すると言う事はやりにくい。

 だからあらかじめ砲弾が落ちる位置に敵が移動するのを待って俺達が攻撃するしか無いのだ。



「攻撃は中隊長のそれに続け。その後は銃にしろクロスボウにしろ敵に向けて三回射撃を行うように。その後、第二小隊は突撃を敢行する。中隊長はそれに参加するが、第一小隊はその場で待機するように。それでは各自、撃ち方自由!」



 肩掛けにしたポーチに手を入れるとだいぶ中がスカスカになっている事に気が付いた。

 まぁ弾薬の補充が出来ないのに敵兵はどこからともなく湧いて来るのだから当然の事ではあるが。

 それにしても弾薬以外にも食糧だったり、水だったりが不足しがちになってきた。そろそろ遅滞作戦の限界だろう。今度、エンフィールド騎士団と合流出来たら融通してくれる物が無いか掛け合っておかなくては。


 ま、それより今はそれより眼前の敵だ。残り少ないカートリッジを噛み切り、慣れた動作で装填を済ませる。

 周囲を確認すれば誰もが装填を終え、照準を敵の騎兵に向けていた。

 敵との距離は六十メートル。しばらく我慢して敵が街道に出来た穴ぼこに差し掛かった瞬間、撃つ。


 銃声と人馬の悲鳴が入り乱れた合唱を生み、混乱が産声を上げた。そして俺の一撃に続いて銃弾と矢の嵐が彼らを襲う。

 いつも通りのパターンのためか、手が勝手に次のカートリッジを求めていた。と、その時森の後方から雷音が響く。そして抉れる大地に噴煙が沸き立つ。それでも第一小隊は射撃を継続し、合計四回の攻撃が終わると同時に二回目の砲撃が地面を穿った。これで第一、第三小隊の攻撃は終了した。



「目標、敵斥候! 突撃にぃ進め!!」



 森の影から喊声(かんせい)が上がり、次々に素早い身のこなしの獣人達が戦場に乱入していく。もちろん俺も小刀を抜いてそれに加わる。

 森から飛び出すと少なくなった騎士達が獣人達に取り囲まれ、末期の抵抗をしている者を見つけた。その一騎に取り付き、馬の腹に小刀を殴りつける様に振り下ろすと痛みに馬が飛び抜き、バランスを崩した革鎧の騎士が落馬した。その見逃すには惜しい隙を生かすべく素早く馬の腹を斬った小刀を抜き、その柄で軽装の騎士に馬乗りになって殴りかかる。



「や、やめろ、許してくれ! こちとらただの傭兵なん――」

「うるさい! 俺が侵略者! 父上を殺して村を焼いたお前らを許せるか!!」



 ヘルメットのような兜の下にあるむき出しの頬を殴り、その鼻を叩き潰し、歯をへし折る。

 もう穏やかな生活を奪われたとか、仲間を殺されたからと言った理由さえ忘れて殴る。殴る。殴る。黒々とした思いに口角を釣り上げ、ひたすらコイツを殺す事だけに集中――。



「て、敵の増援が来たぞ!!」



 突然、どこからともなく警報が発せられる、それを殺戮に酔った耳が拾ったのは奇跡に近かった。

 急速に冷める殺意を実感しながら小刀を逆手に持ち、殴りつけていた騎士の首に突き立て立ち上がる。



「増援――!?」



 そんな……!

 振り向けば新たな馬脚が迫って来る音が聞こえる。まさか二段構えの偵察だったのか!? そう言えばミューロンが土埃の向こうに何か居ると言っていたが、その話を良く聞いて居ればこんな事には成らなかったはずだ。くそ。


 で、どうする? 第三小隊の砲撃で追い払うか? いや、第三小隊には二回の砲撃を加えた後は撤収準備を整えるよう言ってある。支援は無理だ。それじ、第一小隊? ダメだ、敵味方入り乱れた状態じゃ誤射の危険が出る。

 このまま迎え討つ? いや、規模が分からない上に相手は馬脚――騎兵の集団である事に違いない。歩兵が陣も組まずに騎兵を迎え討てるわけが無い。奴らの機動力に翻弄されてただ虐殺されるのみだ。

