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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第八章 第二次台風作戦
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悪夢・2

 エフタル義勇旅団司令部に出向くもエフタル大公閣下がまだ睡眠中だとか朝食中だとかでやっと面会が叶ったのは朝というより昼になってからだった。

 お前さ、こちとらアポ取ってるんだぞ。と、怒鳴れればどれほど気持ちいいか。だが俺だって元企業戦士。これくらい慣れっこだ。



「それでは『第二次台風(テューポーン)』作戦の概要説明を行います」



 天幕の最奥。椅子が悲鳴をあげそうなほど身を沈めたエフタル大公閣下の隣に控えた几帳面そうなメガネ面の副官がテーブルに地図を広げる。

 それは北アルツアルとサヴィオン帝国の国境地帯の地図であり、そこに青と赤の駒が並べられていく。



「現在、我々の状況としては敗走するサヴィオン軍を国民義勇銃兵隊及び南アルツアル諸侯軍の一部が猛追しております。なお未確認ではありますがサヴィオン軍の戦力は現在一万を切るものと予想されており、対する我々は二万四千と未だ数的優位を崩しておりません。また、他のアルツアル諸部隊は本日中に再編を済ませた後、マサダ要塞攻略に出立する予定であり、これには新規に訓練された国民義勇銃兵隊五個大隊も加わるそうで総戦力は二万九千にのぼることになります」



 アルツアルは国民義勇銃兵隊をぽこぽこと雨後の竹の子のように作っているが、内実は士官も兵士も速成訓練を受けた特設部隊であり、民衆に毛が生えたようなものだ。

 その質は部隊が新設される度に下がっていると言えよう。だがサヴィオンの長大な補給線を考えればアルツアルは畑から兵士がとれるようなものだ。戦後大丈夫なんだろうか? 一世代丸々消えるとかないよね?



「対し、現在のエフタル義勇旅団の総戦力は三千ほどであり、この全軍を以てサヴィオン南部を脅かし、マサダ攻略を成すアルツアルを支援するものである。以上が『第二次台風(テューポーン)』作戦の概要だ」



 あの、どうして「はい、説明終わり! 解散!」って空気を出しているのだろう? どうしてエフタル閣下は椅子から立ち上がろうとしているのか。

 てか、帰ろうとするな。一方的なプレゼンをするんじゃない。だが俺だって元企業戦士。これくらいのことは慣れっこだ。

 隣を盗み見るとエンフィールド様が整いすぎた顔を強ばらせつつ「恐れながら――」と意見具申しようとするが、副官が唾棄するように言葉を被せてくる。



「どこぞの不義理で不忠者が大公閣下から受けたご恩を忘れているようだが、せめても閣下の作戦に従軍するくらいの義務はあると思うがな。そうであろう? ロートス男爵」



 お、俺に今ふるのですか……!? 元企業戦士はそういう身の上を左右するような大きな話は天敵なんだぞ。



「は、はぁ……。ですが、その――」

「ん?」

「い、いえ。なんでもありません」



 あー! ロートスよ、そういうところだぞ。お前はここぞという時に反論できないから企業戦士から社畜になっていたのではないか?

 だが反論できる空気ではないのは一目瞭然だ。どうしろと?

 ふと、今朝見た夢を思いだし、心の中で散弾銃を二人に向けて引き金を絞る。バン、バン! よし、きっとしとめただろう。



「閣下、申し上げます。第四四二連隊戦闘団は先の戦において閣下が命じられた死守命令を遂行したからこそサヴィオンの包囲攻撃を阻止し、エフタル義勇旅団を救った自負がございます。それに従事した二千の将兵は仲間の屍を踏み越えてなお閣下のお背中を堅固に守備し、閣下に勝利を献上いたしました。それに一片でも慈悲をおかけくださってもよろしいのではありませんか?」



 さ、さすがエンフィールド様だ。こんな状況でも物怖じせずに意見を言えるなんて……。

 なんだかすっごく上司っぽい。

 だが言っていることは出兵拒否であり、それに上司二人は顔色を悪くしている。

 そして副官はため息まじりに「貴官の言はもともである」と意見を認めつつも明らかに否定にかかってきた。



「貴官の騎士団無くエフタル義勇旅団は戦力を確保できん。我らはエフタルの地を取り戻すために泣く泣く国を離れたのだぞ? そこに国民義勇銃兵隊を回してもらう訳にはいかんだろ」



 いや、だったらロートス大隊や第四四二連隊戦闘団はどうなるの? もうエフタル出身者より明らかにアルツアル人の方が多いんだけど。

 だが余計な災いを生みそうな口は閉じて代わりに内心だけで二人を射殺する。ばん、ばん!



「しかし我らが隊の消耗はすさまじく、すでに作戦単位としての価値を喪失しております」

「だがな――」



 その時、歩哨が「ジュシカ様、御来入!」と素っ頓狂な声を上げる。それとともに「よぉ」と眼帯をつけた初老の男――ヤン・ジュシカ公爵が入ってきた。



「な、じ、ジュシカ公爵。なにようか?」



 ここにきてやっと口を開いたエフタル閣下に眼帯の男は悪そうな笑みを浮かべつつ「なに、面白そうなことをやっるって聞いてな」と言いながら地図の広げられたテーブルに直接座る。



「別に咎めに来たんじゃないんでそう警戒しなさんな。おい、みんな。入れ」



 まるで自分の天幕だと言うようにジュシカ様が声をかけると豪奢な鎧姿の騎士達が続々と外からやってきた。なんなの? なにが起こってるの?

 そう混乱していると後から現れた騎士達は十人にのぼり、そのうちの一人が前に進み出る。立派な口ひげを蓄えた貫禄ある騎士だな。



「我はこの者達の顔役をしているネイ・ランス辺境伯です。お見知り置きを」

「ランス殿……。確か南の獣人国家群と領地を接している――」

「その通りです」



 そこでジュシカ様が得意げに新しく現れた面々を紹介してくれた。

 なんでもここにいるのは南アルツアル諸侯の一派らしく、サヴィオンの追撃戦に参加しそびれた者達らしい。

 そんな方々がどうして? と思っているとランス様が苦虫を噛み潰したような顔をしながら説明してくれた。



「我らは南アルツアルの中でも南部の諸領主であり、その宿敵はサヴィオンではなく南部国境を脅かす獣人国家群どもであり、国家安寧のために奮闘を続けておりました。そんな折りに陛下から王都集結の勅を賜り出兵いたしましたが……」



 王都にたどり着いた頃には王都攻略は終わっており、活躍の機会を逃したという。

 そのため武功をたてられなかった汚名を返上すべく第三次アルヌデン平野会戦に参加したもののサヴィオン軍を食い止めるだけで手いっぱいで碌な活躍も出来ず、追撃戦においては置いてきぼりにされてしまったとのことだ。



「此度の戦は王都での遅参を挽回しようと参戦したのですが殿下は民の部隊にご執心な上、その追撃に使われのは新兵器の特需に湧くレオルアン騎士団や殿下の母君のご実家であられるノルン騎士団といったアルツアル中部の諸侯ばかり……。我ら真の南部諸侯の不遇ぶりは目に余るものがあり、このまま殿下の作戦に従事することに疑問を覚えているのです」



 は? なにいってんの? 本当になにいってんの?

 そういう作戦だから従うんじゃないの? それとも俺が社畜脳に罹患しているから疑問に思っちゃうのか?



「これは陛下より与えられた諸侯の自治権を蔑ろにする蛮行であり、許し難いものがあります。しかしアルツアル勝利のために奮戦を星々に誓って出陣しており、このまま兵を引くような真似は――」

「要するに、だ」



 ジュシカ様は退屈そうに爪に入った汚れをひっかきながらランス様の言葉を遮る。



「南部諸侯は武功をあげずには帰れないって訳さ。で、大公殿もアルツアルに対抗するために功を欲している。だがこれから起こるマサダ攻防戦の主力は国民義勇銃兵隊となる。まず数が違う上に野戦砲という攻城にも野戦にも使える兵器を持っているし、王室お抱えの魔法使いにサヴィオン式の魔法陣を与えた部隊を組み込んでいやがる。つまり諸侯の出番はなしって寸法だ。だが殿下のご実家であるノルマン家はなにもしなくても殿下が即位すればアルツアル王の実家としての権力が手に入る。レオルアン家は新兵器の特需で潤い、商業国家のガリアンルートと強い結びつきのあるマクシミリアン殿下に接近してさらなる販路拡大を図っていやがる。それに対して北アルツアル諸侯やエフタル大公国はサヴィオンとの緒戦に消耗し、国力はガタガタ。うちの騎士団とて例外じゃねぇ。つまりこのまま手をこまねいていたらみーんなじり貧ってこった」



 世界の勢力図が塗り替えられつつある。それをジュシカ様は雄弁に語り、危機感を皆に抱かせている。

 これは不安を呷って商品を買わせようとする常套手段だ。これから不安を解消させる品を出してさぁ飛びつけと言うに決まっている。



「で、だ。たまたま閣下が二度目の『台風(テューポーン)』作戦をやるって言うじゃありませんか。閣下は戦力不足に苦しんでいる。しかしここに揃っている面々にはそれがある。ここは一つ協力しません? なーに。心配はいりません。このヤン・ジュシカに任せていただければ勝利は確実です。なによりも戦争は大の得意なのでね。絶対に損はさせませんぜ」