 そう、俺達が今までしてきたように。

 なら――。



「戦闘止め! 戦闘止め! 森に逃げろ!! 敵の増援が来るぞ! 森に逃げろ!!」



 だが、血気盛んな獣人達は己の戦闘に熱を上げて俺の命令が届いていない。その一人一人の腕を掴んで森に逃げ込むよう言って回るが、時間が足りない。

 もう視界に同じような装備の軽騎兵が飛び込んできた。彼らは馬上から狩りでもするようにクロスボウを射掛けてバタバタと死体の山を作って行く。

 対して街道に出ている第二小隊は近接戦闘向けの装備しか無く、勇気を持った一人が長槍(パイク)を振りかざして吶喊するも、即座にハリネズミとなって息絶えた。

 もう慈悲の欠片も無い矢からただ逃げるばかりしかない。



「こっちだ! 森へ! 森に隠れろ!!」



 森に入れば奴らは騎兵突撃は行えない。追撃の手も鈍る。

 だが、混乱の中にあってはそれを冷静に伝える事など出来ない。


 その時、スカンっと気持ちの良い音が響いき、頬に熱を持った痛みを覚えた。

 頬に触れれば薄らと血がついており、振り返れば背後の木に矢が突き刺さっていた。まだ矢羽が震えてる。

 全てを投げ出したい恐怖。失禁しなかったのは奇跡か脱水のせいか。

 脳が思考する前に俺は森に飛び込んだ。その時、俺の顔はどんな顔だったのだろうか? 怯えた顔? それとも営業スマイル?


 ◇


「ダメ。南の街道に凄い鎧を着こんだ騎士が五十人は居るよ」

「東もだ。軽騎兵だったが、二十人はまとまっている」

「西の副街道には重騎士って言うのか? 奴ら四十人ばかり張ってやがる」



 敵の逆襲を受けて森の奥に退避した後、ミューロン達エルフを中心に偵察を行った結果、この森は完全に包囲されてしまったようだ。その間になんとか指揮官としての精神状態を取り戻せたのは行幸か、それともただの不幸か。

 だが、そんな事関係なく敵は着々と森の周囲に展開し、俺達を補足しようとしている。


 つまり、はめられたのだ。


 囮の斥候に喰らい着いた所を後方の予備の軽騎兵が助けに入りつつ、本隊に俺達の存在を知らせ、そして重騎士を伴った本隊が機動力を生かして森を包囲。これで袋のネズミの出来上がり。



「ねぇどうするの?」

「どうするも脱出以外に手は無いだろ。あぁ、各小隊長を集めてくれ」



 第一小隊長と中隊長を兼任している俺と、他にリンクスとザルシュさんが集まる。それに副官を勤めてくれているミューロン達に今後の方針を話しておく。



「偵察の結果、主要な道を帝国に封鎖されました。昼間の脱出はほぼ不可能でしょう。ただ夜陰に乗じてなら可能性は十二分にあります」

「エルフは夜目が聞くからな。水先案内は頼むぞ」



 ザルシュさんの言葉に頷き、今度はリンクスに向き直る。それだけで彼は察したのか、汚れた革鎧を叩いて「鼻はエルフやドワーフよりマシだ」と言ってくれた。

 匂いなら風向き次第だが、夜間でも効果を発揮できるだろう。それに鋭敏な感覚を持っている種族の多い獣人とエルフの索敵能力を組み合わせればおそらくサヴィオンより早くに相手を察知できるはずだ。



「脱出には先手を打つ必要があります。リンクスさんには周囲の気配を探れる獣人を五人ばかし選んでください。エルフからも何人か出しますが、共同の索敵部隊を編制して斥候をさせます。

 斥候がより安全な道を探し出し、そこを本隊が進む。また、斥候にしろ本隊にしろ避けられない戦闘を除いて攻撃は厳禁とします。まずは脱出を最優先に」



 それに血の気の多いリンクスが不快感を示すも、頷いてくれた。

 後は漆黒の帳が落りるまで待機だ。ゆっくりと体力の回復を図ろう。



「では各小隊に命令を伝達してください。では二人とも、よろしくお願いします」



 『お願い』と言う形は情けなくもあるが、それでも善意で俺に従ってくれている現状、それ以外の頼み方が無い。まぁ、『お願い』するのも『お願いされる』のも前世を思えば日常茶飯事だったし、特に抵抗は無い。