 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるジュシカ様の言葉に気温が数度下がったような錯覚を覚える。

 こわ、これが戦闘狂というやつか。

 それに対し、エフタル大公閣下は目を泳がせ、利権のそろばんを弾いているように見えた。

 もうここまでくると俺がどうこう言える立場ではないな。

 うーん。話が大きくなりすぎている。

 それにしてもどうしてこうも面倒ごとにみんな揃いも揃って踏み込もうとするのか。それに利権争いの付けを払うのはいつだって末端の兵士だ。

 どちらにしろ俺に待っているのは地獄しかないらしい。まったく、まったくまったく――!


 あぁかみさま――!


 一体いつまで俺を働かせるのですか?

 もしくは俺って働かないと死んじゃう呪いにでもかかっているのか?

 内心にわき起こる怒りにこの場の全員を射殺してやると思った時だった。本当に銃声が響いた。



「……なんだ? 何事だ?」



 誰が言ったか定かではないが、それはこの場にいる者の心中を表したものだ。

 まさかサヴィオン軍が反転して逆襲に? そんなイヤな予感を抱いていると天幕の外から歩哨と誰かの押し問答が聞こえてくる。

 それは「大尉! ロートス大尉!」と聞こえた瞬間、弾かれたように天幕をでる。

 そこには血相を変えたワーウルフの男――リンクス臨時少尉が歩哨と取っ組み合いをしていた。



「どうした? 敵襲か?」

「違います! ミューロン少尉が――」

「ミューロンが!? なにがあった!?」

「ミューロン少尉が率いるエルフの小隊が捕虜を虐殺しています! すぐに来てください!!」



 頭が真っ白になる中、足が勝手に進み出す。それにリンクス臨時少尉も駆け出し、狼のような俊敏さで俺を追い越して先導してくれた。

 そしてそこには横一列に並ばされたサヴィオン人捕虜とそれに燧発銃(ゲベール)を向ける三十人ほどの二列横隊があり、ミューロンが小さく微笑みながら振り上げた手を、下ろす。

 轟音、白煙、そして火花が散る。

 悲鳴と共に「再装填」という鈴の音のような澄んだ声が聞こえたとき、俺の脳は機能を停止しようとしていた。

 一体なにがどうなって、こうなっている!?



「ミューロン! ミューロン!!」

「……あれ? ロートス? 作戦会議終わったの?」



 この場に似つかわしくない暢気な声に顔が余計に青くなる。



「なに、やっているんだ?」

「んー? 捕虜を消してるだけだよ」

「いや、意味分からないのだけど……」



 そう言っている側から兵が後ろ手に荒縄で縛られた捕虜達を連れてくる。



「た、助けて! 助けて!」

「身代金は払う! 必ず払うから助けてくれ!!」

「いやだ! 死にたくない! 死にたくない!!」



 口々に放たれる命乞いだが、エルフ達はそれが聞こえないかのように淡々と込め矢(カルカ)で火薬を突き固めていく。



「だからなんで捕虜を――!? 撃ち方やめ! やめ!!」

「え? だって――」



 その時、俺は自分の耳を疑った。

 ミューロンは心配そうに顔を曇らし、俺を思いやるように言ったのだ。



「ロートス、お仕事したくないんでしょ? だから少しでも仕事を減らすために――。例えば捕虜移送なら捕虜がいなくなれば、移送することもなくなるでしょ? それをしているの」



 ニヤリと口角がつり上がり、まるで笑っているような顔をするミューロンから思わず一歩、二歩と後ずさってしまう。

 いや、確かに今朝そう言ったさ。てか、聞いていたのか。と、いうことは起こしてしまっていたのか?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。だが、だからといってこの状況は――。



「くっふふ。もうすぐきれいになるから大丈夫だよ。それにわたしはサヴィオン人を殺すのが好きだし、ロートスもそうでしょ? 仕事もなくなるしサヴィオン人もなくなる。ね? すてきでしょ」

「すてきってお前……」



 確かに故郷を奪ったサヴィオン人は死んで当然だし、一人でも多く死んでほしい。

 捕虜なんかいっそのこと全員殺しても良いとも思う。

 だが、そう微笑む彼女に俺はまた言いようのない恐怖を感じていた。

 あぁ、かみさま――! これが悪夢であったのなら――。

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