 とりあえずこれで組織として動くのなら俺は誰だって頭を下げる気持ちでいる。

 さて、指揮官向けの話は終わったから今度は私用だな。



「ハミッシュ! ハミッシュはどこだ?」

「こっちに居るのじゃ」



 声を頼りに探せば荷車のそばに小さな影があった。そこに積まれた物資からして先ほどの逃走劇から失った物はそう無いようだ。



「弾薬は? 今の内に再分配しよう」

「うむ。そうじゃの」



 小さな体躯が荷車の上を自由に動き回り、そこからカートリッジの束を渡してくれた。そこで彼女の顔をよく見れば砲撃の際についたのか、煤が薄ピンクの頬を汚していた。



「ちょっと動くなよ」

「……? なんじゃ――。わッ」



 カートリッジを無造作にポーチに詰め込んで袖で強引に煤を拭おうとするが、どうも上手くいかない。煤が薄く伸びる事によってより小汚い印象になってしまった。正直、すまんかった。



「おい、なんでいきなり背を向けるのじゃ! むぅ!」



 ゴシゴシと乱暴な音を聞きながらふと思った。

 もう何日服を取り換えてないんだ? まぁこんなご時世だ。身を清める事もしてないし、公都でも碌に洗濯なんてやっていない。

 きっと臭いんだろうなぁと思いつつ汚れているであろう袖を鼻に近づけた瞬間、異臭を感じた。

 体臭じゃない。辺りに焦げ臭さが充満している。



「なんだ?」



 風に乗って薄らと白煙がたなびいているのが見える。火を焚いている?



「おい、誰だ! 火をつけるなんて不用心な!」



 そうは言っても俺の周りでたき火をしている輩は見当たらない。

 じゃ、この煙は?



「た、大変だ!」



 その声は頭上からだった。見上げれば木に登ったエルフが「火事だ! 北の方角! 盛大に燃えている!」と叫んだ。

 銃をその場に置いて木を駆け上る。すると轟々と黒煙を吐き出す森が見えた。それも北だけでは無い。西も、そして南も煙を上げている。



「まずい……!」



 確かにこの頃、天気が続いて湿度が減っていた。季節がら山火事だって十分あり得る。だが、これは自然現象のそれじゃない。自然現象なら俺達を囲うよう火が生まれるはずがないんだ。



「撤収用意! 急げ! 急げ!!」



 取り繕う暇も無く、周囲に叫ぶ。

 急いで木から降り、銃を拾って周囲に移動を促していく。



「ど、どうしたの!?」

「ミューロン、各小隊に出発を告げてくれ。奴ら、火攻めで俺達を殺そうとしている!」



 俺の言葉に表情を変えたミューロンは叫びながら注意を促していく。

 さて、どうしたもんか。

 周囲はサヴィオンの騎士が陣取っているし、ただ街道に出たんじゃすぐに追跡されてしまう。だが、じっとしていては焼き殺される。



「脱出以外の選択は無いか」



 くそ、くそ、くそ。

 なんて事だ。きっとここまで奴らの作戦の内だ。俺達を森の中に追い込んで火を放つ。森丸ごと燃やすとかどんだけ豪胆な連中なんだサヴィオンは!!

 やられた。くそくそ。



「おい、ロートスどうする!」



 即座に駆けて来たザルシュさんが俺の腕を掴む。そして遅れてやってきたリンクスとミューロンが不安そうに俺を見ている。

 大きな溜息を――つきそうになって止めた。今、溜息をついてはいけない。すがる様に俺を見つめる視線がある中、それはしてはいけない。ただの深呼吸に止めるも煙を吸い込んで少しむせた。

 喉がいがらっぽくて嫌になる。そして皆が期待の眼差しで見て来るのも嫌になる。

 だが、いつまでも嫌とは言ってられない。

 本心を隠し、口角を釣り上げる。そう、出来るだけ楽しそうに。



「慌てる事はありません。作戦発起時間が速まっただけですから。さぁ脱出作戦を開始しましょう」



 その時のみんなの「こいつ……」と言う恐怖とも侮蔑ともつかない視線を一杯に浴びて俺は一つ頷いた。

 さぁ再戦の時だ。


タイトルにネタバレを仕込んでいくスタイル。

でも前作で主人公死すってサブタイトルつければ良かったと後悔する私がいるのでいつかやりたいですw



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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